思考過多の記録
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久々に、雨が傘を打つ音を聞いたような気がする。 家から駅へ向う途中に、電車の高架下の小さな公園がある。 その公園のあたりから、2人の小学校低学年から中学年と思われる男の子が走り出てきた。2人とも、傘はさしていない。明らかにずぶ濡れである。 それなのに、彼等は楽しそうだった。 雨に濡れていることが、むしろ嬉しいといった風だった。 彼等を追うようにして、もう1人の男の子が出てきたが、これも傘をさしていない。いくらか躊躇した感じがあったが、やはり2人の後を追って雨の中に飛び出していった。
僕は、ほんの少しの雨でも傘を広げてしまう。 雨の中、ずぶ濡れになることが嬉しい。そんな日が僕にもあっただろうか。 取り敢えず、今の僕には、傘をささずに雨の中を走る勇気はない。 あの勇気と元気を取り戻したい。
ここを読んでいただいている方には随分と報告が遅くなってしまったが、僕は今会社を休んでいる。もうかれこれ3ヶ月は経つだろうか。 発端は、そのとき自分が担当していた書籍に対する、上司からの指導だった。この職場に異動して1年以上が経ったが、仕事の仕方に対する組織だった、かつ系統だったトレーニングを殆ど受けないまま、僕はずっと仕事をしてきた。そしていよいよ、その課、そして部としてのの主力賞品である書籍を担当することになったのである。 何もかもが初めての経験なのに、「そんなことは分かっている筈でしょう」という形でまともな説明も受けないまま、できないのは、そして進行が遅れるのは、僕自身の力量のせいということにされていた。
ある日、なかなかゲラの内容が定まらないことに苛立った僕の上司(50代独身女性)は、僕とマンツーマンで赤字の内容や入れ方等を、一つ一つ事細かに指導し始めたのである。それは、その日の午後1時過ぎから始まり、途中30分程の休憩を挟んで午後10時半過ぎまで続いたのであった。しかも、それでは終わらず、翌日も約2時間ほど、その指導は続いた。指導の間中、僕は担当としての至らなさを指摘され、赤字の入れ方がなっていないと罵倒され、こんなことはみんな普通にやっているのに何故あなたは出来ないのと辱められ続けた。 それも、別室ではなく、部室の中の打ち合わせスペースでそれは行われた。同じ部のみならず、低いパーティションを隔てた隣の部からも丸見えの席だった。まさに見せしめとしか言いようのない状況だったのである。 その後も僕とプロダクションとのやり取りのたびに、その上司は僕に文句を言い続けた。思い通りのものがプロダクションから出てこないのは、あなたの指示が悪いのだ。上司の結論はいつも同じだった。 そうしてやり取りをして何か問題が起きれば、僕は外部とやり取りしている部の担当者からも怒られた。あの数ヶ月、僕は誰かから怒られない日はなかった。 ストレスが、今までとは違ったペースで確実に溜まっていくのが、僕には分かった。
同じ時期、僕は組合の書記長に選ばれた。これは僕にその能力があったからではなく、単に人がいなかったのである。初めての事だらけで分からないことが多い上、うまく委員長をサポートすることも出来ていなかった。そのことも、僕にはストレスになっていた。 そして3月半ばの春闘の第1次団体交渉の日。僕は午後から寒気がし始めて、これは風邪をひいたかなと思った。交渉は夜の9時近くまで及び、その後僕と委員長と担当者が、翌日の朝に撒く組合のビラの作成と点検を行った。 会社を出たのが11時近く。風を浴びたとたん、激しい寒気が僕を襲った。 やはり風邪をひいたんだと僕は思った。 それから1週間、熱は下がらなかった。熱冷ましを飲んでも、夕方には38度を超える日々が続いた。医者で血液検査をしてもらったが、特に異常はない。しかし、今にして思えば、これは僕の体が発したSOSだったのである。この間も、仕事のことで上司から何回か電話があった。何か問題が持ち上がって、それを処理したというような内容だった、そんなことは出社してから伝えてもいい筈なのだが。 熱も下がり、出社しようとしたものの、突然気分が悪くなり、いけなくなる日が2日ほど続いた。既に、休みは1週間を超えていた。今日こそ、と起き出して朝食をとろうとしたが、何故だか気力が湧いてこない。張り詰めていた糸がぷっつりと切れたような状態とは、こういうことを言うんだろうと思った。
