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2001年11月19日(月)
  The Leonids 2001 -2001年獅子座流星群回想録-

 初めてしし座流星群を見に行ったのは、卒論提出を3週間後に控えた大学4年の晩秋のこと。大学の天文同好会の同級生(但し、うちの学科ほど卒論提出が早くなく且つ厳しくない経済学部の方ばかり)4人で、北茨城の里美村まで行きました。
 大出現が予想され、マスコミに煽られた一般人の方々まで夜空を見上げたあの年、私たちが明るいうちから場所取りした観測場所は、某テレビ局看板ニュース番組の天気コーナーの中継なんかのお陰で、夜中には人と車で溢れかえり、排ガスとライトで折角の星空が台無しでした。しかも、通常の流星群の規模を思えば十分大出現だったのだけれど、流星雨にはならなかったため「期待はずれ」扱いを受け、何だか不満を覚えたものです。

 翌年。昨年のメンバー−1+1の計4人(やっぱり天文同好会の同級生)で、静岡は朝霧高原へ。昨年の期待はずれが良い感じに尾を引き、一般人は割と冷めたムード。しかし、天気が悪く、敢え無く撃沈。退屈紛れに車で登った富士山では雪にまで遭遇し、ハチャメチャな顛末でした。

 修論提出を控えた昨年は、月の条件も悪くて誰も見に行かず、2年ぶりとなった今年。一昨年と同じメンバーで、同じ朝霧高原に初の2泊で出陣。夏前から「行こう行こう」と言っていた我々ですが、正式に観望を決定したのは10日程度前という、何とも計画性のない観望旅行でした。

 観測場所は朝霧高原のとある広場。東には霊峰富士を望む、なかなかのロケーションです。天気予報もまずは順調。富士山には登らなくて済みそうでした(いや、雨降ったってもう登らないけど)。
 初日の17日は、様子見。極大予想は翌日だけれど、いきなり火球(−3等より明るい流星のこと)を目撃したりと、普通の流星観望なら早くも満足の内容。雲が出てきたし、本番は翌日だから、夜半過ぎに撤退。
 本番の18日。アッシャー博士の極大予想は、19日午前2時半と3時19分。とゆーワケで、普通なら21時頃には始める星見開始を遅らせ(たのか遅れたのか自分でもよく判らんが)、23時過ぎに観測場所へ。
 駐車場には車が結構停まっていて、既に何グループかが観望していたけれど、いつも私たちが陣取る、駐車場から斜面を一段登った広場には、殆ど人はおらず。そして、登るなり北から南へ飛距離約150°にもなる大火球が飛んでいきました。恐るべしレオニズ。

 でもそんなのはやっぱただの始まりで。シートを広げてシュラフやブランケットなんかも出して本格的に見始めると、火球が、それも流星痕をくっきり残す火球が飛びまくります。元来、ゆっくりと流れて痕を残す流星が多いしし座流星群。その特徴が顕著に現れており、まだ輻射点は地平線下にあるとゆーのに、同時に2つも3つも火球を飛ばしたりするサービスっぷり。流星の出血大放出。火球が流れるたびに声をそろえて「おー」と歓声を上げる我々と、必ずワンテンポ遅れて歓声が上がる周囲。このタイムラグは一体? そのうちツーテンポ遅れる集団まで現れる始末。広場内に時差が。
 日付が変わる頃には、既に流星雨状態。とても数なんて数えられる状態ではありません。空を見てさえいれば、必ず1分以内に火球が見える。5割以上の確率で痕が出現する。参考までに、通常、年間を通して最も出現が期待される流星群のひとつ・ペルセウス座流星群の場合、私の経験上、一晩中(夏なので夜9時から朝4時くらい)観測して、見える火球は極大時で3個程度、痕が残る流星も両手で数えられる程度、火球ではない流星も含めて、見える流星は極大の1時間で多くて70個程度。それが、1時間あれば火球が70個は拝めちゃうなんて。トイレに行く暇なんてありません。寒さしのぎにお湯を沸かしてカップ味噌汁を飲む暇なんてありません。一瞬眼を離した隙にも火球が飛ぶアンビリーバボーな状態。寒いんだけど、凍えるがまま、夜空を見ておりました。1時半頃には、この感動(?)を違う場所の誰かと共有してみたくて、深夜だっつーのに、高校時代の星見仲間に電話かけちゃう始末。彼女も千葉の自宅屋上で観望していて、ひとしきり感動を分かち合いました。

