ケイケイの映画日記
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極寒の東北が舞台とあらば、壮大なファンタジーとして観るのが正解なんでしょうか、何せこの野性的な地上の極楽浄土、婆さんばっかりなんですね。これ女なら有りだわと、その生命力と執念にとても納得できました。「楢山節考」のその後を描く、と言うのがキャッチコピーです。監督も今村昌平の御子息の天願大介。婆さん予備軍の身としては、とても痛快な作品です。
東北らしき山村の小さな村。70才になると口減らしのため、雪山に捨てられるのです。斎藤カユ(浅丘ルリ子)も70才を迎え、息子におぶわれ豪雪の山に捨てられます。しかし目覚めた時、彼女は藁葺きの中。かつて山に捨てられたはずの老女たちがたくさんいました。そこは100才になるメイ(草笛光子)が捨てられた30年前、たった一人生き延びて、次々と女たちを助け指導者となり、力を合わせて作った共同体「デンデラ」だったのです。今では総勢49人。カユで50人目です。50人目になったのを機に、自分たちを捨てた村人に復讐するため、村を襲撃しようと決起するメイ。しかし無駄な血を流さず、自分たちが幸せに暮らす事こそ復讐だと、マサリ(倍賞美津子)は説くのです。
出演者は他に山本陽子、赤座美代子、山口果林、白川和子、山口美也子、角替和枝、などなど往年の大女優やらロマポのミューズやら名バイプレーヤーやら、わんさか名のある女優さんたちが、垢にまみれ老けメイクで、ズタボロのマタギみたいな衣装で頑張るのなんの。皆さん、実際は今でも年齢以上の美貌の持ち主ですが、若くても角替和枝の50代半ば、草笛光子77才、浅丘ルリ子70才。この年でこの役を引き受けたというのが偉い!これは今の自分で満足せず、更なる飛躍、変化を求めって事です。守りに入って当然の年齢で、極寒の地でカイロ貼りまくりながら、坂を転げるは槍で大格闘するは、大奮闘です。ルリ子さんなんか、吹っ飛ばされた時に骨折したんじゃないかと、本気で心配したもの。婆さんなのに凄腕スナイパー役の山口美也子なんて、惚れ惚れするほどカッコイイ。そしてほぼノーメイクなのに、優しい人は柔和な目、心に情念を秘めている人は鋭い眼差しと、その目力に強く惹かれました。
新入りで雪道も満足に歩けず、古い因習に捕らわれる新入りのカユは、仲間から小娘呼ばわりされます。70才の小娘!再三「おめえはまだ若い」とも。そして今まで教えられた常識とは正反対のデンデラの思想に戸惑います。 「ずっと家族のためだけに生きてきた俺を、家族はしきたりだと簡単に捨てた」(メイ)。 「俺たちは口減らしのため捨てたれた。でもどうだ、ここでは誰も飢えてねぇ。村は強い者、男、ガキどものため、食べ物が俺たちにあたらねぇんだ。」(ハツ・田根楽子)。 「俺は女だ。今まで自分で考えた事がねぇ。だからどうすればいいかわからない」(カユ)。
全て女たちがどれだけ抑圧されて生きてきたかの、心の吐露です。特にカユの言葉は、正に「女三界に家なし」の思想なんだわ。感情や思考すら、女だからというだけで、許されなかったんですね。
本当に復讐したいのは自分だけで、皆は何か生きる目的が欲しいだけだと言うメイ。そうだろうか?なんども出てくる、一度死んだ命と言う言葉。デンデラで生きるのは辛い。しかし浅ましかろうが恥知らずであろうが、死ぬのはもっと辛い。そんな彼女たちは、鮮やかな死に場所、死に様を求めていたのでしょう。それには悪しき因習に捕らわれる村人に鉄槌を下すのが最適だと。押し込められていた彼女たちの感情の爆発が、復讐に向かわせたのだと思います。
生命力に溢れた彼女たちは、猥談もすればあからさまなシモネタも。昔「死国」を読んだ時に、90超えの婆さんが、昔の自分、それも男に体を褒められた事、セックスがしたい煩悩にまだ苛まれる様子が描かれていて、ひょぇぇ!となりましたが、やっぱり女は灰になるまでなのかしら?「小娘」なんでわかりません。
しかし動けない者、穏健派のマサリたちを「意気地なし」と呼びますが、決して差別はしない。食べ物も平等、村八分などなく対等に尊重します。如何にメイが優秀な指導者であるかと共に、ここにも下界で虐げられ続けた彼女たちの辛さを痛感します。
しかし彼女たちの行手を阻むのが、自然はともかく「子供の産める若い女」というのが皮肉。這いつくばって、これでもかと食らいつく「女」に敬意を表しながらも、「まだ子供を産む気か?」と、嫉妬と怒りを見せるカユ。その辺にも昔は、女の値打ちは子供の産める年齢までだったんだなぁと感じます。
長年この世界で活躍している人ばっかりなので、主要キャスト全てに持ち場を与え、それぞれがきちんと役割を果たしています。一番良かったのは草笛光子。やっと衣食住足りてホッとしたとき、水面に映る汚い自分に驚き、魚の骨で髪を梳こうにも、ゴワゴワで出来ません。この時の涙は圧巻です。老婆である前に女、その前に人間なのです。最低限人としての尊厳が守れる集落を作ったメイに、感動すら覚えました。
途中で展開が「グリズリー」になったりで、何が敵かわからなくなって、ちと散漫な印象はまぬがれません。聖職者のようなマサリの存在も、メイのように回想シーンを使うなどすれば、彼女の言葉にも説得力が出て、よりくっきり存在が浮かぶと思います。
しかしそれを吹っ飛ばすほどのパワフルな婆様たちの大奮闘に、予備軍の私は大いに元気を貰いました。今はこの作品で描かれたような虐待や、ひどい男女差別はありません。でも家庭に入れば子供の進級・進学、夫の転職・仕事の変化で、女は寝る時間から起きる時間、果てはパート先の職場まで、ライフスタイルをくるくる変えて、家族の人数分支えているのです。家族からは口では「ありがとう」と言われるけど、実際はわかってないんだよなぁ。当たり前だと思われている。私は夫と子供にわからせるのに、28年かかりました。そういう生活に不満を持っているあなた!あなたのための映画ですよ。変化も進化もする大女優たちに見習って、小娘のワタクシたちも、まだまだ進化していきましょう。
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