無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年12月31日(月) 40歳のロンゲ……髪薄いってのに/『読者は踊る』(斎藤美奈子)ほか

 というわけで10回目の結婚記念日である。
 世間的には大晦日というのだけれど、なんでまたこんな時に入籍したかっていうと、これならそうそう忘れやしない、ってのが一番の理由だったりする。
 でも、しげはすぐこれを忘れるのだ。
 昨日が私の誕生日で、次の日が元旦だったりするものだから、どれが何の日だったかわかんなくなるらしい。それに記念日のプレゼントは買っちゃったし、しげは今日も昼から仕事だし(さすがに夕方でシマイだそうだか)、なんだか記念日を二人で過ごすって雰囲気ではないのだ。

 「せめて、年越しソバぐらい作ろうか?」
 こう言ったのはもちろんしげではなく私である。ウチでの料理はもう私が作ることになっちゃってるのな。
 「ソバも具も材料揃えてさ……」
 「作ってくれるの?」
 そういう会話をしたのが、夕べっつーか、今朝の夜中のこと。
 もうスーパーの類は空いてないので、コンビニに行くが、ポプラを選んだのは失敗だったかも。
 見事なくらいに「正月」を迎える雰囲気がない。
 年賀状くらいは売ってるが、それも微々たるもの。普通は年末に向けて、コンビニも「年越し商品」っていろいろ置いてないか?
 どうも売りきれたんじゃないようなのは、それらしいコーナー自体が全く作られてないためだ。
 一応、鏡モチや雑煮の材料は昨日セブンイレブンで買っておいたのだが、ソバだけはあとまわしにしてたのが失敗だった。
 仕方なく、まあ気分だけでもとカップソバを二つ買って帰る。


 宴会のあとなので、疲れ切っていて朝寝。
 しげにいきなり起こされたのは何時くらいのことだったか。
 多分、9時か10時か。
 「……起きりぃよ、父ちゃんとこに電話しぃ!」(ちょっと注をつけておくが、しげは広島生まれの北九州育ちなので、方言が相当ヘンである。したがってこんな博多弁はない)
 どうやら父から電話があったらしいのだが、今年は特に年末を一緒に過ごす約束はしていない。
 つーか、先日、食事でも時間が空いたらしないかと電話で誘ったのだが、「正月空けるまで予定が詰まっとる」と断られていたのだ。
 その辺の事情をよく知らない(って、ちゃんと言ってるんだが忘れているらしい)しげは、てっきり私が今日、父と会う約束をしておきながら、それを忘れて寝過ごしてるんじゃないかと怒っているらしい。
 しかし、そう気付いたのはあとになってからで、私もいきなり大声張り上げられて起こされた瞬間は、アタマが寝惚けているので、どうしてしげが怒っているのか解らない。
 「なん、どうしたん?」
 「父ちゃんから電話があったよ! だけん電話しぃ!」
 「何の用ね?」
 「知らんよ! いいから電話しい!」
 ともかく凄い剣幕なので、仕方なく父の店(床屋)に電話を入れる。

 「……電話くれたんやろ? なんか用ね?」
 「おう、仕事が暇になったけん、散髪に来んや?」
 そう言えばもう、二ヶ月くらい髪を切っていない。何度かお歳暮持って行ったりして、店に立ち寄りはするのだが、丁度折悪しく仕事中であることが多くて、散髪する機会がなかったのだ。
 けれど、ムリヤリ起こされたものだから、体調は頗る悪い(だいたい父は、私が寝ている時は起こさなくていいからとしげには言いつけてあるのに、しげはいつもそれを無視している。ワザと私の体調を崩そうとしてるのか?)。
 おかげで最悪の声で返事をしなければならない。
 「……昨日も仕事でさあ、そのあと飲み会もあって……」
 「飲んだとや?」
 「いや、飲んどらんけど」
 「そやろう」
 「ばってん、体調がよくないけん、さっきまで寝とった。しげにムリヤリ起こされたんよ」
 「そうや? なら来れんや?」
 「わからん。気分がよくなったら来るかもしれん」(博多弁を知らない人に注。博多では「行く」ことを「来る」とも言います。相手の立場に立った言い方なんですね)
 「ばってん、俺も4時くらいまでしか待てんぜ。お客さんもそのくらいで切れろうや」
 「なんね、お客さん、来よらんとね」
 「全然来よらん」
 文字ではわかんないだろうが、父は威張った口調で喋っている。ちょっと笑ってもいる。空威張りが好きなんだよねえ、博多んモンってのは。
 私もこれが虚勢だってのはわかるんで、つい言ってしまった。
 「……なんなら、散髪代払おうか?」
 「ばかたれ!」
 ……だから、寝惚けたアタマで会話するもんじゃない。これは昔ながらの職人に対しては失言である。前にも同じセリフを言って怒られたってのに、また同じ失敗を繰り返してしまったのだ。

