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ボストンは港町なので、海産物がおいしいらしい。特にロブスターやあさりのクラムチャウダーは有名である。 初日は夫が昼休みに見つけておいた景色のよいシーフードレストランに行く。ここは有名人の客が多いらしく、オーナーが歴代の大統領や芸能人と一緒に写した写真をたくさん飾ってある。 プリンス・ヒロも微笑んで写真に収まっている。内装も立派だし、客層もよさそうである。しかしウエイターに飲みもののメニューを見せてくれと頼むと、うちには何でもあるし、メニューなんてないという。不遜な態度である。しかも他のテーブルではワインリストを見ている客がいる。 ロブスターは行く店を決めてあったし、生牡蠣は私が昼間見たオイスターバーがよさそうなので、ボストンの刺し身とクラムチャウダーとフィッシュチャウダー、それからメインディッシュに牡蠣フライとタラをソテーしたものを頼む。なんだかどれもピンとこない味である。料金は高いわ、ウエイターの態度は大きいわ、こんなものでお腹がいっぱいになって苦しいのが口惜しい。唯一の救いは東南アジア系の顔立ちをしたボーイが極めて親切だったことか。同じアジア人である我々を気の毒がってくれたのだろうか。 翌日はオイスターバーに行ってみた。ここはかのウェブスターも常連だったという老舗中の老舗で、店の構えは重厚でいかにも美味を提供しそうな雰囲気である。ボックス席に通されてさっそく生牡蠣とクラムチャウダーを頼む。さて肝心のお味だが、生牡蠣は、まあ生牡蠣である。でも有難味がない。やはり能登半島の新鮮な生牡蠣に慣れてしまったこの身の因果だろうか。別に「いやぁ、能登の牡蠣を食べちまったら、他の牡蠣は食えないねぇ」などと猪口才なことを抜かす気もないのだが…。あれ?それ以前に今はAugust、“r”のつかない月じゃなかったか?食べていいんだっけ?でも、Mayにどっちゃり生牡蠣を食べたこともあるし、まあいいんだろう。 クラムチャウダーもまあまあである。まずくはないが、これなら私が作ったほうが満足のいく味になると思う。ふーむ。たしかにおなかはいっぱいになったが、それほどの感動は味わえないまま店を出た。収穫はむしろ店内にある売店で買ったロブスターの小さなぬいぐるみである。はさみの部分に指を入れて動かせるようになっている。これはかわいい。さらにせがまれてロブスターをかたどった木製のノッカー(knocker)を買う。職場に飾るのだという。うーむ。 結局、今一つのまま時間は過ぎ、ついにロブスターである。ロブスターは市内にいくつかチェーン店もある専門店に行くことに決めている。それでレストランに行くと、入り口にはすでに人が並んでいて、待ちリストに名前を入れると順にポケベルを渡される。30分弱待たされたあと、席につく。愛想のいいでっぷり太った黒人のウエィトレスが注文を取りに来た。私たちの席は彼女の担当らしい。注文するたびに満足げにうなずいてくれる。自然と「よーし、食べるぞー」という気持ちになってくる。クラムチャウダーとロブスター、他にサラダとビールを注文する。隣りの席では、幼い子供がロブスターの姿におびえて泣いている。面白がった親たちに時々ロブスターを近づけられては、火が点いたように泣き喚く。確かに真っ赤で大きなはさみのついたロブスターの姿は恐ろしげである。その恐ろしげな姿のものを丸ごと食す我々もなんと罪深いことか。 しばらくして運ばれてきたチャウダーは、これぞ求めていた味である。量を少な目にボウルではなくカップで頼んだのを悔やみながら「んめえ、んめえ」とペロリと平らげる。 サラダは一つだけ頼んだつもりだったが、同じ物が二つ来た。まあこういうことは多々ある。時を同じくしてロブスターも登場し、テーブルの上は満載である。ロブスターの絵のついたビニールエプロンを着けてもらう。つるつるした素材に印刷されたロブスターは、デジタルカメラで撮ると妙にくっきりと浮き上がって見える。胸元にリアルなロブスターをつけて笑みを湛える東洋人二人。 ロブスターには櫛切りにしたレモンと溶かしバターが添えられているが甲殻類はレモンのほうが合うと思う。味は蟹よりやや淡泊だろうか、弾力のある真っ白い肉がたっぷり詰まっていて、味噌の部分はとろりと意外とイケる味である。バリバリと殻を壊し、むしゃむしゃと食べる。その繰り返しに疲れたころ、急激に満腹感が押し寄せてくる。最後はほとんど機械的に口に運ぶ。 例のでっぷりとしたウエィトレスがやってきてデザートはどうかと聞いてくるが、とてもお腹に入るものではない。お茶だけ頼んで、あとは大袈裟に手を振って断ると愉快そうに笑う。お茶はポットサービスで、面白いことに南部鉄瓶に入れられている。ウエィトレスにこれは日本のヤカンである、と説明すると「それティーポットなんです」と答えが返ってきた。ええ、わかってます。 お茶もたっぷり2人前以上ある。テーブルでお勘定を済ませて、なんとかそれを飲み干し、チップを置いて席を立つ。例のウエィトレスは他のテーブルで接客していたが、私たちの姿を認めると、にっこり笑って「Thank you!」と握手を求めてきた。 もっとチップを置いてくればよかったかと少々悔やむぐらい、心身ともに満ち足りた晩だった。
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