| 2001年11月30日(金)
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いいオンナ�� リエの場合 |
このシリーズで登場させた、サナエ(仮名)とおじょ〜(通称)は、 高校時代の友人である。 あたくしが、篩にかけ、厳選に厳選を重ねた友人で、生粋のいいオンナ達である。
リエとは小学・中学校と一緒だった、 幼なじみ・・・・とまではいかないが、長きに渡って付き合いのある、 あたくしにとっての「いいオンナ」の根源。
そんなリエと、今日会ってきた。 2年ぶりである。 最近は、携帯電話というとっても便利な科学兵器(グッズ)があるので、 メールなどで、お互いの近況を報告しあったりも出来るけれど、 顔を見て話すのは、実に2年ぶりであった。
昔話に花が咲く・・・・。 実は彼女とは、小・中とおして同じクラスになったことが1度もなく、 中学の時の部活も全く別々だった。 唯一、あたしたちを繋いでいるのは、 小学校の時のクラブ活動で、「ポンポンを持って踊る」ということくらいだ。 15年も遡らなければならない。
あたしは委員や生徒会などをやっていたが リエはそういうのに名を並べるタイプではなかったし、 こう言ったら彼女には悪いが、 学力にも差があった。あたしの方が若干上である。
そんなあたしを、彼女は憧憬の眼差しで見ていたらしいが、 あたしは、彼女のことが羨ましかった。 「隣の芝生は青い」ではないが、 「踊る」以外に全く共通項を持たない2人が 実は互いに羨ましがっていたというのが、今日、わかった。 (それは、後から書きますわ。まずは時代を追ってこっちの話題から・・・・)
中学時代に、あたしをいじめの渦中から最初にサルベージしてくれたのは 彼女である。 彼女は、当初、あたしをいじめる側にまわっていたのだが、 あたしからどんどん覇気がなくなっていくのを感じ、 いじめたまま、あたしはいじめられたまま、冬休みを挟んで
「このままでいいのだろうか・・・・。」 と、考えていてくれたのだという。 あたしはその頃、生徒会の活動と受験を抱え、ひどく忙しくしていたのにも拘わらず そういうややこしい人間関係の渦にも巻き込まれ、本当に辟易としていたが 学校を休むと、自分より前に、学校運営に支障をきたすことをちゃんとわかっていたので 不登校という道を選ぶことが出来ないでいた。
忘れもしない、中学3年、3学期の始業式。 前年までは山のように来ていた年賀状も、この年ばかりはほとんど届かず クラスメートにもどんな挨拶をしたものかと 気も重く登校した。 下駄箱が並ぶ昇降口であたしは自分の靴を放り込みながら、 教室へ行くのがとても怖かった。 「おはよう」「久しぶり」「元気だった?」と挨拶をする相手がいないのが、 これほどまでに怖いとは、それまで知りもしなかったのである。
そんなあたしをリエは呼び出した。 あたしは、内心びくびくしていた。 また何か言われる・・・・そして、長い長い3学期が始まるのか・・・・と。 すると彼女は・・・・・頭をさげて「ごめんなさい」と言った。 今まで自分は間違ったことをしていた。そう言った。
「いじめ」という低次元のストレス発散法に あたしは諦め半分で身を差し出していたので、彼女の行動・言動は正に
「きょとん??」
である(笑)。
しかし、この彼女の行動・言動は、本当にあたしを感動させた。 自分の非を認め、そして詫びるというのは、 それはそれは勇気もいるし、何より相手より自分そのものと向き合わねばならない。 その作業を、冬休み中かけてやっていてくれたことを私は咄嗟に悟り この人はなんて凄いんだろう・・・・・・とダイレクトに感動したのである。 もし自分が逆の立場だったら、こんなにも潔い行動はとれなかっただろう。 こんなにも素直に「ごめんなさい」と言えなかっただろう。 そのことを思うと、彼女に対して素直に「ありがとう」と言うのが 一番いいのかもしれないと、あたしはにっこりと彼女を見て笑ったのだ。
長く長く、いつ終わるやと嫌な「永遠」を感じていたそれまでの瞬間を 彼女が消してくれたのである。 「おはよう」「久しぶり」「元気だった?」と挨拶をする相手が、目の前にいる。 素晴らしい冬の日だった。
「いじめ」の渦は、それから色々と形を変えて、様々な人を巻き込んだが あたしは、自分が抜け出られてからは、一切、触れなかった。 再び巻き込まれそうになっても、ガンと構えていられた。 何を言われても、全然堪えなかった。 それは、リエがいてくれたからだ。
彼女の価値観は、あたしに大いなる影響を落としていった。 中学を卒業しても、高校に入学して新しい環境になっても 大垣という故郷を後にして、それぞれが違う土地に行くことになっても、 どこに行っても、彼女はあたしの自慢の友達だった。 あたしの友達には、こんな素晴らしいヤツがいるのだと 新しい環境になる度に、そこで作った友達にもよく自慢したものだ。
それは今でも裏切られていない。 彼女もあたしが思ったとおりの、いいオンナになっている。
リエは言った。
「夕雅はね、皆の憧れだったんだよ。」
数日前に、オーアエが言った言葉を思い出す・・・・。
「あなたは大奥で君臨しているのが似合ってるよ。」
あたしは、それを全否定した。 あんなところで君臨していられるタイプなどではない。 あたしは隠れていたかったんだ。 静かに静かに生きていくはずだったんだ・・・・と。 しかし、あたしの親友であるリエまでが、オーアエと同じことを言ったのである。
「私、夕雅のことが好きだっていってる男の子のこと、結構知ってたもん。」
「だって、誰もそんな素振り見せないんだもん、全然わかんないよ。」
「そりゃ、そうでしょ。思春期男子って(爆)」
「でも、あたしは、ほら●●ちゃんとか▲▲ちゃんみたいなタイプとは 全然違うじゃん? あたし、あぁいうのが羨ましかったの・・・・。」
「あぁ、確かに違う。彼女たちはアイドル。でも、夕雅はね『好きになる人』なんだよ。」
「・・・・・・。」
「あたしたちみたいな落ちこぼれにはさぁ、夕雅みたいな人は 『雲の上』の存在だったんだよ。そうそう簡単に話し掛けられないような。」
「『雲の上』って・・・・(笑) あたし、そんなに偉くないよ。」
「でも、あの時の夕雅って、すっごく頑張ってたでしょ? 自分の為じゃなくて人の為に。」
「頑張るのやめるの、怖かったからかもしれない・・・・。」
「そうかぁ・・・でも●●ちゃんとか▲▲ちゃんとは、根本的に成分が違う。 やっぱり、『トップの人』なんだよ、夕雅は。 そうなりたがっていなかったとしても、他人の為に謙虚に頑張ってたからさぁ。 だから、皆が『好きになる』んだよ。」
宝石のような言葉だった。 「トップの人」・・・・ウソのようだ。 あたしの上には、もっと沢山のオンナたちがいる。 自分が君臨したいがために、スキルアップを欠かさないオンナたちだ。 あたしは、そういうオンナたちが大嫌い。 あたしが謙虚・・・・? それこそウソみたい(笑)。 でもリエたちにはそう見えてたのか。 そして、「好きだ」と思ってくれる人が、ちゃんといたのか。
あたしは、そう報せてくれたリエのことが凄く好きだと思ったし、 彼女の言葉を素直に嬉しいと思った。
あたしの病気のことは予てから伝えてあったが、 彼女はカラカラとこう言ってのけた。
「頑張る人がなる病気なのかもね。 あの時アレだけ頑張ったんだから、今はもういいってことなんだよ。」
彼女もまた、あたしに「休め」と言う。 でも、こうも言うのである。
「でもね、あたしやあたしの先輩で、夕雅の舞台を見てファンになっちゃった人も いるんだからさぁ。絶対に戻ってきてよ。また見せてよ。」
待っていてくれる人がいるというのは、いいものだ。 いいことなのだ。 この人たちのために、また少しだけ頑張るのは、決して悪くない。
趣味でバレエを始めたと言っていたリエ。 踊るのが楽しいらしく、つい最近、トゥシューズを履いたと報告してくれた。 あたしもまた、ダンスを始めようとしている。
2人を唯一繋いでいた「踊る」ということが、また今、交わろうとしている。 悪くない。 風向きとしては最高だ。 まず、彼女のために踊ろう。 そして、彼女があたしのことを自慢し、宣伝してくれた人たちのために踊ろう。 あたしのことを好きだと言ってくれた人のために踊ろう。 そして、舞台へ、カメラの前へ、 帰っていこう。
あたしが、生粋のいいオンナ第1号として認定したリエは、 こうしていつもあたしのことを、支えて、励まし、 元気にしてくれるのである。
| 2001年11月29日(木)
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新店舗見学でリタリンの効果 |
棟上したところで1度だけ、その外観と中を見てはいたが、 内装がまだ整っていない状態で、 来月頭に新装開店する、うちの3号店(実は本店)の様相を把握してなかったあたくし。
本日見てまいりました。 早起きして、リタリンぶっこんでおきました。
店はなかなかいい感じです。 和を追求したいあたくし好みの内装で、 特に、喫茶コーナーのインテリアと、トイレのこだわりは 趣深くて、面白かった。
まずは見てやって。
んでもって、親子3人で記念撮影♪ 真ん中が山賊ね♪ (ボケてるし、あたくしはすっぴん(爆))
こっちはVIPルーム。 額に飾られた絵画は、金華山(信長通の人はわかるか?)を描いたものでした。
え〜っと・・・・。 私事というにも憚られますが、宣伝です。 喫茶メニューも充実。 従来どおり、居酒屋のメニューも健在 宴会場、カラオケ完備。送迎バスもあり!!
お近くへお越しの際は、ぜひぜひお寄り下さいませ♪ 詳しくは、当方へメールでも・・・・・・。
あ・・・・。一応言っときます。 所在地は、岐阜県岐阜市。 とはいえ、JR岐阜駅から車でゆうに30分かかるド田舎です(爆)。 しかし、美味いコーヒー、美味い料理、美味い酒・・・・これだけは保証いたします。
これを読んでいる岐阜県民の皆様・・・・ まずはあなた方のご協力を給わりたいと思います。
おいでませ・・・・ひょっとこ
( ̄∇ ̄;) しかしながら自宅から往復2時間の道程は、小旅行である・・・・。 リタリンの効果は夕方には切れたのか、 家に帰り着くや否や、どっと疲れてしまったのでありました。 しかし、効き目は確かにありまして、 午前中から動く時は、これは便利な薬だな♪ と、早速、ヤク中みたいなことを覚える始末(爆)。
そんなあたくしは、リポビタンDを飲んでも同じように感じるので、 じゃあ、そっちのほうがいいんじゃねえの? そうお思いのあなた、 それは見当違いです。 あたくし、あぁいう濃い味はダメダメで、 リポD1本の値段と、リタリン1錠の値段を考えると、 どっちが経済的かというのは火を見るより明らかなのです。
明日は、飲まない予定です。 身体がギシギシいっているからです。休まねばなりません。 そう。 昨日の自室ダンスのせいで、あたくし 筋肉痛になったのでございます(爆)。
翌日に症状が出てよかった(爆)。 まだまだ若いぜ、アサミンジャー(爆爆)。
| 2001年11月28日(水)
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祐天寺の踊子から西美濃の踊子へ |
昨日の時点での岐阜県西濃地方の本日、予想最高気温・・・・11℃。最低気温2℃。 さっ・・・・・・さぶっっ!!!! 何で?? ついこの間まで、この日記にも 「暑いから、体温も上昇してしまって適わない・・・・」 などと書いていたというのに、 この寒さの中、あたくしの体温は、まだ37℃台です。 もういい。 もう知らん(笑)。 暑かろうが、寒かろうが、あたしの体は そうそう簡単に適応してくれないということがこれでよくわかった。
そんなわけで、本日、起床は12時。 動き始めるのに時間がかかってしまったので、リタリンは飲むのをやめました。 眠れなくなるのは何より怖いです。 あまりの寒さに、昨夜より電気毛布を使用し始めました。 この部屋、 夏はほっとくとガンガンに煮えたぎるくせに 冬は外気温と同じだけ冷える仕組みになっているので、 いくら屋根や壁があるとはいえ、ちゃんと防寒対策しないと 眠っている間に、凍死しかねません。
リタリンを飲まなかったので、何とかして目を覚まさねばと思いつつ、 コーヒーを1杯だけ飲んだ。 それから、あまり動かないようにして、ゆっくりと薬を体から抜いた。 昔のビデオとか見ながら・・・・。
むむむ・・・・。 子供を産む前の安室ちゃんは、やっぱり可愛いなぁ。 撮りためておいた安室ちゃんビデオを眺めながら、 昔、よく彼女の真似をして踊ったことを思い出していた。
大学時代、実習と称されて、1年と2年の時はダンスの授業があった。 週に1度、135分枠でひたすら踊る(爆)。 ウォーミングアップでストレッチをして身体を十分に解してから、 バレエでいう、基礎のバーレッスンや ジャズダンスでいう、コンビネーションなどをやる。 先生が日本女子体育大学の新体操専攻なんて処から講師としてやってくるので やることなすこと、半端でない(爆)。 普通に踊っていたうちはよかったが、手具を使うとなると えらい大変になり、 最終的には、創作ダンスまでするというところまでいくと 授業枠だけではどうにもならず、 休日返上で振り入れ・・・・なんてこともあった。
うちの大学(学部・学科)には洋舞を専門に学べるところもあって そういう人たちは、プロの舞踊家なんかを目指していたりするので、 とんでもなくレベルが高い。 体も柔らかく、しなやかで、基本的に容姿も美しい。 幼い頃からバレエを嗜んでいるのは当然のこと、 入試の実技試験でも、踊らされるのである<彼女たちは。
そんな「洋舞さん」(通称)らが作ったらしい、ダンスグループなるものが 昔からこの大学にはサークルとして存在した。 演技コースからもこのサークルに参加している人たちが何人かいて、 そういう人たちは、やっぱり基本的に「洋舞さん」たちみたいに 体躯的要素を十分に満たし、昔からバレエ(ダンス)を・・・・という人が多かった。 あたくしはそんな環境の中で、ダンスの素質や成績はあんまり芳しくなかったけれど 踊るのは大好きだった。