 遠慮なく喋ってるようでいて、私と父との間にはもう随分と「距離」が出来てしまっている。母の死後、もう父と同居することが出来なくなったな、となんとなく感じるようになったが、それは父も同じであった。
 別に父と憎みあっているわけではない。
 以前、一緒に住もうか、と私が言った時に、父は「生活がもう、違うとう」とポツリと言ったが、まさしくそれが理由なのだ。
 父から見れば、オタクな私の生活は、自堕落にしか見えまい(ノ_;)。
 もっとも、父も戦前からの映画ファンで、何千本とビデオを地下倉庫に溜め込んでいる元祖オタクなんだが、同じオタクでも方向性が違うと、同居がしにくいものなんである。父が若いころならば衝突することもできたろうが(実際毎日のようにしてたし)、今や、衝突すれば確実に父の寿命が縮む。
 あまり会わない方がいい親子というものもあるのだ。

 ……失言のせいで、気分が、更にずんと落ち込む。
 結局、今日は行くような行かないような、曖昧な返事をして電話を切ったが、父に顔を見せる元気は全くなくしてしまった。
 口には出さなかったが、父は、多分ソバだのなんだの、いろいろ私たちのために用意もしていただろう。そういう父の気遣いが察せられるだけに、なおのこと行く気をなくしてしまったのだ。しげも仕事に出かけねばならないし、私一人で父と会う元気はない。しげが早目に帰ってくれば二人で行くことも出来るが、多分、時間帯は合うまい。

 案の定、4時ごろにまた電話がかかるが、しげはまだ仕事である。
 居留守を使ってそのまま寝る。
 ベルは20回ほど鳴って切れたが、これでしばらく父からの電話もなかろう。
 しかし、2001年も最後の最後でドラマを用意してくれるものだなあ。
 ……散髪、どうしようか。


 年末に買って、まだ読んでない本をしげが帰るまでパラパラとめくる。

 斎藤美奈子『読者は踊る』(文春文庫・700円)。
 一応これは『鳩よ!』に連載されていた『本とうの話』という「書評」の文庫化、ということになるらしい。
 らしい、と書いたのは、実は作者の視点が「作品」そのものの批評だけに留まらず、その本が世間でどう受け入れられて行ったか、そこに「ヘンな事情」がなかったか、そういった「周辺事情」の批評に腐心しているからなんですね。
 要するにこの本、『トンデモ本の世界』と同じく、「こんなヘンな本なのにそれが売れている」という視点で253冊の本を切ってるのである。
 しかも実にその視点が鋭い。
 これだけ本が出版されている、つまりは情報が溢れている中では、一つ一つの情報の意味を分析し理解していくのは並みたいていのことではない。どこかヘンだな、と感じつつも、それを見逃し、惰性の日々に身を置いて思考能力を低下させていることは多かろう。
 それを斎藤さんは一つ一つ暴いていく。その姿はまるでテレビ批評におけるナンシー関のようだ(誉めてんだよ)。
 例えば、例の藤村新一による旧石器遺跡捏造事件、アレの責任がジャーナリズム、特にNHKと朝日新聞社にあると斎藤さんはズバッと言い切るのだ。
 「捏造が起こる背景には『考古学フィーバー』がある」、それを煽ったのがNHKであり朝日新聞社だと言うのだ。
 確かにそうだよなあ。新しい縄文の姿とかで、以前はやたら特番組んでたもんなあ。当時の再現ドラマとか作ったりしてたし、斎藤さん曰く、「見たんか、それを!」
 まあ、視聴者の目を引くためには「ドラマ」作りも仕方ない、という意見はあろうが、斎藤さんの指摘は、そのドラマに、「現代日本人の常識をそのまま過去の社会に当てはめている」という点にあるのだ(もっとも、その指摘は作者自身のではなく考古学者中園聡のものだが)。
 梅原猛の『日本人の精神の故郷』中の「京都の大文字の送り火は弥生の美意識であり、青森のねぶたは縄文の精神である」という何の根拠もない記述に対しての、「では博多どんたくは何なのだろうか。岸和田だんじり祭は。浅草三社祭は?」のツッコミには笑った笑った。
 もちろん、博多どんたくは縄文とも弥生とも「どんたく」の語源となったオランダ語のZONDAG(ゾンターク…休日・日曜日)とももはや何の関係もなく、ただの観光のための祭と化している。
 ジャーナリズムの行う「洗脳」のシステムが、タイトル通り、読者(あるいは視聴者)を躍らせている。少しは頭を冷やせ、というのが斎藤さんの主張だ。
 結果的に、竹内久美子の利己的遺伝子もののように、『トンデモ本の世界』の世界とネタが被っているものもあるが、こういう周辺事情も含めねば、現代の本を批評するという行為はもう成り立たなくなってきているのではないか。
 そう考えると、この本、数ある書評本の中でも群を抜いたものであると言えよう。

