日記...マママ

 

 

- 2004年05月31日(月)

週末は、東京に住んでいる高校以来の友達の瑞恵ちゃんが会いに来てくれた。
民生のライブを一緒に見に行って、温泉に入って、カラオケで歌って、3時間寝て、彼女は飛行機で東京に戻った。

空港に迎えに行ったとき、到着口で瑞恵ちゃんの姿を見つけた瞬間、自分が心からの笑顔になったのがわかった。私は最近ほんとに無味乾燥な生活を送ってて、心から笑う、ということが少なかった気がするのだけど、彼女の姿を見た瞬間、自然と顔がほころんだのだった。久しぶりに会えて嬉しかった。

話したいことがたくさんあったのだけど、なかなか上手に言葉にできなかった。あと写真もいっぱい撮ればよかったなぁ、とか、どうせ熊本なら醤油ラーメンではなく豚骨ラーメンを食べさせてあげればよかったなぁ、とか、いくつか心残りはあるんだが。

何も考えないで、一生懸命遊んだ。
楽しむために楽しんだ。それがものすごく久しぶりであったことを思い出した。なんの利害も絡まない、ただお互いの気持ちでつながっている人と一緒に笑って過ごせるのは幸福なことだと思った。
同時に、こんなに時間に余裕のある生活をしているのに、毎日を楽しむという心を忘れがちだとは何事か、とちょっと反省した。


やっぱり、学校に行きたい、と思った。
前からぐだぐだ何を悩んでいるのかというと、学校に通い直したいと思ってるんですよ。私は。
勉強したい。
自分でも驚きなのだが、私のこういう衝動はだいたい思い始めて1ヶ月もすればどこかに消えてしまうのが常だったのに、もうかれこれ半年は思い続けている。驚きだ。
将来のことを現実的に考えたとして、決して無謀な道ではない。むしろ学校できちんと勉強していれば、その後は堅実で安定した仕事に就ける。まずは学校に入るところが大変なんだが。



彼女に話を聞いてもらって、再確認できた。
私はやっぱり学校に行き直したい。一時の気の迷いではなく、確かにそう思っている。

「歌に人生を左右されることもある、という感覚がよくわからない」というような話をしてたのだけど、多分、瑞恵ちゃんは、何か大きな決断を下すときに最後に背中を押すのが、歌とか本とか身近な人のことばではなくきちんと自分自身なのかもしれない、と思った。「自分で決める」って当たり前のことなんだけど、実は何かに背中を押してほしくてしょうがない人って結構多いのだ。今までの私も含めて。本当の意味で「自分」で決断を下している人って、案外少ないような気がする。
だから瑞恵ちゃんのそういうところが好きだ。
私は、今回は、最後は自分ひとりで決めたいと思った。


あと、民生はやっぱりかっこよくてかわいくて、だるだるだけどやるときはやる人だ。好きです。憧れです。


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- 2004年05月26日(水)

なんにしても、日本は豊かな国だなぁと思う。

豊かな日本でぬくぬくと、やりたいようにやりながら暮らせている私。
お気楽だ。

ほんとにお気楽だ。



眠い。
寝よう。

あー。もうずっと一人でいいや。結婚とかいい。
したくなったらすればいいや。
20代で結婚とか考えるからアレなんだ。難しくなっちゃうんだ。

一人で生きていける力を、身に付けよう。
それがいいんだ。
そうしよう。




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振り子のように - 2004年05月22日(土)

全能感と無力感の間を行ったり来たりする。
いい加減にして欲しい。我ながら。
疲れる。

もう、エンジニアで十分じゃないか。十分。
本気で努力すれば、まだまだ挽回可能なところに私はいると思う。

いや、それでは、何のために前の会社を辞めたのか。
自分が本当にやりたいことを貫きたかったからじゃないのか。

そこで考えが止まる。
やりたいことがハッキリしてるのならあとは突き進むだけじゃないか、という話なのだが、致命的なことがひとつあり、

それに足りるお金が私にはない。
もちろん奨学金とかいろいろ勘案しての話で。


うちは貧しくはないし、世間並みに蓄えはあるが、弟の大学受験を控えている上に父は退職しているので、貸して欲しいと頼むのははばかられる。はばかられる上で頼んでみたのだが、やはり断られてしまった。

もう一度、土下座して、必ず返すから、と誠意を持って訴えてみようか。
一度目で断られたのは試されてるのもあると思うし。(希望的観測)

