思考過多の記録
DiaryINDEX|past|will
『笑いが一番』というNHKの園芸番組の公開録画に、観客として参加してきた。日曜日の昼間という時間帯に相応しく(?)どちらかというと世間的には賞味期限の切れてしまったような芸人さんばかりが出演する。具体名を挙げると何かと差し障りがあるかも知れないが、例えばB&Bとかテツandトモといった感じだ。ニュアンスは理解してもらえると思う。 要は、旬が過ぎてしまった芸人さん達だ。人気も力も絶頂期を過ぎているが、知名度はある。そんな人達である。そしてNHKは、そういう人達しか使えないという宿命を持っている。
今が旬であり、人気絶頂の芸人さん達は、特にお笑いの場合、毒やアクが強すぎるので、「皆様の」という冠がつくように、万人に広く受け入れられるようなものしか提供できない公共放送のNHKに出演するのはきつい。尖ったものは、世間にはなかなか受け入れられないのである。 芸人さん達の芸が徐々にメジャーになり、やがて消費され、それにともなって角がとれてくると、漸く世間は彼等を認め始める。すると、次には「定番」としてNHK的な世界で生き延びるという道が開けるのだ。勿論、誰もがそうなれるわけではなく、角を落とすことが出来ないままに、やがて飽きられ、忘れ去られていく芸人さんの方がずっと多い。たけしのように、ある程度毒や癖を残したまま生き延びられるのは希有な存在である。 世間に受け入れられるために、「ある程度面白い」ことを目指して丸くなるのか、それとも尖ったままで世間に自分たちの芸を問い続けるのか、これはなかなかに難しい選択であろう。そして、丸くなったからといってみんながみんな世間に受け入れられるとは限らないことは言うまでもない。
僕自身は、彼等の芸を生で見るのは初めてだった。テレビでは何回も見たことがある芸人さんもいたので、ある程度の予想はついていた。しかし、実際に生の芸に接してみて、僕はそのパワーに驚かされた。正直言って、ネタとしては特別面白いとは思わないものが殆どだったが、それを演じる彼等の存在感は圧倒的だった。テレビの向こう側にいる人達を惹きつけるためには、このくらいのパワーやオーラが必要なのだと実感した。やはりテレビは、空気や雰囲気といった多くのものをカットしてしまう。だからこそ、それを凌駕するだけの力を持っていなければ生き残れないのだ。 そう考えると、この人達が「旬」であり、尖っていた頃のパワーはいかばかりかと思われるのである。勿論、ただパワーがあるだけではだめで、例えば江戸屋子猫師匠のように、確かな技術に裏打ちされていなければ世間はすぐにそれを見抜く。
「お笑い」というと、エンターテインメントの分野では一段低く見られがちだが、人を感動させるより笑わせる方がずっと難しいのはよく知られている事実である。よく「天然」というが、「天然」はキャラクターが飽きられたらお仕舞いである。笑いを突き詰めるためには相当な計算と、確かな技術、そしてキャラクターと、いろいろなものが揃った状態になっていなければならない。NHK的な世界で生き延びられる人というのは、ある意味それがバランスよく保たれている人達なのだろう。その意味では、確かにつまらないかもしれないが、その状態をキープし続けられているということにおいて賞賛に値する人達だし、なかなかその域に達するのは難しいのだと思う。
目の前にいるお客さんを確実に楽しませることに前身全霊を賭けている。「定番」の位置にいる筈の彼等からは、ある種の気迫がひしひしと伝わってきた。もうかなりのお歳である内海佳枝師匠の芸も、種類としては古いが決して枯れてはおらず、そんな気迫に満ちていた。 それは、当たり前のことだが、彼等が‘プロ’だからであろう。 思った以上に楽しめたと同時に、いろいろなものをもらえた気がする貴重な時間だった。 と、僕に思わせた彼等の芸は、やはり本物だったのだろう。
梅雨が明けたばかりの日曜日の夕方、僕は僕の愛する人と会った。 前に会ったときは風邪をひいていた彼女だが、漸く体調は正常になったようだった。まさにそのとき、僕は彼女に自分の思いを伝えていたのだ。そして、彼女と実際に会うのはそれ以来だった。 ここまでの数週間、メールの遣り取りはあったが、それは僕の方からの一方的なものが多かった。彼女に対する強い思いや、これといって意味のない何気ないものまで、僕はいくつかのメールを送ったが、彼女はそのいちいちにレスをしてこなかった。そして、僕はそれでもいいと思った。
