ケイケイの映画日記
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2005年04月07日(木) 「大統領の理髪師」

昨日心斎橋のパラダイススクエアで観て来ました。シネマ・ドゥの閉館以来、ミナミで映画を観るのは久しぶりです。ここは好きな劇場ですが、おばちゃんには気後れするアメリカ村にあるのが玉にキズです。レディースデーと言うのに館内は20人ちょっとで、2週間で上映打ち切りらしいのですが、それもやむなし。暖かい笑いの中に時代を時には鋭く、時には柔らかく風刺した、味わい深いええ作品やなのになぁ。

1960年代の韓国の大統領官邸のお膝元のとある町。そこで理髪店を営むソン・ハンモ(ソン・ガンホ)は、強引に結婚したミンジャ(ムン・ソリ)と一人息子ナガン(イ・ジェウン)と共に、慎ましくですが平穏に暮していました。ある日大統領側近が彼の店に現れたのがきっかけで、ハンモは大統領の理髪師として、官邸に出入りするようになります。庶民では考えられないような出世に、町の人々も彼に一目置くようになります。しかしそんな彼らにも政治の渦は容赦なく襲い掛かり、ハンモ一家も、不幸な出来事に巻き込まれてしまいます。

時代はおもに李王朝の流れをくむ李承晩(イ・スンマン)大統領の末期から、軍事クーデター後大統領選に出馬、のちに独裁者と言われた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺されるまでの時代が描かれます。ハンモが散髪をしたモデルも朴大統領です。私は朴大統領が側近のKCIA幹部に暗殺された日をよく覚えています。私の18歳の誕生日である1979年10月26日だったからです。ちなみにKCIAは朴大統領が創設しました。彼が在任時の1976年に渡韓した事のある私は、昼はそれなりの賑やかさの町が、戒厳令発令の12時前後は水をうったような静けさで、確かに物々しさを感じたものです。11時過ぎにタクシーに乗っていて、運転手さんが「早く着かなくちゃ」と韓国語で父に語り、スピードを出してホテルまで届けてくれたのを覚えています。

私がびっくりしたのは、この時代の軍事政権を批判する作品は、押しなべて強烈に弾圧したり皮肉ったりする感じを受けたのに、コメディ仕立てにしてあるにしろ、とても優しいのです。町の人々も大統領のお膝元に暮すことを誇りに思い、国に対する忠義心のあまりの愚かさも、ユーモアに包んであるのでむしろ実直ささえ感じます。それでいて「韓国は民主主義の国だ。学校で教えてもらっただろう。」と警官に言わすのに、密告を強要したり、たとえ小さな子供だろうと容赦なく拷問にかけたりします。大統領官邸に両親とともに食事に誘われたナガンが、父を馬鹿にする他のエリートの子達を負かせたのに謝るシーンも、階級の違いによる理不尽な怒りに耐えた庶民の姿を的確に表現しています。

しかしその怒りもどうも人に向いているのではなく、時代に向けての怒りのようです。その証拠に、この作品で描かれる朴大統領と思われる人物は、端正な容姿に聡明さと温厚さを持ち合わせているよう描かれ、キャスティングも容姿端麗で押し出しもきくチョ・ヨンジンです。近年今の韓国の経済的発展は朴大統領の功績という歴史の再認識があると聞きましたが、この作品で描かれる限り、それが見てとれます。そういえば在任中は独裁政権と悪評ぷんぷんだった朴大統領ですが、人となりは高潔だったようで、彼以降に大統領になった人たちのように、金銭スキャンダルはないようです。

大統領を間にはさみ反目する側近二人も、高圧的ですが権力者の小賢しいいやらしさより、やり方は間違っていても真に国を憂いて良き国にしたいとの熱い思いは伝わってきます。大統領の葬儀の際、膝を着き深々と頭を垂れる韓国式の死者への弔いをするハンモ。このシーンなのですが、前にお焼香した人はお辞儀をするだけだったと思います。韓国式のお辞儀を求める時は、靴をはいての場所の場合、下に敷物があるはずなので、それがなかったということは、服を汚してまで自分の中での精一杯の哀悼の念を示したかったハンモの、大統領への偽りのない真心のこもった敬愛が感じられます。

「フォレスト・ガンプ」を彷彿させるシーンが出てきますが、「〜ガンプ」がアメリカ史を寓話的に描いていたのと同じ香りを、この作品にも感じます。そしてそれに拍車をかけるのが、数々の懐かしいエピソード。ハンモが息子の名前をつけるのに占い師に診てもらいますが、韓国人はとても名前を大切にし、ちゃんと親の名前や本人の生年月日を入れ、大半の人が専門家につけてもらうのです。私や夫、子供達もそうです。ナガンも飲まされた怪しげな煎じ薬ですが、これは私にも思い出が。よく腹痛を起こす私に、ある時期日本で暮らしていた曾祖母は、何やら半紙にまじないを書いたかと思うとそれを燃やし、何かで煎じてコップ一杯飲まされました。それで本当に治ってしまうのです。そんな非科学的なこと、今は韓国でも在日でもないのでしょうが、当時の韓国は健康保険制度が確立しておらず、昔からの漢方薬は元より、まじない・祈祷がまかり通っていたはずです。今の発展した時代からは考えられないようなことですが、韓国で大ヒットしたのは、こういったエピソードの数々に、当時の怒りだけではない、良きこともあったのだという懐かしさを、観客に思い起こさせたからに感じました。

ガンちゃんとムン・ソリは言わずもがなの好演ですが、ナガンを演じるイ・ジェウンがとても良いです。父の愚かな忠義心のため歩けなくなったナガンですが、一度も父を責めません。父に背負われ治療法を求め全国を歩いたナガンですが、二人のお互いを思う愛の深さを感じさせ、父と息子の人生での一番の日々のような、柔らかな光を感じさせました。

竹島問題で日の丸を燃やす韓国の人をテレビで見ながら、やっぱり私は韓国では暮せないなと苦笑いしていましたが、この作品のような成熟した過去の振り返り方が出来る民族なんですもの、あの放送はきっと一部の人だけ、マスコミが誇張しているのかもしれない、そんなことを思わせてくれる作品です。監督・脚本はこれが初演出のまだ36歳のイム・チャンサン。次もとても期待出来そうです。



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