「お父さん、お母さん!!僕に娘さんをください!!」的な勢いで頼み込んでみようか。
「娘さんと、どうしても結婚したいんです!!僕には娘さんしかいないんです!!お願いします!!」って。
まぁ娘さんは自分なんだがね。ワハハハ。
はぁ。一体何言ってんだ。

正直親子関係はかなりギクシャクしてて、お互い地雷を踏まないように非常におそるおそる対話してる感じなんだが、手の平を返したように今更しおらしいところを見せられてもなぁ、と多分父なんかは思うんだろうけど、そんな風に思われても仕方ないことを私は確かにしてきたのだし。
その上で、できればもう一度だけチャンスをくれないか、と頼んでみようか。


あぁ。親不孝のツケって、こんなところで出てくるのか。
ごめんよこんな娘で。

若いときに怠けたら、やっぱりツケは回ってくる。
学生諸氏はどうか勤勉でありますよう。


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続いているもの - 2004年05月13日(木)

大学を出るときと転職するとき、R-CAPを2回受けたのですが、見比べてみると、自分がどういうことに興味を持っていてどういうことに満足感を得やすいのか、ちゃんと見えてくる。そのときどきの自分の状況に忠実に結果が変わっていってるのが何だかおかしいが(劣等感の塊だった学生時代には権力あるいは癒しに関わる仕事に関心を持っており、裁量の幅と背負う責任が大きすぎて仕事を持て余していた時期には単純作業や残業の少ない仕事に魅力を感じていたようだ)その中に、きちんと一貫性が見える。

見ているうちに、なんだか嬉しくなってきた。
ちゃんと私の中に、脈々と続いているものはあるんだな、と思うと。
ひとりでニヤニヤしていた。

心のひだの奥深くまで、見なくてもいいのかもと思う。
私は、考えるふりをしながら、自分を知ろうとしていなかったような気がする。本当は、殻に閉じこもり、自分を守ろう守ろうとしていたような気もする。そのために、いろいろなことを考えていた。ような気がする。

木を見て森を見ず、とはこういうことを言うのだろうか。

寝てばかりいた4年間に、もっと真剣に考えなければならなかったことだ。
自分の人生を投げて、いじけて、ぐれていたのだと思う。たぶん。

性格は、そう簡単には変えられない。
あれこれ屁理屈をこねて自分に言い訳する性格も、そう簡単には変わらない。人と話すときにすぐ緊張する性格も。

やっとやっと、真面目で真摯で、自分を当たり前に大切に出来る(ここ大事)、私が起き上がってきた。ような気がする。

長かった。ほんなこつ長かった。
寝すぎだよお前。
けど、こいつが寝ててくれたおかげで、たぶん私の人としての幅は少しだけど広がった。挫折を経験して、そこから立ち直れたら、きっと強くなるのだ。そうして精神的に逞しい人間になりたい。


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エステ - 2004年05月11日(火)

生まれて初めてエステというものに行った。
インターンの練習台だからお金は払ってない。

顔を小さくしてもらった。

本当に小さい。
垂れてない。
チークがすごく映える。
女優だ。もうこれは女優だ。テレビに映されても大丈夫だ。
というのは嘘ですが。
私の顔はこんなに小さくなり得るのかと驚いた。
高い金払って行くはずだよな。


眠いので寝ます。



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- 2004年05月09日(日)


それにしても、

暗い
自分は
もう嫌だ。

改行まで付けて書いてみた。


母の日イベントは、来週、母の誕生祝いと一緒に行われるので、とりあえず今日はグリーティングメールを送った。




私のマイナス思考の底に潜むのは、甘えと過剰な期待感。
こんな思考回路は嫌だ嫌だ嫌だと唱えている時点で既にマイナス思考だ。


難しく考えなくていい。
やりたいようにやればいい。生きたいように生きればいいのだ。


で、思うのだが、
取り返しのつかないことって、世の中には結構あるらしい。
取り返しのつかないことなどない、なんて大嘘だ。信じてはいけない。
そりゃ、それを言い訳に努力を放棄しちゃだめですけどね。




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模様替えをしています。 - 2004年05月05日(水)

しています、というのはまだ途中だからだ。
パソコンを動かして配線一式挿し終わり、ネットに繋がるかどうか試していたらいつの間にか日記を書き始めていた。
これからまだ本棚を移動する予定だし、居間に敷くかわいいマットも買いたいし、テーブルも、ソファかリラックスチェアも一脚買わなくちゃいけなくなっちゃったし、あぁ困った。

