ケイケイの映画日記
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2007年01月12日(金) 「あるいは裏切りという名の犬」


とても良かったです。久々のフレンチノワールという触れ込みのこの作品、最初はどうしようか迷っていました。しかしロバート・デ・ニーロが版権を取り、ハリウッドでリメイクが決定。そして相手役はジョージ・クルーニーが決まり、監督には「チョコレート」のマイク・フォースターが噂されていると聞き、多分そちらは観るので、その前にちょっと鑑賞くらいの軽い気持ちでした。上映中のテアトル梅田は会員なので、いつでも千円だしね(←重要ポイント)。私は入り組んだ人間模様や、人物描写の深すぎるというか濃すぎるフランス映画がイマイチ苦手で、同じ濃いなら能天気で明るいラテン系が大好きなのですが、しがらみや裏切りを単純に白黒つけず、紫煙やお酒が全部「大人」を表現する香りづけになっているのはさすが。見事なおフランス映画です。

パリ警視庁の警視レオ(ダニエル・オートゥイユ)とドニ(ジェラール・ドパルドュー)。それぞれBRI(探索出動班)とBRB(強盗鎮圧班)に分かれて手腕を競っている優秀な刑事です。かつて二人は、カミーユ(ヴァレリア・ゴリノ)を愛し、彼女は今はレオの妻です。それが元で友情の壊れた二人は、現在次期長官を争うライバルとなっています。パリの町に頻繁に起こる連続現金輸送車強奪事件を追う二人。犯人を挙げた方に、長官の座を譲られます。犯人をあることがきっかけで追い詰めるレオですが、そのことをドニに密告され、刑務所送りになってしまいます。

刑事という職業は正義感が命だと思うのですが、レオの表し方はかなり刺激的で強引です。しかし嫌悪感はなく、自分の正義を貫くには、手段を選ばない人で、かつ自分の欲得は二の次な人という印象です。それが彼の弱点でもあるというのは、のちのちわかり、上手くレオという刑事の個性を表しています。

仲間に慕われ、常に良き同僚に囲まれるレオに対し、ドニは上昇志向が強く、周りから嫌われている様子が伺えます。何故彼がそうなったかは、全てカミーユの愛を得られることが出来なかったから。美しく聡明な妻の愛情も受け取らず、常にレオの上を行かねば、自分の心を持ちこたえられないのでしょう。自分の使う情報屋に「お前には俺しか友達はいないだろう?たまに電話しろ。元気なのか気がかりだからな。」と言い放ちますが、それは自分自身を語っているのです。

刑事と言ってもその捜査の仕方は、密告・裏切り・様々な駆引きがあり、一般に想像する正義ではありません。刑務所の塀の上を歩いているようなレオとドニが、片方が刑務所の中に落ち、片方がシャバに留まる様子は、一般的な正義感とは違うものでした。しかし現長官の、「お前のような男は・・・(ネタバレにつき内緒)」という侮蔑の言葉や、ドニの卑劣な人柄についていけない女性部下の、「あなたは亡霊に必ずしてやられるわ」という言葉も、この重みをただの遠吠えとせず、伏線としてきちんとケリをつけたのも見事でした。

ドニについて、これでもかと卑怯者の烙印を作品の中で押しながら、彼の周囲に漂う言い知れぬ哀しさはどうでしょう。愛する女の愛を得られなかった、その一点に彼の人生は集約しているのです。どんな権力を得ようと、ドニの心は乾いたままなのですね。男の映画は、また女の映画でもあるということを感じさせるのが、本当にフランス的です。それを不男と言ってもいいドパルデューで、より強く感じさせるのもとってもおフランス。

オートュイユ、ドパルデュー他、懐かしのミレーヌ・ドモンジョなどを初め、熟年世代の俳優の、皺も肌の毛穴の老いも容赦なくスクリーンに映すのに、この人としての、男としての、女としての現役感は素敵です。年齢とかけ離れた爽やかさや瑞々しさで現役感を表現するのではなく、年相応の成熟でそれを表す様子も素晴らしい。いや参りました。

この人間模様はどのように終結するのか、息を呑む思いで観ていましたが、幸福感も哀愁も漂う鮮やかなまとめ方で、素晴らしかったです。オートゥイユ、ドパルデューとも、死ぬまで現役で人生の機微も愛も語ってくれそうです。この完成された作品、ハリウッドではどうなるかな?


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