tdd diary

2006年03月26日(日) 暮しの手帖

午前中には家を出て神保町、笹塚で乗り換えて芦花公園駅に1時。アケミちゃんと世田谷文学館に「花森安治と『暮しの手帖』展」。新聞に招待券の応募したんですけど、外れ、でも2人で行くと1人タダっていうハガキが届いたので半分づつの料金で観れました。

花森安治という人の名前だけは知っていて、でも興味を持ったきっかけは何年も前にファウルのライヴで谷口さんが花森安治さんについての話をしたのが最初でした。「暮しの手帖」の編集長だった人です。花森安治さんの生涯についてや愛用品、書簡や「暮しの手帖」に登場した様々な物、資料の展示。仕事に対する姿勢、ものの考え方、社会を見つめる視線、ユーモア、怒り、信念が、一つ一つの仕事から滲み出ていて、感銘を受けるんだけど、私はこう思うっていう姿勢が一貫して潔いので、まったくうるさくない。芯の強さが、ふっと可愛らしい挿し絵や字体、センスのいい色合いで優しく伝わって来るので見ていてとてもよい気分でいられる。婦人雑誌にはとても大切な要素だ。「暮しの手帖」は広告が一切掲載されない。この、雑誌を作る場合には絶対についてまわる大きなしがらみから解放され、独立した立場から雑誌を創るという立ち位置だからこそできる自由な発言やフットワークの軽さが、多くの人々(その多くは日本の家庭を支える主婦や独立して生きる堅実な女性たち)に受け入れられた。編集部員の原稿を花森さんが添削したものが展示されていたりもした。「暮しの手帖」を作る上で編集部員が書く原稿はみんな花森さんが添削し、書き換えられていたそう。雑誌を作るには1人の人間がワンマンで立ち回らないとダメだ、みたいなことを話してもいたそう。これだけ好き嫌いや考え方がはっきりしているからこそできるワンマンなのだろうなあと思う。ワンマンで仕事をする人間が悪いとかじゃなく、ワンマンで仕事ができるくらいの能力と説得力と行動力のある人間が、今の時代にいないだけなのかもしれない。展示の最後に花森安治の著書「一戔五厘の旗」が展示されていた。イラストやレイアウトデザインのセンスも素晴らしいけど、この人の文章の持つ言葉の力強さに涙が出そうになった。



文学館でお昼ご飯を食べながら、アケミちゃんと好きだったけどもうなくなってしまった色んな雑誌の話をする。
そのあと、世田谷線で三軒茶屋の世田谷ものづくり学校へ。使われなくなった小学校の校舎を利用した施設。いろんな会社や団体が入っていて楽しそうにしている。スノードーム美術館だけ見学して、構内をフラフラ。空っぽの教室があって、アケミちゃんが「先生の名前は〜」と言いながら、黒板に阿久津真矢と書いている。「女王の教室」見過ぎ。学校の廊下とか教室なんて本当に久しぶり。どんな小学生だったかって話をしたりした。


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hatori [mail]