うーん。べつに義務ではないし困る必要もないんだよ私。

もと情報処理技術者のはしくれなのに、いまだに広帯域ネットワークの仕組みがきちんと理解しきれない。今まであったルータを取り外して単体での接続に戻したんだが、パソコンの設定をそれに伴って変えなければならず、ウィザードで勘に頼って新しい設定を作ってみたら一発成功したので多分コレでいいと思うんだが、今まではどのようにして繋がっていたのか、本当にこれでいいのか、こんなにあっさり繋がるということはなんとなく自分は接続にまつわる契約を余計にしてるんじゃないかという気もするし、そのへんもADSLの導入時にある程度勉強してるから間違いないはずなんだが、今は何が何だかわからなくなって過去の自分に対して疑心暗鬼になっている。なんだか悲しい。後で勉強しなおそう。


そういえば今日起きてから何も食べてないことに気付いた。
洗濯を4回もしたからだろうか。
ミッフィーのぬいぐるみがたばこの脂で黒ずんでいるのにどうにも心が痛くなり、かといって洗濯機にかけるのも微妙に心が痛むんだが、なるべく洗濯槽の中で回転中にボコられないようにぎゅうぎゅうに詰めて(洗濯の効率は悪そうだ)エマールで洗ってやった。
いやー。白い。白いよミッフィー。
半年前にも一度洗ったけどね。
今はベランダで日向ぼっこ中のミッフィー。大小さまざまのミッフィー。


あ。もう夕方だよ。
GW終わっちゃうよ!
やばい。早く本棚を移動させねば。



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買い物の功罪 - 2004年05月04日(火)

「功罪」だなんて何でも大げさに言い立てるのが私の悪い癖なのですが、買い物って奥が深い。

鳥栖プレミアムアウトレットでは、箍が外れたように洋服を買いまくってきた。
実際、箍を外していた。意識的に。

すごく満足した。欲しいと思っていたものはほぼ買った。
この満たされた征服欲。充実感。達成感。
高速代を差し引いても十分お釣りが来るほど割安で(やや古いシーズンの物だが)たくさんのものを買えたことで「やりくり上手の私」気分も味わえた。

今年の夏はこれで十分いける。
あとはTシャツ2,3枚とサンダルを一足買えばよかろう。


有田の陶器市は大雨だったからまともに見て歩くことができず、屋内にたくさん品物が陳列してあるお店を数件回っただけだが、陶器に凝ってひとつ5000円の湯呑みを買ったりする母の気持ちが改めてよくわかった。
すんでのところで一枚6000円のパスタ皿を買いそうになった。一枚だけ。

いや、買ってもよかったんだけどさ。
それ一枚あったって、うちにある他の食器とあまりにもそぐわないのは明らかだからやめておいて、とりあえずかわいく夫婦茶碗とか買ってみた。


物欲って本当にきりがない。
一度ストッパーを外すと、どこまでも上質の物を追求したくなる。
妥協して中等レベルのもので治めておくぐらいなら最初から100均のもので済ませておいたほうがいいような気もする。
あぁ。こわいこわい。

何にお金をかけて、何を節約するべきなのか、もうちょっときちんと考えようと思った。


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明日には - 2004年05月01日(土)

鳥栖にできたアウトレットモールに行くことになった。

欲しいものいろいろあるし、ここぞとばかりに大金を携えていくよ私は。
貧乏人のくせに。

でもいいんだ。明日は貧乏人である自分を忘れることにする。
カフェラテのCMで「日曜日は悩むのもお休みなの」というのが前あったが、その精神でいこう。
明日の私はリッチなのだ。



お金と安定と、周囲の人々を安心させたい気持ちを最優先させるのか、
今自分の中に芽生えている衝動のまま突き進むのか、

単純な二者択一ではなく、ベン図のように重なり合う部分は大いにあることはわかっているのだが。

悩む。
今の私は、どっちがより欲しいのか。
そして、どちらかを選びきれなくて悩み苦しんでいる自分のことが好きだ。
今こうして苦しんでいることは、決して無駄ではないと確信しているから。

何もやりたいことがない、どこに進めばいいのかわからない、
と苦しむのに比べたら、この悩みは、なんて楽しくて幸せな悩みなんだろう。
今の私は、好きな食べ物がずらりと目の前に並んでいて、よだれを垂らして目移りしている子供と同じなのだから。


けれど、どちらに進んでも、いつか思うだろう。
「こんなはずじゃなかったのに」と。
今は、それが少し怖い。



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