琴 星 商 事 日 乗
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2005年01月17日(月)
  私の1995.1.17

 1995117日火曜日、10年前のあの日。私は勿論、東京にいた。当時は高校3年生で、即ち受験生だった。

 早朝、6時頃。小さい地震で目が醒めた、気がする。でもそのまま、すぐに眠った。
 いつも通り7時過ぎに起きると、テレビが関西で大きい地震があったことを報じていた。少し前に北海道でも大きな地震があって、マグニチュードや震度の割にはさほど大きな被害がなかったから、今回もまたそんな地震だったんだ、と思った。
 そして、学校へ行った。
 この日はセンター試験の翌日で、私の高校では、午前中は通常授業、午後はセンター受験者のみ自己採点が行われることになっていた。私はセンターを受けておらず、12時間目の選択授業(確か、英語だったと思う)と34時間目の必修授業を受け、恐らく学校で昼食を摂って、5時間目が始まる頃に帰宅したのだと思う。
 学校では「そういえばあったね」くらいしか地震のことは話題にならず、私たちの専らの関心事は、自分、或いは友人たちのセンター試験の結果だった。この日唯一、地震の話で覚えているのは、私の後ろの席で結構仲の良かったOくんが、お父様が大阪に単身赴任中だったとかで、
「朝っぱらから、みんな寝てたのに、俺は大丈夫だぞ、って電話があったよ。地震あったなんて知らないから、みんな"はぁ? 何が?"って」
 って話をしてたことくらいだ。東京にいて、朝8時頃には情報から遮断された私たちにとっては、この時点ではこんなモノだった。

 センターは受けていないけれど一応受験生だった私はこの頃、源氏物語のストーリーを頭に叩き込もうと橋本治の「窯変源氏物語」を図書館で借りてきて読んでいた(勉強法が間違ってるとかいうツッコミは今更要りません)。この頃、7巻あたりを読んでいたんじゃなかったかと思う。14時頃帰宅し、続きを読もうとテレビの前に座り、テレビを付けた(私は時計代わりにテレビをいつも付けている)。
 時間的には、ワイドショーの時間。朝の地震の続報とかもやってるかも、とは思ったと思う。でも画面に映し出された光景に、「あれ? 映画か? 何チャンだ?」と思った。あの高速道路が横倒しになった光景が、その時映し出されていた。朝、家を出た時には、数人の死者とか怪我人とか、そんな話だった。それが高速が倒れ、駅舎が潰れ、街が焦土と化している。
 びっくりした。
 びっくりした、なんて言い方じゃ全然言い表せないけど、とにかくびっくりした。
 それからも刻一刻と情報は変化し、死者・行方不明者の数は増えていく。
 結局この日から、「窯変源氏物語」は1冊くらいしか読み進められなかった。だって、殆どテレビのニュースを見ていたから。

 あの日から10年が経った。
 震災を経験していない私でも、「あの日」のことはこうして朧気に覚えている。あの日から10年。

 今日から10年後、つまり「あの日」から20年後、私が「私の1995117日」を今と同じくらい覚えていることはきっと無理だろうから、今日は備忘録として書き留めてみました。しょーもない日常が、とても大切なんだってことと共に。
 そもそも、私の「10年後」があるとも知れないし、ね。


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・過去の「今日」。

2003年01月17日(金) 忘れた頃にやってくる。
2001年01月17日(水) 修論提出、そしてLive!

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