祐天寺の某養成所では、カリキュラムの中にダンスはなかったが、 別途実費を払えば、スタジオを使ってのダンスレッスンに参加することができた。 これも週1回。2時間半で1枠である。 これはとっても楽しかった。 (ダンスの)先生も無理なことは要求しないし、 とにかく、楽しんでレッスンしましょう♪みたいなスタンスが好きだった。 1期上の人たちも一緒に参加してやるのだが、 その中に、とても面白い人がいた。 MAXの振りをとても上手にコピーして披露してくれる男性(爆)。 半端じゃなくうまいので、皆の人気者だった。
さて。 週5回、朝10時から昼1時までの3時間のレッスンの他に 別途週1回、2時間半のダンスレッスン・・・・ 金がかかって仕方がない。 無論、バイトをしなければやってられない。 しかし、ダンスだけはどんな状況でも休まなかったなぁ・・・・。 踊っていると、まず楽しかったし、 肉体的疲労を覚えても、それがイコール 体脂肪の燃焼を直接に感じるにつながり、 やみつきになっていたのである。
大学時代と同じように、バーレッスンや、コンビネーションをこなしていると 真冬でも、汗はダラダラと出る。 水分と体脂肪を身体の外へ放出させるためなら何だってしてやる、と レオタードの上にTシャツを着て、 更にトレーナーか何かの上にポリのスウェットやサウナスーツを身に纏うのは、 何もあたくしだけがやっていたことではなかった。 限界まで厚着をして、まるでボクサーみたいなトレーニング状況を 「楽しんで」やっていた気がする。 ここでも、最終的には課題曲のコンビネーションに加え 創作ダンスもやらされたが、 やっぱり週に1度のレッスンだけで振りが入るものではなく 通常のカリキュラムがあがるや否や、スタジオの近所の公園へラジカセ持参で行き、 子供たちが囃したてるのを、敢えて無視して 必死にダンスに勤しんでいた。
当時は奇しくも、前述のMAXやらSPEED、 まだ安室ちゃんの余波も残っている、ダンス全盛期・・・・。 (沖縄系ライジングプロ花盛りだった)
無論、流行の振りに飛びつくのは極々当然のこと。 目指すは、あの力強さと切れの良い動きである。
で、ここ最近・・・・。 目を惹くダンスをしている集団といえばモーニング娘。かもしれない。 先月から13人に増えて、曲のコンビネーションも複雑になってきているように見えるが、 実は、それは錯覚であるというのに本日気づいた(爆)。
昔から、前述のような環境で、 自分で振りを入れなければならないときに、参考にしていたのは やっぱりタレント各人の動きである。 ビデオで歌番組などを撮っておき、 全てコピーすることは出来なくても、使えそうなパートは8カウント毎くらいに 区分して、頭と身体に叩き込むのである。 で、当時、その参考資料としていたのは 前述の沖縄系ライジングプロ(爆)の皆様の 難度超A級のコンビネーションばかりであった。 難しすぎる・・・・・よっぽど某J事務所の人たちの、トリプルピルレットの方が 簡単に思えるくらいである。<当時から、そんな難しい技は出来なかったけど・・・・。 (せいぜいダブルがうまく決められる程度でした・・・・( ̄∇ ̄;))
そんな難しいコワザの応酬の中、必死に形にしようと努力したあたくしたち・・・・。 云うなら、モーニング娘。の振りそのものはメじゃありません(笑)。
最近取り残しておいたVがあったので、 ちょっと眺めていた。<「恋愛レボリューション21」 ふむ・・・・・。 このくらいならいけそうだな。 13人のフォーメーションを無視していくのであれば 振りそのものは、今でも入れられそうである。
いざ、挑戦
完璧ではありませんが、2時間くらいで、何とかなりました。 間奏のラップ部分は、あと3日頂ければ、何とかなるでしょう(笑)。 オチとしては全然面白くありません(爆)。 安室ちゃん(スーパーモンキーズ)をコピーしようとした時は、 当時の体力でもってしても、ゆうに1週間はかかりましたから(爆)。 そうやって、何度も反復していれた振りも、 今は、曲がかかっても部分的にしか思い出せませんが( ̄∇ ̄;)。 (8カウント毎の切り貼り振り入れがこういう風な影響となって表れる)
これが宴会芸にできるようになるには もう少し努力が必要ですが、 こっちに帰ってきてから、事務所を探しつつも、歌がやりたいなぁと思っていたのを また、ダンスでもやりたいなぁ・・・・と修正された思いを抱えてしまいます。 当時できなかったトリプルピルレットですが、 あの頃は今よりゆうに10kgは体重が重かったのです。
ひょっとしたら、今からレッスンを再開すれば、 出来るようになるやもしれぬ・・・・(-。-) ボソッ
電気毛布ではなかなか身体が温まらないことを悟り 1人自室で踊っていたあたくし・・・・・マヌケでございます。 祐天寺のスタジオの踊子だったあたくしは ここ西美濃でも踊子として復活しようと 密かに(フォント拡大する時点で全然密かでない)企んでいるのでございます・・・・。
| 2001年11月27日(火)
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闘え! 起動戦士アサミンジャー 「完全武装:真冬版」の巻 〜オーアエ、世間を憂う〜 |
最近、雑務に追われだして、ちょいとばかし忙しめのアサミンジャーです。 よろしくお願いしたってください♪
さて、本日、月間2度の恒例となりました、オーアエ決戦の日でございます。 気合い十分。 信じられないくらいに頑張って化粧をいたしました。 メイクの基本は言葉が示すように、正にファンデーション。 プロの仕事となれば、ファンデーションだけで30分〜1時間かけることも ざらなんです。 とーふ(舞台化粧用のスポンジ。形状が豆腐に似ていることからこう呼ばれる) まで持ち出し、ファンデも3色使い。 押さえのパウダーも2色使い。 完璧に武装をした感は、あたくしを大いに奮い立たせませす。 いざ、戦場へ。 化粧というモノは、あたくしにとって、そのようなモノなのであります。
眉に主張を持たせ、シャドウもきっちりと入れ、それを更にグロスで定着、 アイラインとマスカラでとどめを刺したので、口許は抑え目の色を選択し、 グロスで仕上げました。 チークとハイライトはあえて使いませんでした。 なぜなら、ファンデで3色も使っていれば、 顔の凹凸や赤みなども、それで調節できてしまうからです。
顔が出来上がれば、怖いモノなどないのです。 「仕事」の顔になれば、あたくしは自分で言うのもあれですが、 「無敵」です。
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さて。今日も今日とて、いつものとおり、 前回から今日までの生活状況の報告から始まり、 話は、前回の虐待から派生して、その後のことに及ぶ。
あたしは、いつも「隠れていたかった」、そう主張した。 前へ出ると、目立つと、 大人が上からプレスをかける・・・・自分の身の上に起こったことが 虐待であったことを知った上で冷静に考え、 ゆっくりと思い出しながら、自分のポジションについて整理していたことも告げた。 そして、それがうまくいかずに、全て失敗に終わってしまい、 あたしは15年を過ごしましたというのを、延々話し続けたのである。
そんなところから、本日のキーワード。「大奥」。
「大奥」というのは、つまるところ将軍の正室をはじめとする各女性たちが住む場所。 いわゆる将軍のプライベートルームに当たる所。 ここには、1000人余りの女中がいて、独特の社会が築かれていた。
あたしは、オンナばかりのコミュニティーというのが大の苦手である。 そのトラウマは、それこそ15〜20年以上遡った処にあると思われるが、 自我の芽生えと共に、それぞれのコミュニティー(学校だとか、会社だとか)には まるで、大奥のような社会制度が不文律として存在するのである。 これは、男性にはさっぱり理解できない構造になっていて、 それこそ、正室のようなボスもいれば、 第2、第3の側室的存在のオンナもしっかり存在するので不思議である。
あたしは、この社会構造に馴染めない、いわば、 男性に近いコミュニティーにいたことになる。 しかも、とっても中途半端な。 どちらにもしっかりとした自分のポジションがなかったので、 何となくそれなりの優等生を演じずにいられなかったのは その所為とも言える。
オーアエは、あたしの事を指して、
「あなたは、どう見たって正室的タイプだよね。」 と無責任に言った。
「他のオンナどもを従え、トップに立つ。 似合うよ、とっても。」 無責任にそうのたまうのである・・・・(-_-メ)
誤解のあらぬように言わせてもらえば、 今ある「あたくし」は、確実に「素」の状態がそのまま素直に成長したものではない。 成長の過程で、沢山の仮面を拵え、 その仮面の中には大奥用のものあれば、 対極に位置する男性社会用のものもある。
前回のオーアエ決戦を記した日記に、 ひょんな事から、人の前に出るようになってしまった・・・・みたいなことを書いた。 しかしそれは、決してあたしが心底望んだものではなかったのである。 また前のようにプレスされてはかなわなかったし、 大奥の中では、どちらかというと、できる立場より、 可愛がられる立場の方が憧れだったのだ。
クラスや学年の中に、1人はいただろう。 勉強もスポーツも出来すぎなくそこそこにこなし、かつ可愛らしい子。 言動や行動も女の子らしくて、ファッションに代表されるセンスのようなものも 常に研ぎ澄ましていたような、男ウケする子。
あたしは、明らかにその枠の中には入っていない子だったのだ。 じゃあ、どこへ行けばいいのか・・・・? 大奥の中では、誰の逆鱗に触れることなく大人しくしていて、 男性社会(ま、簡単に言い換えると実力至上主義)で、出来る限りの仕事をする。 これしかなかった。
そりゃあね、オーアエの言う通り、大奥の中で君臨していられたら、 どれだけ幸せで楽チンだったかしれない。
それならば、どうしてあたしは、そんな大奥社会に向いていないか。 視点はそこに向けられる。 そのことに対し、オーアエは、「あなたには、決定的な欠陥がある」と言い、 それを、「正しい」とまで、肯定した。
決定的な欠陥。 それは、弱いものイジメに因る、他者への攻撃に無関心なこと、 そして、それを「くだらない」と、バッサリ切り捨ててしまっていること。らしい。
誤解のあらぬように、再び言わせて頂こう。 あたしだって、弱いものイジメくらいすることだってある。 ただ、他人とその形態が全く異なるとオーアエは指摘するのである。 あたしの場合、本当に気に入らないヤツに対しては 物理的攻撃をかますより先に、存在そのものを抹殺させて頂くという方法を選ぶ。 つまるところ、いじめに関して言うなら 傍観さえもしない。 無論、参加もしない。 知っていて知らない振り、見て見ぬ振りをするのではなく、 いじめられている人物が、自分にとって本当に気に入らない場合、
「何もしない」 「眼中にさえ入れない」 「存在そのものもなかったことにする」
というのが、最大の攻撃であることを悟ってしまったのである。 これは、意外と根の深い問題で、 普通のいじめよりも性質の悪いものと思われる。 オーアエが言うところの、 次元の低い処でドロドロと展開されるいじめのようなモノに、 既に無関心な時点で、自分の中にある攻撃性を 完全に別なモノに加工しきってしまっている・・・・ということなのかもしれない。 それに上手に荷担できれば、もっとストレスのない生活が保障されるというのに 事の「正しき」を優先してしまったばかりに このような「今」に至っているというわけである。
オーアエはこうも言った。 以下、あたくしとの会話である。
「あなた、自分の自己評価に関して、ちょっとズレみたいなモノがあるよ。 (つまり、自信持てよって事)」
「ズレって・・・・あぁいう場所(学校とか)にいて、正常な思考で暮らすのであれば、 こうなって当然だと思うんですけど。」
「あなたはポジティブだし、大奥でもトップでいられるはずの人だよ。」
「( ̄ー ̄)ニヤリッ 今はね(爆)。」
「まぁ確かに、今は、男も女もそういう点に関しては陰湿で異常かもなぁ。 学校にせよ、会社にせよ・・・・。 この後(本日)にも続々来るはずだよ、学校の先生とか(笑)」
「( ̄∇ ̄;) やっぱりそうですかぁ。 あたしの友達にも発狂寸前の学校の先生とかいますもん。」
「そういえば、あなた、今日は話し方さえ違うなぁ・・・・。誰だっ!お前わっ!(爆)」
「多分、真冬だと思いますよ。」
「(本名)ちゃん、どこにいるのさ。」
「そんなの、わかったらこんな処に来てません( ̄^ ̄)」
「あの5番目の攻撃性の強いのか、(本名)ちゃん出してよ。 ここに来る時、真冬ちゃんじゃしかたないでしょう?(笑)」
「自由自在に出せたら、あたしも苦労しませんって ┐( ̄∇ ̄)┌オホホ」
「そうかぁ・・・・ふむふむ。これが真冬ちゃんね♪ φ(.. )メモメモ」
「この武装状況しか知らない人のほうが多いですよ。親ですらそうですから。 (本名)は本当に素で、その状態を知っている人はマジで少ないですよ。」
「なるほどねぇ・・・・・・φ(.. )メモメモ」
(* ̄ー ̄)ニンマリ 優勢・・・・。
勢いというのは、恐ろしいものである。 あたしは今後の予定みたいなモノを告げ、忙しさを強調し、 もっと脳みそがパキパキ動くような薬を下さいと申し出た。
「覚醒剤でも欲しいって事?(笑)」
「いやぁぁぁぁぁっ!! そんな恐ろしいことっっ!!」
「んじゃ、リタリンでもいっとく?」
「リ・・・・・・リタですかっっ!!??」
「大丈夫だって♪ あれ、そんなに効かねぇもん。σ( ̄∇ ̄)も飲みましたけどね♪」
(あんたも飲んだんかいっ!!)
「半量、出しとくね〜♪」と、処方箋にサラサラやりながらオーアエが、
「きっとあなたは、あんまり飲まないと思うなぁ♪」
と、言ったのをあたくし、聞き逃しませんでした( ̄^ ̄)。
夢の薬、リタリンは、しっかりとあたくしの処方にまわり、 本日、言うまでもなく
大勝利!
