此の赤い絲が切れなければいいな。
最初はそう願うだけなのだ。
だから切れぬ樣に絲を紡ぎ足して補強する。
此の赤い絲は暫くは切れぬだらうな。
だんゝゝそう思ひ始めてしまふのだ。
だから赤い絲をどんゝゝ縒り合はせて無理に太くしやうとする。
此の赤い絲が切れる事は決して無いのだ。
いつしかそう思ひ込んでしまふ。
だから過剩なる期待により酷使された絲は擦り切れていつてしまふ。
切れた其の瞬間に「其の程度のものだつたのだ。」と獨白するのは、絲の強さを思ひ込んだ己の淺墓さに氣付けないだけなんだ。
絆を深めもせずにより淺くした因である己の淺墓さに氣付きもせずに獨白するだけでは何も進展しないのだ。
2003年01月31日(金)
貴女が仰る様に彼がどちらかを選ぼうと悩んでいるのでしたら、其れは彼が決める問題で僕や貴女が口を出す事ではありませんよ。
それに若し其れが僕の問題であるのだとしたら、益々貴女が口を出す事ではありませんね。
そして其れが貴女の問題であるのだったら貴女は独りで悩んでいて下さい。
どちらにせよ、貴女なんかが僕に口を出す権限はありませんよ。
あーらら…。
こんな事を僕は女性に謂う心算は無かったのに…。
きっと僕は彼女が言葉に詰まるのを見たかったのだ。
2003年01月27日(月)
Webデザイナーになりたいなぁ、とぼんやり思い始めたのはいつだったのか思い起こしてみた。
嗚呼、そうか。十七歳の時だ。僕の一つ前の出席番号だっためぐちゃんが大学には進学せずに情報系の専門学校に行ってWebデザイナーになると謂い出した頃だ。
僕の居た高校の大学進学率は98%程度で大学進学せずに専門学校に行く人は学年に一人居るか居ないかという程度の少なさで更に何処にも進学せずに就職する人は二、三年に一人居る程度だったから彼女の発言は酷く周囲からずれたものに思えて新鮮だった。
でも、其の時の僕は高学歴取得に燃えていて大学進学しか頭に無く、彼女が進学しようと思っている様な専門学校に行かずとも彼女が望むだけの知識は手に入り習得出来るのでは無いかと考えた。そして、僕は其の考えを立証する為に色んなものに手を出し始めた。
其れが最初に僕がWebに関心を持って接した切欠。其れ迄はWebは僕にとって情報収集や簡易連絡の場でしかなかったから。
最初にミリタリーグッズに興味を持ったのもいつだったのか考えてみた。
此れは十六歳の時だ。其の頃僕が親しくなったお嬢さんがミリタリーファッションが好きだったから。
彼女がカーキ色の服のデザインについてあれこれと薀蓄たれるのを面白がって聴いていた覚えがある。
最初に法学に興味を抱いた瞬間はいつなのかも思考してみた。
恐らくあれは六歳の時、引越しの際に新しい家の書斎に前の家から運んできた本を詰め込んでいたら中に妙に分厚い本があった。其れが六法全書だった。そして六法全書を入れていたダンボール箱の中からは次々と司法に関する書物が出てきた。其の六法全書は一時弁護士を目指していた事のある母の所有するものだった。
当時、簡単な漢字なら読める様になっていた僕は其等の本を読もうとしたが難解な用語に阻まれてさっぱり読解出来無くて悔しかった。其の悔しさが恐らく切欠だったのだ。
最初に国文学に関心を持った時期も合わせて思い返すことが出来る。
其れも六歳の時、書斎に詰め込んだ本に片っ端から目を通していた僕が万葉集の解説本を見付けた時だ。
六法全書とは違った意味で其の本は僕には意味が判らなかった。書いてある文字にはルビが振ってある為、平仮名を読んでいけば其の本に書いてある事は読めるのに書いてある内容の意味が理解出来ないのだ。
理解出来無いのは自分の所為では無く其の本の所為だと思おうとしたが、何だか内容が気になった。其れが最初の切欠。
其の解説本も国文学に興味のあった時期の母が手元に置いていたものだった。
思い返すと他人の影響を受けてばかりだ。
でも、他人の影響が寄り集って今の僕の趣味や生活選択を構成している。
そして、其の僕に影響される他人も亦存在し得るんだ。
2003年01月24日(金)
「君と連絡を取る爲に携帶電話を購入したのだから、君が連絡を取りたく無いのであれば解約する。」
そんなくだらない事を態々傳へられた。
