ケイケイの映画日記
目次|過去|未来

だいぶ前に観ています。物凄くモヤモヤ、謎がいっぱいの作品。それでも観て良かったと思えるのは、ラスト近くの主人公章子の叫びを聞いたから。監督は瀬々敬久。
大好きだった父良太(松坂桃李)を亡くした小学生の章子(山崎七海)。母の文乃(北川景子)は、抜け殻のようになってしまいます。学校でも友人関係でいざこざが有り、ふさぎ込むことが多い日々です。ある日、20年後の自分から手紙が届き、驚く章子。章子は大人になった自分に、返事を書く事にします。
ミステリアスですが、甘やかな設定だと思い観に行ったら、かなり厳しい内容でした。章子の他、章子の担任教師の篠宮真唯子(黒島結菜)の半生も描かれ、生い立ちに恵まれない厳しさを、これでもかと描きます。
謎ばっかりだったので、原作をwikiで当たりました。そしたら驚愕の脚色にびっくり! もうこれは改悪じゃないの?以下、→は原作より確認した事です。
先ずは真唯子。苦学生で、大学生の時、騙し討ちでカラオケのお色気ビデオに出た過去が、保護者から暴かれ、小学校を辞職。そりゃ多少倫理観を問われる事ではあるでしょうが、それくらいで辞めなきゃいけないのか?
→原作はAVでした。何故そのまま使わないの?AVなら、保護者の追及は、まずは妥当。
文乃は働き始めると、程なく恋人のシェフ早坂(玉置怜央)が出来、結婚。早坂を大して好きそうでもない文乃。「お父さん(亡き夫)は特別だから」の台詞もあり、当初は生活のため?と思いましたが、若くして亡くなった夫なら、生命保険があるのでは?なら、結婚しなくても良くない?
→早坂は文乃の保険金を使い、店を開業。しかし失敗して、妻の文乃に売春までさせる。うーん、何を思って結婚したんですかね。「夫は特別」は、高校生時代の回想で納得出来ます。なら何で男作ったの?
色々不思議な文乃でしたが、心の傷が精神を蝕んでいるのだろうと想像していましたが、それでも章子を守る気があるのか無いのか、原作でも映画でも、とても歯がゆい母でした。
高校生時代の良太(細田佳央太)と文乃の関係性は、回想で描かれます。文乃(当時は真珠)が、父親(吹越満)の事を「あの男」と表現した時点で、何があるのか察しは付きました。性的虐待です。母親の存在が希薄なので、母は知っているのか、どうなのか、それが描かれなくて、悶々とする。それで原作を当たり、また驚愕。何が激怒したかと言うと、この鬼畜の強姦魔に、映画は1/10くらい理由付けの情けをかけていた事。そんな映画の設定は原作では無く、兄は生きている。これは原作への冒涜じゃないかな?
多分女子少年院に入っていたろう真珠。その後の人生が彼女の人格に多大影響を及ぼし、ああいう何を考えているのか、さっぱり判らない、顔だけの人になったのは理解出来ます。でも夫存命時に、どうして受診していないの?愛しているなら、先ず受診させろよ、夫。大事にするベクトルが違う気がします。
そして文乃は、心がカチカチなのでしょう。生きる術が、全て売春。内田春菊が、「ファザー・ファッカー」で、「売春だけはしなかった。継父相手に売春させられているようなものだったからだ。だから絶対売春だけは、しないと誓った」的な記述があり、心に沁みた記憶がある者からしたら、何だか文乃は、作り物めいたキャラに感じました。
そして最大の謎は、舞台が奈良の桜井と、三重県なのに、全編標準語で方言全く無し。素麺製造の夫婦だけが、何故か関西弁。「ここら辺の子は、ドリームランド(多分ディズニーランドの事)へ行く事が夢」と、貧乏人は行けないと暗に表現する真唯子の独白が入ります。桜井は良く見知った土地ですが、ディズニーへの憧れは、全国平均値だと思うぞ。今は大阪にユニバがあるので、多分憧れも下降しているはず。標準語を使いたいなら、関東に設定を移せば良くない?
と、ずっとモヤモヤしっぱなしでしたが、親の虐待に遭う子供たちが、懸命に生きる姿には、心打たれるものがありました。原作の湊かなえは、一時期教師をしていた事は有名ですが、真唯子の造形に、作者の教師への想いが託されていたように感じました。
そして私が一番胸が熱くなったのは、章子が「大人に助けてと言おう!叫び続けていれば、きっと誰か大人が助けてくれる!」です。親しくさせて頂いている牧師さんから、いつも聞く「受援力」の大切さが、溢れた言葉でした。「助けて!」は言えるようで、言えない言葉です。子供たちのこの言葉に、報いる大人でなければいけないと、心の底から思いました。このセリフを聞いただけでも、価値がある作品です。
肝心の幹に謎が多く、イマイチ入り込めませんでしたが、それでも子供たちの健気な様子に、この子たちの将来を守っていかなければと、強く思います。未来を信じられない子供たちだからこそ、「未来」とは、とても芯の強い、良きタイトルだと思います。
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