あたくしが明日っからパキパキ動けるのを、皆様、祈っててください。 効きすぎて眠れなくなるというオチも、ついでに考えておいてください。 あ・・・・言い忘れました。 本日、大勝利でしたが、 予約枠30分のところ90分も話し込んだのであります。 次回の予約を、その日の一番最後にまわされたことは 言うまでもなく、天罰の1つかもしれません。 それでも、面白かったので良しとします。
もう1つ言い忘れました。 本日、しょっぱなに、オーアエに「雑」を謹呈しました。
忙しい勢いを借りたまま、本日は、 攻めて攻めて攻めまくりの1日と相成りました。 次回、リタリンの効果と共に、決戦報告をお楽しみに♪
名曲をご紹介したいと思います。
電グルの「富士山」 です・・・。
大学時代、景気付けに皆でよく唄いました。 唄・・・・? いや、叫びました。 1度聞けば、誰でも絶対に覚えることができるという点で これは名曲です。 こんな唄・・・・唄?? 「叫び」は うちの大学(某学部某学科某専攻のまた更に某一部)のカラオケでしか通用しない ・・・・・そういう思い込みを晴らしてくれたのは、 某チャットで仲良しになった、あすか君です。 彼と一緒にカラオケに行った時に、これを披露されて あたくし、ひたすらに感激した覚えがあります。 このノリは、身内ネタだと思っていましたので。
でもやっぱり、「ある枠」から外れた人たちと一緒に唄う時は 「富士山」は避けなければならないようです。 最早、「唄」ではないので、皆、引いてしまうようです。
左とんぺいの「ヘイユー・ブルース」に始まり、
ブルーハーツの「人にやさしく」を経て、
エレカシの「悲しみの果て」を熱唱した上、
もう1度、「リンダ・リンダ」で飛び跳ね
うしろ指さされ組の「象さんのスキャンティ」を、裏声出す男と一緒にハモり、
電グルの「富士山」で閉める・・・・
かつて、そういうメニューが罷り通っていた我々・・・・。 因みに、このメニューに関しては全て全員参加で、マイクなんか持ちません( ̄∇ ̄;)
今思うと、アホ以外の何者でもありませんが、 そんな恐ろしく体力を消耗するカラオケを、今一度、経験してみたいと、 懐かしき学生時代に思いを馳せた1日でした。
| 2001年11月25日(日)
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め〜もりぃ〜(CAT'S風) |
あたくしの愛機「ヴィヴィアン�供廚舛磴�・・・・。 スペックは決して良いとはいえませんが、おりこうちゃんです。 初代の「ヴィヴィアン」ちゃんは、パナソニックのワープロでした。 そりゃ、PCに比べればやれることも限られてきますが、 こいつも、あたくしにとってはおりこうちゃんないい子でした。
さて。 色んなソフトをインストールし、 そろそろいっぱいいっぱいな「ヴィヴィアン�供廚舛磴鵝� 頑張っているけれど、ここぞという時に馬力が出ない。 前々から、メモリ増設を考えてはいたものの はてさて、あたくし1人で大丈夫かしらと、パソのフタを開ける度に 思いあぐねていたのでございます。
そんな折に、あの「狂牛病事件」(詳しくは11月20日付の日記にて) 自分のパソのマザーボードに手を触れるなど、 怖くて怖くて出来なかったこのあたくし・・・・ 指導を仰いだとはいえ、ついに自力で謀反を制し、 すっかり自信満々なのであります。 この勢いがあれば、自分でメモリくらい増設できるかもしれん( ̄ー ̄)ニヤリッ そんな思いで、本日、128M分だけ買ってきました。
メモリだけではなく、座布団大のホットカーペットも買ってもらっちゃいました。 というのも、もともとわが家にあったプリンタが謀反を起こしたため その動作確認を店に頼むために、大手量販店を訪れたのです。<これが本来の目的。
プリンタ・・・・ヴィヴィアンちゃんに繋ぎ直すんだってさ(-。-) ボソッ 面倒臭い・・・・(-。-) ボソッ それに、これ以上この子に負担かけたら、今度こそ本当に謀反を起こして 二度と帰ってこないかもしれない・・・・(-。-) ボソッ
だったら♪
ヴィヴィアン�兇舛磴鵑亮蟒僉幣弌砲皸貊錣砲笋辰舛泙�うぜ♪ 母・サヨコにおねだりしたんであります。
今日は、もうそんな作業をする元気などないので 今週中には・・・・と思っております。 明日は、おデートだし、明後日はオーアエ決戦だし、 その次になりそうか。木曜はまたおデートだし。 そうすると、今週はあっという間に終わって、 あっという間に師走です。 部屋の片付けもまだ半分も終わってないのに、 放っておくと、このまま年を越しかねない勢い。 師走ドあたまには、新宿に襲撃をかけるのも決まっていますし、 その翌週には、とある作業所に取材です。 それが終われば、なぜか同窓会の幹事グループが集まるらしいし、 うまく隙間を見つけなければ、手術は無理っぽいです。
頑張るなと言われても、頑張らなければならない状況のようです。 オーアエに報告すれば、また( ̄ー ̄)ニヤリッとやられ、
「せいぜい、無理しないように♪」
と、帰されるに決まっていますが( ̄∇ ̄;)
そんなことはいいとして、 頭の中に「GOタリモ&ミニカレー」たちが唄う 「恋の400mカレー」が流れているのですが、それをどうにかして払拭し、 「CAT'S」の名場面のあの曲を流したいあたくし。
今、「ヴィヴィアン�供廚舛磴鵑呂�ちんと動いているので、 電話ではなくメールサポートで、何とか今週中にメモリを増設してみせます。 はりきってまいりましょう♪
┐( ̄∇ ̄)┌オホホ 大丈夫だろう♪ へのかっぱだ(死語)。 それでは、また明日♪
| 2001年11月24日(土)
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月日は百代の過客にして |
芭蕉といえば、あたくしが今住んでいる「大垣」も ゆかりの地と言えるでしょう。 句を嗜まないあたくしも、芭蕉が「奥の細道」の結びとして、 この地で、最後の句を詠んだ事くらいは知っています。
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
蛤というと、この地より水門川で下った先にある、桑名が有名ですけど、 大垣でこの句を詠んだというのは、 現地の人間としてみれば、また違った味わいのある面白さがあったりと すっかり気分は文芸人です(笑)。
さて・・・・・。 本日の表題は、その「奥の細道」の巻頭。 「月日は永遠の旅人」・・・・などと口語訳される。 確かにねぇ・・・・。 永遠の旅人なんて、なかなかロマンチックなことを言うじゃん。>ばしょー
あたくしにとって、月日の流れを一番顕著に感じることといえば、 自分の髪である。 大体、人間の髪というのは、1年におよそ12〜15センチ弱伸びる。 あたくしは、15才の冬から20才の冬にかけて、約5年間 一心不乱に髪を伸ばし続けた。 高校を卒業する頃には、ちょくちょく毛先を揃えてはいたものの、 背中を全て覆う長さになり、 バッサリといく直前は、ヒップラインまでその毛先は到達していた。 よく人に、
「トイレ行く時にどうするの?」
「シャンプーする時はどうやってるの?」
などと質問されたが、 肩先を超えて、「ロングヘア」と呼ばれる人たちと然程変わらないと思ったので そのように答えておいた。
どうして、そんな風にして髪を伸ばし続けたかというと、 まぁ、それにもいくつかの理由みたいなモノがないこともなかった。
�,△燭�しの脳みそが忘れてしまっても、身体のどこかに当時の記憶を留めておく為 �▲錺鵐譽鵐哀垢箸いθ鰻燭�、当時流行っていた。 ��女性のセックスシンボルをアピールしたかったため �と�容院代を節約するため(これがまず一番の理由だったが)
あたくしの長い長い黒髪は、 高校の校舎でも大学のキャンパスの中でも目立った。 ストレートパーマや、カラーリング、ブリーチも一切していない 傷みの少ない長い髪は、男性ではなく、女性の目を惹いた。 ある種の「憧憬」として。
実は、1度伸ばしてしまえば、ショートカットよりも 日々の手入れもラクで、美容院の回数も少なくて済む 根っからグータラなあたくしには ロングヘアがピッタリなのでございます。
あんなに長い髪を蓄えるには、相当の苦労が伴なうんだろうなぁ・・・・ そんな周囲の好奇の目を恣に、当のあたくしは 安穏と暮らしていたのであります。
成人式からおよそ1年後、ぷっつりと髪を切った。 が、肩先くらいでとどめておいた。 それでも、理由�,砲△燭詆�分においては、 5年間という月日で、しっかりとした記憶が脳みそに焼きついたと自覚したので 切りおとす、というのもそんなに辛い儀式ではなかった。
1年半前、あたしの髪に鋏を入れた、1人の美容師がいる。 姉である。 長さは、一束に結べる限界までは残してくれと注文したものの、 形に関しては、彼女に一任した。 きっと彼女なら、あたくしに似合う形を創り出してくれると、信頼したからだ。 結果、あたくしが、今までに経験したことのない髪型になった。
それをベースに、今の髪をしている。 切ってもらってから、1度、謀反を起こしたくなって、髪を全部金髪にした。 それから、色を入れた。 その昔あたくしが持っていたはずの黒髪の片鱗は、 今や、どこにもない。
1年半前に彼女のした仕事を、なるべくならそのまま残しておきたくて、 形を変えないで、少しだけ切ってくれと、 別の美容師に頼んだこともあった。 新しく、「なくしたくない記憶」ができたから。
また彼女には仕事をさせなければならない。 この髪を、彼女の手で持って創り上げてもらわねばならない。 月日が永遠の旅人なら、 あたくしたちも、またそうである。 人が羨むようなモチーフがここにいるのだぞ、と 彼女の前に「あたくし」という素材を突き出してやりたい気分でいっぱいなのだ。
彼女の手によって変身したあたくしは、 また俗世に戻って頑張れる。 流れる「旅人」という名の月日をものともせず 頑張れる気がするのである。
遠い戦地で戦う姉を、 やはり戦地にいるあたくしは想い、厭い、 早く復活して、本当の戦場に出てこいと願う。
そして、自らも、早く本当の戦場へと赴かねばと 心を逸らせるのである。
月日は百代の過客・・・・という呑気な表題をすっかり忘れきっている感も否めず 本日、これにて。
| 2001年11月23日(金)
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嗚呼、いつのまに・・・・(ドリカム風) |
え??? いつの間に??? 幹事業務遂行中???
来年、年明け早々、中学の同窓会なるものが開催される。 全クラスに招集をかけるのは初めてではなかろうか。 それまでは、クラスの有志たちが 個人的な連絡網を使い、クラス30有余名に はがきを出すなり、電話を入れるなりして、 小規模な「クラス会」のようなモノはもたれている。 実に6年前。 うちのクラスでも開催した。 幹事は、何故かその当時、仲良し復活したトモ君とあたくし。 両方とも、大垣を離れて、関東にいたのだが、 電話というツールで、28名(含先生)を集めきった。 快挙である。<関東在住のくせに(爆) (地元民にやらせればいいモノを<幹事)
今回立ち上がった有志は、今年のドあたまからその意志表明を見せ始め、 何でか3年の時はクラスの違ったシカノ氏から年賀状を頂いて、 びびったのである。
その頃は、まだ東京を撤退することなど、みじんも考えていなかったし、 譬え、持病が悪化しても、撤退するという発想そのものがなかった。 だから、「同窓会をやる」と決まった段で あたくしは、全くノータッチでよろしいのだと勝手に思い込んでいた。
甘かった・・・・。
ここのところ、往復はがきの投函を済ませ、 いざ、本格的に会の次第を決めんとしていたシカノ氏となぜか、 密に連絡を取り合っているあたくし・・・・( ̄∇ ̄;)
送付されてきた往復はがきにはちゃっかりと 幹事グループとして、あたくしの名前が印刷されてあった。 まぁ・・・・そこまでは良しとしよう。 幹事といったって、今、実際に動いているのは 件のシカノ氏と極々少数の人間である。 あたくしの出る幕じゃないわね♪
タカをくくっていたら、昨日・・・・。 そんな幹事の彼から電話が入った。
会の司会・進行のご依頼
甘んじて、それこそ受諾しましたが・・・・、 ここのところ、ギャランティが発生しない仕事の依頼ばかりが殺到するので 流石のあたくしも頭を抱えたのである。
勿論、「同窓会の式次第」くらいその場の勢いでうまく出来なくて どうして役者なんかつとまるんだ? という 周りからのツッコミを避けての受諾である(爆)。 所詮、休ませていた身体のリハビリ代わりだ。 やってできないことなどないわ( ̄^ ̄)
性格なんでしょうなぁ・・・・。 受諾した後、後悔の念にかられたことは 述べずともお分かりだろうが、 それと共に、幹事業務みたいなことにまで手を貸している自分が 本当にお人好しに思えてきたのである。
今日、クラスの中で、どうしてもつかまらないと幹事が訴え出た 女子(懐かしい響き♪)生徒のところへ電話を入れた。 足取りを掴まねばならないのは、全部で7名いたのだが、 内、つかまったのは2名である。 そのうち1人は、本人が電話口に。 年明け早々、出産予定で、正に今日、金沢から帰ってきたというのである。 そうかぁ・・・・おめでたですかぁ♪
と、もう1人、こちらはお母様が電話に出られた。 本人の苗字が変わったことにはさして驚かない。そういうお年頃ですものね。 しかし、こちらも来月下旬に出産を控えているのだという。 あらまぁ・・・・。 おめでとうございます。
臨月の2人に、出席か、欠席かなどと問い詰めるのは、あまりに野暮である。 どうか、無事に元気な子を産んで欲しいものだと、笑顔で電話を切った。 そして、速攻シカノ氏にも連絡。
いつの間にか、そういう年頃を迎えたのだ。 そう。 昨日の日記にも書いたが、熟成された女性になって、 皆、子供を産もうとしているのだ。 もう何人目かを産んだなんていうのも珍しい話ではない。
昨今、虐待を取り上げたニュースが毎日のように流れている。 彼女たちは、自分の胎内に子を宿し、 一体どんな気持ちでそういう記事を見つめるのだろうか。 不安になったり、産むのをやめようと思ったり、 そういう気持ちになったりしたことはないのだろうか。
しかし、電話口に出た本人も 本人の代わりに電話に出てくれたもう1人のお母様も 声が明るくのびのびとしていた。 出席できない状況を寂しく思いながらも、 新しく生まれてくる命を、心待ちにしているといった感じであった。 そういう声(音)は、無条件で周囲を幸福にする。 安らかで、心地好い気分にさせてくれるのである。
あたくしは、実に 結婚やら出産やらをまだ現実的に考えていない、 発展途上のオンナである。 既に経験済みの女性たちは口を揃えて
「勢いとタイミングだっ( ̄^ ̄)」
と、申し述べてくれるのであるが、 譬え勢いとタイミングがあったとしても、そちらの方へと思考が向かないあたくしは 紛い様もなく発展途上なのだ。
会の時には、半ば取材だな。 既に結婚と出産を終えた同窓生(女子)に聞いてみよう。 今は幸せか? 育児はどう? 面白い? 楽しい? 辛い? 苦しい? 死にたい?(失礼な言葉だね・・・・反省) あたくしとは全く違う立場・・・・言わば、「妻」であるとか「母」であるとか になった同じ年齢の女性たちは 今、どうやって生きているのだろう。 あたくしと同じように、結婚生活や育児に携わらない人たちのことは 2の次3の次だ。
知らないことを知りたいと思うが故の「好奇心の暴走」の為に、 あたくしは「お人好しだ」と自らを厭いながら やっぱりモノカキの世界から足を洗うことは出来ず、 何を聞こうか、誰に聞こうか などと、同窓会とは全く関係のないことばかりが 脳裏を駆け巡るのであった。
ワクワクします。 ある程度の情報の提供が為されれば、 会の司会進行くらい、喜んでやったげるわ♪ それが、今回のギャラになるかもしれないから。
| 2001年11月22日(木)
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このあたくしをなめんじゃないよ |
勝手にケンカふっかけーションな勢いで、毎度どうも。 まずは、久々に1首。
とあるカラオケ屋で、短いスカートをはいた女子高生とすれ違った。 何度も何度も、この日記で述べているように、 あたくしの高校時代は、「スカートミニ化」の過渡期で、 長〜いのも、短いのも季節に合わせて両方はいてきた。 今と全然事情が違うことといえば、ルーズソックス、もしくはハイソックス を履いているか否かということである。 短いスカートの時も、あたくしたちの頃は、 校則で決められてもいないのに、長いソックスなどは履かなかった。 露出度は今とそう変わらない。 短いスカートというのも今から思えば随分長くて 膝頭がまるまる出ていると、お・・・・短いと思う程度なのだ。 今の女子高生たちが、太ももを露出している分、 あたくしたちは脹脛(ふくらはぎ)を露出していた。
自分が高校時代だったのは、もう10年も前のことである。 すれ違った彼女たちは、うっすらと化粧もしていた。 27のあたくしは本日、寝坊のため、すっぴんである。 眉毛すら描いていなかった(笑)。
しかし、あたくしは今の自分の肉体に満足している。 若くピチピチとしたあの肉体と比べても遜色ないと、妙な自負もある。 そう。 人間の肉体なんていうモノは、新鮮であればいいかというと そうとばかりもいえないというのに、最近気づいたのである。 牛肉やマグロと同じだ。 熟成させて、味を得る(爆笑)。
いい感じに熟成されたあたくしは、 ご飯を食べた後に、某フリースメーカー(爆)を訪れ、 新しいズボンを1本買った。 今までのサイズより3サイズも下げなければならなかった。 今では、この事実そのものがあたくしの虚栄心 を満たしてくれる。
おぉ・・・・まるで、拒食症患者みたいじゃないか(爆)
何に人生を見出しているんだか、わかったものじゃねえな と、自らを省みることも忘れない。
これ以上太らない。太れない。 これ以上痩せない。痩せられない。
そんな良いポジションを維持するのにパワーを使いたがっているあたくしは 異常だろうか。 異常ですね。 でも、いいんです。
満足だから。 生きていることそのものに、満足も納得もいかなくなったら またあの5番目の人格とやらがあたくしを貶めに来るんだろう。 そのことを思えば、 17の小娘と自分を見比べて、勝手に勝ち負けを決めて 面白がっているのは、極々健康的でいいと思う。
自分が17だった時、27の感覚など想像もつかなかったものだが 案外、いいものである。 17の頃を懐古して、羨むこともあるけれど、 今を良いと思えばこその懐古だ。
そこの小娘よ。 あたくしをなめんじゃねえよ?
