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■ 少しずつ広がる世界。
30代キャリア女性向けの雑誌『プシコ』というのを読んでいる。
新しい号では、「ことば」について特集されているのが印象的。
物書きみたいなことをウェブ上でやってきて、言葉にはとても敏感で気をつけているはずなのに、わたしはその「ことば」を使って人との人間関係を壊してきたり、気まずくさせたりしてきた。ベッシー・ヘッドも、親しかった人から手紙で、ことばの強さをよく知っているのは、他でもない作家のあなたでしょう、とたしなめられているくらい激しい言葉の使い手だ。わたし自身も、たぶん、それに負けないくらい。
ことば、については書き始めるときりがない。
今日は、弟1の作曲したものを聴かせてもらう。なかなかゆっくりおしゃべりする機会がなかったため、こんなにたくさん曲を作っていることを知らなかった。身内だからというわけではないが、客観的にみても、弟1のギターや音楽自体の「力」はかなりいけていると思う。とくにギターはすごい。その辺の若いアーティストなどがどんどんデビューしているけれども、弟1の実力のほうが勝っていると思うのもけっこういる。
何年もの時間が経ってきて、力をつけてきているんだな、と。
自分も、アフリカ関係者などの間では、知らない人から「あふりかくじら、知ってます、読んでます」などと声をかけられることが増えた。もう7年ものあいだ、メルマガやブログ、エンピツ日記などを継続しているからか。
そして、ふと気づくと雑誌やテレビ、どこかのサイトなどで自分の知人や友人などの名前を見るということも増えてきた。年齢を重ねてきたということもあるのだろうが、わたし自身、前進してきた証のようなものかもしれない。
今日、「プシコ」の編集者は、わたしが以前フリーライターの友人を介して知り合ったひとりだったと知る。(たまたま名前が出ていた)それから、今月号には、わたしの知っているあるNPOのひとも登場している。
仕事を決めるまでは大変だけれど、一方で、こころの余裕もある。それは、自分自身が少しずつ周囲に出てきたチャンスを絡めとリ、前進しながら力をつけてきたから、でもある。
もちろん、焦りというのもあるけれど、この二面性が30代なのかなと思ったり。
彼と別れたことはこころにすごく痛いことだ。(振られた、と誤解されがちですが、そういうわけではないのです) でも、好きなうちはきっと好きでいいと思う。泣きたいときは泣くし、かといってわたしは失った恋愛に依存しているのでもなく、自分自身の人生に自信と愉しみを知りながら没頭している。
そして、くじらの周りの世界は広がっていく。
日本という国の中ではなくて、この地球を舞台に。
2007年10月08日(月)
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