ケイケイの映画日記
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2005年04月11日(月) |
「地獄」(新東宝・チャンネルNECO) |
私の生まれる前の1960年度製作の作品。エログロ路線突っ走る頃の新東宝作品ですが、その傾向もふんだんに観受けられますが、観た後の感想は意外というか、とてもまともで格調高い感じもしました。それもそのはず、監督は和製ホラーの巨匠「東海道四谷怪談」「生きている小平次」などの中川信夫ですから。
学生清水四郎(天地茂)は、恩師矢島の娘幸子(三ツ矢歌子)との婚約も整い、幸せの絶頂にいましたが、気になるのは何かというと四郎の周りを徘徊する背徳的な友人の田村(沼田曜一)。今日も幸子宅からの帰り道、田村は酔っ払いをひき逃げして死亡させます。同乗していた四郎は良心の呵責から、警察へ出頭しようとしますが、乗っていたタクシーが事故で大破、同乗していた幸子は亡くなります。自暴自棄になる四郎は、ひき逃げした相手の恋人洋子とそうとは知らず、ふとしたことから一夜を共にしますが、洋子に事実を感ずかれ、洋子は恋人の母親と四郎に復讐を誓います。そんな時郷里から母が危篤との電報が入り、四郎は急いで帰郷します。そこでは「天上園」という老人施設を営む父親が余命いくばくもない母親を省みず、妾を同居させていました。「天上園」には過去のある訳ありの医者や新聞記者など、胡散臭い人間ばかりでしたが、幸子に瓜二つのさちこという女性がいて、それだけが四郎の救いでした。そんな「天上園」へ田村も矢島夫妻も、引き逃げた男の愛人や母親までもがやってくるのです。そして・・・。
とまぁ、お楽しみの?阿鼻叫喚の地獄絵図の前に、四郎の良心の呵責にさいなまれ続ける苦悶の姿をながーく演出します。確かにそんなアホな、都合よすぎですという展開もなきにしもあらずですが、偶然の連鎖なんて映画ではつきもの、この作品は次々自分がかかわる事によって人が死んでいくという、人間らしい四郎の辛い苦悩と、メフィストというか死神というか悪魔に魂を売り渡したかのごとく、人間の善なる心などかけらも感じない田村との対比が重要だと思うので、これくらいパンチの効いた展開の方が納得もしやすいというものです。それくらい魑魅魍魎が住み着いているかのような、大なり小なり皆罪を犯した胡散臭い人々が出てきます。
主演の天地茂は、私が若い時は「非情のライセンス」や土曜ワイド劇場枠の明智小五郎ものなどの印象が強く、ダンディでクール、眉間の皺も渋い印象が強いのですが、若かりし頃のこの作品ではなんと純情可憐なことか!洋子との行為の後、横で女が下着姿なのに、彼はもろ肌ですがピチッと布団を胸までかぶり、まるで処女喪失のようでした。ウジウジもがくも、これでもかの不運のつるべ打ちになすすべもない姿は、少々阿呆ですが同情と共感も湧いてきます。
対抗する沼田曜一も素晴らしい名演技で、これを怪演と称しては申し訳ないくらい。観客に忌み嫌われる役のはずが、ピカレスクロマンの主人公のように魅力たっぷり。人間の欲望と本能のまま生きる田村をデカダンスに演じて軍配は彼に。最高でした。白髪頭でない沼田曜一も久しぶりに観た気がします。
ヒロイン三ツ矢歌子は、私が子供の頃「ハイミーの綺麗なおばちゃん」として、こんなに美しい中年女性はいないと思わす美貌でしたが、この作品の若い頃より中年期の方が美しいです。なんと言うか、若い頃は艶が不足しています。しかし純白の汚れのない掃き溜めに鶴のような役ですので、世間知らず風の美しさはマッチしていました。
つり橋を逆さまに撮ったショットは一瞬めまいを覚え、恐怖心を煽りました。地獄の様子はさすがに今見るとチープですが、当時は少ない予算の新東宝でこれだけのものを見せるのは、やはり美術がしっかりしていたのでしょう。今でも充分鑑賞に耐えます。閻魔大王にあの嵐寛寿郎、ナレーションに若山玄蔵を持ってきたので、ケレンさの中に重厚さがありました。無意味に出てくる半裸の女性は、やっぱり当時の状況を考えると、単なるサービスショットかな?
他の人はわかるのですが、鶴の三ツ矢歌子まで地獄に落ちるその理由に、そんな不可抗力で地獄行きなら、人類皆地獄行きだなと思わせます。私が以前聞きに行った講演で、「知って犯す罪と知らずに犯す罪はどちらが重いか?」というお話があり、正解は知らずに犯す罪。例えば熱い物を熱いと認識して持てば火傷も軽いが、知らずに持てば重傷の火傷になると言うことらしいです。聞く以前は、知らんかったんやから、しゃあないやんと、半ば開き直り気味に逆の解釈をしていた私は、当時このお話にとても感心したものです。なるほど、この作品でも人間としての善や誠を見捨てなかった四郎と、それに背を向けた田村を人として無知ととらえれば、最後の三ツ矢歌子の成仏する姿は、納得がいきます。何度も出てくる傘の演出がセンスが良くて印象的です。地獄絵図より生きている人間の方が怖いと印象に残る、なかなか見応えのある作品でした。
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