オンナの価値は、男の数でも質でもない。 身体のラインでも、顔かたちでも決まらない。 熟成期間を如何に面白く過ごすかということだ。
これから死ぬまで、あたくしは熟成されるのだ。 60になっても70になっても、良さを追求してやる。 今まで時流に乗ることがなかったあたくしたちの世代が やがて、中心にやってくる瞬間が 今に来るはずだから。
あたくしの部屋は、尋常でない散らかりようである。 それを形容して、「はきだめに鶴」などとは、 とてもおこがましくて、口が裂けても言えない。
本日の題名は、 特別な意味はない ┐( ̄∇ ̄)┌オホホ <ホントはあるけど♪
本日、11月21日は、母・サヨコ御生誕云十云年記念の日である。
祝♪
(本当なら、T・I・Mに発注して、「しめすへんにあにっ!!」とか やってもらいたかったところ ┐( ̄∇ ̄)┌オホホ)
奇しくも、本日「いい夫婦の日」の前の日で、 狙ったかのように山賊は、20日の夜から3件目の店に張り付け。 これから事実上の別居が始まる(爆)。
日付変更線を越えた瞬間、彼女は何を思っただろうか。 誰が彼女を祝うのだろう。 一緒にいても、祝うことなどしない山賊。そして、甲斐性の無いあたくし・・・・。 また自分を責めてしまいそうだわ。やめ、やめ。
そんなあたくしが本日出来たことといえば、早起きである。 目が醒めたのは午前4時30分。 行動を開始したのは、午前6時である。 朝から色々と作業をして、正午を前にして空腹を覚え、 サヨコと2人で外食した。 彼女が前々から行きたがっていた、バイパス近くのイタメシ屋で 2人でスープスパのセットを食べた。 それに付き合った・・・・事くらいだ。あたしが彼女にできたことは。
なぜだか、本日のサヨコはとても機嫌が良かった。 深夜に入る、煩わしい仕入れの確認電話や、 酔っ払った山賊を車で送迎するのからも解放された安堵感に満ち満ちていた。
まだ本当に解放されたわけではないのだが、 それでも、美味しい昼食を頬張って、美味しいコーヒーを飲んで それだけで幸せそうにしている彼女を見ていると、何だか救われた気分になる。
明日、早速、新しい店・・・・山賊の新本拠地に乗り込むらしい。 生活に必要なモノを揃えなければならないし、 山賊も、新しい処での新しい生活に慣れるまでは不便も多かろう。 彼が稼いでくる金が頼りのあたくしたちは ホッとしている場合ではないのである(笑)。
また、アクアビクスを始めよう♪ 今度は昼間にゆっくりとやることにするわ♪
サヨコがそう言うのを見ていて、あたくしも何でか安堵感を覚える。 いつも、背中を丸めて必死に、店の伝票と電卓をかわるがわる手にして 売上計算や、領収書、請求書の扱いをしていたのも、 これからは、会社の人たちがやってくれる。 彼女の負担は、奇しくも御生誕記念日を境に明らかに軽減されたとも言える。
誰に祝ってもらうようなことをしなくても 嬉しそうにしている、母・サヨコ。 そして、明日もあちらこちらへと飛び回る御予定らしい。 半世紀も生きてくると、何事も無いことが幸せに思えるらしい・・・・。
そして、あたくし・・・・。 本日、掃除に勤しんでおりました。 先日まで、正に限界ギリギリの状況のサヨコに、
「あんたの部屋、男くさいっっ!!」
とお小言を頂き、 さすがに、自分でも「うむ・・・」と納得せざるを得ない荒れた部屋を見るに見かねて 手をつけた次第である(放っておけば、このまま年を越しかねぬ状態であった)。 山賊の新生活の為に昼食の後に寄ったホームセンターで あたくしは「お部屋用消臭剤」(ハーブの香り)を購入した。
これが、異常なほどの効果を発揮いたしましてね。 チェーンスモーカーの密閉された城を、見事、ハーブのグリーンな香りに 塗り替えてくれたのである。 おぉ・・・・女の子の部屋っぽい(爆)。
つい先日、母・サヨコが、昔リョウヘイちゃんが使っていた部屋から 1つの缶ペンケースを持って、角を生やして来襲したことがあった。 その缶ペンケースには煙草の吸殻が沢山入っていて、 サヨコ曰く、「これは、お前のかっっ?」とのことである。 あたくしも以前、親に隠れて煙草を吸っていた時代、 中学生の頃に愛用していた、赤い缶ペンケースを 灰皿代わりに使用していたことがあった。 しかし、あたくしはリョウヘイちゃんのようなアホではない。 実家で煙草を吸うときは屋根に出て、 灰皿(ペンケース)はエアコンの室外機の裏に隠していたのである(爆)。 その在りかがバレそうになった瞬間、開き直って、親の前でも吸うようになっていった。 その頃には、20歳を迎えていたから。
しかしながら、流石は姉弟・・・・。
発想が同じ(爆)
今、リョウヘイちゃんは常習喫煙者ではないし、 家を出てしまっているままなので、 危うく、この罪まであたくしに擦りつけられるところであった。
甘いね ┐( ̄∇ ̄)┌オホホ 煙草は銘柄ごとにフィルターデザインが少しずつ違うものなのだ。 マイセンならマイセン、マルボロならマルボロと描いてある。 あたくしが吸っているのは、今も昔もメントール系。 ほれっ、と自分が吸っている煙草の吸殻を母・サヨコに突きつけ、 あたくしが、山賊とは同じ銘柄を吸わないことを知っている彼女は、 そのネタだけで大人しく引き下がっていった。
真面目に真面目に生きてきた彼女。 ちなみに、わが家で学生時代に謹慎(停学)処分をくらっていないのは 母・サヨコ1人のみである。 山賊は根っからのならず者だったけれど、 あたくしとリョウヘイちゃんは、学校では良い子だったのだ。 あたくしは高校3年の夏休みの深夜徘徊で、自宅謹慎ならぬ学校謹慎で、 反省文を8000字も書かされた経験を持ち、 弟も高校時代、体育祭の時に部室で賭け麻雀をやっているのを教師に見つかり 無期停学・自宅謹慎という処分を頂いている。 当時はショックだっただろうなぁ・・・・ 手塩にかけた我が子たちが、次々に槍玉に挙げられていく様を 山賊はともかく、サヨコは穏やかに眺めてられなかったんじゃないかと、 今になって、その心中を察する。
あなたの子供たちは、一通り悪いこともやって、 それなりに良い子でいました。
それが、今年51になった母への労いの言葉だなんて。 あんまりすぎるかしら(笑)。 わが家の鶴は、母なのでした。
最後の最後で、トシをばらしてしまった・・・・。( ̄∇ ̄;)
(検閲時に叱られそうだが、放置しておこう♪)
購入してこの夏で丸2年・・・・あたくしの愛機(ヴィヴィアン�兇舛磴鵝� (Gate way GP6-466C スペックいいとはいえないけど、おりこうちゃん)
ついに・・・・
ついに・・・・
ついに・・・・
ついにっ・・・・
ついにぃ〜〜っっ!!
姉さん、謀反です! (高島政伸風)
ぶっ壊れやがりました。 この、飼い主のあたくしの許可なく。 勝手に。 プッツンと。 まじで、心中を文字にいたしますと、
ひえぇ〜っっ!!
ってな具合。 なぜなら、HPを制作しているにも拘わらず、 自分で文章を作成しているにも拘わらず、 数々の素材をあっちゃこっちゃから集めてきてはストックしているにも拘わらず、 デジカメで写真を林家夫婦のように撮りまくっていたにも拘わらず・・・・ あたくし、バックアップとやらを全くとっていない状態でしたの( ̄∇ ̄;) 右往左往では足らず上往下往しましたわ・・・・ホントに。 ここに、日記を書くどころか、Windowsを認識しない愛機を前に 今までやった2年余りの作業が 全てパーになる時の空しさ・・・・譬え様なし。
そんなこんなで、昨夜は日記をお休みしました。
で、何をやっていたかというと、サポートセンターに電話です。 Gate wayでPCを揃えた方ならお分かりでしょうが、 ここの会社、半端じゃなく気合い入りまくっています。 普通、技術サポートやら何やらで、ホスト側と連絡をとるには 大概、朝の何時から夜何時と時間が決まっておりますが、 ここは、違うんです。
年中無休・24時間体勢・フリーダイアル
同じ「ウシ」を扱うマクドも吉牛もびっくりである。 金とらねぇもん。 まぁ、最近ではユーザーも増えてきたのか、 このサービス、本当に苦悶の表情を浮かべるほどに繋がりにくい。 どのくらい繋がりにくいかというと、 B’zのライブのチケットの先行発売時にぴあにかける時くらいに 混雑しています。
昨夜は、そんなこんなで技術指導の半分まではうけたが、 そこから一向に先に進まぬところで終わってしまいました。 原因は、「マザーボードがハードディスクを認識していない」ということらしく 最悪の場合は「ウィルスにやられたかもしれない」などという 正に、まっつぁおな状況だったのであります。
しかも、昨日は、市内のホールで文学座の公演があり、 あたくし、押し込みで席を確保して頂いていたので、行かないわけにはいかない。 楽屋見舞をするという大役も仰せつかっていたので。
ひえぇぇ〜〜〜〜・・・・ モノの見事に昨日は、「やるべきこと」と「やりたいこと」がバッティング。 芝居が終わって帰ってきた頃には、ヘトヘトになってしまいました。 で、デジタルな作業は一切できないという状況だったので お世話になった労演の皆様に、直筆で(しかも原稿用紙) お礼の傍ら、超あたくし的劇評を2400字も書いていたのでした。 こういうことをするからヘトヘトになるんだな・・・・そう思いながら( ̄∇ ̄;)
さて。 今朝になって、やっぱり混んでいるサポートセンターに再襲撃をかけ もうダメだ・・・とまで言い渡され、 修理センターのほうに電話をつながれてしまいました。
あぁ、ヴィヴィアン�兇舛磴�・・・・。 あなたの脳みそは、ホントにいかれちゃったの??
涙ポロポロだわ・・・・。 半月もお別れなんて、あたくし耐えられない・・・・・。
などと、心中色々な事が巡っていたところ、 意外な解決策が浮上・・・・・・。
ゲ 「日野様は、ご自分でポートを増設なさってるようですし、交換部品をこちらから 配送しますから、ご自分で付け替えてみたらいかがでしょう♪」 あ 「な・・・なななな・・・・そんなこと、あたくしにはっっ(できませんよぉ、まぢで)」
ゲ 「大丈夫ですよ♪ そこのそれをそうして、あぁして ・・・・プラモデルみたいなもんですから♪」
あ (脳みそ部分をプラモデルとわ・・・・あたくしにはどうしても理解できん。)
と・・・・・。 あれ?????
指摘された電源の配線が1個抜けてるやん? これ入れれば、ひょっとして??
サポートセンターの親切な兄ちゃんを少し待たせて、再起動・・・・・・・。
ウシマーク 登場!!
えへへへへへ・・・・
あ 「ホスト画面・・・・出ました・・・・あのぉ・・・・お騒がせしまして、 本当に申し訳ございませんm(_ _)m」
(自分の中では高島政伸風)
それから、この親切な兄ちゃんは、ポートを入れなおしたら、 即、バックアップをとりましょう♪と、アドバイスしてくれた上、 つながりにくいといけませんから、と、今後はこっちに電話かけてこいと VIPユーザー(3年延長保証組)用の電話番号を教えてくれました。 (こちらは、時間指定があるようでしたが)
あたくしは、電話を切ると、すぐさまPCにふたをして ポートの認識を済ませると、 絶対に消えてもらっては困る、ビルダーのインストールファイルと 今までに構築した自分の作品を真っ先にCD-Rに焼き付けたのでございます。
そうして、平穏な火曜の昼下がり・・・・。 あたくしは一夜の大戦争を経て、無事に帰還いたしました。 こうしてその御報告日記を書けるのですから、ありがたきこと、この上なし。
皆様。ご忠告させていただきます。 こういう、トンチキ野郎のようになりたくないならば、 今すぐ、ご自分のありとあらゆるデバイスを駆使して、 バックアップを取ることをお薦めします・・・・。
特に、薬を処方されなければ眠れない方などは要注意。 あたくし、昨日、さすがに本日午前中の大戦闘を予想して、 早起きを覚悟。 レンドルミンとロヒプノールを半分に減らし、8時に目が醒めるも 襲撃に参加できたのが午前9時です。 それでも、不安発作が起きそうな予感をたたえつつ 眠りにつけたのが午前3時ですので、この午後の昼下がり 誠にもって眠いのでございます。
安心感を手に入れたのと、肉体的に過酷な疲労が伴なったのと、 本日、まだ煙草と水以外口にしていないあたくし、 ヘトヘトです。 物を食うという行動は、体力を要しますので 今は、食うより眠りたいといったところです。
全く理系に疎い、このあたくしが、 自力でこの難関を突破したことを 皆様、誉めてやってください。
この分ですと、メモリの増設も無茶なことではなくなってきました。
我ながら、わからないなりに物の道理を踏まえ、 よくやったと思います。 同感してもしなくても、下の投票ボタンは押してってください。 そうすると、あたくしの徒労も、かなりねぎらわれます。
| 2001年11月18日(日)
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動かない「歩」とかけて、あたしの書く戯曲ととく |
もうお分かりですね♪ そのココロは・・・・・
金にならない
「文芸」ジャンルのランクエントリー者が、いつの間にか300人を超え、 その中で、月間5位以内に留まるのも、なかなか難しいものです。 みんな、人間なので、言葉を使い、そしてそれを芸にしていたりします。 この狭い世の中で、 しかも、同じサーバーの中で 300人もそういう志の人がいるのかと思うと、 びっくりするのを通り越して、呆れてしまいます。<自分のことも含めて。
ここのところの日記を振り返ってみると、 思い出したかのように「文芸」に浸ってみたりはしているものの トンチキ家族の醜態であるとか、自分の闘病日記であるとか ある意味、文芸などとは呼ぶに相応しくない、 ノンジャンル駄文であることに気づきました。 「闘病」ジャンルにお引っ越しすれば、月間ランキング1位は常に堅いな♪ なぁんてことを脳裏に過ぎらせつつ、 それでも「文芸人」と認めてくれる人がいるので、 お引っ越しはやめ♪やめ♪
あたくしのことを、「文芸人」と認めてくれる人がいるというのは 誠に有り難い事です。
「創人」の代表、先崎氏然り、 そして、本日は、もう1本、まぁ朗報に近い電話が入ったのでございます。
電話の相手は仰いました。
「戯曲、書ける?」
あたくし、正直に「あまり得意な方ではない」と答えておきました。 本当に苦手なんで(爆)。 戯曲は、読むのも書くのも苦手で。<どうしてそれで役者が務まってきたのか不思議 どのくらい苦手かというと、 読書感想文を書く次くらいに苦手なんです。
でも、あたくしの書いた読書感想文は 400字1枚、500円で売れた経歴があります。 そうです。 弟に売りつけました。 ヤツめ、夏休みの宿題するのが面倒で、 あたくしに原稿を依頼したんですの(爆)。 あたくしは、姉として甘い顔をしてやるわけにはいかないので きっちりお金を頂きました。 そしたらその原稿が、角川だったかどっかの読書感想文コンクールに出す 学校選考で、残ってしまい、弟本人、めっちゃあたふたしてしまう・・・・ などというおまけつき♪ 要するに、あたくしの苦手な読書感想文は、苦手なりに 高校生レベルで見た時、1学校選考では生き残れる程度だということは保証された。 価値として、2500円也。 妥当な値段だと思います。
しかし、戯曲は・・・・・・・。 本当に、こればっかりは書ききった事がないだけに やたら不安。 金をとろうなどとは思いませんけど、 本当に自分にちゃんとしたものが書けるのであろうかと、 不安のベクトルは、そっち方向です。
それでも、自分を必要としてくれる人が、この世の中にいる・・・・ そういう事実は、あたくしの微熱を更に上げますが、 とっても元気にさせてくれます。 嬉しいです。
柳ヶ瀬の送別会で、ほろ酔い上機嫌の山賊から、 上京資金をせしめ取ることにも成功しました。 これもマジで嬉しいです。
風向き良好。 面舵一杯。 幌を上げ、いざ出陣・・・・そんな雰囲気でございます。
金になろうがなるまいが、 あたくしを必要としてくれている人たちのおかげで、 あたくしは、ちゃんと明日を迎えられます。 嬉しいです。 本当に嬉しいです。
書けない物も、書けそうな気がしてくるくらいです。
どれだけ嬉しいか、伝わったでしょうか。 興奮して、熱が上がるといけないので、 「金」のように、後ろに下がることも覚えて、 本日これまで♪
お後が宜しい様で・・・・・。
| 2001年11月17日(土)
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心臓も脈拍もその他病気も、金にかえてやる |
東京行きのチャンスが、舞い込んで参りました。 あたくしに立派な肩書き(女優・歌人・エッセイスト・作家)をつけてくださった、 クリエーターズ集団「創人」 が、この度、決起集会(?)を行うのだという。
そのお誘いのメールの中には、名誉顧問(?)の 羽鳥氏出席の旨も書き添えられてあった。
これは、行かねばならぬ(--)(__)
そう思ったのも束の間、あたくしには、この集会(笑)に参加するにあたって 山のように積み上げられた大きな課題があることにも 同時に気づかされてしまったのである。
まずは、金。 往復の旅費はおろか、会費もどこから捻出したものか。
そして体調。 アゴラフォビアのあたくし、電車はタブーです。 アゴラフォビアのあたくし、人ごみ(=新宿)はタブーです。 そして、いつ出るかわからない過喚起発作と、 先日より出始めた妙な心臓の圧迫感、おまけに心拍数が明らかに増えたこと。
母・サヨコは勿論、大反対である。
反対されても仕方のない状況ではありますよ、確かに。 メールが届いて、その内容を見て、 あたくし、最初にしたことというと、号泣ですもの。
チャンスが、すぐそこまで来ているような気がするのに、 このまま、この部屋から出ないままでいると、 また前のように掴み損なってしまうんじゃないかという怖さで、 身震いがした。
金もない。チャンスもない。運もない。行動力もない。 こんなことでどうする、自分よ? せめて自分で出来ることは、しなくてはいけないんでないの? 例えば、今回、出席の旨を表明し、新宿へ出て行ったとしても 何があると保証されたものではない。 だが、ひょっとしたら、「瓢箪から独楽」というのもあるかもしれない。 動かなければ、それはわからないが。
でも、あたくしは思うのである。 今回の外出で、この心臓が潰れて、呼吸ができなくなってしまうのであれば、 あたくしには、その程度の人生しか与えられなかったということ。 自分に、開拓の能力がなかったということ。 納得もいく。
