ケイケイの映画日記
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2013年10月17日(木) 「トランス」




絵画強奪の内輪揉めを、スタイリッシュなクライムサスペンスに仕立ててあるのだと思っていたら、記憶の先にあるのは「愛の物語」でした、と言う作品。すっごくすっごく気に入りました!でもネタバレになるから、あんまり書けないのだなぁ、残念!監督はダニー・ボイル。

絵画の競売人のサイモン(ジェームズ・マカヴォイ)。ゴヤの「魔女たちの飛翔」を盗む一味に加わったはずが、何故か渡す段になって抵抗。実行犯でリーダーのフランク(ヴァンサン・カッセル)に殴り飛ばされ、記憶の一部を失い、絵画の隠し場所がわからなくなってしまいます。サイモンがフランクから強制的に治療に行けと命じられたのは、催眠療法士のエリザベス(ロザリオ・ドーソン)の元。しかし不穏なサイモンの様子から、事態を把握したエリザベスは、自分も対等な立場として、グループに加えろとフランクに直談判します。

冒頭競売の成り立ちから、美術品の警護の仕方まで、ナビゲーターよろしくマカヴォイ君の案内があるので、あれ?一味じゃなかったっけ?と狐につままれたようになりますが、ご安心あれ、これは手始めのジョブでした。

以降、サイモンが数人の睡眠療法士の写真と名前を出され、エリザベスをチョイスした辺りから、よーく目を凝らして「記憶」していて下さい。あちこち伏線が張られ、ラストでそれを拾っていきます。何気ない場面ですが、上手く印象に残るように工夫して描写してあるので、嗅ぎ取るのは容易です。記憶させるのが上手なんですね。

サイモンの記憶は小見出しに引き出され、しかしそれは夢なのか現実なのか、観客は半信半疑。サイモンですらわからない。この辺からお話は二転三転して行き、リーダーシップを取る者も、クルクル入れ替わります。伏線にも気付き始めるので目が離せず、どうなるんだろう?と、観る方もハラハラドキドキです。一人冷静に事の成り行きを見守るのがエリザベスです。

演じるドーソンは映画好きにはお馴染みの女優さんですが、私はセクシーだけど野性的な印象をずっと持っていました。しかしこの作品では、知的でとてもエレガント、そして艶やかなのです。サイモン相手に母性的な情感を見せるかと思えば、フランク相手には海千山千の犯罪者のボスを向こうに回し、余裕綽々に男心を掌で転がします。そしてビジネスには冷徹。もう見事な女っぷりで、こんなに良い女優だったのか?と、惚れ惚れしました。聞くところに寄ると、この作品がきっかけでボイルと恋仲になったとか。忍ぶれど、色に出にけり我が恋は、と言う事でしょうね(もちろん両方とも)。

だいたい睡眠療法士と言う職業自体胡散臭いし、こんなに上手く話が運ぶのか?と言う疑問を持たれる方もいるでしょうが、途中で「ストロベリー」の言葉が出てきます。この言葉に対する反応は一様ではありません。かかりやすい人、そうでない人もいると言う描写だと思い、私は言い訳とは取りませんでし得た。

キーワードも記憶です。楽しかった事辛かったこと、そして愛した事。記憶は他者の手では決して消される事はないのですね。だから葛藤や煩悩に苛まれるわけで。思い出さない方が幸せな事もあるんだなぁ、これが。その苦さも登場人物と一緒に噛み締めます。

純情そうな好青年、仕事の出来る催眠療法士、冷酷な犯罪組織のボスたちが見せる意外な別の顔は、でも両方共その人たち自身であり、決してそこに嘘や芝居はありません。そこに血の通った生身の温かさを感じるのです。

画面は謳い文句通りスタイリッシュなんですが、鑑賞後はその事より、「ロマンチック」と言う思いが心に残ります。素直に騙されたもん勝ちの作品。


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