2001年08月10日(金) |
小説3 便利な世の中 |
「めっちゃしんどーい」 私は自分の部屋の扉を開けて3歩歩いただけで倒れこんでしまった。 ほんまこんな生活が続いたら死ぬかもしれんわ。僕はそう思い、声に出してみた。
「ほんまに死ぬかもしれん。おとう。おかあ。ありがとう」
独りで悲劇のヒーローになるのは良いもんだ。 悲劇であればあるほど、この世界の自分の主人公度は増していくからだ。
時刻は11時前。 車の通りも少ない茨木のこのあたりでは音を出すものと言えば、 JRの電車とそれとがかみ合う線路くらいだ。 私のマンションは線路の隣にあるから騒音は仕方ないのである。
マフラーを取ったバイクの音も聞こえず、 茨木に多く生息するヤンキーも今晩は少ないようだ。 月に恐れをなしたのだろう。三日月、満月関係無く彼らは本当に月を嫌う。 以前もその事に関し、コンビニの前でヤンキー達が議論してたほどだ。
ヤンキーのいない夜はとても静寂を極めたが、 それを突き破るように遠くのほうからピーポーピーポーと救急車の音が聞こえてきた。 しかもそれはだんだん大きくなり、それが最大をとった時音は止んだ。 自分のマンションの前に止まったようだ。
このマンションの誰が病人なんだ?と思っていたら、 消防士の階段を駆け上がる音が聞こえたのち急に私の部屋のドアが開いた。
「しばやまさん!大丈夫ですか?しばやまさん!」
土足で上がり込んで来て、私の肩をつかみ激しく揺らして消防員Aは言った。
「はい!???なっ何ですか、いきなり」
「だって、さっき「死ぬかもしれん」って言って我々を呼んだじゃないですか!」
「えぇ、確かに言ったけど、ちょっと疲れてるだけで、救急車は呼んでないよ」
「はい。そうですね。たしかに電話では呼んでないかもしれませんが、 今は便利な世の中になって、いちいち電話を掛けなくても様態が悪化した人がいれば、 その情報を救急センターが即座にキャッチできるようになっているです。」
と彼は言った。彼はしたり顔で得意そうだった。 そして、こちらに遠慮することなく更に続けた。
「このサービスは8月からテスト期間として茨木限定で行なっているですが、 これによってもう8名の命が助かっているんです。 だからイタズラで呼ぶのは本当にやめてくださいね。 しかし、これで今日イタズラ4件目だよ。ほんとに勘弁してよ。 こっちは体がいくつあっても足りやしないんだから、それに・・・」
「でも、僕はただなんとなく思った事を口に出しただけで・・・」
いつまでも続く愚痴をのさばらせるほど、俺は暇じゃない。 風呂に入って歯を磨いて寝て、明日のローソンに備えねばならぬ!とばかりに口をはさむ。
「それがイケナイって言うの!近頃の大学生は本当にことが解らないね。それに・・・」
土足でも入りこんでるし、きゅうに大学生全員に拡大する理論も気に食わなく、 かなりむかっ腹は立っているが、ここはおとなしく聞いておこう。 これは口答えするとやばく長くなりそうであるからだ。そ れに反省してるフリをするのは私の得意とするところだし仕方ない。
彼はその後5分ほど独りで話し続けた。 救急車はどうなっているのか気になったが、それどころではない。 真面目に反省してるフリをし続けねばならないのだ。
長い長い説教が一段落し、彼の話がまとまって少しとぎれた時に私はすかさず割って入り、 彼の右手を両手で取り、申し訳なさそうに言ってやった。
「はい、すみません、すみませんでした。確かにそうですね。 このサービスは老人が多くなる社会には無くてはならないものですね。 私が間違っていました。これからも頑張ってください。心から応援してます」
「そうだろそうだろ」
俺の態度にかなりご機嫌そう。満足かね。
「はい、これから自分も気をつけますし、友達にも言っておきます」
「おう。ほんとに頼むぜ!」
「はい。わざわざご苦労さまでした」
彼は笑顔で出ていった。 私も苦手な笑顔で答えた。 救急車が帰って再び静寂が訪れた。
「便利な世の中っていうも色々大変だな」
その静寂の中で言葉を確認しながら私は言った。
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