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はじまり。
1992年12月26日、真夜中にわきあがったひらめき。キャンドルのようにかがやきはじめたアイデア。10代から読みつづけてきたモンゴメリの“作品そのもの”に報いる本をこの手で書きたい。きっとできる。この10年、あれほど自発的に高揚した気分は経験していない。自分にしかできない仕事が目の前にあるように思われた。何年かかっても、その本を書こう。私がこれまでにモンゴメリから受けとってきた、『生きることへの本質的なまなざし』のお返しが、私なりのやりかたでできるだろうか。
クリスマスに、友人のSが私にくれた一冊の分厚いノートが目の前にあった。見出しで5つの章に分けられたリングノートだったので、私はさっそくおおまかな分類を決めてみた。モンゴメリの作品を読み返しながら、キーワードを書き留め、ノートを作りはじめた。それがはじまり。当時ワープロしか持っていなかった私にとって、後にパソコンを買って原稿を書き始めるようになっても、アイデアのもとはこのノートに入れておく習慣となっている。
本のタイトルは最初から決まっていた。モンゴメリ・ブック。以前篠崎書林から出ていたニュー・モンゴメリ・ブックスに似てしまったが、モンゴメリの作品そのものについての本、という位置付けからも、このタイトルにこだわり通すことにした。 アンだけではなく、著作全体の扉を開け放すこと。そして、同じように、モンゴメリの作品に見える真実を確かめあいたいと願っている読者のために、そういうファンがひとりでも喜んでくれることを信じて、力をつくそう。モンゴメリの残したすべてのメッセージへの感謝をこめて。彼女の人生は彼女だけのものだとしても、その作品は世界のものなのだから。
それから思わずしらず、10年近くの時が流れた。その間、アンの映画が登場し、TVドラマも放映されたし、北海道にアンの村があらわれて消えた。50年の封印を経てモンゴメリの日記も徐々に訳出され、伝記やアンの完訳、未紹介作品の翻訳、写真集、関連本、インターネットでのさまざまなサイト公開など次々と新しいアプローチがあらわれている。 そのつどモンゴメリの人気を喜ぶと同時に、はやく書き上げたいという思いもつのった。仕事に追われ加速度的に多忙な一年を終えるたびに、このままではとあせるばかりで、資料をつくるだけでも予想を大幅にこえて6年かかってしまった。まだ本の全体像は未完だが、このペースではもう10年かかってしまうだろう。
こうした形での発表にふみきったのは、締め切りがないと仕事ができない自分への叱責もあり、友人たちのアドヴァイスを参考に、当初望んでいた完全な形での発表でなくても、とにかく進めることが先決だと思うようになったからだ。インターネットがこれほど身近になった今、待つよりは動き出すべきなのだと。 おおげさないいかたをすれば、待ちかねたモードに、ついに背中を押されたのだ。
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