ケイケイの映画日記
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2016年10月17日(月) 「永い言い訳」




作家性が好きじゃない、監督は腹黒だ、とかなんとか言いながら、新作が公開されれば必ず観てしまう西川美和監督。それだけ卓抜した技量があるのは、誰もが認める人です。しかし今作は予告編からちと違い、嫌らしさがほとんどない。設定こそ特異ですが、ユーモアと暖か味のある、実にチャーミングな作品に仕上がっています。どうした?監督(笑)。ちょっと気になる箇所はありますが、私は好きな作品です。

作家の津村啓こと衣川幸夫(本木雅弘)。美容院を経営する妻夏子(深津絵里)とは結婚20年で、子供はいません。夏子は高校時代からの親友大宮ゆき(堀内敬子)と旅行に出かけるも、バスが事故に遭い、夏子は死亡。しかしその時幸夫は、編集者の知尋(黒木華)と浮気の真っ最中。葬儀の間も、一度も泣けなかった幸夫ですが、バス会社の遺族を集めた説明会で、ゆきの夫陽一(竹原ピストル)と出会います。長距離トラックの運転手である洋一は、ゆきがいなくなり、子育てに困っており、幸夫は自分が二人の子供、小6の真平(藤田健心)と5歳の灯(白鳥玉季)の子守を買ってでます。

幸夫は往年のプロ野球選手・鉄人衣笠と同姓同名(幸夫は幸男だけど)。この名前で生きて行くのは辛かったと言います。これはわかる。何で衣笠みたいな、渋い人を選んだのかと思いましたが、監督は広島出身なのを思い出す。この辺からして、今回の監督は「いい人」です。

幸夫は今年お騒がせの、ザ・ゲス男。作家と言っても、現在はヒット作には恵まれず、タレント作家としてテレビの露出の方が多し。マネージャ―(池松壮亮)もいます。才色兼備の妻・夏子は、努力家でもあり、現在は美容師として一流に。そんな妻にプライドを振りかざし、しょうもない自意識にぐるぐる巻きになる夫の幸夫。まぁ〜ちっちゃい男(笑)。憂さ晴らしが不倫ですか?妻の葬儀で、悲しむより自分の髪形を気にする様子には、怒りより先に、バカなの?と思っちゃう。もうね、「さざなみ」の夫にお怒りの奥様方、あの夫の比じゃございません事よ。

しかしこれがモックンが演じると、ユーモラスかつ、子供が駄々をこねているように感じます。全然腹が立たない。私は「少年のような男性」と言うのが苦手で、自分はそれだと思っている人は、たいがいが、そんな清々しいもんじゃありませんから。こちら幸夫は少年にもなっていない、タダの子供みたいな人。子供って何やらかすか、わからないから、観ていて面白いでしょ?幸夫はそれです。

自分が子供なので、子供たちともすぐ打ち解ける。最初は少しの妻への謝罪の意味と、作家的好奇心から世話していた幸夫ですが、途中から子守にはまりまくる。それもとても母性的な意味合いで。観ていて、あぁこの人は家庭に居場所がなかったんだなと思います。妻の存在が大きすぎて、夫として座り心地が悪かったんですね。四人での海水浴の風景など、まるで仲睦まじいゲイのカップルが子育てしているかのような、「家族」としての違和感がないです。

しかし本当は楽しいのに、余計なひと言を陽一に言った為、素直な陽一は真に受ける。結果善意の侵入者(山田真保)の登場。陽一や子供たちは、そんな事は思っていないのに、自分はもう必要ない存在だと、拗ねて悪態付いて、心にもない暴言失言を繰り出す幸夫。ホント、子供だわ。

私が観ていて唸ったのは、すぐに登場しなくなる二人の主婦が、デーンと各々の家庭に、死後も尚すごい存在感なのを描けている事です。幸夫の整っていた家は、乱雑なゴミ屋敷手前。そして弾みで観てしまった、最後に残した妻の一撃に衝撃を受ける。その後、激怒(笑)。まぁ勝手なもんです。自分は何をしても、妻は自分を愛していると信じていたんですね。

大宮家は、子育てや家事は元より、とにかく陽一が子供以上に妻を恋しがり、劇中泣きっぱなし。その様子が大の大人なのに、いじらしくて。お父さんがこんななので、上の子の真平は、自分がしっかりしなくちゃと、泣くに泣けない。そして繊細な息子の心は父には伝わらない。そして息子も、意地を張って伝えたくない。この父子、元々そりが合わなかったのだろうとは、想像に難くない。水と油だもの。二人の橋渡しを、潤滑油になっていたのが、ゆきでしょう。

この両家の風景は、とてもありふれたものです、それ故、家庭において、如何に主婦の存在が掛け替えがないかも、改めて痛感します。

今までの西川作品は、盛りだくさんの思わせぶりな描写で、あちこちで議論を沸騰させたものですが、この作品は素直に行間を読ませる作りで、訝しむ必要なく、胸にストンと落ちてきます。今までの策士的な面影は、今回に限りありません。子供たちの可愛さに、監督も優しい気持ちになったのかも?私はこの方が好きだな。

苦言は、全く両家の親が出てこない事。夏子の父は亡くなったと語られますが、その他の7人は?この人たちの親なら、推定70〜80代。遠くに住んでいる、老老介護である、もう亡くなった。幸夫しかいない状況に持って行くには、幾らでも絞れます。葬儀にも全く誰も顔を出さずに済ますのは、如何なものか?保育ママさん(託児所のようなもの)らしき存在も出てきますが、そんなマニアックなものを出すくらいなら、何故祖父母を出さないの?家庭や人生を描く時、良くも悪くも、親の存在抜きでは描けません。

いつまでも若々しくハンサムなモックン。それでいて、どこかとぼけた味わいがあるのが、彼の強みです。お蔭で近寄りがたくない。普通に演じれば、反感しか持たれない幸夫を、理解してあげたくなったのは、彼のお蔭です。子供と接する様子に、三児の父である素の本木雅弘が透けて見えたのも、微笑ましかったです。竹本ピストルは、しっかり演技しているのを、今回初めて観ました。いかつく強面ながら、最愛の妻の死に、怒り嘆き、途方にくれる姿が、とても共感を呼びます。教養も薄く、でもしっかり家族を愛しているのがわかる。この年頃の子供を置いて、妻が旅行に出るのを許すことで、どんなに優しい旦那さんかも、わかります。誰もが好きになる様な陽一を、好演しています。

デキスギ君みたいな真平を、デキスギ君の如く健心君も好演。この子、絶対伸びますよ。しっかり見守りたいな。玉季ちゃんは、ほぼ地のようなお芝居で、監督も自由にやらせたのかな、と思う程自然でした。二人とも、本当可愛かったです。

夫婦が永く暮らすと、あれは愛じゃない情なのだ、いや惰性で一緒にいるんだよ、とか、良く聞きます。そんな理屈も、昔は私も考えたりしました。でも大事なのは「別れていない」と言う事なんじゃないかな?長く暮らし過ぎて、大切だと思う感情も忘れちまった時に、突然訪れた妻の死。妻の置き土産が夫を救う姿に、あの一撃は、やっぱり戯言なんだよと、私は思うのです。


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