under one umbrella

2003年10月21日(火) まだ好き、なの、に。

「もう、来ないで」
その一言が言えたらどんなに楽かと。
あたしは何度思ったろう。
ああ今日もまた言えなかった。流された。
何度そう後悔しただろう。
もうそんなことの繰り返しに。
耐えられなかった。


日に日に強くなる、夜の冷たさを実感しながら。
暇な市丸に呼び出されて、1時間程しゃべった後。
市丸におやすみを言って、あたしは家の門を閉じようとしていた。
でも、やっぱりね。
あたしの万一の予想を裏切らなかった人影。
だってその日は火曜日だった。


抱きしめられた、腕のなかで。
「あー寒かった!陽ちゃんあったかい♪」
あたしが感じられる、唯一の幸せを口にする。
しなければ、知らぬ間に誤解してしまいそうだった。
「手、冷たいけど…ごめんね」
そう言って寺島はあたしの頬に手を添えた。
「ううん…」
いいんだよ。
あなたの手が冷たいのは、塾に行ったせいなんだから。
あたしと過ごしているうちに、温かくなるその手。
「あ、あったかくなったね」って言って、いつだったか笑ったことを覚えている?
冷たさの向こうにあるあなたの体温を感じながら、そんなことを思い出していたよ。
戻れないことなんて、わかっていたけど。


「あ、また今日も言えなかった」
『おやすみ』を言われた後で、言いたくなる。
というよりはむしろ、言わなければいけないと焦る。
いつもと同じ、帰り道の葛藤。
でも今日はきっと、言ってみせる。
「何?」
「時間ないでしょ?」
「…何?」
「…」
「…」
「…あたしは…見返りを求めずにいられるほど、純粋じゃない」
「…」
「…ごめんね」
「…」
「…」
あと一言。
あと一言なのに。
どうして言えないの?
でも現実なの?これ?
あたしが言わなきゃいけないの?
複テいよ。
無理だよ。
さよならなんて、言えないよ。
まだ好き、なの、に。


ああ世界が、変わっていく。
あたしの見たことのない色に。



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