風太郎ワールド


2003年06月10日(火) 男女差別

アメリカのある大学で、男女学生比が偏り過ぎて問題になっているらしい。アメリカPBSのニュース番組、"The NewsHour with Jim Lehrer"が先週報道していた。男女差別ではないかという声が出ている。これは、一つの大学に限らずアメリカ全体の傾向らしい。

いまだに女子学生は差別されているのかと憤慨するには及ばない。問題のシアトル大学では、女子の割合が61%に及ぶ。70%に達する大学もあるという。全米の大学生総数に占める女子の割合は50%を超え、さらに増え続けている。特に黒人学生の間では、女子と男子の比率は2対1だ。少数派は、男子学生なのだ。

この状況を是正すべく、男子学生を増やすための具体策を講じる動きも出てきた。一方で、これは女子が「本来の能力」を発揮できるようになった「当然の結果」であり、喜ぶべきことであって、憂えるのはおかしいという意見もある。

アメリカでは、人種差別・女性差別などによる歴史的な不公平是正のために、30年近く前から"affirmative action"(積極的差別是正措置)という少数派優遇政策がとられてきた。

こうした政策が功を奏したのか、少なくとも大学教育の現場では男女間で少数派のポジションが逆転してしまった。

大学だけではなく小・中学校でも、活発な女子に対して、おとなしくて引っ込み思案な男子というパターンが生まれつつあるらしい。

あるインタビューで、男子生徒が言っている。
「女子は頑張れと激励されるが、男子は、何とかなるでしょうとしか言われない」

優遇策というのは、いつまでどの程度続けるか判断が難しく、行き過ぎると逆差別になる。

*    *    *

日本ではまだ、アメリカのように男性が少数派に陥ってしまうほどの是正には至っていないように見えるが、実は社会のそこかしこに逆差別はすでに存在している。

たとえば、映画館では何故「レディースデー」があって「ジェントルメンズデー」がないのか?

女性は既にカルチャーセンターも占領し、男性より遥かに多くの習い事をし、男性より文化的で、知識吸収意欲も旺盛だ。何故に、このうえ映画まで女性を優遇する必要があるのか?

優遇する必要があるとすれば、日頃文化とはほど遠い環境で虐げられている男性、特に中年オヤジ達だろう。私は、「レディースデー」の替わりに、「中年オヤジデー」を設けることを提案する。

女性を優遇しているのは映画館だけではない。レストランの食べ放題でも、女性料金は男性料金より安い。何故なのだ?女性の方が必ず食べる量が少ないのか?飲む量が少ないのか?

そんなことはない。私の女友達連中は男性よりもよく食い、よく飲み、よくしゃべり、長い時間居座って、よく楽しんでいる。何故に、そのうえ料金まで安くする必要があるのか?

その他、実際に制度になっていなくても、女性が優遇され男性が割を食っている状況は既に多々ある。こうした男女別料金は、アメリカなら差別であり、明らかに違法だ。

こういう逆差別を許してしまう神経は、実は女性の差別を放置しておく考え方と根は同じである。要するに差別ということに鈍感なのだ。

今まで女性は損をしてきたから、今度は得をさせてあげましょうという態度では、結局違う形の差別を生むだけ。差別はなくならない。

既成社会、たとえば企業や大学、政治、官僚などの世界では、いまだに女性が差別に苦しんでいるのは事実だ。だからといって別の場面で男性を差別して良いということにはならない。どちらも、差別は許せないのだ。

差別は放っておけばどんどん助長される。日本とアメリカの違いは、差別に積極的に文句を言うかどうかだ。アメリカ人の方が、より社会正義感が強く徳高いという訳ではない。基本的に、自分が損をする差別に反対するのだ。

このように、まず自分が受けている差別に対して声を上げていくことが、反差別運動につながる。

そこで私から始めよう。映画と食べ放題の女性優遇料金はやめてくれ。

そうでないと今後、


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想像するだけでも怖いだろ。


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