ケイケイの映画日記
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心斎橋シネマートで、深田晃司監督の舞台挨拶付きの回を観てきました。当日舞台挨拶があるのを知らなくて、本当はポイントで観ようと思っていたのが、舞台挨拶があるのでと、窓口で却下(!)。ケチ〜、TOHOシネマズは大丈夫なんだぞ!と思いましたが、ここまで来たので仕方なし、お金を払っての鑑賞でした。しかし監督は本当に映画好きらしく、丁寧誠実な語りで、30分弱、まるでトークショーさながらで、質疑応答もあり。僭越ながらアタクシ、質問までしちゃいました。これでタダなら、身の置き所がありません。お金払って良かった(笑)。作品は最初からずっと、異様な緊張感を強いられ、フランス映画のようなサスペンスタッチ。ハネケの作品を観ているようでした。
小さな町工場を営む鈴岡利雄(古舘寛治)。家族は妻章江(筒井真理子)と10歳の娘・蛍(篠川桃音)。平穏な毎日に、利雄の古い友人だという八坂(浅野忠信)と言う男がやってきます。何やら訳ありの男ですが、利雄は少しの間、住み込みで雇うと言います。最初は警戒していた章江ですが、八坂が蛍にオルガンを教えたのを機に、心を許し始めます。しかしそれも束の間、鈴岡家に大きな傷跡を残し、八坂は去って行きます。その八年後、新入社員として、孝司(太賀)が、工場で働く事になります。
最初から最後まで、ものすごく画面を作り込んでいます。もう隅々。日常生活、歩く道、生活音や工場の風景。全て一つ一つの意味がビンビン伝わってきます。
朝の食卓は和食で、お味噌汁付きの、きちんとしたもの。家内工業なので、夫は昼食も家で取りますが、カレーでも焼きそばでも、インスタントではないお味噌汁がある。夫の好みなのでしょう。
これはすごく大変ですよ。うちも結婚して15年くらい、昼食取りに夫が毎日帰宅していましたが、もう本当に何も出来ない。午前中に家事やスーパーでの買い物を終えると、すぐに昼食を作り、片づけをして、少し一服すると、今度は夕方前から、次々子供が学校から帰ってくるので、長時間は家を空けられません。パートもお昼ご飯を作れる距離、子供にお帰りと迎えてやれる時間を探しました。正に籠の鳥。私が映画に行けるようになったのも、夫が遠くに転職し、お弁当を作って渡すようになってからです。あのままだったら、私は今の私じゃないな。干からびてミイラみたいか、大げさではなく、発狂していたかも知れません(もちろん、それで幸せな人もいますよ)。
章江は事務も手伝っており、仕事は夫婦だけでしています。重い空気、閉塞感が覆う家庭。しかし、その重さに、二人とも気づかぬふりをしています。章江が唯一息を抜けるのは、生まれた時から信仰している、プロテスタントの教会に通う事です。娘と二人、食事の前にお祈りしているのに、そそくさと先に食事する夫。妻の信仰を認めてはいるのでしょうが、無神経過ぎる。これでは、妻は夫に気を使うでしょう。初めは自分の勝手で申し訳なく思う感情も、その内不満になるものです。
そんな時現れた八坂。私なら相談なしに勝手に決める夫に、もっと抗議したと思います。しかし困惑しながら受け入れる章江。主従的な関係が以前からあったのがわかります。そこには信仰に対しての遠慮もあったと思います。
夫が仕事だけして、育児にはノータッチなのに対し、八坂は蛍にオルガンを教え、プロテスタントにも理解を示し、自分の使った食器まで洗う。次第に八坂の誠実さに好感を抱く章江。。章江の利雄に対する不満な部分を、全部カバーしている。あぁ危険だなと思う。何故なら私には八坂は、それでも得体が知れず、不気味な男に映ったからです。私は浅野忠信が苦手なんですが、それはこの暗い不気味さなんだと、改めて確認しました。これは浅野の演技は元より、監督の不穏さを持続させる演出が、冴えていたからだと思います。
そして突然、鈴岡家に取り返しの付かない傷跡を残し、八坂が去った八年後。全く変わらないどころか、少し身ぎれいになった夫に対して、とんでもなく老け込んだ妻。何て鈍感な男だろうと、私は腹立たしく思いました。それが、利雄の告白で、何故彼が若返ったかのかを知ります。八坂が残した傷跡のお蔭で、心が軽くなったのですね。孝司の存在により露わになった、夫婦それぞれの八坂に纏わる罪と罰。利雄は利雄で、一生罰は背負って行こうと思っているのです。
真逆の反応をする章江。信仰しているはずの彼女の方が、納得しない。この矛盾も、とても理解出来ます。私は章江と同感です。
筒井真理子が素晴らしい。良い女優さんだと認識はしていましたが、美しく楚々とした8年前は、フランス女優のような絵画的な優美さの中、章江の憂いを的確に表現。そして8年後。何でも監督と話して、三週間で13キロ太ったのだとか。髪形こそ変えていましたが、老けメイクらしきものはありません。なのにこの8年間の章江の苦悩まで透けて見える様子に、驚嘆し、感嘆しました。監督によると、筒井真理子ありきで作った作品だとか。その責は十二分に果たせたと思います。その他、演技陣全てが、日常生活に包まれた不穏を表現し、素晴らしい好演でした。
オルガンの意味、象徴的な色使い、罪と罰の認識、その他舞台挨拶で伺った監督の狙いは、ほぼ受け取れました。それって作り手と観客の至高の幸せですよね。
「ラストは、私はあの夫婦は別れないと思いましたが、監督として明確な答えはありますか?それとも観客に委ねていますか?」との私の質問に、即答で「観客に委ねています」と返答していただきました。たった2時間で、人の人生の答えは出せないという事です。これを、人生を考える時間を与えて貰ったと思うか、委ねるのは作り手の手抜きだと思うか、そこがこの作品を観るか辞めるかの分岐だと思います。私は前者なので、観て良かったです。
八坂で始まり、孝司で完結する鈴岡家。私が別れないと思ったのは、誰にも、連れ合いにさえ知られたくない、自分の罪と向き合った時こそ、人生の淵に立った時だと思ったから。どんな結果になろうとも、一人では辛すぎるこの重さを支え合うのは、夫婦しかありません。そして孝司。彼は夫婦にとって、悪魔か天使か?私は恵まれない生い立ちに負けない強さを持った、孝司が好きです。孝司を天使だったと思える為にも、利雄と章江には、是非これからも人生を共に歩いて欲しいと思います。
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