彼女は僕の思いをどう受け止めたのだろうか。 彼女と僕の他は、その場に立ち会った人はいない。したがって、第三者は必ずしも正確な分析が出来るわけではない。同様に、その場にいた当事者の僕と彼女が、各々認識したその場の状況の姿が、僕と彼女の関係性の真実を映しているわけでもない。そんなわけで、真実はこの状況を直接的に、または間接的に知っている人間の一だけ存在するとも言えるのだ。 彼女に対して僕の思いは伝わっていないという人もいれば、きっと分かっている筈と言う人もいる。そしてまた、僕が彼女に対して明確な「答え」を求めなかったことに対しても、ではあなたはどうしたいのかと問う人もいれば、現時点ではそれで正解だったという人もいる。ここでも真実は意見を述べる人の数だけあるだろう。 しかし、いずれにしても、僕と彼女はある一つの道を選ばざるを得ないということもまた、明確なる事実だ。それが、いつになるのかは、今のところ誰にも分からないのだが。
あんなことがあって初めて会ったというのに、彼女は戸惑いもせず、その口調に影がさすことはなかった。ただ彼女は、真っ直ぐに僕を見た。僕もまた、気恥ずかしさも、決まりの悪さも感じなかった。そして、僕と彼女は、新宿の雑踏の中を並んで歩き始めた。 そして彼女は、いつものようにお腹を空かせていた。 歩き始めてすぐに見付かった店に入り、テーブルを挟んで向き合ったときも、僕と彼女は驚く程平常心だった。どうしてこんなに気持ちが落ち着いているのか、自分でもよく分からなかった。そして、不思議なことに、気持ちは全く高ぶっていないのに、僕は彼女の存在それ自体に惹きつけられていた。 僕はよく話し、彼女はよく食べた。
「私は器用じゃない」と彼女は言った。それは、僕がまた一緒に芝居作りをすることの可能性について語っているときだった。それは確かに、僕の望んでいた答えとは違っていたけれど、不思議と僕は絶望したりしなかった。そして、以前ならばその言葉から僕自身と距離を置こうとする意味を感じ取って、打ち拉がれたり動揺したりしただろう。しかし、僕はそんな精神状態にもならなかった。 それどころか、僕は彼女の存在の確かさをますます強く感じ取っていた。それは、僕の心の奥の奥にある扉を彼女がいとも簡単に開けることができた理由とも繋がっているように思える。 そして、だからこそ僕には、きっとこの関係性はそう簡単には途切れないという、何の根拠もないのに反論の余地もない程正しいように思われる予感がある。 あの日、彼女が真っ直ぐに僕を見たこと。彼女が語る言葉に余計なニュアンスが含まれていないこと。それだけで、今の僕には十分なのである。
彼女の存在を前にしたとき、「好みのタイプ」などという議論が如何に空虚なものかが分かってくる。 舞台の上では突拍子もなさや力強さが強調される彼女だが、僕の目の前にいる彼女のたたずまいの中には、僕は凛とした強さや女らしい柔らかさや、可愛さや美しさやのエッセンスが紛れ込んでいるのを感じる。 何故僕がこんな気持ちになったのか、今もって僕は説明することができない。それをどう伝えるべきなのか、彼女にどんな「答え」を求めるべきなのか、僕には分からない。そしてたぶん、彼女は「答え」を持ってはいない。 それでも僕は彼女に、何物にも代え難い、そして隠れもない、彼女自身がそこに存在することを感じる。そこにこそ、僕と彼女が出すべき「答え」に至るヒントが隠されているように、僕には思えてならない。
七夕の夜、今回の芝居の主演女優と美味しいお酒を酌み交わしている時、ロンドンで同時爆破テロが起こった。通勤時間帯の地下鉄とバスが狙われ、多くの無関係の市民が巻き添えになった。犠牲者の数は今後も増えそうだという。 テロが憎むべき犯罪であることは論を待たないが、実行犯を追い詰め、捕まえるだけでは物事が解決しないのも事実である。 犯行声明が信用できるものかどうかは別として、今回の事件の背景にも、ニューヨークからマドリードへと続く都市でのテロ事件と同じ構図が透けて見える。アメリカの有志連合に対する攻撃だ。また、今回のテロがサミットの時期を狙い撃ちしたものだとすれば、そこにはもう一つ、「経済格差」というものも絡んでいるだろう。
