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■ 母親なるもの。
最近、母親の出てくる夢を見た。
わたしの母親は童顔で可愛らしく、天然石とビーズのアクセサリなんぞをデザインしたり、おばさま相手にレッスンしたりしているひとで、わたしとはちとタイプが違う。
夢の中のわたしはどうやら一時帰国していて、母親を連れて丸井のような店にいる。そして、たくさんディスプレイされている帽子の中から、ひときわつばの広くておしゃれで真っ白な帽子を、わたしは母にプレゼントしようと思うのである。
ところが、財布(というかポーチ並の大きさ。いま使っているのはジンバブエの札束対応しているため)のなかにはなんと「ジンバブエドル」しかない。じんばぶえ・だらー。ほぼ紙くずです…というわけではないが、日々価値が下がっています。現在、独立当初(1980年)の250万分の一の価値ですな。 そんで、もちろん日本円と換金できるわけでもないし、札束持っていてもたいし価値じゃない。 で、わたしはちょっと焦る。という感じの夢だった。
母の夢を見るとか、ちょっと精神的に落ち込んでいるとか、身体の具合がわるいとかいうとき、母親というものはぴたりと電話をかけてきたりメールをしてきたりする。 そういうものなのかな。
最近、ある方に頂戴した手紙に、似たような感じの「母親のカン」みたいなものが書かれていて、ちょっとびっくりした。 そういうものってあるものなのね。
ふと思ったこと。詳しくは書ききれないけど。しみじみ。
自分が母親になる日のことを考えたりもするけど、そうでなくて良かったと思うときのほうが少し多い。 これから30代なのにね。
2006年12月14日(木)
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