納得もいかぬまま 定食屋の作る中途半端な「満漢全席」も口にできぬまま 煌びやかでない状態で果てるのなんて、もってのほかだ。
行かねばならない。 もう一度、両親に頼むぞ。 お金をください。 チャンスをください。 自分の口で、ちゃんと言わなければ あたしは、手に出来るものをみすみす見逃すという 誠にもって情けない、終わり方をしなければならなくなるのだ。
一時の恥など、何であろう。 最早、つまらないプライドも何もないこのあたくしが、 あと削ることが出来るものといえば、 生身のこの身体しかないのだ。
心臓も、血液も、あたくしを冒す病も 全部ひっくるめて、大きな金に換えて、 いつか、「家族」で幸せな暮らしをする それを果たすのに、 片道たった2時間の辛抱ならば、 あたくし、選ぶ選択肢は決まって居ります。 たとえ、心臓と血液と病を賭けて、2時間の辛抱をし、 何も得られなかったとしても、 あたくしは、満足に果てていける気がします。
その珍道中を、書き残し、 最後に自費出版でもして、墓にでも入ります。 そのくらいの覚悟くらい、いつでもできているということです。
| 2001年11月16日(金)
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救世主とかけて定食屋ととく・・・・ |
そのココロは・・・・。
めしや
・・・・・・。
・・・・殴られそうなので、何もなかったことにして すんなりと先に話を進めたいと思います♪(らん♪ららん♪)
今日も今日とて、やっていたことは、 Java Scriptの本や、HTMLのタグの本や、 そういう汎用テキストをコピペできそうなサイトを巡って 結局、成果は上がらず1日が過ぎました。
こうなると、さすがのあたくしも参ってしまいます。 他人様に出来て、このあたくしに出来ぬ事などない( ̄^ ̄) ・・・・・とまでは申しませんが、 一応、ウェブマスター(管理人ともゆう)デビューからそろそろ丸2年、 皆様に支えられ、10,000HITも達成、 一通りのタグも覚え、何とか使いこなすところまでくることもでき、 どうして、次にやりたいワザが思うように出来ぬのか・・・・ と、頭を抱えてしまうのであります。
で、とある人のことを思い出しました。(ピーン♪) 某チャットルーム管理人、そしてあたくしのタグ恩師(爆) M氏でございます。 M氏は、あたくしに数々のタグを教えてくださいました。
ちなみに、前述の「めしや」のタグも 彼から頂いた、コワザでございます。
早速彼に電話を入れ、 「これからメールで送る、テキストのタグを見てほしい!!」 と半ば強引に協力要請をし、半ば強引に受諾して頂き、 半ばどころか、根本的に強引な手口で、 彼の指導を仰ぐ処にまでこぎつけました♪
持つべきものは、長くコンピュータをさわっている友であるなぁ・・・・(しみじみ) M氏が救世主(メシア)に見える秋の夕暮れ。 夕餉のホッケは美味かったです。
そんなあたくし、 本日の出来事とは全く関係のないところで 妙な心拍に不安を覚え、思わず、立ちすくんでしまいました。 こんなことは初めてです。
それでもって、部屋の蛍光灯を換えようと悪戦苦闘する中、 またも不整脈みたいな心拍に、暫し、蹲るのでありました。 過喚起の発作とはまた全然違った雰囲気のコレ・・・・。 どうしたものかと・・・・。
高々、タグの理解が全然進まないだけで、体が謀反を起こすのであれば、 あたくし、救世主よりも定食屋の駆けつけを望みます。 自分の好物を鱈腹食ってから、死ぬべきだと 今でも信じています。
「おしん」のばあちゃんが、卵粥を食べながら果てたことや 「野麦峠」で飛騨が見える・・・・と呟いた少女の枕許にあった1個の生卵・・・・。 あたくしの根源は、こんなところからも発祥しているのであります。
かといって、自らが果てる時は、 生卵ではなく、定食屋が作る「満漢全席」という 中途半端だが豪華さ満点の中、煌びやかに果てたいのでございます( ̄∇ ̄;)
おぉ・・・・・。 巧く「救世主」と「定食屋」がつながったところで、 お後がよろしいようで♪
Mさん、朗報、お待ちしております♪
| 2001年11月15日(木)
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あたしは勉強ができない(山田詠美風) |
と、銘打てば、本日大体何があったか御察しつく方・・・・。 そういう人は、とっても勉強をしていると思います( ̄∇ ̄;) まず、「ぼくは勉強ができない」という小説を読んでいるところからして、 基本的に勉強家だなぁと思うのです。
あたくしの身上に何があったかはさておき、 本日、朝っぱらから、Java Scriptの本とにらめっこ。 2冊もあるのに、一向に身につかぬのは、 あたくしの努力不足に他なりません。
この日記にも、オートシステムが色々とついていて便利だけれど それ以外にやりたいことが出てきたとなると、やっぱりねぇ・・・・。 色々と試行錯誤しているうちに またたく間に時間は過ぎ、本日、おデーとのため、ダーリンが迎えにきてしまった。
どうすれば、この駄文を読んでくださっている皆様が 素通りすることなく、投票ボタンを押していってくれるか・・・・ それが、今年中、当面の目標です。 意地でもやってやります。この日記に仕掛けを作ってやります(爆)
あたしは勉強をするのが嫌いで、 勿論、値切ったり値切られたりする「勉強」もあんまり好きではないが、 できることなら、苦なく技術を習得したいところ(この横着モノっっ!!)。 誰かぁ・・・・。 Java Scriptに詳しい方・・・・。
あたくしに優しく手ほどきしてくださいませんでしょうか・・・・。 (お礼ははずむぜ、ベイべー) (なぁにがベイベーだ、この及川光博もどきがっっ!!)
| 2001年11月14日(水)
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闘え! 起動戦士アサミンジャー 〜あぁ、闘ってるともさっっ!!〜 |
昨日分の日記、やっぱりどえらい量になりました。 途中まででも読んでくださった、そこのあなた・・・・・・。 この頁を読んでからででも、「過ぎ去りし日々」をクリックして、 再度、ご来訪いただけることを、心よりお待ちしております。
あぁ、そうそう・・・・。 また面白い言葉で検索かけて、うちの日記に辿り着いてしまった 面白い人を発見してしまいました。 検索内容は「枕詞(まくらことば)」 きっと、この方、短歌や和歌を研究していて 何かいいネタはないものか・・・・と考えあぐねていたんでしょうね。 しかし、9000以上も「枕詞」という言葉を含むサイトの中から どうしてここが選ばれたのか、とっても不思議です。 何故なら、短歌を嗜んでいながら、「枕詞」について この日記で触れたのは、きっとあの1日だけだろうし(爆) 参考になったのかしら? 心配だわ。
面白いので、もしまたここを訪れてくれているのであればご一報ください。 まともな短歌入門でも書いて、メールでお送りしますわ♪
あぁ、そうそう・・・・。 この日記には「Who is My」という、とってもおつむのいい 多機能なブックマークシステムがついているんです。 今日確認しましたら、新たに3人、 この駄文を御自分のブックマークに登録してくださっていました。 ありがたいことです(なむなむ)。 しかし、私は見逃しませんでした。 そのうちの1人は、きっとかねてから私が知っている人に違いありません。 名前は違いましたが、 文章を見れば、その人と認識できるからです。
みんな、苦しいのね・・・・。 名前を変えなければ本当のことを言えない私も私・・・・情けないです。 責められないです。 きっと、その人も苦しいでしょう。 その苦しさは、分かち合えません。 半分苦しんでね、とポイと渡せるものならば、 私も今頃、切り売り歩いているだろうからです。
苦しい・・・・といえば。 私の苦しさ(=ストレス)を請け負ってくれた人がいるにはいます。 未だに一人歩きをやめようとしない、イマジナリー・コンパニオンたちです。 オーアエに会う度に
「今日は誰? 真冬? 朝美? 一平?」 などと、からかい半分で質問されるものだから、 最近は、私自身がなるべく彼らを意識しないようにと必死です。
でも、「私」と呼称しているのが、朝美なのか、真冬なのか、 それとももう1人なのか、「本名」を名乗っているのがそうなのか、 全然わかりません ┐( ̄∇ ̄)┌オホホ それでも、戸籍上では 1個の人格、1個の身体として認識され、登録されているのに変わりはありません。 私がいくつに別れても、法律上では、「1個」なんだなぁ・・・・と 不便さを感じてしまいますわ。
因みに、昨日の文章は、 本質を捉えんとしているところと、序文その他とでは、 まるっきり文体が違います。 書いている時の様子からして違っていたことをお知らせしておこうと思いました。
ここでは、そういうことが頻発します。 昨日、真面目でヘヴィな事を書いていたかと思えば いきなり文体ごと内容も変化(へんげ)します。
恐ろしいことに、それをこの「私」と呼称される「1個」が覚えていない ということが、稀にあります。 あ・・・・皆々様にご迷惑がかかることは絶対にありませんので どうぞ、安心して傍観してください。
真冬も、朝美も、一平も、本名を名乗る者も、未だ名を明かさない者も、 とりあえず、残存している模様。 殊に、真冬、一平あたりが凄く元気な気がするのは気のせいでしょうか。 苛々が募ったり、 ぐわっとパワーが湧いてきたりする時に、 あの2人は、チラリと自分の存在を誇示してこちらを見ているようです。
出番はまだか・・・・? と。
闘っているともさっっ!!(しっしっ!!) と、1度、深くへ追いやって、もう1度「私」は、 しなければいけない整頓をします。 そうしないと、書けるモノも書けなくなってしまうし、 私にしか出来ない役も、出来なくなってしまうからです。
誰に助けを乞うか。 そういう整頓をきちんとして、自覚して、 明日を迎えるのです。
面倒くさいのだけれど、 そうしないと、 もう薬だけでは治まらない処にまで来ているんです。
葛藤、大いに結構。 こうして、今、何だかいつもと違う文体でつらつらと書いている「私」も 実は、真冬と闘っている最中で、 彼女を有効利用するのには、 もう少しかかりそうなので、抑え込んでいるのです。
これが日常であり、これが普通になりつつあります。 別に異常だとは思いません。 ただ、面倒だなぁとは思います。 毎日、生理が来ているみたいな雰囲気とお察しして頂ければ、 女性の方なら大いに頷いてもらえるだろうと確信し、 本日、これにて。
昨日の分は、おそらく一平が、一時的にではありますが久々に表層化した 証拠文献でしょう。 ご一読を。
| 2001年11月13日(火)
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闘え! 起動戦士アサミンジャー 「吐露」の巻 〜あたしって、一体何・・・?〜 |
毎度どうも。アサミンジャーです。 本日、気合い入りまくりのオーアエ決戦 ・・・・その気合いは化粧に反映されました。( ̄∇ ̄;) よろしく、どぉぞ〜♪
そいでもって、本日の戦果をここに書き記したいところなのでございますが、 どうしたことでしょう。 気合いの空回りと、オーアエの一言で、 ガック〜〜〜〜〜ンと、書く気が失せてしまいました。 いや、書こうにも、ちょいと時間がいることを悟りました。 そういうヘヴィな話をしてきたのです。 だから「吐露」なのです。
本日の宵、書けたら書きます。 無理だったら後日改めてというカタチになります。
そういうわけで、よろしく、どぉぞ〜♪
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と、ここまでの様子で、「あら一体どうしっちゃったのかしら?」と 心配してくださった心やさしい皆々様に感謝しつつ、続きをやりたいと思います。 日付は変わってしまいましたが、まるで今日起きたことのように書きますので。
本日のオーアエ戦、実に物々しく、凄惨であった。 実際のところ、彼も私も見た目の様子はいつものとおりで、
「元気でしたか?」
「微熱→発作→生理→発作→微熱・・・です。」 と、事も無げに実情報告から始まった。 そして、何がきっかけだったかは忘れてしまったが、こんな話を・・・・。
� 嵬瓦鬟丱鵐丱鷂�ます。」 �◆屬修量瓦砲蓮�過去に出会った人が、その当時の様子のままで出てきます。」 ��「置き去りに・・・・・される感じがするんです。」
そんな私の訴えにより「置き去り」というキーワードが ピックアップされてしまったのである。(悪夢)
「置き去り感」 私はコレが怖くてたまらない。 物理的仲間外れなどは、まぁ顕著な例すぎるので置いといて、 例えば・・・・ スポーツができる・できないの枠、勉強ができる・できないの枠、 いい子とワルの枠、居場所の有無、全部をひっくるめて 私はいつも、すごく中途半端な処にしかいられない、 微妙な子供だったことを思い出す。 おいてけぼりを喰らわない為、私は私なりに必死に足掻き、 そしてあるスタンスを確立させた。 それが 一平である。
5歳の時、私は右肘の複雑骨折を機に 大人たちがどうすれば自分に優しくしてくれるのかを覚えた。
それまでは第1子の宿命として、(つまるところ「姉」として) (憎らしい)弟と常に比べられていた。 弟は、身内の欲目ではないが、昔の写真を見たりなんかすると えらく可愛らしく写っているのである。 そして同じように並んで写っている私は、どこかひねて可愛くないのである。 生まれてすぐ、弟は髄膜炎と診断され、 それでなくとも第1子というモノは、後から生まれくる弟妹に親の愛を奪い取られる 宿命であるところ、彼は病気まで背負って生まれてきてしまったので 私は、当時、欲しいと思っていたものを全て弟に掻っ攫われたといえるかもしれない。 親や、周囲の目も、弟を向いていたから。 さすがに自分の記憶に2歳と3ヶ月当時のはないが、 後年になってこの話(弟の髄膜炎)を聞いた時には、 あまりいい気持ちがしなかったものだ。
が・・・・・。
本日、オーアエと話しているうちに、 如何に自分が驚異的に確かな記憶を持っているかもまで 明らかになってしまった。 生まれが学年の中でも早いので、5歳以前の記憶というのも 「集団生活」の中でのハッキリしたものが多い。 普通、「4歳児クラス」というのは、翌3月までに全ての子が満4歳になるのだが 入園時に既に満4歳の誕生日を迎えていて、自我も記憶も確かな私と、 翌3月にやっと4歳になる子とでは、多少の個人差はあれども 脳のサーキットそのものの発達に差がついていて然り、当たり前のことなのであるが それを理解しない(というか「できない」)大人が存在したということまで思い出して とても厭な気分になった。
その厭なオトナというのは親でも縁者でもない。 満6歳時に担任だった、幼稚園教諭である。 この先生(ナカムラ)が、執拗に私のことを嫌っていたことは、 6歳ともなれば身体が覚える。 小学3年生くらいに見間違えられる体躯を持ち、 オトナの本質をズバリと貫きつつ、子供ぶる幼稚園児が自分のクラスにいたら さぞかし面白くないかもしれないが、 彼女のやり方は、陰湿で汚かったというのは今でもよく覚えている。
クラス全員で作る1つの作品を創る工作(確かテーマは「動物たちのピクニック」)の時に、 私は「木に咲いているお花」という念願のポジションを手に入れたが、 用意された材料の中でという制約がありつつも、一生懸命考えて造り、 それを先生に見せにいったら、その花を無言でぐしゃりとやられゴミ箱にポイ・・・・ そして一言
「こんなモノは、花ではない。」
全クラスで 「男の子は王子様に、女の子はお姫様に変身しましょう」 という、1日がかりの企画の時もひどかった。 女の子には1人に1枚、ドレスに加工するようにと大きくて青いポリ袋が配給されたが 私は手と頭を出す箇所をハサミで切る段階で、とんでもない間違いをしてしまい どう加工しようとも、そのポリ袋がドレスに化けるなどということは 不可能になってしまった。 こまっしゃくれて、小生意気な私も、さすがに自分の非を認め 先生に頭を下げにいった。
「切るところを間違ってしまったので、もう1枚ください。」 謝罪までして嘆願したのに、こっ酷くダメだと追い返された。 上手にできた子には、逆に「もう1枚作りたい」という申し出に対し 「ハイ、ハイ」と受諾していたというのに・・・・・・。
私とナカムラのやりとりを知ってか知らずか、 コレには屈辱的な続きがあって、 全クラスの前で自分の変身した姿をお披露目しましょう♪ などという過酷な試練までが待ち受けているのであった。 司会をしていたほかのクラスの先生が、ドレスを着ていない私の姿を見て
「あらあら、このお姫様はドレスを忘れてきちゃったのかしら??」 などと飄々と抜かすのである。 同じ列に並び、手作りで綺麗に着飾った子たちは、 誇らしげにターンして見せたりしている。 私は1人、置き去りで、 1日がかりのその企画の間中、メインの作業を剥奪され、 教室の片隅で王冠や扇子だけを黙々と造らされていた。
プライドはズタズタである・・・・
それから悟った私は、ナカムラにも忠実に、 なるべく子供らしさを演出するのに尽くしたが、空しいものだった。
ある時は、ロッカーから鞄の紐が少し出ていただけで その鞄を教室の端から反対側まで物凄い勢いで蹴っ飛ばされ、 ゴミ箱に突っ込まれたり 掃除をちゃんとしていないと言って、因縁をつけてきたり お絵描きや工作のときも、女の子らしいものに手をつけようとすると すぐに×。 市展の為に全クラスの企画で、他の女の子たちが 白い綿なんかを使ってウサギやヒヨコなど可愛い動物を作っている中、 造りたくもない茶色で地味なクマを造らされ、 それに自分の名前が貼られて、出品されてしまった時などは 6歳児ながらに、憤死する思いだった。
どれだけ甘えてみても無理だった。 どれだけつっけんどんにしてみても無駄だった。
悔しいが、6歳の私は、ナカムラのいいようにされた、 まさに「どうでもいい」存在だったわけだ。
それからである。 私の中で一平はすくすくと育ち それでも、彼を前面に押し出すようなことはせず できるだけ静かに過ごしたいと願った。天に嘆願した。7歳児がだよ?
