きっと どこかで
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2003年12月29日(月) |
「世界に一つだけの花」の歌詞に思う |
先日の書きこみの続きになるんだけど。
先日は、共感できない部分がある、というところを書いた。でも、全体的には、この曲、メロディーも歌詞も好き。
この曲では、「花」というものは、人間が生きている状態を表しているんではないか。そう考えれば、いいのではないかという気がしてきた。
それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる? 一人一人違うのにその中で 一番になりたがる
おそらく、このあたりの歌詞に共感を覚える人が多いんだろうと思う。
一番になりたがる人が多いの?そう、若い人達は夢を持って、上を目指す事を考えればいいと思う。
でも、先日も書いたけど、私くらいの年齢になると・・。
自分自身の程度というのが自分で分かってくるから、半分あきらめも出て来たり・・、でも、ここまででもがんばってきた自分を自分なりに、それなりに、「私って、結構やるじゃん」とか思ったりもして。
花屋の店先に並んでいるのは、選ばれた花。それだけで素晴らしい・・。
生まれてきたというのは、それだけである意味すごいことなのかもしれない。私の母の時代も、産む事・産まない事を選べた時代。私は、選ばれて産まれてきた、と言えるのかもしれない。(どんな子か、というのまでは、選べないのは、母の時代も私の時代も一緒だけれどね。)
私の場合は、子供を選んで産んだというより、なかなか出来なかったので、待ち望んで産んだ、と言えるだろう・・・。
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