風太郎ワールド
2003年06月08日(日) |
このあやしい雰囲気は‥‥ |
クリスに初めて会ったのは、アメリカに渡って最初の学期の11月。大学の留学生課主催のニューヨークツアーに参加した時だった。
3泊4日。宿泊は、マンハッタンのYMCA。アフリカ、ヨーロッパ、アジアの留学生に混じってアメリカ人も何人か参加した。そのうちの一人がクリスだった。
私は、ヨーロッパ・アフリカの留学生2〜3人に大学の引率担当者を加えてグループで行動していたが、そこにクリスも混じってきた。
離婚して子供3人。シングルマザー。やや太目の30代中頃。州政府からの援助をもらって大学で勉強していた。
この旅行には夜遊び用のドレスを何着も持参して、気合が入っている。ディスコでも休まず踊り続けた。
さて、私にとって生まれて初めてのニューヨーク。朝一番に起きて、凍えながらメーシーズ百貨店の感謝祭パレードを見物し、昼間はメトロポリタン美術館、自由の女神などを巡る。夜はエスニックレストランを堪能。その後、ブロードウェーを見て、夜中過ぎまで話題のディスコで踊り明かす。
体力に任せて、朝から夜中まで毎日寝る時間も惜しんで、短いニューヨーク滞在を楽しんだ。この時のニューヨークツアーほど中身の濃い旅行は後にも先にもない。
このツアーをキッカケにクリスと親しくなった。よく聞くと、私が住んでいる寮の斜め前のアパートを借りているらしい。外国人学生と親しく、私が兄貴分として慕っていた日本人学生のことも知っている。
以後、しばしばいっしょにパーティーを楽しむようになった。他の留学生も交えて料理を作ったり、遊びに行ったり。少しずつアメリカ人や留学生の知り合いの輪が広がっていった。
そんな楽しい大学生活を送りながら、留学も2学期目に入ったある木曜日の夜、誰かが部屋のドアをノックする。開けると、きれいな格好をしたクリスが立っている。
"Are you ready?"
準備も何もないだろう。約束なんてしたっけ?
どうやら、大学のバーでその日から始まる週一回のジャズナイトに誘いに来たのだ。私がジャズを好きだというのを覚えていたらしい。しかし、私は金曜日には宿題の提出がある。バーに行っている場合ではない。
といいながら、国際親善第一の私は、断りきれない。宿題をそのままに、ジャケットを引っ掛けて通りに出る。それから毎週木曜日の夕食後、クリスが私の部屋のドアをノックするようになった。
こういうことが何週間か繰り返されたある日。ジャズナイトも終わって、川の土手沿いをクリスと並んで寮に向かって歩いていた。私は物理の宿題のことが気になって仕方がない。すると突然、クリスが口を開く。
「日本人の男性って、とてもいいんだってね」 「えっ?」 いきなりそういう話題が出てきて、なんと答えていいのやら。それに、日本人の男が?聞いたことがない。その逆の話はたんまり聞いたけど‥‥。私は、何も言えず黙っていた。
「最近読んだ雑誌にそんなことが書いてあったわ」 私は、うつむくばかりだ。どんな雑誌を読んでいるんだろう。
「私、離婚されちゃったでしょ」 「‥‥」
「今、中東からの留学生と付き合ってんだけど‥‥よくけんかするの」 「‥‥」
「やっぱり、文化が合わないのね」 「かも‥‥知れないね」
「だから、日本人男性は、とてもやさしいって読んで‥‥」
何だ、何だ、このあやしい雰囲気は?なんでこんな真っ暗で、周りに家もない、他に歩いている人もいないところで、こんな話をしているんだ?
いけない、いけない、絶対にいけない!こんな流れに乗っては大変なことになる。
私は、努めて冷静に振舞い、頭をもたげそうになる男の欲望を押し殺した。
そして、無事寮につく。彼女のアパートはその斜め前。 「楽しかったよ、おやすみ」 分かれようとする私に、 「寮から電話させて。彼に電話しなくちゃ」 寮の食堂までついてくるクリス。
何の話をしているのか、電話で彼と言い争っているようだ。
やっと電話を切った彼女。これで、無事切り抜けたと思ったのもつかの間。つかつかと私の前に近寄って来た。
と、いきなり頭をつかまれた。彼女は私とあまり体格が変わらない。両方の腕で、グイッと引き寄せられ、何が何だか分からない間に、湿った生暖かいものが、私の唇をべっとりと包む。
動けない。すぐそこに目を閉じた彼女の顔。まるで蛇に飲み込まれつつあるカエル状態だ。時間がいつまでたっても進まない。
開放された時、目まいがしてよろめいた。クリスは、「また来週ね」と言い残して去って行った。彼女のステップが心なしか弾んでいるようだったのは、一体何故?
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