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北陸の山の中から東京に引っ越してきた。夫の仕事の都合である。 東京は私たちが生まれ育った街である。そういう意味では「戻ってきた」というべきであろうか、実際知合いの中には「帰ってこられてうれしいでしょう」といってくれる人達も多い。しかしそうそう喜んでもいない自分が居る。それほど北陸での暮らしに馴染んでいたわけでもないだろうに、何か置いてけぼりを食ったような、魂の一部が残ってしまったような中途半端な気持ちがある。 新居は都心部にある小さな賃貸マンションである。二人暮らしなので1LDKという間取りは十分だとしても、収納スペースの小ささには笑ってしまう。パーツとしては玄関の下駄箱にしろ、ウォークインクロゼットにしろ、キッチンにしろ収納箇所は備え付けてあるのだが、ことごとく小ぶりなのである。今までが3LDKにドカンとした押し入れタイプの収納だっただけに、はみ出した収納具の行き場がなく、しばらく収拾がつかなかった。立体パズルを組み立てるようにあれをこっちに移動し、これをそっちに片付けしていくうちになんとか布団を2枚敷くスペースを確保し、翌日また散らかしてはしかるべき場所に収めて行く、という繰り返しである。何はなくとも布団を敷くスペースの確保が再優先事項である。 マンションは大きな通りに面していて、二重サッシのおかげでひどい騒音ではないものの、昼夜を分かつことなく車の低い唸り声が聞こえる。窓を開けると眼下にはバスが走り、人々がせわしなく歩いているのが見て取れる。鼻孔を満たす生ぬるいくぐもった匂いが、街中に居ることを感じさせる。北陸に居た頃は朝夕の涼しい時間帯に漂ってくる針葉樹林の香りが、得も言われぬ贅沢な楽しみであったことを考えると雲泥の差である。それでも少し遠くに目をやると、小高くこんもりと杜があるのが見渡せる。杜があるので有名なホテルと、その周辺の公園が織り成す緑地帯である。目にする度にちょっと意外な驚きを感じた後で、そもそも間取りよりも何よりもこれが気に入ってこの部屋に決めたのだっけ、と思い直してみたりする。 北陸に居た時は当然として、ケンブリッジでも寝室の窓から見えるポプラ並木が気に入って家を借りたのだし、結婚するまで住んでいた家もそれなりに植わっている庭木が窓から見えたものだった。音楽が鳴ってなくても生きていける。空がなくても生きていける。でも例え人工的な植栽であっても、視界の端に木々の緑がない生活は私にとって考えられない。大袈裟でなく、そう思う。だったらもっと郊外に住めばいいのにとも思うが、そういう発想が欠落しているところが都会育ちということだろうか。 杜の見える窓から、我が想いを運べ。
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