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■ ひとり、でも微かに触れるような。
夕べの某インドレストラン(何故か)で行われたベリーダンスのショーは、熱気と楽しさ溢れるすてきなものになった。
昔から、本番が少しずつ近づいて緊張が高まっていく感覚が好きだ。本番に向けて準備をしていく。少しずつ、色んなものを調製しながら。練習しながら。バレエの発表会、合唱コンクール、など。
わたしみたいなスクールの生徒さんもたくさん出たため、何となく日々緊張感が高まりつつ、土曜日の夜へ。 レストランであれだけたくさんの女性たちが集まって、無心に化粧や衣装の調整などにふけっている様子は、なんだかすごいオーラが感じられるものだ。
余裕の笑みを浮かべつつ舞ってみるのはこころから楽しい。まぁ、技術は何となく二の次で。
やはり、センセイの盛り上げ方というのはすごいものがある。 彼女が登場すると、一気に盛り上がり、楽しい夜になる。ほんとうの「ダンス」ってこういうものかもしれない。自分の人生や魂が、肉体と一緒になる瞬間なのだ。
さて、一方で今日(日曜日)は、日比谷公園のグローバルフェスタへ。 この業界も、なんだかんだで大学生のときから関わっているので、けっこう色んな知り合いに会った。なかには、会うのが何年かぶりの人や、ジンバブエでさよならの挨拶ができなかったひとなども。
人付き合いは腹六分目がよろしいとは、美輪明宏が口にすることばだそうだ。この「六分目」の絶妙さというのが、わたしは身をもって感じられるような気がしている。もっとも、このように理想的にうまく人と付き合うことができない、人間関係に決定的な問題を抱いているのがわたしなのではあるが。
人と縁を切ろうと思ったり、怒り狂って苦しんだり、なんていうことがわたしにはよくある。それはほんとうにつらいし、苦しいし、きっと健康上も良くない。(=長生きできなくなっちゃう) そういう不器用さが、自分を苦しめ続けている。30年生きてきてもそうだ。
今日、すごく変な形でさよならも言えずに離れてしまったひとなどに会った。それは、あまり予期せずにいたことだった。あのときのわたしの精神状態はほんとうに最悪で、毎日二時間ペースで泣き続けていたし、ほとんどすべての人間関係は壊れていたから。
深くお付き合いをするでもなく、ただ、ことばを交わさずに縁を切るのではなくって、たったひとりで生きていながらも、あるとき、こうしてふとめぐり合って、少しだけ心のなかの何かが触れ合ったりして、そしてまた遠くに別々の人生を生きていく、なんていうのがいちばんいいのかもしれない。
そう思った。
どこかの星の周りをぐるぐると回る、周期も大きさも皆ちがっている衛星のように。ほんの微かに、触れるような。
もう、近づきたくないのだ。
2007年10月07日(日)
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