2004年08月17日(火) トイレの花子さん 後編
 

(前編は一日前にあります。そちらからご覧ください。)

わたしは今日も中学校本館4階の右から2番目のトイレにいた。
目の前には花子さんと太郎くん。
花子さんは最近歯の調子が悪いらしくしょっちゅう奥歯を床に落としている。
わたしは毎日のようにここにきて花子さんの話を聞いていた。
太郎くんもちょくちょく遊びに来ているが、男の子は女子トイレに入ってはまずいと思う。

「そういえば、あなたって友達はいるの?」

突然花子さんが聞いてきた。
わたしはどきりとしてしまう。

「僕と花子さんが友達だろう?」

すかさず太郎くんがフォローらしきことを言うが
花子さんは太郎くんを見ようともしない。(なんて潔いシカトだろう!)

「違うわ。人間のお友達よ。」

わたしは考え込んで項垂れてしまった。
花子さんに隠し事をしたって仕方がない。
恥ずかしいことは何もない。きっと。

「いないの。」
「まぁ!なんで!」
「そうだよ、なぜ?君みたいな優しくかわいい女の子に友達がいないなんて!」

大げさでわざとらしいが、二人ともまじめにそういうので
わたしは困ったように笑った。

「気の合う人がいないっていうか。自分から話しかけるのが恥ずかしいっていうか。友達を作るのが下手なの。」
「まぁ…」

花子さんが大きな息をもらす。その息に少しばかり毒素が含まれていることを本人は知らない。

「いいのよ。ずっとこうなの。気にしないで。」
「そんなわけにはいかないわ!恩返しをしなくちゃ。」

こうなったら誰も花子さんを止められない。
次の日から花子さんはトイレの壁に血文字で
「友達募集中。」などと恐ろしいメッセージを書き記したり
トイレに訪れた女の子の足をつかんで「友達になれ。」と地獄の底から出したような声でささやいたりした。
(その後頭を思い切り蹴飛ばされ手を放した隙に、その女の子は半狂乱で逃げ出したらしい。)

その後始末をするのはいつもわたしだった。
わたしは壁の血文字をきれいに拭い去り
疲れ果てて屋上の隅でひとやすみしていた。
誰かが屋上の錆付いたドアを開けたのがわかった。
その人物は屋上の柵につかまるといきなり大声で叫んだ。

「階段の守り神のバカヤロー!」

驚いた。
わたしは思わずその人物に近寄っていた。
その女の子は驚いたような顔でわたしを見つめたが気にしない。

「ねぇっ、わたしトイレの花子さんの友人なんだけど。」

その女の子は驚いたが、すぐさま仲間を見つけたような笑顔を浮かべた。
(あぁ、わたしのほかにもいたんだ。)とわたしは心の中で喜びにふけった。
彼女は滝沢さんという女の子で、北館2階の階段に住み着くジローという守り神の世話をしているらしい。
すぐ段を増やしたりして困っていると笑った。
わたしは花子さんや太郎くんのことを大急ぎで話した。
ふたりはすぐに友達になった。

そのことを花子さんと太郎くんに伝えるとふたりは大喜びしてくれた。
わたしたちの関係は崩れることなく中学卒業まで続いた。

卒業式、わたしは花子さんのところへと向かった。
花子さんはどぶ色の涙を浮かべながら微笑んでいた。

「おめでとう。喜ばしいことなのに、とても寂しいわ。」
「わたしも。」

わたしは心の底からそう思った。
花子さんは泣きながらわたしを抱きしめた。
わたしも弱い力で抱き返した。
花子さんの体は驚くくらい細くて、それ以上の力で抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかと思った。

「ひとりで大丈夫?ちゃんと友達を作るのよ。」
「平気よ。花子さんが教えてくれたから。」

そうして、わたしは中学校を卒業した。
絶対に忘れない花子さんとの日々を心に残して。

けれどその3日後、思いがけないところでわたしは花子さんと再会することになる。

「やっぱり寂しくなって引っ越してきちゃったわー。」
花子さんはわたしの家の1階のトイレに居座っていた。
最初のほうはママが失神したりパパが激怒したり大変だったが
3週間ほどたてばみんな花子さんに慣れ親しんでいた。
やっぱりトイレ掃除はわたしだった。

そしてわたしが大人になって家を出た今も、花子さんはうちのトイレに居座っている。
最近ではわたしの息子の太郎と遊ぶのが楽しくて仕方ないらしい。
たまに滝沢さんが遊びに来て花子さんに挨拶をしている。
彼女の家にもジローが住み着いて階段が増えていつまでたっても2階に行けないときがあると笑っていた。

花子さんはもうひとりで泣いていない。
わたしが一日置きにぴかぴかに掃除をしているし
息子の太郎という遊び相手もいる。
わたしももうひとりで泣いていない。
愛する夫と愛する息子といつまでたっても飽きない花子さんがいる。

「ねぇ、髪の毛がつまったわ!」
「はいはい、今とってあげる。」

わたしたちの生活は、まだまだ続いていくことだろう。
トイレの花子さんというすてきな友人とともに。





↑エンピツ投票ボタン

my追加
いつも読みに来てくれてありがとう。
※マイエンピツは告知しないに設定しています。