ゆりあの闘病日記〜PD発症から現在まで〜

 

 

覚醒 - 1998年11月30日(月)

幹部の方は3人。恰幅がよく大物っぽい井上さん、古参の物静かなお財布係の小林さん、お洒落で店をいつも盛り上げてくださるエリート幹部の菅野さん。それに必ず若い衆が付いて来るので、大体毎日6〜7人でのご来店だ。幹部の方々は至って温厚で、一般のお客様にとても気を遣う。いきがっているのは若い衆だけだ。それも幹部の方に見咎められて注意を受ける。
何せ常連中の常連様だから、いつもお店の雰囲気を盛り上げてくださる。初めてのお客様に笑顔で話し掛けたり、デュエットに誘ったり、可愛い女の子を付かせるように指示したり。他の常連さんとも楽しく過ごせるように努めていらした。

中には常連の中にも困ったお客様もいる。早稲田出身の小さな建設会社の社長さんで、お酒が入ってない時には実に知的で温厚な方なのに、アルコールが一定量を越えると豹変する。店の中で暴れ出し、他のお客様に絡み始める。大概は皆様慣れているのでママの防御(べったり張り付く)で何とかなるのだが、時にはどうにも手に負えない状態になってしまう。
そんな時は井上さんの指示で菅野さんがスッと立ち上がり、店の外へ社長さんを引きずり出す。しばらく経つと菅野さんは涼しい顔で戻ってくるが、社長は消えている。社長のお勘定は小林さんが払う。
数日間、社長は現れない。そしてアバラを折ったという噂が聞こえてくる。私が店にいる間に2回は同じ事があった。10年以上前から何度も繰り返される定例行事のようなものらしい。怪我が治ると、社長は何食わぬ顔でまた現れるのだから。

幹部の方々は細かいところにも気を配る。私は会社ではずっと営業だから、ヒールの低い靴しか持っていなかった。そしたら、ある日井上さんがリボンのついた箱をくださった。中身は高すぎず低すぎず、私の足にピッタリの大きさの黒い靴。「これくらいの高さが一番脚が綺麗に見えるんだよ」とおっしゃって、履いてみると本当に仕事しやすくて驚いた。さすがプレゼントのプロフェッショナルだ。
菅野さんにはCDをいただいた。スナックの定番デュエット曲が詰め込まれたものだ。「これさえ覚えてれば大丈夫だよ」と背中をポンと叩かれた。演歌に弱い私には本当に有難い贈り物だった。
小林さんにはドレスをいただいた。いつもNo.1のジュンさんが着ているようなシックだけど華麗なドレスだ。「No.2ならこれくらいは持ってないとな」と照れ臭そうにおっしゃった笑顔は今でもよく覚えている。

No.1のジュンさんは憧れの人だった。艶やかで華やかで、それでいて気遣いと仕事の手際が完璧だ。お酒が入るととても豪快で、お店中が自然に楽しくなる。私とジュンさんはローテーション上、同じ日には入れなかったから滅多に会えなかった。でも、お休みを取る女の子が出るとヘルプに入るのが私たちの務めなので、そんな日はジュンさんの仕事振りを一生懸命に観察して、少しでも吸収しようと心掛けた。
ジュンさんと一緒だったある日、閉店後にキッチンで薬を飲んでるジュンさんを見かけた私は驚いた。その薬には見覚えがある。私のと同じだ。「ジュンさん、それって・・・」「え?ユリちゃんも?ホントに?」(今更だが私の源氏名は極めてシンプルに「ユリ」だ 爆)何せ人間が飲める限界の強さの薬の組合せ。鉄格子の一歩手前のこの薬量で日常生活を送る人はそうはいない。それがこんなに身近で出会うなんて。

その日からジュンさんと以前より親しくなった。ジュンさんは優しいけれどビシビシと私を仕込んでくれた。
「ユリちゃんはまず姿勢を正しなさい。もっと堂々としてらっしゃい」ある日言われたその言葉にハッとした。私はいつからこんな風に俯いてばかりいたのだろう?言われたとおりに背筋を伸ばして顎を引くと、あの新入社員の頃の感覚を思い出した。そう、元々私はこんな風だった。
確かに心と身体に多少の傷を負った。罪を犯した。それは消せない事実。だからこそ、それをしっかり抱えて前を向いて生きていかなければならないんじゃないか。決して逃げずに贖罪の人生を歩いていかなければならないんじゃないか。ジュンさんは私と同じ薬を飲んでいる。それでもあんなに堂々として周囲に気を遣いNo.1の責務を果たしている。自分が甘えて独り善がりに拗ねていたのを思い知った。

それ以来、姿勢を正して堂々と振舞うように心掛けた。少しずつ昔の自分を取り戻していくような気がした。お店でも評判が上がっていった。それだけではない。不思議なことに会社でも驚くほど仕事が上手くいくようになり、売上を伸ばして営業成績も昔のようにトップクラスに返り咲いた。昼も夜も仕事が楽しくて仕方なかった。薬を持参している限り、発作が起きても落ち着いて対応できるようになった。

それから暫くして、ジュンさんが結婚のためお店を引くことになった。相手は大きな会社の御曹司。最後の日は皆で大盛り上がり。私はジュンさんにせがまれ高橋真梨子の「ジュン」を歌った。私の18番。とても喜んでくれた。最後はママと私から花束を渡して、真っ白なドレスに身を包んだジュンさんを見送った。
控え室に戻ると、女の子全員の名前が書いた包みが置いてあった。ジュンさんからだ。一人一人にそれぞれ似合う色のお揃いのブレスレット。最後まで細かいところに気を配るのが、いかにもジュンさんらしかった。私のにはメモがついていた。「ユリちゃんがいてくれて嬉しかった ありがとう」と綺麗な字で綴られていた。お礼を言うのは私の方なのに。何だか久しぶりに枯れていたはずの涙が出そうになった。

-



 

 

 

INDEX

古い日記 新しい日記