ブレア首相がいくら「今回のサミットでは貧困問題の解決も主要なテーマだった」と言ってみたところで、それがあくまでも「先進国」=経済的に豊かな国々の視点からのものであることを、貧しい国の人々は知っている。結局G8の国々(勿論日本も含む)は、援助の見返りやそこに眠る資源の分け前にありつくことを期待している、いやむしろそれを主に追求しているに過ぎない。まるで、ほどこしの札束で頬を叩きながら、相手の懐に手を突っ込んでいるようなものだ。そんなことは、もう世界中の人々が見抜いている。 そして、国際社会を事実上牛耳っているのがこれらの国々だとすれば、彼等のやり方に対する異議申し立てが、まともな手段によっては不可能だと考える人々が出てくることは必然である。
もともと貧困などの問題があったところに、「宗教」「人種」という差別や偏見という新たな要素が加わり、その土壌の上に「テロ」の種は撒かれる。さらにその上から、ご丁寧にも「テロとの戦い」という強行手段が生み出す「憎しみ」という養分が与えられるわけだ。 これでテロが起こらない方が、むしろ不思議である。 何度も言うが、問題はテロを生み出す土壌が存在し続けていることであって、それを取り除かない限り、警察力や軍事力で押さえつけようとしても、永遠にいたちごっこが続くだけである。テロリストや武装勢力の人間を1人殺せば、おそらく2,3人の新たなテロリストが生まれるのだ。
僕はついこの前上演した『Stand Alone』という作品で、この武装勢力(テロリスト)のことを取り上げた。そこでは、主人公で武装勢力ナンバー2の女が、戦いの中で仲間や大切な肉親を殺され、何もかも失ってしまった時、今までとは違う生き方を選択することで僕力と憎しみの連鎖から降りていく姿を描いた。 僕の中では、それは綺麗事ではない。本当に暴力の応酬を終わらせ、物事を建設的に解決していくためには、どんなに遠回りでもそれが最も確実な方法なのである。それは、どんなに強力な武器を持っていても、決して自分達の生命と安全を守ることができないことと同じである。本当の平和は、戦力の完全なる放棄によってしか訪れ得ない。
本当の意味でのテロとの戦いとは、人々が暴力によってしか現状を変え得ないという深い絶望を抱くような構造を、一刻も早く変革していくための営みである。強い意志と、勇気と、そして英知を結集しなければこの実現は困難であろう。しかし、本当に世界が恐怖と憎悪から解放されるためには、遠回りでもそれを着実に推し進めるより他に、有効な手だてはない。治安対策の強化は、本来はそれを補完する役割に過ぎないのだ。
ロンドンの次は何処が狙われるのだろうか。ブッシュの「犬」・小泉を首相にいただく我が国の首都・東京の名も、既に囁かれ始めている。『Stand Alone』は、東京都内で日本人の武装勢力が、白昼に路線バスを襲撃して乗客を拉致するところから物語が始まる。そんな世の中が、もしかするともうすぐそこまで迫っているのかも知れない。 あの都市で起きたことが現実になるかも知れない。僕の脚本の世界が現実になるかも知れない。僕達の「今、ここ」はそんな場所なのである。
僕達がするべきことは、何だろうか。
2005年07月05日(火) |
時の流れと空の色に何も望みはしない様に |
今回の芝居で、僕はある役者さんと出会った。 その人のことを、僕は数年前に一度だけ舞台上で見かけ、その後ネット上で少しだけ話をしていた。 そして今回、彼女は僕の芝居のメンバーとなった。初めて出演を要請するために会ってからほぼ半年、稽古に入ってから2ヶ月足らずの間だったが、僕と彼女は、他の仲間達と共に同じ時間を共有し続けた。 そして彼女は、僕が二度と開けるまいと固く決意していた、心の奥底の「愛」の扉を、いとも簡単に、ごく自然に開けたのだった。
本当のしあわせは目に映らずに 案外傍にあって気付かずにいたのですが…。
かじかむ指の求めるものが 見慣れたその手だったと知って
あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを 守る為なら少し位する苦労もいとわないのです。 (椎名林檎『幸福論』)
そう、あまりにも自然に、彼女は僕の心の奥に浸透した。 彼女と話していると、あまりに自然体で、あまりに無防備で、それでいてとても心地よい自分でいることに気付いた。よく思われようという気持ちも、自分を過大評価も過小評価もしない、そんな自分がいることに気付いた。 そして、気付いた。 彼女こそ、僕が自然に寄り添える女性(ひと)なんじゃないかと。
公演最終日、開演直前の舞台袖で、僕と彼女は抱き合った。その前の日、いつもは握手だけの開演直前の「宜しく」の挨拶で、彼女は初めて僕の背中に手を回した。みんながやる軽い抱擁だった。しかし最終公演の前、彼女は腕に力を込めた。僕も、彼女を抱いた腕に力を入れた。 それは、最終公演前の高ぶった気持ちがさせたことだったのかも知れない。 けれど、僕はそのとき決心した。 劇場の舞台袖ではなく、日常の世界で、彼女を抱きしめようと。 そして、気付いた。 僕は、きっと彼女を愛しているのだと。
彼女は、ときにやりすぎるくらいのパワーで、僕の芝居を支えてくれた。同時に、そんな彼女に、僕自身精神的にどれだけ助けられたか分からない、 そんなことに対するお礼と、そして、僕の素直な気持ちを、どうしても彼女に伝えたいと思った。それをしなければ、絶対に後悔すると思った。 そして僕は、彼女に「愛」という言葉を使わずに、愛を伝えた。少なくとも、そうしたつもりである。 風邪気味だった彼女は、自分の許す時間いっぱいいっぱいまで僕に付き合ってくれた。そして、素直に僕の言葉を受け止めてくれた。少し戸惑っているようだったが、戸惑いながら、喜んでくれているようだった。 夜、僕はだめ押しのようなメールを送った。翌日、彼女からのレスはなかった。
そして、今夜。 再び僕は何気ないメールを彼女に送った。程なく、彼女からレスがあった。 それだけだったが、僕は十分に幸福だった。 彼女が、同じように幸福だったらいいのにと、少しだけ思った。
もしも彼女にこの思いが通じなかったとしても、彼女と出会えたこと、そのことだけで十二分に僕は満たされる。 彼女が存在すること。そのこと自体が僕に勇気を与えてくれる。 今の僕には彼女のために何も出来ないけれど、それでも僕は、惜しみなく彼女を愛し続けようと思う。今、その気持ちを僕は抑えることが出来ない。それなのに、僕はとても自然体だ。 高ぶっているのに、穏やか。彼女は、ごく自然に僕の心の扉を開けたのだ。 人を愛するなんて何年ぶりだろうか。でも、そんなことを意識させない程、彼女の存在は、ごく自然に、僕の奥底に浸透していく。
時の流れと空の色に何も望みはしない様に 素顔で泣いて笑う君のそのままを愛している故に あたしは君のメロディーやその哲学や言葉、全てを守り通します。 君が其処に生きているという真実だけで 幸福なのです (椎名林檎『幸福論』)
2005年07月03日(日) |
Stand Alone,again |
僕の作・演出としては1年7ヶ月ぶりとなる舞台『Stand Alone〜真っ直ぐな線を引いてごらん〜』が終了して、今日で1週間が経った。この日記も随分とご無沙汰していたが、そんなわけで公私ともに忙しかったのである。 今回の芝居のメンバーで初めて顔合わせをしたのが4月23日。翌日が稽古開始だった。それから2ヶ月。初稽古の翌日にJR福知山線の脱線事故が起き、ひしゃげた車両が取り除かれ、線路が外された。そして復旧作業は進み、稽古終了間際に運転が再開された。それだけの期間、僕達は1本の芝居と格闘していたのだ。 実際に公演の具体的な話が始まったのは去年の末頃だから、それから考えれば、ほぼ半年にわたって僕は芝居に関わっていたことになる。
