2004年09月06日(月) 信じる。信じない。
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


いつまでたっても赤い糸の先へはたどりつけそうにない。
わたしは大きな溜息をついた。心配そうに諭吉が顔を覗き込んだ。
もう月が顔を出している。これから世界は夜になる。
ふと道路の向かい側にラーメンの屋台が見えた。
わたしはごくりとつばを飲み、諭吉を呼んだ。

「ふはー。美味しかった。」
「それはよかった。」

スープまで飲み干し、満足そうにわたしはふぅと息を吐く。
出たお腹を撫でながら屋台のおじさんはにかっと笑った。
わたしもにかっと笑う。

「もう暗くなるぞ。お嬢さんは家に帰らないのかい?」
「うん、人を探して旅をしてるの。」
「へぇー。そいつはすごいな。」

諭吉はわたしの足元で、おじさんからもらった叉焼を食べている。
せわしなく尻尾がぱたぱたと振っているので、よっぽど美味しいのだろう。
わたしは微笑む。

「ねえおじさん。」
「うん?」
「運命を信じる?」
「おぉ、難しいことを聞くねぇ。」

おじさんはあごを触りながらそう言った。
わたしは身を乗り出して返事を待った。

「そうだなぁ、信じてもいいな。」
「へぇ!ロマンチストね。意外。」
「ラーメン屋のじじいがロマンチストだなんて可笑しいかい。」
「いいえ。すてきよ。」

なんならわたしの赤い糸分けてあげたいくらいである。

「でも運命なんて分かんねぇよな。」
「え?」
「これがおれの運命かもしれないし、違ったのかもしれない。
生きてる人間にゃあ分かんねぇってこと。」
「…そうね。」

そう。普通は分からないのだ。
だからこそ運命かもしれないと喜んだり悲しんだりする。
わたしも、分からなければよかったのに。
決められた赤い糸なんか、見えなければよかったのに。

わたしの気持ちを悟ったのか、諭吉が心配そうにのどを鳴らした。
わたしはあわてて明るく笑った。

「ごちそうさま。」
「おう、もしさ運命を感じたときは大事にすればいい。それだけのことよ。」
「そうね、ありがとう。」
「探してるやつ、見つかるといいな。」

わたしは赤い糸に目を落として。
きっと見えたのも運命なのだと悟った。
遠くなった屋台に手を振って。
目線を落とす。コンクリートに落ちる赤い線。

「わたしは、信じないわ。運命なんて。それをこの目で確かめるだけ。」

誰に言い聞かせるためでもなくそう言って。
暗闇の中、赤い糸が示す先へと歩き始めた。





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