9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。
いつまでたっても赤い糸の先へはたどりつけそうにない。 わたしは大きな溜息をついた。心配そうに諭吉が顔を覗き込んだ。 もう月が顔を出している。これから世界は夜になる。 ふと道路の向かい側にラーメンの屋台が見えた。 わたしはごくりとつばを飲み、諭吉を呼んだ。
「ふはー。美味しかった。」 「それはよかった。」
スープまで飲み干し、満足そうにわたしはふぅと息を吐く。 出たお腹を撫でながら屋台のおじさんはにかっと笑った。 わたしもにかっと笑う。
「もう暗くなるぞ。お嬢さんは家に帰らないのかい?」 「うん、人を探して旅をしてるの。」 「へぇー。そいつはすごいな。」
諭吉はわたしの足元で、おじさんからもらった叉焼を食べている。 せわしなく尻尾がぱたぱたと振っているので、よっぽど美味しいのだろう。 わたしは微笑む。
「ねえおじさん。」 「うん?」 「運命を信じる?」 「おぉ、難しいことを聞くねぇ。」
おじさんはあごを触りながらそう言った。 わたしは身を乗り出して返事を待った。
「そうだなぁ、信じてもいいな。」 「へぇ!ロマンチストね。意外。」 「ラーメン屋のじじいがロマンチストだなんて可笑しいかい。」 「いいえ。すてきよ。」
なんならわたしの赤い糸分けてあげたいくらいである。
「でも運命なんて分かんねぇよな。」 「え?」 「これがおれの運命かもしれないし、違ったのかもしれない。 生きてる人間にゃあ分かんねぇってこと。」 「…そうね。」
そう。普通は分からないのだ。 だからこそ運命かもしれないと喜んだり悲しんだりする。 わたしも、分からなければよかったのに。 決められた赤い糸なんか、見えなければよかったのに。
わたしの気持ちを悟ったのか、諭吉が心配そうにのどを鳴らした。 わたしはあわてて明るく笑った。
「ごちそうさま。」 「おう、もしさ運命を感じたときは大事にすればいい。それだけのことよ。」 「そうね、ありがとう。」 「探してるやつ、見つかるといいな。」
わたしは赤い糸に目を落として。 きっと見えたのも運命なのだと悟った。 遠くなった屋台に手を振って。 目線を落とす。コンクリートに落ちる赤い線。
「わたしは、信じないわ。運命なんて。それをこの目で確かめるだけ。」
誰に言い聞かせるためでもなくそう言って。 暗闇の中、赤い糸が示す先へと歩き始めた。
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