隙のなさに磨きをかけ、7歳になった私は見事に転身してみせた。 「本当はもっとできる」「もっと上を目指せる」 授業や作業にそう不満を感じても、決して表には出さず、 慎ましやかに、目立たぬように、 先生の目に懸からぬ処を、探しては隠れていた。 落ちこぼれるのは、もっと厭で怖かったので、 その調節も忘れなかった。
しかし、運命というのは数奇なものである。 この年の夏、私は5歳のときの古傷を完治させるべく、入院、そして切開手術、 ギプスをつけたままでの登校をせざるを得なくなった。
入院中に担任の先生がやってきて、笑顔で1冊の絵本をくれた。
夏休みが明けて数週間遅れの登校に、クラスメイトたちは暖かく迎え入れてくれ、 教室まで私の鞄を持ってくれたりもした。
隠れているはずだったのに、目立たないようにしているはずだったのに、 こんなことがきっかけでクラスメイトの注目を集めることになってしまったのである。 おまけに、この年の担任が、早くも私の国語力を見抜き 全校の前での作文朗読など、わざわざ目立つ方向へと示し導いたのである。
右手がギプスで固められている間、私はハンディをもたされていたわけだが それでも落ちこぼれるのだけは厭だったので、そこそこに努力した。 休み時間にドッジボールをするとなっても、でしゃばらない程度に参加の表明をすれば みんなが、「こいつは手を怪我しているから、無理な当て方をするなよ」と その場限りのルールを作ってくれたりもしたし、 そんなルールがなくても、リハビリ代わりに体を動かすには 休み時間に外に出るというのも悪いことではなかった。 ノートを取るのでも、今まで進むのが遅すぎると感じている私には丁度いい速度だったし 苦もなく、同情だけは集めて、回復していった。 そしてギプスや包帯がすっかり取れた頃、今度はハンディがなくなった分、 周囲と差をつけることが容易になる。 これが私の虚栄心 を大いに満たしてくれるのである。 ある種の快感であった。
それからも年に1〜2度、古傷箇所の肉離れを起こしたりして ハンディがあったりなかったりの繰り返しであったが、 ハンディがなくなったときの解放感は、その度に私の虚栄心 を満たし、 いつの間にか、 隠れていたはずの私は、誰よりも前へ、誰よりも先へと進むことに 重きを置くようになってしまっていた。
「置き去りにされるのが怖い」 裏を返せば、自分が前へ前へと進むことに反映されてしまうのだ。 一平もやがては抑えの効かぬ存在になり、 学校では常にいい子で、先生の言う事を良く聞き、 礼儀正しく、みんなを率い、勉強もちゃんとするキャラとして 確立されてしまい、表出するまでに至った。
オーアエは言った。
「ナカムラのした事は虐待だね。復讐しちゃえ♪」
あんなオトナに今さら復讐心を抱くほど、私もヒマではない。 今、彼に示唆されるまで、 自分の身の上に起こっていたことが虐待だと気づかなかったくらいなのだから。
「置き去りにされるのが怖いから、今まで馬車ウマのように頑張ってきたのか・・・・ で、今も同じようにしようとして焦るのか。ふ〜む・・・・。」 オーアエはそう唸った。
高校や大学では、もう落ちこぼれることに対する恐怖はなくなっていた。 「置き去り」なんていうことも特に考えず、 自分の好きなことだけをチョイスしてやってきたが、 やっぱりオーアエの言う通り、馬車ウマであった感は否めない。 結局、私は「誰よりも前へ、誰よりも先へ」というのを 目指していたに過ぎなかったのだ。
辛いよぉ、辛いよぉ、と体が叫ぶのは その無理が祟ったからだと、オーアエは無言で私を見つめる。
お芝居がしたい。 いい作品が書きたい。 いつもいつも焦ってばかりの私って、一体何をしているのだろうと 最近、常に省みる。 それでも苦しいのからは逃れられなくて、苛々は募るばかりなのだ。 そして、どうしてそんなに焦るのか、 本日、長々と書いたような内容の「理由」みたいなものを苛々していると忘れてしまう。 今日、その根源みたいな処にようやく辿り着いたわけだが、 その真実が 虐待にあったとは、意外というか、もうわけがわからない。
思い出してみると、反吐が出るような過去だ。 そして、自分の持っている「執念にも似た記憶力」を恨む。 普通、人間の脳というのは、 自動的に不必要な記憶を忘れることができるように出来ている。 どう考えても不必要なナカムラとのやりとりを、どうして私は覚えているのだろう。
「あなたはどう考えても、置き去りにされる側の人間ではないね。逆だよ、逆。 どんどん開拓して前へ前へと行く側の人のように思えるんだけど。 才もあることだし・・・・・・・・・。」 オーアエの慰めも空しい。 甚だしい記憶力もその才の1つだと言うが、 どうしてか現場では本を最後まで手に持っている(爆)。 覚えそのものは悪いらしい( ̄∇ ̄;) 幼少期の反動でか、今では台本1冊覚えるのに、とんでもない徒労を伴わせる。 もし、この種々の「不必要な記憶」が脳みそから消えてくれたなら、 そのシェアに台本1冊分くらい、すぐに吸収できそうなものだろうに(笑)。 コンピュータのハードディスクのようにいかないのは、 人体の神秘として甘んじて受け止めることとしよう♪
自分にはないと思っていた、虐待の真実を 自分の記憶によって暴かれるという、ウソのようなホントの話・・・・・。
そして、オーアエはとどめに1発、こう私に食らわせた。
「それじゃ、もうしばらく 『置き去り感』 を楽しんでもらうとするか♪ わっはっは♪」
さすがに今日は、その「わっはっは♪」に呼応することが出来ず、 せっかく病院にきたというのに、いやぁ〜なモノをもらってきてしまった感じだ。
「ま、コレに懲りずにまた来てよ♪」
薬がなくなれば、否が応でも来ますともさ(-。-) ボソッ
薬の処方を待っている間、この間買った、短歌の入門書を読んでいた。 面白い歌を詠む人がいる。 素人なのにいいヴィジョンを持っている人を、 自称・教祖とやらのマスノ氏は自信ありげに紹介していた。 勿論、自分の歌も忘れずに並べて紹介していた。
こういう人たちの中で、私も揉まれていかねばならぬのか・・・・。 みそひともじBBSで披講を提案したのは間違いではなかった。 やっぱり、自分の成長と刺激には必須のコトだったのだと モノの「雅」よりも先に「正しき」を悟り、 薬をもらって家路についた。
母・サヨコ、外出中。
( ̄∇ ̄;)
(カギ、持ってねぇよ・・・・?)
そして私は、まるでいつものように、 どんな時でも絶対に開いている風呂の高窓から、ドロボーのように忍び込み 改めて本日の敗戦を自室で噛み締めていた。
ドロボー系マイホーム侵入体験は、コレで10回目くらいになったはずだ。 (今年、2回目) 痩せて、体重も減り、体型も細くなったことに感謝しよう。 前回、同じ事をした時、体重は今より7キロ強は重く、 ヒップサイズも5センチ強、大きかったはずである。 そんな前回、ケツを擦りむいたという過去は まだ抹消されぬ記憶として保存されている( ̄∇ ̄;)
どうでもいいことは、なるべく早くに忘れたいものだ。 ここに書き付けることによって、より、その記憶が確かになることに 本人は、そろそろ終わるこの文章の締めに来てようやく気づくという無様な有様。
これも御愛嬌といたしまして、これにて♪
| 2001年11月12日(月)
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「わん&にゃあ」 淀川没後3周年に相応しい1日 |
1998年11月11日。 あの主張の強い眉毛にメガネがトレードマークの、映画評論家 淀川長治氏が亡くなった。 ご本人を知らなくとも、多くのタレントたちがものまねをしているので、
「さよならっ♪ さよならっ♪ さよならっ♪」
の人といえば、きっと大概の人が頷く事ができるだろう。
そんな本日、あたくしはダーリンと一緒に、 予てから観たかった映画を観て参りました。
「CATS&DOGS」
です♪
めっちゃ面白かったです。 昔懐かしい、「トムとジェリー」を実写版にして、 「101匹わんちゃん」と「ミッション・インポッシブル」 を足した感じの、 ハードアクション・ハートフル・アニマルコメディー(どんな分野だ、それ)。
同時に、吹替え版も上映していたけれど、 ここはあえて、字幕版の方を選択しました。 何故かというと、吹替え版は数年もすれば、TVの地上波放送で 観られる可能性があるからです。 それに、どうせお金を出して大画面で見るのだから、 創られた生の状態のものが観てみたい・・・・。
しかし、あたくしたちの選択、まんざら間違いではなかったようです。 字幕を全部目で追うようなことをしなくても、 ストーリーは簡単に理解できるし、 何せ、動物の動きそのものが魅力的で、 すんなりと惹き込まれるからです。
おまけに、英語そのものがわりと簡単で 海外旅行の経験に乏しく、基本的に英語が苦手だったこのあたくしでも 1度は耳にしたことのあるような言葉ばかり。 字幕スーパーは補強代わり。 吹替えでは出せない、微妙なニュアンスをつかむことができたのは 決して、英語が得意だからでも好きだからでもないと思いました。
そういうのって、いいよなぁ・・・・と思うのです。 耳で聞いた異国の言葉が、ちゃんと理解できる面白さ。 これって、あたくし、幼稚園以来の感動です。
ただ一言、少年が「COOL!!」と言うのにも、 色々なニュアンスがある。 字幕にはわざわざそんなものは出さない。 「COLL!!」と言った時の状況と、彼の表情で 何となく、意味が伝わってくるのだから。 吹替え版ではこうはいかない。 「おぉ・・・・」とか「すっげ〜」とか、 口の動きに合わせて、無意味な言葉を挿入しなければいけなくなる。 本当は、いらないものだったりするのに、 口が動くから必要になってくる。 「COOL!!」一言に込められた意味合いって、 日本語に直すとおかしくなる場合が多いのを今回の映画で悟りましたよ、ホント。
ため息の1つ1つ、日本人はしないようなオーバーリアクション、 文化的・宗教的な相違、色々なものが国を超えると交錯するのだなぁと しみじみと思うのです。 それは、数ヶ月前に地上波放送で 「タイタニック」を観た時に感じたことに通ずると。
で、わが家に帰り着くと、 早速、愛犬コロちゃんがお出迎え♪ なんと愛らしいことか。 見れば、ネコたちも4匹揃って、じぃ〜っとこっちを見ている。 なんと愛らしいことか。
しかし、映画の中でも実生活でも思うのは、 犬は、人間にいつでも従順に擦り寄ってくるものだが、 ネコは、そうとは限らないということ。 しかし、その見てくれの可愛らしさで、全て免罪されているということ(笑)。 犬は、きちんと躾られ、訓練されるが、 ネコは、いつでも勝手気ままだということ(爆)。 おまけに、犬より少しだけ狡賢くて、媚まで持っているよん♪ということ(爆爆)
でも、あの映画を見た後では やっぱり、どっちもカワイイ。 どっちも、癒してくれる。 どっちも、本当にカワイイ。
こいつらが、人間の見ていないところで、 映画のような会話をしていたとしたら、さぞかし面白いだろうなぁ・・・・ などと、創作意欲までくすぐられて 本日、とっても充実した1日を送りました。
映画を観るという習慣を東京にいた頃はあまり持たなかったが、 こちらに帰ってきて、娯楽の選択も狭められ 逆に映画を観るようになり 淀川氏の言うように 映画の魅力の淵を歩くと、引きずり込まれてしまうというのも わかるような気がする。
さすがに、難しい内容の映画は字幕を追うのも辛いものがあるが 言葉を超えた処にある、監督や役者の意図みたいなものが見えてくると あたくし的には、自分がその役を理解したみたいな征服感でいっぱいになり 更に更に、創作意欲みたいなものを奮い立たせてくれるというのに、 今日やっと気づいた気がする。
そんなわけで本日はコレにておひらき。
さよならっ♪ さよならっ♪ さよならっ♪
| 2001年11月11日(日)
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悲しい時ぃぃ〜〜〜っっ!!(「いつもここから」風) |
悲しい時ぃ。
ダンボール箱を3つも潰したのに、部屋が全然広くならない時。 (お前、そりゃ、掃除そのものがヘタなんだよ)
悲しい時ぃ。
ハードカバーの整理をしていたら、本当に自分の人格がわからなくなってしまった時。 (どうして、エヴァンゲリオン関連の本が3冊もあるんだ?)
