僕は父のことを「おとう」と呼ぶ。 もちろん母のことは「おかあ」である。 僕だけが言っていたわけではなく、僕の兄弟はみんな言っていた。 「おとう」「おかあ」と。
両親のことを普通の家庭ではこのような呼び方はしない。 だいたい「お父さん」「お母さん」である。
子供の頃は、それがたいそう嫌だった。 友達はみんな「お父さん」「お母さん」と言っているが、 僕だけ「おとう」「おかあ」と呼んでいたからだ。
それを僕はかっこ悪いと思って、 友達の前では「お父さん」「お母さん」と無理に呼んだこともあったが、 やはりシックリこなくて困った事を覚えている。
でも今では気にせず「おとう」「おかあ」と呼べる。 みんなと一緒じゃないと嫌だと言う子供の時の価値観から、抜け出ているからだろうが、 そんなことより、僕の父は「おとう」で、母は「おかあ」なのである。 必ず「お父さん」「お母さん」では無い。
日立の内定が決まり、「おとう」に電話をした。
「日立から内定もらった」 「おぉーそうか」 「でもリクルートが受かればリクルートに行きたいと思ってる」 「おい健一。リクルートなんて行ってどうしょうけな。日立いっとけ」 「でもリクルートって社風も雰囲気も自由だし、 やりたい仕事もできると思うから、今一番行きたい。 だから受かったらリクルートに行く。落ちたら日立」 「そうかぁ。。。まぁよう考えて、行きたいところ行け」
家では絶対の「おとう」が案外素直に聞いたことに少々驚いて、 「おとう」も「お父さん」並みの寛容さと余裕が出てきたのかな?と思いながら、 「じゃあな」と電話を切ろうとしたら、最後に「おとう」が言った。
「おい、健一」 「なに?」 「三菱重工はどうした?」 「どうしたって言われても、俺全然興味ないよ。推薦枠あるけど。。。」 「やっぱり、三菱重工やで、健一。みつじゅう行かんとあかんで」 「そうやな。はいはい。じゃーね」
やっぱり、「おとう」はいつまでも「おとう」だった。
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