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近所の神社の大祭だというので、開け放した窓からぴーひゃらぴーひゃら聞こえてくる。音がだんだん近づいてくるのでベランダに出てみたら、ちょうど子供みこしと山車が角を曲がるところだった。道路の向こう町内会のおみこしらしい。うちの前は幹線道路になっていて、びゅんびゅん飛ばす車列の脇をおまわりさんが車両を止めたり、バリケードを立てたり汗だくの奮闘である。その後ろを大人のおみこしがやってくる…と思ったら、休憩所(というのか?振る舞い酒をしたりするところ)のセッティングをしている様子が上から見えたので、こりゃしばらく動かんじゃろうということで音がもっと近づいてくるまで室内で待つ。音が大きくなってきたので、また出てみると今度は幹線道路の手前をうちの町内のおみこしが、反対側を向こうの町内会のおみこしがちょうどすれ違うところだった。つまり幹線道路は上下線とも2車線封鎖(=大渋滞)である。向こうの町内とこっちの町内は、ちょうど鉢合わせして大盛り上がりで手を振り合ったりしている。世話役のようなおじさんたちは、横断歩道を渡ってきて、抱き合って喜んだりしている。一種のおみこしハイですな。うちの町内のおみこしの列は、我が家のマンションの真下を通っていく。ほー、これがうちのご近所かーと感慨をもって眼下に眺める。普段マンションの人としかすれ違わないし、これだけ世帯数が入っていると、エレベータで乗り合わせてもたぶん二度と会わないだろうなと思いながら愛想を振りまいている毎日だし、、この人たちもたぶんもう二度と会うことはない(あってもわからないし)。こうして地域にまったく接点を持たないまま私たち夫婦は時を過ごし、やがてどちらかに先立たれて、残ったほうは知る人もないこのマンションで独居老人として誰も気づかれずにあの世に旅立つのだろう。ぐっすん。 昼食後に散歩がてら近所の大きなお寺にお参り。彼岸花が群生してすっくと咲いている。思い立ってそのまま大祭が行われている神社まで行ってみることにする。この神社も区内で一番大きい。たぶん露店がたくさん出ているだろう。途中で思いがけず郷土資料館などにも入ってしまう。地元の著名な作家にまつわる展示や昔の街道沿いの宿場街の模型など、思いのほか面白かった。当時の宿場街は半農で街道筋にいくつも外便所を用意することで、旅人の肥(こえ)を集めていたのだという。旅人喜ぶ、農家喜ぶ、野菜喜ぶ、言うことなしである。外庭には民家が移設されていて、あがりこんでお茶などを振舞ってもらう。ここには白い彼岸花が咲いていた。 神社について、参道に所狭しとならぶ露店をぶらぶら見る。私が子供の頃にくらべてずいぶん健全な雰囲気の露店が多い。思い返してみれば、露店商というのは子供心に初めて垣間見るシビアな大人の世界ではなかったか。針で枠をきれいに外す「型抜き」なんて、何かと難癖をつけて完璧に抜けたことを認めない大人との戦いそのものだった。今では射的のお兄さんが「がんばれー」なんて優しい言葉をかけている。 本殿について参拝しようとしたら、だいぶ並んでいたのであきらめる。お寺にもいったからもういいや。普段おみこしが収めてある神輿舎ではいけばなの展覧会が行われていた。帰り道、餡餅(シェンピン)という中華風のおやきを買った。昔の露店にはなかった味だな。
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