 ただ、さすがの斎藤さんもオタク関係の事情には疎いらしく、明らかな事実誤認がいくつも見られる。
 1996年の「死海文書本ブーム」について、「その後アニメの『新世紀エヴァンゲリオン』がらみで再燃した」なんて書いてるが、その後も何も、「1996年」のブーム自体が、前年から始まったテレビ版『エヴァ』の影響なんだけど。
 多分、斎藤さん、映画版の『春エヴァ』『夏エヴァ』しかご存知ないのだ。
 また、桜井浩子とひし美ゆり子を比較して、「アンヌがこれほどの人気を誇っているのに対し、アキコへの思いの丈を語る男は皆無に近い」なんて書いてるけど、巨大フジ隊員に欲情した某氏とか、熱烈な桜井浩子ファンである唐沢なをき氏のことを知らないのであろうか。まあ、知ってるわけないな。
 斎藤さんにオタクなブレーンが付いたら最強になるようにも思うが、別に最強を目指す必要はないし、多分、間違いを指摘されても斎藤さんは訂正なんかしないだろうから、まあ余計なお世話はしないどこう。


 しげ、7時に帰宅。
 「パチンコ客がいねーから仕事がラク」だと。
 日頃はそんなに客が多いんか。って、深夜だもんなあ。
 しげ、速攻で落ちそうな気配だったので、二人でカップソバを食う。
 予測通り、しげ、そのまま爆睡。私は昼間たっぷり寝ているので、まだ全然眠気が来ない。とりあえず大晦日だし、紅白でも見るかなあ、と思って、テレビのスイッチを入れた途端、えなりかずきが『なんてったってアイドル』もどきのヘンな歌を歌っている。
 興醒めして、CSに切り変える。

 CS『ポピーざぱふぉーまー カウントダウンスペシャル』っつーか最終回。
 全39話ってのは長かったのか短かったのか。とりあえず来週からまた再放送するらしいけど。
 DVD発売は告知までされたのにどうなったのかなあ。何か情報流してくれるかと思ったけど全然なかった。
 けれど、コタツに入ってる清水香里とさし向かいで新年を迎えようとは、いかにもオタク(^_^;)。こんなやつそうそういまいと思ったが、あとで『ポピー』のファンページ検索して見ると、同じことやってるヤツが結構いたのだった。
 ううむもポピーファン、侮り難し。

 そのあと、なんと『ルパン三世』第一シリーズの1話から17話までの放送が始まり、もう何度見たかわからないのだがついつい見入る。
 作画枚数が当時のテレビアニメとしては破格、と大塚康生さんは『作画汗まみれ』で書いてはいるが、それでも『カリオストロ』などに比べると線も動きも粗く見える。にもかかわらず、キャラクターの描出力は、どのルパンよりも傑出している。
 第一話、『ルパンは燃えているか?』、での次元大介の初登場シーン、寝転がって足を組んでるそのつま先がゆらゆら揺れてるが、これだけで次元の余裕とアンニュイさの表裏一体、不敵とニヒルの混合、男臭さが表現されているのだ。
 もう、このころの大塚康生は最高である。
 峰不二子も、大隅正秋演出のころはワンカットごとに微妙な表情を見せている。……高校のころ、文化祭でアニメキャラ写真グランプリ(もちろん20年以上前だから、テレビ画面を接写したもの)を開いた時、新旧の不二子を並べたが、投票で圧倒的人気を得たのは当然旧の方だった(グランプリは南原ちづるに輝いたが。そういう時代だったんである)。キャラの力が違うんだよなあ。
 『7番目の橋が落ちる時』あたりまで見て、さすがに睡魔に襲われて眠る。
 ……今日見る夢はまだ初夢ではないのだな。


 A HAPPY NEW YEAR……

2000年12月31日(日)  20世紀の終わりの夜に……/『算盤が恋を語る話』(江戸川乱歩)ほか



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