餘計不快感が募り相手を罵りたくなつた。
彼への連絡手段の状態が變化したら教へてくれと以前僕に有無を言はせぬ口調で命じたお孃さんに現状を話した。
暫しの詰問の末、僕は回線越しに罵聲を浴びせられた。
更に哀しくなり空を見上げて叫びたくなつた。
僕の所爲では無いのだと、本當は判つてゐるくせに。
僕の所爲にしたがる彼と彼女を僕は甘やかし、そして内にまた溜め込んでいく。
2003年01月15日(水)
何年前だつたかな、僕の事を見てゐたのだと僕に傳へた男子が居た。
隣の校舍の窓から僕の教室のある校舍の方をぼんやり見てゐるとよく廊下を走つていく僕が見えたのだと彼は言つた。長くて黒い髮の僕はいつもおつとりとした表情を浮かべてゐて大人しさうで體付きも華奢でか弱く見えたのだ、と。
でも、それだけではなく、ずつと眺めて居るだけだつたからこんなにも性格が激しくて短氣だとは知らなかつたのだ、とそんな事迄彼は僕に傳へてくれた。
腰位までの長さの黒髮の女の子がタイプなのだと主張してゐた彼は知り合ふ前迄の僕に明らかに幻想を抱いてゐたのだ。
勿論、幻想はあくまで幻のものであり現實では無い。
髮を伸ばしてゐたのは男に見えなくする爲、おつとりした惚けた表情だつたのは眠たくて仕方無かつたから。體付きなんて遠くから見てるだけで正確なものが判る譯も無い。
彼が話してゐた幻の僕は僕の好きなタイプと類似點を持つてゐた。
だからとはいへ、僕は自分の好み通りの生物では無いのだ。
2003年01月14日(火)
「アタシの事如何想ってる?」
何度もそうあの娘が僕に訊く。
「大事な人だと想ってますよ。君は僕で僕は君でしたから。君が完全に居無くなったらきっと僕は泣くと想ひますよ。君を失った僕が可哀想だから。」
何度も僕はそうあの娘に答える。
形だけの言葉だと判ってゐて彼女は僕に自分の價値の重さを問ふ。
形だけだと判って居るから心から彼女の事を想ふ發言で無くとも其の言葉の輕さを指摘する事は無い。
「私の事を憎んでる?」
とある女性に以前そう訊かれた。
「ええ、貴方は僕にとって大事な人ですから。」
いきなりそう訊かれて言葉に詰まった僕はそう答えた。
僕は少し離れた場所に佇む彼に聽こえる樣にはっきりと應えた。
にっこり微笑み僕に問ひ掛ける彼女の瞳は僕では無く彼を見ており、彼女は僕が如何返答するか知ってゐて其の質問を投げ掛けてゐたから。
「僕の事を如何想ってる?」
違ふ人がこう僕に訊いた。
「大事な人であるとは判ってますよ。君と僕とは血は繋がって無いけれど既に家族の樣な間柄になつてしまってゐるのだから。」
僕は下手に言ひ繕いはせずにこう答えた。
そして、僕の言葉の裏に在る筈の僕の意圖を讀取らうとした相手に更に細かく追求された。
裏の意圖など僕には無く、唯事實已を僕は傳へたといふのに。
2003年01月10日(金)
「頑張れ」とは云はれたく無かつた。
「頑張れ」と云ふ事によつて應援してくれてゐるのだらうけれど、「頑張れ」と云ふ言葉は其の應援する對象と自分をかけ離れたものとして突放して發せられる言葉である樣に思つてゐたから。
其の言葉は相手を思ひ遣るものでは無く相手に自分の應援する氣持ちを押付けるだけのものだと思ふから。
「頑張ろ」なら話は違つてくる。
假令實際には何も手助けをしないとしても、其の言葉を投げ掛けられると僕は一緒に氣張つてくれる樣な氣がして嬉しくなれる。
其の言葉は相手を尊重した上で發せられるものだと思ふのだ。
一人で頑なに氣を張り詰め無理矢理前に向う、誰かが頑張る其の姿は他人にどれだけ力強いものに見え樣とも本質は脆く壞れ易いものであつて決して強いものでは無いと思ふ。
張り詰め續けるだけではいつか先に進む餘裕が無くなり其の場に留まるので精一杯になつてしまふのだから。
2003年01月09日(木)
誰かの「もう直ぐ」や「後ちよつと」つてのは僕にとつてはどのくらいの長さのものなのか確かめるのを忘れてしまつた。
「暫く待つてくれ」と僕に言ひ放つ其の「暫く」が僕と相手との間でどの程度違ふ認識をされるものなのか知りたい。
「もう直ぐ」が示す先の未來は二分先のものなのか、二時間先のものなのか、はたまた二年先のものなのか、皆目見當のつかない状態で待ち續けてゐる。
2003年01月01日(水)