そんなこともあろうかと、僕は前日にカウンセリングの予約をしていた。これは、組合の上部団体が増えてきているメンタルヘルス問題の対策のために、あるカウンセリング業者(こんなことばがあるのか?)と契約を結んでいたものを利用したのである。 僕より少し若めで、ちょっと気弱そうにも見える男性のカウンセラーは、僕の話を一通り聞いてから、 「あなたは、ストレスの原因になっている上司と離れた方がいいと思います。そして、あなたの今の状態は、もう診療内科にかかる段階に入っています。これ以上傷が深くならないうちに、今の段階での受診をお勧めします。」 そうして僕は、もらった一覧表の中から、住んでいる場所に比較的近いクリニックを見付け、そこにかかることになった。 診断は、「鬱っぽいけど、神経症。不適応。」 というもの。1ヶ月の自宅療養が必要と診断され、さらに6月末までその期間は延びた。
そんなわけで、今僕は会社に行っていない。 処方されているのは、たぶん精神安定剤の類と胃薬、そして睡眠導入剤である。 最初の一月は本当に何にでも苛々していた。今まで溜まっていたものを吐き出すかのようだった。しかし、時間が自由になったこともあり、ドライブしたり映画に行ったり人と会ったり旅に出たりと、これまでやろうとしても出来なかったこといろいろとすることができた。そのお陰か、薬の効果か、最近はだいぶ落ち着いてきている。とはいえ、7月からの職場への完全復帰は難しいと僕も医者も考えている。
今回こういうことになってしまって、まだこの先どうなるか分からないが、人生で久々に、本格的に立ち止まることが出来たことの意味は、決して小さくないと思う。 その辺に関しては、またおいおい書いていきたいと思っている。
2007年06月04日(月) |
切ない「一期一会」〜鍵を探していた〜 |
最近はネットのコミュニケーションの場が、全体的にmixiに移行している。不特定多数の人に開放されたブログで手酷く傷付いた人達の受け皿になっているというのが巷に流布している解説である。基本的に「匿名」というのが存在しないので安心というわけだ。 ご多分に漏れず、僕もmixiを始めた。それは、このサイトで知り合ったメル友からのご招待だった。昨年の8月から始めたのだが、そんなに毎日書くわけではないにしても、日記の更新というものがあり、徐々に僕もそちらが主体となりつつある。
そんな中、mixiの「コミュニティ(コミュ)」(ある事柄やアーティスト等のテーマを決めた掲示板とでも言えばいいのだろうか)で僕が参加している「中島みゆき」で、「なみから」と呼ばれるイベントが先週末にあった。これは、基本的に中島みゆきファンの人が集まり、日頃カラオケで何となく歌いにくい中島みゆきの曲だけを思い切り歌おう、という壮大な(?)イベントである。もう7回を数えるらしいが、僕も含めて今回初参加という人も数人いた。 主催者チームがちゃんと組織されていて、彼等の仕切りで30数名という大所帯が動く。まず、部屋割りに基づき、各部屋3〜4人(うち一人が「部屋長」)ずつに別れる。そして2時間歌いまくる。その後、部屋をチェンジして違うメンバーでさらに2時間。最後に大部屋に集まり、全員で大合唱を1時間。こうした流れてイベントは進んだ。 参加者は全員ハンドルネームが書かれたプレートの着用が義務づけられる。オフで会うのが初めての人も多いからだ。
