ケイケイの映画日記
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2018年02月07日(水) |
「スリー・ビルボード」 |
本年度アカデミー賞主要部門に多数ノミネートされている作品。こんな作品だったとはなぁ。今回も大雑把な粗筋だけ頭に入れて臨んだので、本当に面食らい、感激も倍増したようです。隅々まで演出が行き届いた秀作です。監督はマーティン・マクドナー。
アメリカのミズーリ州の田舎町エビング。ある日閑散として、車もあまり通らないような場所に三枚の立て看板が立ちます。看板主はミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)。娘がレイプの末焼き殺された彼女は、七ヶ月経っても捜査が進展せぬ事に業を煮やし、警察署長ウィロビー(ウッディ・ハレルソン)を、名指しで非難したのです。ウィロビーは地元民から敬愛されており、この看板は町に波紋を呼びます。ウィロビーは紳士的に、看板撤去を願い出ますが、聞く耳を持たないミルドレッド。ウィロビーを慕う差別主義者の警官ディクソン(サム・ロックウェル)は、この看板に猛反発。町民のミルドレッドへの嫌がらせも始まります。そんな時、ある「事件」が起こります。
前半はミルドレッド、ウィロビー、ディクソンの、気質・町で評判・家庭背景を描きます。これがそれほど丹念ではないのに、無駄なシーンがないので、隅々まで頭に入ります。脚本も監督。この演出は、サスペンス的な前半から、後半の悲喜劇的な人間ドラマに移る解釈に、大いに役立ちます。
表面に現れるだけが、その人ではないと言う事。毒舌家で気の強いミルドレッド。その胸中は、察して余りあるはずなのに、行き過ぎた言動で、周りは敵ばかり。動物園勤めの元夫の若い恋人に対して、臭いと小ばかにしたり、自分の窮地を救ってくれた、小人症のジェームズ(ピーター・ディンクレイジ)を見下したり、嫌な女です。そんな彼女に、元夫(ジョン・ホークス)も、哀しさを分ち合ってはくれない。でも娘の死に対して、本当は自分を一番責めているんだと思いました。警察に怒りの矛先を向けるのは、犯人を見つける事しか、娘へ贖罪がないからです。懸命に見守る息子ロビー(ルーカス・ヘッジス)でさえ、母の切ない本心は見つけられない。
差別主義者で、黒人だけではなく、容赦なく白人にも暴力を振るうディクソン。その正義感は、独善的で空回りしている。難のある性格は、生い立ちに理由があるのでしょう。恋人も友人もおらず、好きでマザコンになったのではないはず。孤独を恐れる心が、警官と言う職業を鎧にさせてしまっている。
そして愛妻家で人格者のウィロビーとて、男の美学を装いながら、死を恐れて年の離れた若い妻(アビー・コーニッシュ)を、嘆き悲しませるのです。皆が皆、知らず知らずに多面的な自分を抱えて、持て余している。
愛嬌はあるものの、小賢しい広告屋のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)が見せた、びっくりする程の器の大きさ。自分の障害を差別される中、誇りと知性を見下す相手に突きつけるジェームズ。元夫の彼女の放つ「怒りは怒りを呼ぶ」と言う言葉の重さ。気の良い頭の軽そうな若い娘は、「どこかの本の端っこに書いてあったのよ」と、賢こぶることなく、無邪気にその教えを守っている。
脇役たちが強く輝く時、ウィロビーの慈愛に満ちた言葉は、ミルドレッドとディクソンにも力を与えます。そこから、伏線と思われた言葉や状況は、次々と梯子を外され、想起した展開は起こりません。ミルドレットやディクソンの、我慢や失望の後に何が残ったのか?私は絶望ではなく、「明日」であると思いました。明日のないウィロビーが、導いてくれたのだと思います。
とにかく端役の隅々まで好演しています。後半からはサム・ロックウェルが主役のような展開ですが、ディクソンに必要だったのは、父性だったのだと知らしめた後の、怒涛の立ち直りと、前半のクソ野郎の演技分けが見事。マクドーマンドは、ある場面で腹の底から搾り出すような声で、「ロビー!」と息子の名を絶叫するのですが、そこが私が一番泣いた場面でした。息子の名を呼ぶのに、娘への悔恨や愛情が一瞬にして浮き上がる演技で、やっぱりこの人はすごいと、実感。ハレルソンは、アクの強い役柄が多く、こんな包容力のある温厚な人を好演するなんてと、意外性に一番感激しました。
広告屋のケイレブ・ランドリー・ジョーンズも、コツコツ個性的な役で結果を出していますが、こんな普通のあんちゃんで泣かせてくれるなんて。オレンジジュースにストローが入っているのを観て、号泣しました。思えば、ここから「赦しの連鎖」が始まったのですね。ロビー役ルーカス・ヘッジスは、マンチェスター・バイ・ザ・シー」の、破天荒な息子と同じ年頃の役ながら、打って変わって、難儀な母親をなだめる優等生で、全く違う顔を見せます。前回のオスカーのノミネートは、フロックじゃないようです。
ラスト、憎しみあっていた2人が、何を語らうか?冒頭からは、想像も出来ない癒しと静寂の空間。赦しあう心は、やがて感謝も希望ももたらすはずです。レイプ殺人と言う忌まわしい事件から得る教訓が、観客の人生にも生かせるのは、凄いと思いませんか?淀川長治の著書で、「映画をたくさん観て、感受性を磨き、自分の人生に生かしなさい」と読んだのは、高校生の頃。この教えを忘れなければ、これからの人生も安寧に暮らせるかな?と思っています。
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