無責任賛歌
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記




ホームページプロフィール掲示板「トーキング・ヘッド」メール
藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2003年01月30日(木) なんでも食うよ/『ブラックジャックによろしく』4巻(佐藤秀峰)/『プリズム』(貫井徳郎)ほか

 「人生の一大事は食うことである」とはしげの行動原理だが、もう私はしげに逆らうことはしない。
 「今日の食事はどこにする? 『王将』? いいよいいよ」
 なぜしげがそこまで「王将」に拘るか、などという疑問はとうに捨てました。

 姉の娘さんがここで働いてることは前にも書いたが、案外出会うことがない。今日はちょうどいて、目線で挨拶をかわす。働き始めてもう3年くらいになるだろうか、随分背も伸びた。おそらくそろそろ高校も卒業じゃないかと思うんだが、幸いなことに学校の方に無断アルバイトしていた件はバレていないようである。
 だいたい、たかが学校フゼイが、法で禁止されてるわけでもないのに、人んちの家庭事情に立ち入ってアルバイトをさせない、というのが言語道断横断歩道なのである(このギャグ最初に言い出したの誰だったかなあ)。あたら10代の若い時期を、机上の勉強だけさせててなんの社会常識が身につくもんかね。
 13歳過ぎたら、世の中はもっともっと子供をバイトさせたほうがいいと思ってる親、多いと思うぞ。いや、バイト禁止の学校があってもいいんだが、少なくともどこも一斉に同じじゃなくて、許可してるとこと禁止してるとこが半々なのが公平でいいと思うんだが、このへんの学校、みんな「右へ習え」だからねえ。その方が「教育したフリ」ができていいんだけろうけどさ。

 壁のポスターを見ると、「新製品」と銘打って「トントロラーメン定食」ってのがあったので、そいつを注文。ラーメンもトンコツなので多少、臭みはあるが、歯応えはあって美味い。


 NHKBS2で『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』。
 LDも持ってるし、多分そのうちDVDも買いそうだ。けれどこうやって放映してるとつい見ちゃうんだよねえ。今さらこんな有名な映画を解説したってしょうがないよな、とは思うが、私の文句なしフェイバリット・ムービーの一つだから、そうもいかないのである。
 原題は“DR. STRANGELOVE. Or:How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb.”つまり正確に訳すのならこれは「ストレンジラブ博士」という人物名なのであって、「博士の異常な愛情」ってのは意訳なのだけれど、こちらの方が日本人には通じやすかろう。
 実際、このドイツから亡命してきた既知外博士は、核戦争が起きれば「選ばれた民」のみをシェルターに隔離し、男一人に女数人をあてがえ、と主張するのだが、これがナチスの「優良種」思想に基づくことは明白である。
 冷戦構造が崩壊しても、戦争の火種はなくならない。
 そういう現実を見れば、狂気と疑心暗鬼と事故が戦争のスイッチを押してしまうこのブラックユーモアに満ちたSF映画は、時代を経ても普遍的にイントレランスな世界観を描いた作品として生き残っていくのではないか。
 ……と、一応、マジメな解説はここまでにしといて、やっぱりスバラシイのは、キューブリック映画においてもピーター・セラーズがちゃんとピーター・セラーズ演技を見せてくれてるってところだね。狂ったジャック・リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)からなんとか攻撃中止命令の暗号を聞き出そうと、マンドレーク大佐(セラーズ)が懸命に媚を売りまくるのだが、人類滅亡が迫っているだけにその切迫した事態とのギャップが激しくて笑えるのである。
 マフリー大統領とストレンジラブ博士もセラーズが演じているから、彼の出番は最後まであるのだが、人類滅亡の瞬間にマンドレークにもう一つくらいギャグをトバしてほしかったと思う。