悲しい時ぃ。
2時間前までは、まだ9985だったカウントが、いきなり10003なっていて、 明らかに嫌がらせの踏み逃げとしか思えない時。 (1日にいいとこ、20カウント回ればいいサイトなのに・・・・トホホ) (誰だよ、一体( ̄∇ ̄;) )
悲しい時ぃ。
久々に遊びに来た弟に、自分の寝相を観察されて、後で事細かに報告された時。 (どんなポーズで寝ようと、勝手だろう。)
悲しい時ぃ。
夕陽が沈んだ時ぃ。
(これはオリジナルのエンディングね♪) (別に、あたくし的に悲しくはないけど( ̄∇ ̄;) )
| 2001年11月10日(土)
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わが家のネコはよくカキくうネコだ |
驚愕の新事実発覚・・・・。
うちのネコ、カキを食います。
牡蠣じゃありません。<当たり前すぎるでしょ? 柿です。
4匹中、2匹は喜んで食ってました。
こんなことだから、太るんだぞ(-。-) ボソッ 生まれて半年ちょっとしか経っていないのに、既に体重が4kgもある愛猫が 柿を貪り食う姿は、かわいいんだか、不気味なんだか、 その線引きが難しいと思う今日この頃。
食欲の減退で、秋の味覚をみっちりと堪能するのも難い我が身の代わりに ネコたちは今日も元気なのでありました。
本日も食後にコンスタンを1錠。 とはいえ、まともに摂った食事は、夕食のみ。 やあね、ホントに( ̄∇ ̄;)
本館のカウントも、そろそろ10,000HITを見据えるところにまで来た。 年内にはこの1つのハードルを越えることができるだろう。
ゲットした人は、記念にご報告のほどを〜♪
さて。 どうも、様子がおかしいのである。
何もダーリンが浮気している気配があるわけでもなく あたくしの生理現象がまたまた異常を来たしているわけでもない。
こんな時期に、発作に次ぐ発作で、 昨夜は、ほとんど熟睡できないままであった。 ベッドに張り付けられたまま、ほぼ1日を過ごす。 過換気の発作で、厭な汗が出る。 代謝だけ取って見れば、いいことなのかもしれないけれど、 心臓はドキドキするし、モノは食えない。 そうすると、余計に身体が負担を訴えて、ひどいと立っていられないのである。 こんなのになるのであれば、よっぽど原因不明の微熱の方がマシである。 発作が出ている間は、なぜか36℃台に熱が下がっているのである。 (汗をかくからだろう( ̄∇ ̄;))
他人より、酸素を多く摂ろうとするあたしの体は、欲張りなんだろうか。 オーアエは断固として否定したが、あたしにはこれが贅沢病に見える。
しばらく、コンスタンは寝る前に1錠飲むか、 もしくは、出先で人がうじゃうじゃいるような処に行く前や 電車に乗る前に飲むかだけだったが、 ここ数日、食後にちゃんと飲むようにしている。 何がいけないのかわからないが、とにかく、処方されただけの薬をきちんと守った上で、 来週火曜のオーアエ決戦に備えようという算段だ。
と、さっき検温したら、また微熱に逆戻り・・・・。 発作とのダブルパンチだけは勘弁してほしいもんだ・・・・(-。-) ボソッ
本日、苦しいのでここまで。
ちゃんと生きているので、ご安心を♪
山の動く日来る。 かく云えども人われを信ぜじ。 山は姑く眠りしのみ。 その昔に於て 山は皆火に燃えて動きしものを。 されど、そは信ぜずともよし。 人よ、ああ、唯これを信ぜよ。 すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。
これは、「そぞろごと」と題され、与謝野晶子という有名なオンナが、 平塚らいてうというまだうら若きオンナに依頼され(唆され)、 「青鞜」という同人誌の創刊を飾った巻頭言である。 因みに「青鞜」というのは、「青い靴下を履く女」・・・・つまるところ、 「変わったことをする女たち」という意味で、 まだ憲法で「表現の自由」というのが確立されていなかった頃に 官の目を気にしながら、モノを書いていた人々の希望の星とも言えた。
この頃、与謝野晶子が書くものといえば、何でも金になった。 このオンナ、元は妻子あるオトコにいれあげ、 挙句、横取りしてしまった強烈なオンナである。 おまけに子供を8人だか9人だか産んで、 自分の書く著作の原稿料で食わせていた、とんでもない経歴の持ち主である。 更に、その横恋慕したダンナをフランスに留学させるために 「百首屏風」(小倉百人一首を1首ずつ色紙に書き、屏風にしたものだったと思う) という反則ワザまでやってのけ、 自分は育児と執筆しかしなかったのである(爆)。
現代、このようなオンナはもういない。 そこまで相手にいれあげるような「燃えるような恋」をしたとしても オトコが退いてしまえば途端「ストーカー」扱いされてしまうし、 果たして、そこまでいれあげることができるような才知に長けたオトコが そういるかというと、それも怪しいものである。 少子化の影響で、年々、オンナは子供を産まなくなってきているし、 何せ、育児には金がかかる。 そして、「書けば何でも売れるオンナ」というのは 妙な知恵がついてしまって、子供を産むということそのものに 興味を示さなくなってしまっているのが現状だ。
さて。
この強烈なオンナにいれあげられたオトコ。 それが、与謝野鉄幹である。 彼こそ、同人の先駆者とも言うべき、歌人(詩人)であった。 その昔は、鮮烈な歌を創り上げ、言えば誰もがその名を知る門下生も沢山いた。 が、彼はそのパワーの全てを、妻の晶子に吸い取られてしまった、 可哀想なオトコなのである。 かつての栄光も、妻の蔵書の前ではくすんでしまう。 古本屋ですら、晶子の蔵書であれば彼の著作の数倍の値をつけるとまで言うのである。
嗚呼。可哀想な鉄幹。
それでも、フランスの新しくて鮮烈な詩を読みたくて 彼は自分の妻の蔵書を古本屋に売りつけ、仏和辞典を手に入れようとする。 新しい風を、新しい文学を、 自分も身をもって感じたい・・・・そんな文学者の健気で真っ直ぐな欲求は 主が「男」でなければならなかった時代の中で 儚く、苦しい、「カタチ」となって襲い掛かるのである。
要するに、「金」が要るのである。
そんな鉄幹のキモチが、痛いほどわかる今日この頃・・・・。
お金がなければ、本が買えない。 至極、当たり前の事のように思えるが、 IT、ITと叫ばれる昨今、情報はPCをつなげば湯水のように溢れてくる。 しかし、その情報が本当に確かなものかどうか その保証はない、というのも、1つの現実である。 自分の目で、その情報が確かか否かを見極めるためには もっと沢山の情報と知識が要る。 その為に、沢山の人の目を掻い潜って、ようやく活字化されて出版にこぎついて 店頭で販売される「著書」というのは、やっぱり必要なのである。
あの面白そうな短歌の入門書が欲しい・・・・
という私の気持ちと
フランスの新しい詩の世界に触れたい・・・・
という鉄幹の気持ちは相通ずると信じたい。
そんな本日、ダーリンが図書券を携えて、私の許を訪れた。 まるで、晶子が鉄幹(の才能)のために、身を削ったかのような現実の再現。 私には、モノを書くためにまだまだ沢山の資料が必要なのだ。 晶子は鉄幹の熱い才知に惚れこんで、書きたくもない「青鞜」の巻頭言を書いた。 ダーリンは、私が「モノを書く」という行為に対して、 惚れこんでくれているのだろうか。 私が「演じる」という行為の為に、沢山の欲求を満たしにかかることに対して、 惚れこんでくれているのだろうか。
鉄幹が晶子の力によって、最後まで「男の歌」を詠んだこと、 そして、私がダーリンの力によって、ある一定の処にまで登りつめようと努力すること、
一見、違うように思えるが、 根底は同じような気がする。
「申し訳ないなぁ・・・・・。」 そう思いながら、本日、私が本屋で抱えた著書は、 先日、この日記にも書いた短歌の入門書ともう1冊、
「知られざる刑務所(ムショ)のオキテ」
これが、一体、今後の私の作品に どのように反映されるのかという疑問をお持ちの方もいらっしゃるだろう。 私が今までに手に入れた蔵書には、凡そがノンジャンルである。 一、戦場で実際に使用されている、兵器や銃の解説図解(写真入り)、 一、薬物の作用と副作用についての解説書、 一、虐待がもたらす家庭崩壊の実例ばかりを集めたルポ、 一、当時6歳の子供が書いたという、ミリオンセラーを記録した童話、 一、姓名判断や、誕生花の辞典、 一、幸徳秋水の伝記、 一、邦画が花盛りだった頃の有名女優を特集したグラフ誌、 等々、言い出したらキリがない。
どれとどれがどう結びつくのか、それはその時次第である。
そして、これも言っておこう。
私は決して読書量が多いほうではない。 小説など、ほとんど読まないし、 話題になっているモノにすぐに飛びついては読み漁る・・・・という性分でもない。
ただ、自分が、「コレだ!!」と思った情報源に関しては 不気味なほどに執着する帰来があるかもしれない。 そう。出版物には、インターネットで流出される情報とは 比べ物にならないくらいの魅力がある。
昨今、出版業界が危うくなっている中、 幻冬舎だけは、なぜか元気だ。 装丁も凝っているし、美しい。 著作もなかなかのお歴々である。
面白い本を手に入れるのは難しいが、 面白い本を作るのはもっと難しく、そして冒険が必要になってくる。 この魅力にとり憑かれた者が、今の出版業界をようやく支えているのかもしれない。
面白い芝居を作るのには まず面白い本と、面白い素材・・・つまりは役者が必要になってくる。 更に言うなら、こちらも冒険が不可欠なのである。 両方の世界に足を突っ込んでしまった私は もがけばもがくほど、泥沼に填まっている、最悪の状況に居るのかもしれないが 幸い、食べるのだけには困らないでいるし、 雨露を凌ぐ家もある。幸せなことだ。 道楽にかまけているように人は見るかもしれない。 だけど、その道楽を極めんとする人間がいてもいいと私は思いたい。 即ち、
芸術とは斯くあるもの。
鉄幹の時代も、私たちが生きている時代も その点だけは変わらないようだ。 都合の良い事ばかりを言っているように聞こえるかもしれないが、 私はやっぱりそう信じたいのである。
本屋で立ち読み。 久々である。
で、面白い本をこんな片田舎の小さな本屋で発見してしまった。 ハードカバー。 1,300円也。 しかも、3冊も並んでいる。 売れているのか・・・・。
「かんたん短歌の作り方」
枡野浩一という、わりと若手の歌人の方の著作である。 コレはおまけだが、ハードカバーには最近お決まりのように「オビ」がついているが 大体、出版社が推しているモノには、著者よりも名が売れていて 万人がその人のことを知っていたりする有名人がコメントを載せたりするものである。 この本には糸井重里氏がコメントを載せていた。 たかだか、短歌入門書の「オビ」に。
珍しいことである。 要するに、「この有名コピーライターが推しています」 そういう匂いを醸し出させる入門書というわけである。
1冊を手にとって開いてみた。 と、いきなり、こんな1文が目に飛び込んできたのである。
「自分のルックスに見合った短歌を作りましょう。」
片田舎の小さな本屋で爆笑するとかなり目立ってしまうので、 ようやくその溜飲を下げたのだが、 普通は、入門書にそんなことは書かないものである(爆)。 間違っても、「ぶさいくはぶさいくなりに、そうでない人もそれなりに」などとは 書かないものなのであるが、 この人は、違った。
活字にしてまで、そのことを言いたかったのだろう(爆)。
コレは面白そうである。 最近、なかなか見ない類の書籍である。 自分のことを「教祖」とまで言っている。 凄いわ。 たくましいよ、かなり。
で、買おうと思って、サイフの中身を見た。
唸った。
あたくしには、 たった1,300円のハードカバーを買うにも憚られる経済力しかないのか(トホホ)。
そして徐に手帳を取り出す。 出版社、著者名、著書名、値段、そして今日の日付を 井上ひさしには決してできないような早筆で書き付け、 今度、何かのときに大きな本屋さんに立ち寄った時、 すぐに検索をかけていただけるように、その準備だけはしておいた。
この著作は、同じ「自称歌人」として目を通しておく必要がある(爆)。
そうなんです。 「歌人」と名乗るのには、 「俳優」と名乗るのと同じように ライセンスなどはいりません。
だから、学校の先生をしている人や、看護婦さんや 市役所の職員や、そういう人たちを見ていると、 本当に勉強が好きなんだなぁと思う。
あたしは勉強が嫌いです。 できません( ̄^ ̄) だから、ライセンスの必要な職業につくことができません。
ふむ・・・・・・ そろそろ受験準備の時期か。 参考書その他のコーナーには全然、中高生がいなかったが 雑誌のところにはわんさと学校帰りの中高生・・・・。
おまえら、勉強できる時が勉強する時やぞぉ・・・・・(-。-) ボソッ こういう大人になりたくなかったらな・・・・・・(-。-) ボソッ
誰かをつかまえてそう言ってやりたくなる衝動とぐっと抑え、 彼らから見れば、随分おばちゃんになってしまった自分を厭う。 そして自分が着ていたのと同じ制服の子を見て思う。
うわっ・・・・どうしたら、こんな(短い)スカートが手に入るんやろ。 標準タイプから改造するにしたって、えらい手間かかるはずやのに・・・・
かつて、短いスカートを自らの手で改造した思い出のあるあたしは しばらく、彼女を目で追ってしまっていた。 27〜30くらいの襞数のスカートの裾上げには とんでもない徒労が伴うのである。
そう考えていて、ある1件の曰くつきの店を思い出した。 あたしたちの頃は、丈100センチのスカートとか、 ヤバい感じの鞄とか、 ボタンが4つしか付いていない究極の短ランとか 標準服店では置いていないシャツを置いてある、変形制服専門店(爆)。 頼めば、学ランの裏にどんな刺繍もしてくれた。 時代を感じるね、うん(爆)。<今はそんなヤツおらんやろけど・・・・。 ここのオヤジはえらくおもろいおっちゃんで、 街の中高生の人気者だったっけ。
今の高校生たちのファンッション事情から察するに、 この店には、もう丈100センチのスカートなんか置いてない。 その代わり、膝上何10センチ(もしくはケツ下何センチ)とかいうのが置いてあるのかも。 いや、絶対にあるよ(爆)。
これからの時期、いくらルーズやハイソックスを履いていようとも ストーブのない(はず)のあの高校で、 この格好はいくらなんでも寒かろう・・・・
あたしらの時期は夏は短く、冬は思いっきり長くの スカートのミニ化過渡期だったので、まだまだよかったけど、 最近は、女子高生するのも楽じゃないのね・・・・。
そんな最近の女子高生に同情しつつ、 あったかいフリースにGパン姿のあたしは よっこらしょと自転車にまたがり、 5分とない距離を「さぶい、さぶい」と言いながら 帰途についたのでありました。
あぁ・・・・・。 あの本が読みてぇ。
原因不明の偏頭痛で、あたしと同じ大きな病院へ駆け込んだ母。 こちらも原因不明(と本人だけが言う)の肩こりに悩まされている山賊。
そして、いつもよりも速い鼓動が苦しくて、 いつものように微熱に慣れることなく、 それなのに笑っているあたし。 久々の発作か・・・・と思うほどの鼓動。
母の偏頭痛なんて珍しい。 父が唸るのはいつものこととして、 それでも働く2人。