今回の公演が成立するに当たっては、いつもながらに大変な紆余曲折があった。頼んでいたスタッフさんが次々とNGになった。キャストもなかなか決まらず、最後の役者が合流したのは公演1ヶ月前を切っていた。そして、ちょっとした行き違いから、キャストを1人降ろした(これは僕にとって初めての経験だった)。 しかし、危機にぶつかる度に、何とか公演を成立させようと、多くの人が奔走してくれた。いなくなったスタッフさんの代わりに急遽お願いした人達は、みな快く仕事を引き受けてくれた。降ろしたキャストの代わりにお願いした人も、忙しいスケジュールを縫って参加してくれた。途中参加の人も、「どうしても」と泣きついたのに応えてくれた。 結果として最初に想定していたのとは少し、いやかなり違ったメンツになった今回のメンバーだが、その結束力は固く、稽古場は和気藹々とした雰囲気だった。初めて稽古場を訪れた今回初参加の制作スタッフの人は、 「思ったよりも雰囲気が良くてよかった」 と感想を漏らした。 まるで、はじめからこのメンバーが揃うことが想定されていたように、まとまりのいいチームができあがっていた。まさに、奇蹟だった。
芝居の内容自体はかなり重いものだった。また僕以外の全キャストが、全編にわたって一人二役以上(多い人は五役)を演じるという特異な構造もあって、役者一人一人にかかる精神的・肉体的負担は相当なものがあった。しかし、彼等はそれを果敢にやり遂げたのである。彼等の中には、終演直後に様々な思いが渦巻いたに違いない。 主演を勤めた女優は、公演終了後も役の気持ちが消えず、現実感のない毎日を過ごしていたという。まるで、マラソンランナーが全コースを走りきり、ゴールに倒れ込んでもまだ自分の中でレースが続いているという感覚だろうか。それくらい、彼女の中でこの作品と演じた役の存在は大きかったということである。また、それだけ彼女がこの作品に全身全霊をあげて取り組んでいたということでもあるだろう。 実は、彼女とは公演の準備段階から、裏のことも含めていろいろと話し合って進めてきた。それだけ苦労を分かち合ってきたということだ。そんなこともあって、公演が終わったことへの感慨は、他の参加者にも増して大きかったに違いない。
僕の集団は「ユニット」であるため、公演毎にメンバーが替わる。すなわち、メンバーは一期一会ということである。どんなに素晴らしい人達と出会っても、基本的には1回で分かれなければならない。そこが劇団と大きく違うところだ。 まるでここは「広場」のようである。いろいろな場所から集まってきた人達が、一時グループを作って芸を披露し、終わるとまたそれぞれの場所に帰っていく。または、新たな出会いを求めて散っていく。 みんな、広場を通り過ぎていく。 先に書いた主演女優は、本番のビデオを見る度に、仲間や愛する人を全て失ってしまった自分の役の悲しみに、もう稽古場であの仲間と会えない自分自身の寂しさを重ねて、毎回涙しているという。しかし、やがてはその気持ちさえも、彼女の中から消えていくだろう。 参加者達は、みな既にそれぞれの集団に帰り、また新たな場所で、新たな活動を開始しているのだ。懐かしい人達、お馴染みの人達と再会し、これからの話をしているだろう。僕達のあの日々は、既に彼等の中では「過去」の1ページに変わっている。
そして、僕はたった一人、ここに残っている。 勿論、寂しさは禁じ得ない。けれど、この形態で芝居をしている以上、これは宿命といえよう。 僕は今、あの仲間達と出会えたことに対して、感謝の気持ちでいっぱいである。この芝居を一緒に作ってくれた、この力のない僕に最後まで力を貸してくれた、そしていろいろなことを教えてくれた、素晴らしいスタッフ、キャスト、そして全ての人達に、心から「有り難う」といいたい。 この気持ちは、どんな言葉でも言い尽くすことはできない。 今回の作品で、僕は人と人とのつながりの大切さを描いた。今回の公演を終了した今、僕は改めてそのことを実感している。 今回の公演に際して、残念ながら関係が切れてしまった人もいる。これに関しては、本当に心残りだ。また、逆に新たに関係を結べた人もいる。これを機に、再びいろんな人と結びついていこうとしている人もいる。 そんな全てのことを含めて、僕にとってこの2ヶ月は、まさに宝物のような時間だった。
そして、僕は今‘Stand Alone’状態に戻っている。 しかし、いつかまた、素敵な人達と関係を結べて、素晴らしい舞台を作っていける日がきっと来る。そう信じて、これからもここで生きていきたい。 そんな万感の思いを込めて。
さらば、『Stand Alone』。
|