ケイケイの映画日記
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2023年07月07日(金) |
「青いカフタンの仕立て屋」 |
観てからすっかり日が経ってしまいました。今年観た中では、一番好きな作品なので、短くても書いておきます。ゲイの男性の葛藤と、異性の妻との夫婦の絆が、しっかり情感豊かに両立させた、奇跡のような素晴らしい作品。珍しいモロッコの映画です。監督kはマリヤム・トゥザニ。
モロッコの古都サレ。民族衣装のカフタンの仕立てを生業にするハリム(サーレフ・バクリ)。妻のミナ(ルブナ・アザバル)は主に接客し、夫婦二人三脚で店を切り盛りしています。その店の新しいアシスタントに雇われたのがユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)。手先が器用で筋の良いユーセフに、ハリムは目をかけます。しかし病身のミナは、その事に密かに憂いています。
カフタンとは、結婚式や慶事に着る民族衣装のこと。美しい生地に手刺繍のブレードが施され、目にも鮮やかなカフタン。華やかさと気品が有ります。私は初めて観ましたが、それは見事な衣装です。時代ゆえ、昨今はミシンを使い制作する職人も多いなか、手作業に拘るハリム。ミシンの方が仕事は捗り、お金儲けは出きるはず。でもミナは、夫の心意気に共鳴し、夫を誇りに思う良き妻です。
場面が変わって、公衆浴場にいるハリムを誘う男性。日本でもサウナがハッテン場なように、戒律で禁じられている同性愛が、ここでは公然の秘密なのでしょう。
ハリムは偽装結婚なのか?ミナの誘いに応じるも、心ここに非ずの様子が哀しい。きっと妻には自分の性癖は知られていないと思っているでしょう。ハリムがゲイである葛藤は、戒律を犯した事ではなく、その事はミナを哀しませる事だからです。
自分からプロポーズしたと言うミナ。生い立ちのため、自己肯定感が低く、辛い日々を送っていたハリムは,ミナとの結婚生活が、全てを払拭してくれたと言う。ハリムにとってミナは、母で姉で親友で、そして妻なのでしょう。
結婚と恋愛は別物だとよく言われます。私もそう思う。恋して愛して、そのゴールが結婚が理想です。でも恋はしなくても、愛は育めるはず。結婚生活で恋ではなく、愛が生れるかが、大事なんじゃないかなぁ。私は恋愛と結婚は別との意味は、お金とか打算とではなく、そう思っています。
夫婦で一番大事なのは、お互いの人生に責任を持つ事だと思っています。そして愛するとは、何でしょう?相手の幸福を願い、世界中で一番大切に出来る事、だと思っています。ハリムはミナに恋をせず、結婚。そして世界中で一番妻を愛している。
ミナは当初、好青年のユーセフを毛嫌いします。それは夫の性癖を知っていたからだと思う。今までは、肉欲だけの一度限りの「恋」だったのが、そこに「愛」を観てしまったのでしょうね。夫の気持ちが離れるのが怖かったのだと思います。
でも夫婦の間は揺ぎ無い。あんなに大切な仕事を放り出して、献身的にミナの介護をするハリム。一番愛されているのは私。ハリムの想いが通じた時、ミナの心に変化が起きます。三人揃っての食事やダンス。豊かな心でユーセフを受け入れるミナ。ユーセフもまた、ハリムを通してミナを愛し始めたのでしょう。ユーセフは、夫婦の息子のようにも、私は感じました。
「二人ともラクダのように臭いわ。公衆浴場に行って来なさい」と二人に告げるミナ。結ばれてきなさい、という意味でしょう。
ミナの裸の背中が何度も映る。スリムな肢体はどんどん痩せこけていくのが、観ていてとても辛い。。献身的に介護するのに、着替えだけは、決して手伝わないハリム。妻の裸体は、ゲイの自分を責めているように感じるのだと思っていました。それが「手伝って」と、ミナがハリムに声をかけた時、映った彼女の正面の裸体を観て、私は号泣。ハリムは彼女の身体に刻まれた、遠くない死を見たくなったのですね。「君に恥をかかせた」と泣く夫に、「あなたは純粋は人よ。あなたと結婚して良かったわ」と微笑むミナに、また号泣しました。
ミナは辛い身体を押して、何度もお祈りします。願い事は、自分の病か、夫の心が移らないようにか。決して言葉には出しません。でも最後に映ったお祈りは、ひたすらに夫の幸せを祈っていたのじゃないかしら?
ラスト、涙ながらに大きな戒律を犯すハリムとユーセフ。二人のミナへの愛の深さと、これからの決意を感じます。厳しさと幸福感を共存させた、素晴らしいシーンだと思いました。
数奇な道行になるはずの三人を、至高の幸福感で抱擁した、崇高な作品です。映画後進国だと思われるモロッコの作品で、こんなに感激するとは本当に嬉しい誤算です。マリヤム・トゥザニ、これからも追いかけて行きます。
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