全員が原因不明。 中でもあたしのは根が深いのか、 それとも、半年間、同じ薬を飲み続けているのが災いしたか、 眠剤がちっとも効いてない気がする。 ドキドキする心臓を持て余しながら、 誰かが病めば、あたしも立ち上がらねばならないと胆を据えるも、 空し。 何もしていないのに、 唯、横になっているだけなのに 心臓は速く動く。 そして、立っていられない状態になり その負担はどこへ行くかといえば 原因不明で身体が故障を来たしているあの2人へと・・・・。
今まで、ゆっくりと病んでいられたのは 凭れられる柱がちゃんとあったからだ。 柱が折れてしまうということは、今度は自分が柱になる番だと 誰かに言われているような気がしてならない。 苦しいのに、もう、苦しいと言えないような、 そう責められているような・・・・だけどそれが自然の摂理というか 物事の「順番」みたいなものというか・・・・。
そう。
そんな簡単なことに気づけない自分が恥ずかしくて あたしは今日、1日中、ドキドキしていた。
| 2001年11月05日(月)
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さあ反省だ♪(「草原のマルコ」風で) |
知らない人のために・・・・。
「草原のマルコ」というのは 「母をたずねて三千里」というアニメの主題歌です。 そのサビは
「さぁ〜、出発だぁ〜〜〜っっ♪」
かなり、「出発」気味の勢いを醸し出す、名曲です。 その「出発」気味の勢いをお借りして、あたくしは反省しようとゆうのです( ̄∇ ̄;)
そう・・・・。 最近、おサボリ気味でした。 他人様の歌も披講したいところ、全然自分に目が向いていませんでした。 それを戒めるためにも1首。
今年の年賀状は、みそひともじでしたが、 来年、住所のわかっている方々には、賀状として 今様をお届けする所存でございます。
今日も今日とて、カラオケしてきたあたくしは こうやって日記を書きながら、
「そうか・・・・草原のマルコという手があったか」
などと、「海のトリトン」を熱唱したことを後悔するのでありました。 この日記にだんだん自分の持ち歌をひけらかすようになってしまってきて、 そろそろネタも尽きてきたんじゃないか? そうお思いのあなた(爆)・・・・甘いです。 新たなネタ、めっちゃ豊富です♪
年末年始に向けて、何だってやってやるさ・・・・(-。-) ボソッ と、新規開拓の精神を燃やしつつ、 年始の挨拶、如何にすべきかを考えるのに忙しい、今日此の頃でございます。
昨日、あのような日記を書いた直後。
来ました・・・・
(半月遅れで) (あれだけ某K嬢に脅されたにも拘わらず) (そろそろ、検査薬でも購入しようかとも考えていたにも拘わらず)
死にそうです(爆)。
愈々本気で心配しだすと来る、月のモノ。 このジンクスは、この日記にも何度か書いてきたが、 1年の排卵日が、他人様より明らかに2〜3回少ない、あたくしにとって、 多少の遅れは誤差範囲♪(* ̄ー ̄)
そんな本日の夕餉、 山賊が手作りでクリームコロッケを作ってくれました。
それだけで、幸せ。 今一度、叫びましょう♪
パラサイト・シングル 最高♪♪
| 2001年11月03日(土)
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衣食住・・・・を超えて |
おお・・・・・。 本日、小雨。低気温。 検温の結果、数ヶ月ぶりに見る、37℃をきった数字♪
夏の低気圧は本当にあたくしを翻弄してくださったが、 秋雨前線とやらは、きちんと体温を下げてくれるありがたいものである・・・・ なぁ〜んて、エセ気象予報士 のあたくしは、 本日、ちょっとだけ元気でした。
さて。全然関係ない処に話は飛びますが。 おミズのバイトをしていた頃(大学時代)は、その収入に見合った格好というのを 強要されるというのを知り、 もともと化粧が嫌いなあたくしも、結局折れてきちんとメイクアップし 信じられないことに、爪も磨いてマニキュアまでしていたのだ。 しかも、当時流行っていたのは、ラメ入りで軽い感じの色だったのに、 あたくしのつけていたのは・・・・どこでこんな色を探してくるのか?? と言わんばかりの、ドメスティックでマッドな赤であった。 正におミズと言わんばかりのこの色(爆)。 勿論口紅も、爪の色に合わせてパールの含んだものや 中途半端なピンクやベージュなんかは一切つけずに、 ドメスティックでマッドな赤ばかりを好んでつけていた。
あたくしの素顔は、どちらかというと唇が厚い方で、眉毛にも主張がある方だ。 化粧をせずとも外出できるというのが、当時からの自慢であった。 友人は、眉なし星人(通称:まろ)だらけで
「ファンデーションは塗らなくても、眉毛だけはコンビニ行くだけの時も絶対描く!!」
なんてヤツばかりで、あたくしはそんな彼女たちの中で 羨ましがられるほど、もともと描いたような眉をもっていた為、 余計に化粧には疎くなってしまっていたのだ。
眉に手を入れなくてもいいというのが幸いし 唇にどぎつい色をもってきても、何とかカタチになるという お手軽な顔。 口紅の色のパンチが強すぎた場合は、薄くアイラインを引くか マスカラをつければいい。 舞台以外の場所では、チーク、シャドウ、などとは無縁の生活・・・・ これは今でも続いている(爆)。
そんなあたくし。 本日、熱がないからなのか色々な事に意識が向き、 気がついたら、せっせと爪を磨いていた。 バッファでぴっかぴかにして、今まさにマニキュアまで塗ろうとしている。
しかし、昔のような色は塗れない。 何せ、化粧をしないので 主張の強い色を身体の先端にもってくるという暴挙はできない。 剥げても目立たないピンクベージュを選んだ。 昔つけていたような赤は 3日もすると、どこかが剥げてきて しかもそれが目立つので、いつも気を使っていなければならない。 今は、それ以外に気を使わなければならないことが多いので、<体調とか まるで自分を責め込むような、美の「研磨」は根本的に無理なのだ。
しかし、衣食住を超えて、 新しい音楽や、自分に合う香り、そして色を探すというのは 気持ちのいい事だ。 余裕がないときは、決してできないからだ。
かといって、十分な余裕があるわけではない。 あは♪( ̄∇ ̄;) だって、まだ生理がこないんですもの(苦笑)。 (既に、2週間遅れている) (その微熱は「妊娠だ」と、某K嬢にも脅されて、びくついている( ̄∇ ̄;) )
| 2001年11月02日(金)
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ようこそ。大黒摩季の世界へ |
昨日のおデートの道中、車の中ではずっと、 大黒摩季嬢のベストをかけていた。
彼女の曲が全盛を誇っていた頃、あたしは高校生。 えらい歌の上手な女の人が現れたもんだと、 PRI2と共に、毎日のように聞いていた時期があった。 メディアに姿を現さない彼女は、曲そのものもデジタル的な印象があったので 一時は、 「実は、大黒摩季という女性は実在しなくて、 レコード会社や事務所が作り上げた、デジタル的なキャラクターではないか?」
そんな噂も全国的規模で実しやかに流れていたほどに、彼女は注目されていた。 CDジャケットに映っている姿も、何となく「創られた」感が否めなかったので きっと、その噂の暴走を止める理由みたいなものも薄すぎたのかもしれない。
まぁ、そんな噂を払拭すべく、 彼女の実力(創作力・歌唱力)を誰もが認知し始めた頃、 やっと事務所が彼女のメディア進出を認め、ライヴも行なわれるようになったわけだ。 TVにも出るようになったし、ますます彼女には注目が集まった。
そんな時、あたしもライヴに行って、本物の彼女の姿を1度この目で見たいものだ・・・・ などと、バイト先でこぼしたら、 こぼした相手が、彼女とお見合いしていたなどという、 無茶苦茶「日本って狭めぇ〜〜!!」 的なエピソードがあった。 彼が、 「上手くすれば、チケットくらいすぐにおさえられるかもよ(ふふん♪)」 と、事も無げに言うのが何となく嫌で(爆)それは丁重にお断りしたけど(爆)。
彼女の創る曲というのは、いつもどこか偏っている(爆)。 で、高校生のあたくしにはいまいちピンとこない価値観なんかもそこには てんこもりに織り込まれていて、よく、こう思ったものだ。
「こんなオンナにはなってわいけない・・・・。」
件の彼との見合いも、詞の中に忍ばせていたのかしら(爆)。 何となく後年になって、そんなことも考えてしまっていた。
しかし、面白いもので、 彼女の創る曲は、高校生はともかくも 当時、「パラダイス」と呼ばれていた「大学」という場所に寄生していて、 学業よりも恋愛に重きを置いていた女性や 仕事に命をかけつつも、周囲でどんどん「結婚」していく同期生に 「憧憬」にも似た眼差しを突き刺すように浴びせていた、 キャリア系のOLにはバカうけ。 きっと、彼女の書く詞のような体験を、死ぬほど経験しているからだろう。 時代と女性をモノにすれば、最大の成功を得ることができる・・・・ なんていう、伝説めいた真実を、彼女はものの見事に証明してしまった。
丁度、あたしは今、大黒摩季ワールドの真っ只中にいるのかもしれない。 「大学」というパラダイスを経て、恋というか、オトコもいくらか知って、 はてさて、この先、自分はどうしたものか・・・・。 大黒摩季嬢が必死に訴え続けていた詞の内容そのものの状況(爆)。 周囲ではどんどん、「結婚」という形式で、ある意味で片付いていく 同級生、もしくは後輩。 別に、あたしは「結婚」に特別思い入れがあるわけではないので あせりや不安は全くといってないのだけど、 仕事がないこの現実の中、もう「結婚」を選ばざるを得ないところまできているとも言える。
嗚呼、厭だ厭だ。
死んでも、あんな世界に浸食されてたまるもんか。 とにかく、あんな現実的な世界に支配されることなく のんびり、まったりいきたいものだわ。
まだ、救われてるのは、 彼女が全盛の時代の同世代・・・・つまり直撃世代ではないということだろうか。 自分よりも年上の女性たちがもがき苦しむのを じっと凝視してきたあたしたちの世代は ある意味、面白い答をそれぞれ手にしていると言えるかもしれない。
「結婚」するのも「恋愛」するのも ある程度さめてはいるものの、先輩たちの落としていった失敗をしっかりと受け継いで、 熱く輝いている。
最近、大黒摩季嬢が、1年の休業を経て復活した模様。
21世紀も最初の1年が過ぎようとしている。 さて、彼女が蓄えたパワーとやらを、とくと拝見しようではないか♪
| 2001年11月01日(木)
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振り撒くのは「色気だけ」の方が良い |
あたくしの信条といたしまして
覚えたことは その日のうちに3度は他人に話して聞かせ 確実に自分の情報として 脳みそに定着させる。
などという、くだらないモノがある。 辞書をひいても (といっても、三省堂の新解さんだから、とっても野望的な言葉で説明してある) その日のうちに忘れてしまっては、明らかにトリアタマなので、 その日のうちに自分の文章にとにかく使いまくって、 次回からは辞書を使わずにその言葉をすいすいと使えるように備えよう・・・・ 是が転じて、前述のような信条のように形を変えたのである。 小中学生の頃は、脳みそが何でも吸収してくれたし、 定着状況も今とは比べ物にならないくらいに、良好であったので わざわざこんなことをしなくても、ストックとして情報はどんどん蓄積されていった。
やっぱりトシなのかしらね・・・・(-。-) ボソッ 今は、反芻しないと、なかなか脳みそが有効な情報として認識してくれない( ̄∇ ̄;)
言葉に限らず、 これは世情に疎くてもモノが書けないという、現状の上に於て、 ニュースやドキュメンタリー、●●特集、●●リサーチ、 そういうTV番組から提供される情報にしても然りで、 どうでもいいような脳内物質の話だとか、 どうでもいいような兵器の話だとか、 どうでもいいような文学作品の話だとか、 ジャンルを問わず、自分の嗜好の向いた瞬間に 確実に捕らえ、「使える」と判断すれば、ビデオ録画も辞さない。 部分的に録画をするものだから、「モノカキ情報」と銘うってラベルを貼る ビデオテープまで出てくる始末である。
あは♪ どうしてくれよう♪
しかも、今のような生活環境では 話を聞かせる相手というのは、ダーリンか、山賊か、母・サヨコくらいになってくる。
東京にいた頃はよかった。 バイト先にさえ行ってしまえば、どんな客にだって話を合わせられるし、 どんな話題にだって喰らいつくことができるし、 自分にストックさえあれば、情報も自由に提供できた。
今、そんなあたくしの情報攻撃を一番喰らっているのは 母・サヨコかもしれない。お気の毒。
今日は、久々におデートだったので、矛先はダーリンに向いたが、 あたくしは特定の分野を持たないので、 彼もついてくるのに苦労したことだろう・・・・。うむ。ごめん♪
そりゃぁね・・・・ 普段、フツーの会話してれば、誰だって引くって。 デート中にみずほフィナンシャルがどうしたとかいう話をしていたかと思えば、 いきなり仮面ライダーアギトの世界背景はどうだのと言ってみたり、 そうかと思えば、株価がどうだとか、ドルがどうだとか、 通りがかりの自動販売機を見れば ユニバーサル・デザイン(新入荷用語)について語りだしたり・・・・
今日1日のことを振り返り、ちょびっと反省してみる。
今日は、ダーリンの秋冬物を見立てに行ったのだけど、 それだって、裏を返せば 某番組で大人気のコーナー「亭主改造計画」で仕入れたネタ(情報)を 忠実に再現すべく遂行しているだけなのだから( ̄∇ ̄;) (亭主ではないので番組に応募してプロの力を借りることが出来ない) (だから自分でやるしかない)
「こういう体型の人には、こういう形の上着が良い」 「胸板の厚い人には、このようにバランスを取る」 「顔の雰囲気と、色はこのように見る」
ダーリンは、今までの自分のチョイスとは違う服を突きつけるあたしに 「ほほぉ〜」と感心してみせ、色々と挑戦してくれたが、 ほとんどは、ピーコの受け売りである(爆)。 他のスタイリストさんのやり方も多少混入しているけど(爆)。
しかし、あたしのやり方も、まんざらハッタリではなかった。 得た情報を咀嚼することで、 ふむ・・・・と再び納得する。 ピーコのウソつき・・・・(-。-) ボソッ と思ったり おぉ、なるほど♪ と思ったり あたしの脳みそは、更に刺激を受け、 モールの中を何時間もウロウロと歩き続けるなんていう暴挙をかますまでに・・・・。
でもね、やっぱり反省したの。 このやり方が通用するのは、今のダーリンだけだっていうのを あたしが一番よく知っている。
知性や情報を振り撒いたって、ちっともかわいくなんかなれやしない。 どうして、「今のままでいいよ♪」と一言、言ってあげられないんだろう。 自分をミガクことに熱中しすぎるのはいいけれど、 彼まで巻き込むようなことをしてしまうのだろう。
これは、「一緒に成長する♪」なんていうカワイイ問題ではないのかもしれない。 「はい♪はい♪ いいよ♪」と、何でも聞いてくれる彼は あたしの一番重要な部分の治療に、必死に携わろうとしていてくれるのかもしれない。
今までずっと「あなた好みのあたし」ばかりを追求していたあたし。 今は何でか「あたし好みのあなた」ばかりを追求するあたし。
いつ、どこで、色気を置き去りにしてきてしまったのだろう。
「役者ならいつでも恋をしていなさい」という、 かつて、耳にタコができるほど聞いたあの科白やらも なんだか懐かしいや・・・・・・。
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