風太郎ワールド
幸か不幸か、私は貴重な思春期を中学・高校一貫の男子校で過ごした。 現代国語の教師Oは、生徒に人気があった。 ある日の授業中、悪ガキの一人がこっそり教室を抜け出して、パチンコに行こうとした。 そっとドアを開こうとしたその瞬間、O先生、朗読していた教科書から目も離さず、 「スガワラ!負けて帰って来るなよ。それから〜、タバコは校門の外で始末しとけ」 スガワラ君、恐縮して出て行ったが、5時間目には、景品を抱えて授業に復帰した。 さて、このO先生。ある時、授業中にこんなことを宣うた。 「君らな。学校に女の子がおらんで、残念や、物足らんと思うとるやろ」 みんな神妙に聞いている。 「ところがだ。これは文学にとっては、最高の環境なのだ」 はて? 「女の子がいない。女の子が欲しい。想像が湧き上がる。憧憬を抱く。妄想が生まれる」 そのとおり。だから不自然なんじゃないか。 「そういう心の葛藤こそ、素晴らしい文学を生む土壌なのだ」 こじつけじゃないの? 「君らも大人になったら、よ〜く分かる。現実の女は、そんなに憬れるものでも、特別なものでもない。実態を知れば、夢もヘッタクレもあったもんじゃない」 そんなもんかいな。まだよく分からんな。 「わしらくらいの年になるとね、君たちのように、何も知らなかった時代が、それはもう懐かしくて。うらやましいねえ、君たちが。夢があって。そこから文学が生まれる」 はあ〜? 「いいか、諸君。今この時期に、妄想をたぎらせよ。のたうちまわれ。肉体の苦しみに耐えよ。心の叫びをよく聞け。そして、素晴らしい文学を書いてくれ。君たちこそ、次の時代の文学を担っていくのだ!」 先生は?
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