何にも変わらない。 まるで、何もなかったかのように。 2週間前の、恋人だった頃のように。
いつもの口調で。いつもの、好きな小説の話。 それを話すときの彼の表情が好きだったことを、あたしはぼんやりと思い出していた。 きらきらした顔。 本当にその小説が好きなんだなって、伝わってくるような。 あたしまで幸せになれるような、笑顔。 泣きそうになって、必死で堪えた。
いつか話が途切れて、いつもの「ように」抱き寄せられて。抱きしめられて。 いつもだったら、その喜びに身を任せていたところだったけど。 あたしの頭は、妙に冷静で。 習慣だったからやってるだけで、別に抱きしめたいわけじゃないんだよね、なんて考えていた。 何をされても、あたしの頭から、その考えが消えることはなかった。
「本当の意味」で、抱かれてるわけじゃない。 この人が戻ってきたわけじゃない。 愛なんてどこにもない。 涙がこぼれて、気づいた彼もほんの少し、あたしを見つめた。 手を止めるわけじゃなかったけど。
帰り道、あの人はあたしに、「空しい」と言った。 やっぱり、いくらあたしが「過去の人」で、どちらかと言えばどうでもいいような存在でも、 人を奴隷とか機械だと思える人じゃなかった。 それがわかっていたのに、それを信じていたくせに、 こんなことをさせてしまったあたしって、一体何なんだろう。 「失いたくない」「この人を好き」というだけで、 この人を縛る権利がどこにあったんだろう。 そのときはまだ、ここまではっきりと考えることはできなかったけど。 やっぱりダメなんだって、理解ることはできて。
どうして、失ってでも進まなくちゃいけないことが、わからなかったんだろう。
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