 マンガ、佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』4巻(講談社/モーニングKC・560円)。
 違和感がどんどん増してきている。
 その違和感の正体がなんだか、これまではあまりうまく言葉にできなかったのだが、ようやくハッと気がついた。
 これ、やっぱ医療マンガじゃないのだ。
 確かに、これは現実に存在している病気を扱っている。
 作品中で描かれている医療現場での様々な問題も本当のことが多いのだろう。
 それでもこれは「ただのフィクション」なのであった。
 しかも極めてステロタイプのドラマ。
 扱われている題材に惑わされてしまったが、「感動の仕掛け」がどうなってるかってことだけに注目すれば、このマンガ、そんなに出来のいいマンガだとは言えなくなる。

 「問題」を語るのはいい。作者も、恐らくは真剣に取材をし、このマンガを描いているのだろう。作者は読者に切実な問題を突きつけている。「生まれた子供に障碍があることを知ったら、親としてあなたはどうしますか?」
 こういった質問を突きつけられれば、ガキはともかく、とりあえずマットウに生きてるオトナなら真剣になって考える。
 果たして、自分はその子を育てられるだろうか。
 差別だらけの世の中に子供を放りこんで、その責任が取れるのだろうか。
 いや、たとえどんなに子供が苦しんでも、やはり親としてその子をこの手で抱きしめたい、それは親のエゴなのだろうか。
 思いは錯綜し、答えは容易に出ない。
 そんな、答えが簡単に出せるとも言えない状況に読者を追いこんでおいて、このマンガが何を描いたか。
 “生まれてくる新生児に意志があり、自らの命を死にかけた双子の兄弟に分け与える”という“ファンタジー”である。
 「リアルなマンガ」を読んでいた気になっていた人は、ここでコケちゃったんではないか。いや、実際に障碍を持つ子供の親である人で、このシーンに激怒した人もいたんじゃないかと勝手な想像もしたくなるくらいにこの「演出」はヒドイ。
 赤ん坊だって1個の人間である。それは事実だ。
 しかし、『ベイビートーク』じゃあるまいし、彼らにオトナ並の意志・判断力があるかのように読者に錯覚させようというのは「詐欺」でしかない。
 子供に「意志がない」からこそ、親はその子を育てるべきか否か迷うのではないか。赤ん坊が「障碍があっても生きたいよ」という意志を持っていると分っていたら、それを見殺しにする親がいるものか。
 こういう作者自身のファンタジーを読者に無条件に押しつけるような演出は、私は大嫌いである。こんなふざけたマンガ、読まんでもよろしい。

 なんだかなあ、何かに似てるよなあ、この演出、と考えていて思い当たったのが「つかこうへい」。登場人物がやたらと眉間にシワ寄せたり絶叫したり、ひところはそんなんばっかりやってたもんな。絶叫系の演出って、私は好きじゃなかったんだな。 
 

 貫井徳郎『プリズム』(創元推理文庫・672円)。
 帯に「『慟哭』の作者が放つ究極の推理ゲーム」とか書いてるけど、なかなかよく出来たアイデア小説ではあるけれど、誇大広告はよくないな。基本アイデアの先行作は、作者があとがきで紹介しているものの他にもいくつもある。
 小学校の女性教師が自宅で死体となって発見されるが、その真相を4人の人間が全4章の各章で4通りの推理を披露して見せる、というのがミソ。
 ……なんだけれど、目次を見ちゃうとそのトリックがバレてしまうという珍しい作品。まあフェアプレイではあるけれど、もう少しネタ隠しした方がよかったんじゃないかなあ。おかげで、2章読み終わった時点で「もしかしてこれって……ってこと?」って思ったけど、かえってまさかそんな単純な結末にはしないよなあ、と混乱しちゃったよ。
 各章の登場人物が語る被害者の「真の」姿ってのが全然違ってるってのも、よくあるアイデアだし、解説氏が誉めるほどではない。こないだ見た『You are the Top』も同じアイデアだったしね。
 『慟哭』、評判が高いんで読んでみようかと思ってたんだけど、『プリズム』がこの程度だと、あまり過剰な期待は抱かない方がいいかもなあ。(2003.2.21)

2002年01月30日(水) どうしてくれよう。/『マジンガーバイブル 魔神全書』(永井豪とダイナミックプロ)ほか
2001年01月30日(火) 昨日・今日・明日/『火の接吻』(戸川昌子)



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)