 間もなく極大を迎える午前2時台。火球だけでも余裕で3桁(/1時間)は見えていたでしょう。2等・3等級の流星や、時々混じるオリオン座流星群と思しき流星まで含めたら、そりゃもう間違いなく流星雨。はっきり言って、火球じゃない流星なんて、眼に入りません。いえ、入ったとしても、次の瞬間には火球が視界の何処かに飛び込んできます。1分に、ではなく、一瞬に3個、10秒に7個とかの火球が見える(流れる、ではなく)んです。「どうだった?」なんて訊かれても、ただ「凄かった」としか応えられません。
 3時台も状況は変わらず。後の情報によると、2時台のHR(平均時間個数)は2,000個、3時台は3,000個だったそうですが、はっきり言ってHR500を超えたらもう判りません。とにかくいっぱい。4時台になると、流石に数は減ったような気はしますが、それでも火球は飛び放題。極大時刻を過ぎたため、いつの間にやら集まった多くの人も、徐々に消えてゆき、昼の渋谷センター街並みに騒がしかった辺りも静かになり始めましたが、こんな空状態では引き際が掴めません。朝霧高原だけに立ち上ってくる朝霧、徐々に白み始める東の空、しっとりと降りる夜気。それでもお構いなしに出現する流星。ここまで来ると、いつ引いても良い気がしつつ、引くきっかけが全くなし。火球フィーバーと寒さで崩壊しつつ、降り止まない火球の雨を拝みます。
 でも、宿のチェックアウトは朝10時。全く寝ずに車で帰るのは(運転手さんたちは)酷なので、天文薄明の午前5時前、飛び続ける火球を横目に撤退。片づけてる最中も、車で宿へ向かう車中からも、宿に着いて荷物を下ろしてる間も、火球が落っこちていきます。そりゃあそうでしょう。東に昇った明けの明星より明るい流星が飛ぶんです。金星といえば、昼でも見える星。明るくなったって、注意してれば見える流星がいくつも流れ続けてるんです。ちょっと明るくなったって、関係ありません。今年は月齢4で夜中に月はなかったけれど、別に満月だって影響なかったんじゃないの? くらいのイキオイ。やっぱ平常じゃないです。

 日本では200年に一度見られるかどうかだという今回の天文ショー。200年に一度ってことは、人生でもう二度とこんなことはないんだろうけど、それでもいいやと思います。一度でも見れたからこそ言える贅沢ですが、個人的にはHR50くらいの流星群(要するに、ペルセウス座流星群レベル)が、観望・観測していて一番楽しいんじゃないかな、と。時々、惑星や星雲・星団なんかに双眼鏡や望遠鏡を向けてみたり、友達と夜の闇の中だからこそ出来るようなバカ話しながら、5分に1個は星が流れるような、でも1時間くらいはフィーバーがあるような、それくらいのペースが疲れなくて良いのではないかと、しみじみと思うのです。
 一晩中火球、てのは疲れましたが、でも見れて万々歳。でもでも次はのんびり見れるのがいいなあ、大彗星なんて来ないかなあ、なんて考えてるあたくしでした。

 最後に蛇足的に付け加えますが、星を見に行ったら、懐中電灯を人に向けてはいけません。フラッシュたいて記念撮影なんて以ての外です(そんなことしてもどうせ夜空は写りません)。駐車場など車がライトを点けても文句を言えないようなところでの天体写真撮影は無謀です。いや、こんなとこでこんなこと言っても仕方ないんだけどさ、言ってみたかっただけです、ハイ。


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・過去の「今日」。


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