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北陸で暮らしていた時は、生活必需品は週1回車で近郊の大型スーパーマーケットにいって大量に買い込んできていたので、ここへ来て買い物事情は大きく変わった。なんといっても歩いて買い物にいけるのである。 車での大量の買い出しというのは、戻ってきて最後団地の階段をよれよれと4階まで上ることを除けば、なかなか快適なものだった。ドカンと買ってドカンと運べるのである。引越し直前、そういえば東京では車で買い物をしないんだ、と思ったとたんに、よく実家の母が両手にレジ袋を食い込ませながら家族の食料を買い込んで帰ってきた姿が浮かんできて、慌てて車を駆って、米、サラダ油、オリーブオイル、味噌、醤油、トイレットペーパー、ビール、トマトの水煮缶など「重い、または嵩張る、あるいはその両方」なものを買い込んできた。これで当分よたよたとは無縁である、そう思って安心した。 ところが、引っ越してきた部屋は前述した通り、収納スペースが絶対的に不足している。玄関の下駄箱からつっぱり棚で無理矢理作り出した空間からソファの下まで、すべてを使っても収まりきらないものというのはある。10kg用の米びつはついにどこにも収まらず、居間から洗面所に抜ける通路の脇になんとなく置いてある。 雪が降って出かけられないわけじゃなし、買い物に行くまとまった時間がないわけじゃなし、貯蔵品の収納に四苦八苦している自分が愚かしく思えてきた。なにしろ隣の建物は小規模ながらスーパーマーケットである。品物はあまり良くないが、それでも一応のものは揃う。そこは比較的遅くまで開いているし、コンビニエンスストアもある。昼間なら少し歩けば個人商店もいくつかあるし、その気になれば目の前のバス停からターミナル駅近くのデパートに行くことも可能である。 とはいうものの、単価はそれなりに高めである。手にとって「これなら…」と、一瞬考え込んでしまう。値段的には大量に買い込んだほうが割安な場合も多い。しかし家賃と居住スペースを勘案すると、やはり「外部貯蔵」に限るのである。適応しない部分は切り捨てていかざるを得ない。だから、いざという時のためにとっておいた類をどんどん消費する方向に一転してしまった。取っておくスペースはないのだ。買い置きのお砂糖はお菓子を作って使ってしまった。夏の間、麦茶の代わりに中国土産の烏龍茶をせっせと炒れては冷やしておいた。フリーズドライもレトルトのパックもあと僅かである。そんなに遣ってしまって大丈夫か、という声も聞こえるが、これらを取っておいたからといって救われるというものでもないだろう。災害用品はそれなりにそろえる必要があるだろうけれど。 その日必要なものを必要なだけ買えるというのはある意味、贅沢である。
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