思考過多の記録
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2008年08月17日(日) 「新しい切り口」と「衝撃」

 先月末になるが、「劇作家協会新人戯曲賞」というものに、初めて応募した。
 本当は新作を考えていて、それでいきたかったのだけれど、スタートが7月に入ってからで全く間に合わなかったので、これまでの戯曲で一番評判のよかった『Uuforgettable』を送った。
 とはいえ、僕の予想では、受賞の可能性は限りなく低い。
 『Unforgettable』は決して完成度の低い脚本ではないと僕は思っている。しかし、なにか「新しい切り口」や「衝撃」がない。
 「よくできたお話」で終わってしまうと思うのだ(審査員のプロの作家から見て、「よくできた」と思われるかどうかも怪しいものだが)。



 この世の中でも、日常の人間関係でも、ありふれた見方や手垢のついた方法ではなく、ちょっとでもいいから「新しい切り口」で見せ、読み手に「衝撃」を与えるような作品こそ、どんな戯曲賞にも相応しい。
 何故なら、ありふれた見方や手垢のついた方法でうまく作品を構成できるアマチュア(プロもまたそうかもしれないが)作家など、この世に星の数ほどいるのだから。
 そういう作家の作品は、大抵が退屈で、ごく少数のものは一般受けする。
 裏を返せば、何かの賞を受賞する作品が一般受けするとは限らないのだ。
 どんな賞かにもよるのだが、往々にして受賞作品は「玄人受け」する作品だ。「玄人受け」する作品が素人にも面白いとは限らない。
 ただ、素人に対しても、ある種の「衝撃」を与えることは確かだ。



 僕の『Unforgettable』は、おそらく世間に星の数ほど存在するありふれた見方や手垢のついた方法によって書かれた作品であろう。でも、僕は精一杯のエネルギーでこの作品を書いた。しかし、それはほかの作家でも同じであり、評価とは何の関係もない。
 この作品を面白いと思ってくれた人は結構たくさんいたが、それが作品の質の高さや「玄人受け」につながるものではないことは、僕が一番よく知っている。
 僕にとって特別な意味のあるこの作品も、審査員にとっては星の数ほどある脚本の一本に過ぎない。そして、そのあまたある脚本の中で、最も光を放つほどには、エネルギーを持っていないと思う。



 自分の作品をここまでけなして、では何故お前はその作品を応募したのかと問われれば、「これで勝負するしかなかったから」と答える以外にない。
 どんなに才能がなくても、僕は勝負したかったのである。
 来年までには新作を完成させ、再び勝負に挑もうと思っている。
 しかし、そのエネルギーは病気のために今はない。
 いつかそのエネルギーを再び呼び覚ませる日が来るのだろうか。


hajime |MAILHomePage

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