ケイケイの映画日記
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2006年06月09日(金) 「花よりもなほ」

昨日観て来ました。前評判上々の「誰も知らない」の是枝裕和監督作の人情喜劇です。爆笑という感じではなく、くすくすほのぼのした笑いの中に、いつの世にも変わらぬ人のまごころや哀しみを描いていて、この作品もとても良かったです。

父の敵を討つため、信州から江戸に出て来ている青木宗左衛門(岡田准一)。もう2年になるというのに、手がかりはなかなか掴めず、実家からの仕送りも少なくなっています。住んでいる貧乏長屋には、調子がよく知恵の回る貞四郎(古田新太)を初め、最底辺ながらたくましく生きている人々ばかり。宗左はその中の子持ちの未亡人おさえ(宮沢りえ)に気があります。
仇討ちどころか、近所の子供達に読み書きそろばんを教えることで、生計を立て始めた宗左ですが、そんなある日、人相書きそっくりの仇(浅野忠信)を見つけます。

ちょっと頭の軽い長屋の住人・孫七役の木村佑一のアップが最初に出てきてびっくり!その後想像を遥かに越えた、きったな〜い長屋にまたびっくり!早朝家族に叩き起こされ、寝ぼけ眼で出てくる住人の垢と泥にまみれた姿にまたびっくり!こりゃちょっとやそっとの貧乏じゃないなと、想像に難くないです。みんなもっと寝ていたいようなのが印象的。そうだろうな、寝るのは一番お金のかからないレジャーだもんね。

しかしここの住人たち、たくましいというか、しぶといというか、こんな困窮した生活なのに、生きることに楽天的なのです。難儀や災難、因業大家(国村隼)からの家賃の督促に逃げ回る姿は、したたか且つ愉快です。この人々と交わるうち、宗左は仇討ちだけで明け暮らしている自分の生き方に、段々疑問が湧いてきます。

折りしも時代は犬公方・五代将軍綱吉の時代で、ちょうど赤穂浪士が吉良に仇討ちする様子も挿入しています。その浪士たちの、武士は食わねど高楊枝の様子の、体面ばかり気にして空威張りする姿を冷やかしながら、「武士って何も作らず売らずで、どうして金稼いでるんだ?」や、武士の散り方になぞらえられる桜を、「来年も咲くってわかっているから、パッと散るんだよネェ」という長屋の住人たちのもっともな言葉をかぶせて、宗左の苦悩に説得力を持たせています。

主軸は宗左の仇討ちなのですが、騒々しくも楽しい盛りだくさんのエピソードと、幾つかの恋模様の様子が花を添えます。登場人物もたくさんなのですが、きちんと整理され、それぞれ位置づけも性格づけも分かりやすいです。

登場人物はみんな強く印象を残しますが、私が一番印象的だったのは、加瀬亮演じる世捨て人のようなそで吉。なんというか、相当暗いスナフキンというか(想像しがたい?)、明るい喜劇のこの作品で、唯一本当の生きる哀しみを漂わしています。大家の遊女あがりの後妻(夏川結衣)と、かつて恋仲だったとわかるのですが、そで吉が好きな長屋の娘おのぶ(田畑智子)の口撃に、「あんたがここを出て行くときは、もっと辛いことが待ってんだよ。」の後妻の言葉に、何故ここの住人たちが底抜けに明るいのかわかりました。どんなに貧しくとも、おのぶの父は、決して娘を女郎にはしません。おせいとて、あの美貌(宮沢りえですから)なら、豪商の妾など幾らでもあるはず。「武士は食わねど高楊枝」ではなく、「ボロは着てても心は錦」なのですね。

宗左の取った仇討ちの落とし前の付け方は、あっと驚くものでした。お侍さんの意地もへったくれもない付け方なのですが、自分の意地より、長屋みんなのためを思う、そんな宗左を応援したくなります。おさえの仇討ちに対する心の吐露は、彼女の背負ったものを知る時、深く心に染み入ります。

岡田准一がとっても良くて、それもびっくり!クセ者俳優やイロモノ出身の人が大挙出演したこの作品で、誰に食われることもなく、堂々の主演ぶり。今まで人気がある理由はわかりましたが、美しさが大評判だった「東京タワー」を観ても、どうということもなかった人ですが、へっぽこ侍を演じて、内面の優しさや誠実さを充分表現出来ていました。彼のことが大好きになりました。大阪出身なので、喜劇は性に合うのかも。明るい楽しさと共に、人生の哀しみを挿入するバランスも良い、とても上出来な人情喜劇でした。


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