二つめの部屋に行ったとき、部屋長さん(男性)の他にもう一人女性がいた。ネームプレートには「姐」とある。細身でショートヘア。そして童顔。酒のボトルがもう半分くらい空いていた。 「もう何ヶ月も、ずっと飲まなかったんだよ。そしたら、10キロくらい痩せちゃった。」 と聞きもしないのに彼女は言った。もうだいぶ出来上がっているようだった。 後から聞いた話だが、彼女はこのイベントの1回目から参加している常連だったが、ここ数回は「引きこもり」と称して姿を見せていなかったらしい。「姐」さんが「この曲いいよね」という歌を歌ってあげたら、凄く喜んでくれた。また、彼女の選んだ曲がたまたま女性ボーカル同士のデュエット曲だったので、それに乗っかってハモったりもした。 「姐」さんは調子に乗ってどんどんど酒を飲み、とうとうボトルを1本空けてしまったのだ。 「自分へのご褒美。」 と彼女は言った。
その部屋での時間が過ぎ、大部屋に移動する途中、彼女は僕に、 「もっとまったり話したいね。」 と言ってきた。呂律はあまり回っていないが、彼女は確かにそう言ったのだ。何故か僕は、彼女の存在が引っかかった。 大部屋に移動したとき、僕は彼女の隣に座った。 「あたしね、手が小さいから、昔リコーダーのときに小指が届かなくて、先生に凄く怒られたの、ほらね。」 そう言いながら、彼女は僕に手を重ねてきた。確かに、彼女の指は、僕の指の関節一つ分くらい短いが、小指はそれ以上だった。彼女はこの行為を2回やった。 事前に調査した「みんなで歌いたい曲」で上位になった曲を、みんなで合唱することになったとき、彼女はだいぶ酔いが回っていて、僕にもたれかかってきたのだ。 「あたし、本当は積極的なの。」 とよく意味が分からないことを言いながら、彼女は僕に寄り添い、そのちいさな指で、僕の胸のあたりを触った。 彼女は、完全に出来上がっていた。僕は何が何だか分からなかったが、しかしもしこの部屋に誰もいなかったら、僕はそのままさらに彼女を抱き寄せ、彼女の顔を上げさせて、キスをする流れだろうと思う。実際、僕は自然にそういう気分になった。 大部屋では合唱が始まる。 彼女は僕の方に腕を回し、僕も彼女の方に腕を回して大合唱した。ほとんど酔っぱらいのオヤジ同士のようだったが、僕は完全に素面だった。
この大部屋イベントの途中で、彼女は気分が悪くなってトイレへ。運営メンバーで常連らしい女性が付き添った。暫くして2人は戻ってきたが、その女性は「姐」さんを自分の隣に座らせた。このままでは危険だと判断したのだろう。僕の隣には、「姐」さんの荷物が残った。そして、彼女は倒れていた。 何人かが帰った後、近くの居酒屋で2次会があったが、その時も彼女は完全に出来上がっていて、一人倒れ込んでいた。僕は彼女に下心があると他の人に思われるのが嫌で、敢えて背を向けた席を選んだが、彼女のことは気になっていた。2次会で少し話が出来るかなと思ってはいたのだが、それは無理だった。自己紹介で彼女の番になったが、言っていることは意味不明。みんなで「もう振るな!」ということになった。常連の人にきくと、どうやら彼女は毎度こんな感じらしかった。 「でもね、でもね、いつもは2人で3本空けるんだよ。」 と言い訳にもならない言い訳を、居酒屋へ移動中に彼女は僕に言った。そして、エスコート役の女性は、彼女を僕から遠ざけようと必死なのが分かった。
後日、僕はこのイベントの主催者の女性にメッセージを送り、「姐」さんのあの時の行動をどう思うか、そして僕の希望は素面で彼女と話がしたいということだが、それはどうなのかを訪ねた。 彼女の答えはこうだった。 「姐」さんはこのイベントの第1回目からの参加者で、主催者グループと仲も良く、謂わば常連さんだった。主催者の女性いわく 「彼女は繊細で、ちょっと変わった女性だと感じています。 それほど“フレンドリー”というタイプではない印象です。」 とのことだった。最近は「引きこもり」と称してオフ会にも顔を出さなくなっていたが、今回久々に参加したとのことだった。あの時は、酒が入っていたので、それも久々の酒だったので、暴走していたようである。 さらに、タイミングの悪いことに、彼女には現在もうひとつの問題があったのだ。彼女が入っている全く別のコミュの主宰から、「引きこもってないで出ておいでよ」的なことをしつこく言われていて、それを「姐」さんは嫌でたまらないと感じているのだという。 「私は放っておかれるのが好きなの!構われたくない!」 と彼女は言っていたそうだ。 そういったことを考えると、今このタイミングで誘うのは、「姐」さんを追い詰めることになるのではないかというのが、主催者の女性の感想だった。
