風太郎ワールド


2003年05月23日(金) ショウイチ君のファーストキス

ショウイチ君は、高校時代の親友のひとりだ。最近はお互い忙しくて会う機会が減ったが、現在は心臓専門の外科医をしている。

高校時代、陸上部のエースとして短距離が得意だった。少したれた眉に哀愁漂う瞳。端正な甘いマスク。誰からも好かれるさっぱりした性格。判断力があって頼れる男。まじめな学習態度。唯一の欠点は、走りすぎてあまり成長しなかった足の長さか。

私が関わっていたクラス新聞で、「一番センスの良い男」や「一番成功しそうな男」などのジャンルを設けて人気投票をしたことがあったが、ショウイチ君は「女の子に最もお薦め」の男に選ばれた。

彼は陸上部に加えて地学部にも属していた。年に何回か化石探しに行くのを主な活動とするクラブだが、担当教師が面白い人物で、彼以外にも親友の多くが入っていた。私も彼らとの友情のために入部した。

地学部員は昼休み地学教室に集まる。北側の窓一面に六甲の山が望める木造の教室。だるまストーブで弁当を暖めながら、みんなでおしゃべりをするのが楽しかった。

ある日、昼休み終了5分前のベルが鳴るとともに、みんながノロノロと教室に戻っていこうとしている時だった。

「風太郎。ちょっと来てくれ」

他の連中がほとんどいなくなったのを見計らったかのように、ショウイチが私を呼び止めた。

何事かと訝りながら、窓際に立って六甲の山を眺めているショウイチのところへ行くと、学生服の内側から手紙をとり出した。

「これは、俺の真剣な気持ちだ。親友のお前に読んで欲しい」

そういうと、私の横をすり抜けて部屋を出て行った。

急に頭に血が上って、心臓がドキドキする。5時間目の授業が始まったが、上の空。手紙を開けると、書き出し部分が見えてきた。

「僕達は、昨日はじめて、長くて熱いキスを交わした‥‥」

キス?

ショウイチ、お前‥‥。

「僕達の愛は幼いけれど、二人とも真剣なんだ」

ショウイチは、数ヶ月前からある女子高生と付き合っていた。

阪神電車で通学していたショウイチに、毎朝同じ電車に乗るある女子高の生徒が惚れたらしい。こっそり彼の後をつけて行って家を調べ、ポストに手紙を入れた。ショウイチは彼女と一度会い、二度会い、いっしょに通学するようになり、いつしかいつもいっしょにいるようになった。

「昨日彼女を泣かせてしまった」

彼女は高校の一年生。ショウイチは三年生。もうすぐ受験勉強が始まる。するとあまり会えなくなる。それどころか、その日、ショウイチは、受験が終わるまで3ヶ月か4ヶ月会うのはやめようと言ったらしい。それを聞いて、悲しくて彼女が泣いたのだ。

「入試が終われば必ず会えるから、少しの辛抱だよ」
「3ヶ月も会えないなんて耐えられない。いやだ」

泣き出した彼女がいじらしく、ショウイチは思わず抱きしめた。きっと彼女を幸せにしてやろうと心に決めた。

抱き合った二人は見つめあい、自然に顔を近づけ、そっと目を閉じて、そしてキスをしたという。いつまでも何時間も唇を重ねていたと言う。

「ディープでロングなキスだった」
私がもらった手紙の中で告白している。

それを読みながら、私の心臓はいつまでも高鳴っていた。もう授業どころではない。すごいな、ショウイチは。キスしたのか。真剣なんだ。もうアイツは、俺とは違う世界に行ってしまったのだ。

少し取り残されてしまった寂しさを感じた。

その後、私は地元の大学に通い始め、ショウイチは船で2〜3時間ほど離れた大学の医学部に一浪して入学した。

彼女とはどうなったかって?

ショウイチが医学部に入ってからも彼女はしばしば船に乗ってショウイチに会いに来たらしい。しかし、やはり遠距離恋愛。いつしか心も離れ、ショウイチには大学街のコーヒーショップで働いていた新しい彼女ができた。

あ、そうそう、その後何年もたってから、ショウイチに聞いたことがある。
「あの時の彼女とはどうだったんだ?お前にもらった手紙を読んだ時、あまりに美しい純愛に感動して、涙が出そうになったんだぞ」

するとショウイチは、ああっ、あの手紙か、と素っ気なく言う。実は初めてキスをしたとき、



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らしい。



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だったんだ。

純愛を信じて感動した俺はどうなるのだ!


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