あふりかくじらノート
あふりかくじら



 グリーンの海、スコールのごとく。

頭が痛いのがまずいのはわかっている。
仕事も人生も色々なことが押し寄せた今年、わたしの心はくたびれきっている。ときどき、とてもおかしくなる。些細なことで泣き、些細なことで眠れないくらい思い苦しむ。でも、だれともすべてをシェアすることはできない。最後はひとりで片付けるしかないのだ。


胃腸の深刻な不調は回復してきた。
あれは、精神的なものが大きいと思うが、ともかくひさしぶりにかなりひどい状態で自己回復に時間がかかった。薬もけっこう飲んだ。死んだように半分眠りに落ちた状態で丸二日を過ごした。


やはり書くことが自分を救うと、こうしてキーをたたくが、やりはじめるとけっこう片付けるべきことがあるので、どんどんメールなどを書く。

しかし、この精神状態はやばいと思う。
だから、けっして話の通じないひとに話をしてみたり、繰り返し同じ映画を見てみたり。
生も死も、幸せも、不幸も、辛さも、雨降りも、日差しも、ジャカランダの紫も、いまのわたしには意味がわからない。


今日は、ラジオではなくてテレビをつけてみた。
ラジオに比べて、もう少し現実世界とつながりが持てる機械だ。
BBC Worldがわたしとは関係なく時間をすすめていく。色んなひとが入れ替わり立ち代わり登場し、正常な仕事をこなしていく。


こんなとき思い出す。
小笠原は父島のシーカヤックのことを。

あの日、初めてのシーカヤックで海に出て、スコールにあった。
ほんとうに息もできないような激しいスコールで、素人のシーカヤックを激しい波がやっつけようとする。
幸いなことに風は湾に向かって入っていく風だったから沖に流される危険性はなかった。でも、風に向かっていかなければ目的地のビーチにつかなかった。だから、必死でこいだ。機械のように力をこめて、生き延びるためにこぎ続けた。こがないと帰れないからだ。

でも、あのとき、必死なのに色んなことを考えた。
遠くに見える父島の山。
そして、グリーンの海が太陽の光を反射してとてもまぶしく輝く。そこへ吸い込まれるような、激しいスコール。大きな波とそれにもまれるシーカヤック。
地球の力だと思った。
そしてそれを、うつくしいと思った。
あんなに必死だったのに、心は静かだったのだ。


いま、あの気持ちを何となく思い出した。
とくに意味はない。

あたまがぼんやりしている。
好きなひとに会いたい。




2006年09月25日(月)
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