これを受けて僕は、「姐」さんにメッセージを出した。そして、よかったらマイミク(mixi上のお友達。それぞれのページが直接リンクする)になって欲しいこと、もし気が向いたらメッセージが欲しいこと、そして、本当は会って話したいが、それも気が変わったらでいいこと等を伝えた。 僕は祈るような気持ちで彼女からの返信を待った。もし迷惑な奴だと思われていたらどうしよう、うざいから無視しようと思われているんじゃないか、そういったことが僕の頭を駆けめぐった。 そして、木曜日、やっと彼女から返信が来た。 「構われると逃げる性格だったりします。マイミクはいいですけど、mixiはあまりログインしないし、足跡(閲覧記録)を着けたくないので、コミュをチェックして終わりだったりなんです。」 そんな内容だった。そういえば、主催の女性も「姐」さんについて、 「人間関係に距離をとるタイプなんです。」 と書いていた。 確かに、あの時の彼女とは別人のような、ある種そっけない、そしてシャイな感じの文面だった。
しかし、内容はともかく、彼女からメッセージが来たこと自体が僕にとっては嬉しかった。早速僕は「マイミク申請」のメッセージを送った。そこにも、「気が変わったら、会って話をしたい」と書いておいた。あくまでも、彼女の気持ち次第ということいを強調したのだ。 さらに数日後、彼女から「承認」のメッセージが届いた。そこには、 「取り敢えず承認しましたけど、素面だとテンション低いし、mixiのログインも少ないのです。」 と書かれていた。 なるほど、距離を測ろうとしているなと僕は思った。しかし、マイミクになることを承認した段階で、彼女は僕を無視や拒絶はしていないことは事実だと思う。
これが第一歩なのか、これで終わりなのか、僕にはよく分からない。過去の数多の事例において、僕は「期待」を「確信」と取り違えて、随分と痛い目にあった。ぬか喜びは禁物である。 一つ言えることは、彼女と同様、僕も他人との距離を取ろうとするタイプだ。だから、なかなかうち解けられない。どんな集団の中にいても、僕には常に孤立感がある。相手へのアプローチの仕方が分からないのだ。そして、おそらく「姐」さんも同じタイプなのではないかということである。 あの時、「姐」さんはしたたか酔っていた。しかし、僕の中の何かと、彼女の中の何かが、一瞬でも「共鳴」したのではないかと僕には思える。 心の奥底に、他人には触れさせたくない深い闇のサンクチュアリを否応なく抱えている。それが、あの時間の中でお互いに分かったのではないのだろうか。「姐」さんの場合、それが久々の酒が見せた幻想なのかも知れない。そして僕は、酒を通して浮かび上がってきた「姐」さんのいつもとは違う顔の中に、そのサンクチュアリの存在を見出した。それもまた幻想なのかも知れない。 だから、彼女は初対面である僕にもたれかかった。
それがそれが幻想なのか、真実なのか、何としても僕は確かめたい。 もしかすると、僕が彼女の心の一番奥、サンクチュアリへと通じる扉の鍵を持っているのかも知れない。そして、「姐」さんが、僕の心の一番奥、サンクチュアリへと通じる扉の鍵を持っているその人なのかも知れない。 それを確かめたいのだ。 たんなる酒の席のよくあるエピソードなのか、それともお互いが無意識のうちに「共鳴」したのかでは、天と地ほど違う。僕は、後者であって欲しいと思う。 そして、もう一度彼女をちゃんと抱きしめたいと思う。
僕は彼女にメッセージを出そうと思う。 いつでもいい、酒が入ってもいい、是非一緒に会って話がしたい。勿論、あなたの気持ちが向いたらでいい。僕は待っている。
僕と「姐」さんが再び会う日は来るのだろうか。それとも、これでお終いなのだろうか。 そういえば、今回のイベントのタイトルは、7月発売の中島みゆきのニューシングルのタイトルに因んで「一期一会」だった。
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