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第1章 夢を売る人 (1)「夢を売る人」- L・M・モンゴメリ
L・M・Mという発音には、アルファベットの隣り合わせのなかでも最も美しい響きが在ると私は思っている。モードが筆名をL・M・モンゴメリとしたのは、性別とあからさまな個人名の秘匿と同時に、この美しいアルファベットのつながりを意識してのことだろう。「赤毛のアン」をめぐるペイジ社(版元)との訴訟でも彼女は相手が、「作者名をわたしの大嫌いな“ルーシー・モード・モンゴメリ”にするようにと主張している」といっている(「モンゴメリ書簡集」より)。彼女の希望を汲めば、作家としての正式な名は、ルーシー・モード・モンゴメリではなくてL・M・モンゴメリであるべきだが、この本のなかでは、彼女が親しい人たちに呼ばれていたように、私も"モード"と呼ぶことにする。
モードにとって、書くことは生きることそのものであったとはいえ、死後50年以上たった今も、世界中でこれほどの支持を得られると予想していただろうか。しかも新しい読者は年々増えているのだ。モードは自身が大作家でないことを知っていた、ということを私たちは彼女の著作によって知っている。しかし、彼女の作品は残っているのだ。ここ百年の流行作家のなかで、これほど年を取らない作家はめずらしい。
時と場所の違いを超え、あらゆる場所で読み継がれる作品の力を、彼女はどこかで信じていたに違いない。世界中から届けられたファンの手紙が、その予感を彼女に与えていたかも知れない。何といわれようと、モードの作品が残ったのは、それが面白いからだという事実、人間への愛おしさが悲喜こもごも描かれた面白さにあるのだという事実を、本の売れ行きが無言で示している。
バーンズは全人類を代弁する詩人でしたし、今後もそうであり続けることでしょう──たとえ生まれた国がどこであろうとも。彼は、スコットランドの山腹であれ、カナダの大草原であれ、あらゆる人々の心の中にひとりでに湧きあがる歌を歌いました。この新世界にいるわたし達が、時代も場所も遠くへだたっているのに、彼をこんなにも敬愛してやまないわけはここにあるのです。
L・M・モンゴメリ/「モンゴメリ書簡集1−G・B・マクミランへの手紙」
もし、私がモードとリアルタイムに生きていれば、きっと本を読むたびファンレターを書いただろう。しかし、英語で書くことはできなかったし、遺言により死後50年は非公表とされた日記の内容も知り得なかった。その頃には私の命がなかっただろう。
私は研究者ではないし、作家研究の方法論も持っていない。10代のはじめから私の人格の一部をなしているといっても過言ではない彼女の作品のいきいきとした風味のいくばくかを、同じ愉しみを持つ見知らぬ誰かと分かちあうために書く。それが私の役割で、モードへの感謝の言葉だと思っている。
わたしの作品がどういう扱いをされようとかまいません──公有財産なんですから。でも、わたし自身はそっとしておいてくれれば、と思います。とはいえ、悪評というものは、たとえほんの少しの名声であっても、名声には付きものの不愉快な影のようなものなのでしょう。
L・M・モンゴメリ/「モンゴメリ書簡集1−G・B・マクミランへの手紙」
モードの人生が客観的に見てどれほど不幸に見えたとしても、絶望には限界がある。モードの体にはユーモアの、しかもひとなみ外れてたくましいユーモアのセンスを持つ魂が宿っていたのだから。晩年に出版された「パット・シリーズ」のなかで、感慨を込めて銀の森屋敷のジュディばあやは語る。
わたすは長えこと生きてきただ、パツイ、ありがたえとおもうこともたんとあるけんど、なによりありがたえのは、ほとんどどんな事柄にでも、なにかすら、おかすなところをめっけるという才だよ。
ジュディばあや/「パットお嬢さん」
客観的に見れば私の現在の状況も不幸に見えるだろう。確かに気持ちの落ち込むこともあるのだが、取りたてて不幸ではない。いろいろな意味で恵まれすぎているとすら思える。私にもいくらか持ち合わせのあるこのユーモアの才能によって、人生は全く違った目で眺められる。言いかえればそんな不幸は、大小問わず誰にだって起こりうることだ。けれど、誰もがモードのような作品を書くわけではない。その役を負うことを自覚しているわけではない。
ものを書くことによって、なにがしか価値のあることができればと思う。それがわたしの心からの望みなのだ。
L・M・モンゴメリ/「険しい道」
人生を戦い抜いたL・M・モンゴメリと、日本の、そして世界中の翻訳者が伝えてくれた興味の尽きない物語の数々に、一読者として、もの想ってみたいのである。彼女の本を買い続けている世界中の無名の、あまたの読者の一人として。
物心ついてから今日までのすべての夢、希望、野心そして闘いが、いまものという形に具体化され現実化されて、わたしの手の中にあるのだ──これがわたしの生まれて初めての本なのだ。偉大な本ではないかもしれない。でもこれはわたしのもの、わたしのもの、わたしのものなのだ──わたしが創り出したものなのだ。
L・M・モンゴメリ/「険しい道」
※注:「夢を売る人」は、エミリー・バード・スターの作品名。
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