Land of Riches
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2009年12月31日(木) |
I PLAY FOR.....愛 だニャンv |
だから君は行くんだ 微笑んで
なんと今年で大晦日企画も10回目! つまり、私はLRを9年以上書き続けているのです。 我ながらビックリであります。いつまでサッカー観戦を趣味にし続けるのやら……。 そろそろ過去分を置いたり、お約束の説明もいらないですよね?(勝手) なので、いきなり本題へ突入します(ひどすぎ) 『2009年、やぶのサッカー関係で印象に残った出来事TOP(not BEST)3!!』
第3位:4/8・大学リーグ開幕直前、RKU.TOPvsレイソルサテライトのTM
今年は1位・2位が即決で、3位に何を持ってこようかだけ迷ったんですけど、 “自分にしか意味がない”という観点で、この試合に決定。 ユース卒業生がずらりと並ぶ(←ここ重要)レイソルサテライトに大敗し、 JFL開幕から引きずり続けていた不安を拭えぬまま、開幕を迎えようとする……。
この完敗の3日後だったからこそ、初戦(東海大戦)の快勝が嬉しかったんです。 あと2日でどこまで立て直せるか、キャプテンも不安を隠しきれなかったのに。
昨年のリーグ優勝はもはや過去で、今年はまた別の戦い、最悪の場合は残留争い、 最終結果として2部降格もあるかもしれない……覚悟を決め、同時に、 たとえどんな戦績が刻まれていこうと、絶対に全22試合を生観戦しようと誓い、 それを一方的に船山さんへ宣言した日でもあります(苦笑)
この惨敗がなかったら、夏のJFLアウェー行脚もなかったでしょう。 毎試合見てないと分からないことがあると学んだのも、今年の大きな収穫でした。 別の言い方をすれば、部外者はなんて適当なことしか知らずにものを言うのか、と。 どんなカテゴリにせよ、観戦雑記を書く際は心しないと、と戒めを得たのです。
ちなみに、8月には西京極でJFLを戦い、バスで戻ってきた12時間後に再戦し、 残念ながら再び0-4の黒星を喫しています。これ、月曜日だったんですよね。 日立台休館日でなければ、絶対に新幹線で追いかけていたのに…(ぶつぶつ←有休取っていた)
レイソルサテと再々戦して、勝って終わるのも野望の一つだったのですが、実現しませんでした。
第2位:4/18・J1リーグ戦レイソルvsグランパス、柳澤さん途中出場…も
リンク先は昨日UPしたばかりのエントリですけれども。 柳澤さんが久しぶりにJ1リーグ出場のチャンスを得た、それも、ベンチ入りしたのは 右SBのバックアップとしてだったのに、大津さんの負傷により巡ってきたゆえ 実際にピッチで立てたポジションは、私が思うに最も得意とする場所だった…。 ………なのに。
特に、自らゴールへ迫るドリブルを仕掛けながら、最後の最後で横パスを選んだ点が 槍玉に挙げられていたんですけど、そもそも、ベンチ入りしていながら 途中出場に対する気持ちの準備が足りないとか、つっこみどころはいろいろあるんです。
この後、シーズン通して柳澤さんが頑張っていたなどプラスの影響もあれば、 一度チャンスを逃してしまうとなかなか次はないというマイナスの余波もありました。 8月の千葉ダービー@フクアリに向かう途中、野田線車内でモバイルレイソルメールを受信し、 ベンチ入りしていると知った時、どれだけ胸が躍ったか、今もはっきりと思い出せます。 結局、柳澤さんは、その後の…RKUが空いていて、たまたま行けた3試合だけ メンバーに名を連ね、出場機会はとうとう得られなかったのですけれど。
ジュニアからの生え抜き。U-18代表での華々しい活躍。柳澤さんを見てきている人以上に 彼をあまり見たことない人は、想像でふくらませたイメージを持っていて、 幻想との落差に対して、発生した失意を実在の選手に向かってぶつけてくる。 サッカー界一般で見たら、ありがちな光景なんでしょう。 ただ、私には初めての体験だったので…野次や怒号を正当化するつもりもないですが、 それらが湧き起こってきたメカニズムを学習させられたと言いますか。
鳥栖に行けば、柳澤さんは生え抜き云々の過去・因縁を持たない、 ただのフットボーラーになります。がむしゃらに未来を切り開かなきゃいけないのです。 もちろん、それができる人だと信じてます。まばゆい光を放つのも見てきましたから。
第1位:RKU、大学リーグ2連覇!!
あえて日付は入れませんし、特定のエントリへリンクもはりません。 最終戦の船山さんは全得点に絡んで凄まじかったですし、ベストヒーロー賞も 本当に嬉しかったんですけど、どうも11/22の出来事とくくるのは抵抗があって。
前述の、不安を乗り越えての開幕戦白星発進に始まり、三ツ沢陸上での劇的ゴール2連発、 足首捻挫、天使が舞い降りた生誕祭、「キャプテンだろうが使わない」と監督に怒られ、 それを経てのロスタイム弾、肩脱臼、大臣杯予選初戦敗退、裏番中里さん降臨、 仙台牛タン美味しすぎ、後期黒星スタート、埼スタ第2での主将副将10番のコントラスト、 石川さん負傷離脱で崖っぷち…印象的な出来事を書き出したら、それだけで TOP10ランキングも余裕で作れるぐらい、いろんなことが次から次へとやってきました。 というか、RKU.TOP試合多すぎるんですよ!!!!!
けれど、終わってみたら「4年間良かった」で締めくくれるんですから。 下級生時代も思い起こしたら、割合としては辛く苦しい時間の方が長かったでしょうに。
RKUのユニフォームでは、今、4つの星が輝いてます。 毎年1つずつ増やしてきた、成績として残されている面での勲章。 それも大事だし、船山さんはサッカー選手としても大きく成長できたと 思う(と当人へ言えない私のダメっぷりは4年経っても健在…)けど、 何より、一人の人間として、同一人物と思えないぐらい(暴言)大人になってくれました。
それは熱意ある指導者、支えてくれる地域など周囲にいる大人の皆さん、 Jリーガーも多数生まれた素晴らしい先輩たち、頼もしい力量ある後輩たち、 そして木星牡羊座の学年に相応しいpassion&loveを炸裂させた同期がいたから、です。
運動量という形態で誇示される体力、ボール扱いを通して伝わってくる技術、 試合によって貫くものを自在に変化させても対応できてしまう戦術理解度、 これらも観る人を魅了できると思うけど、今年の4年生はサッカーを通して 発散されてくるパーソナリティの断片というか、サッカー人として生きる エナジーをスタジアムで振りまきまくっていて、昨年のチームとは一味も二味も違う、 ハートにごり押ししてくる(笑)メロメロにさせられてしまう魅力がありました。
うわー、本気でまとまってない!(自爆) 船山さんが流経大へ進学しなかったら出会えなかったものがあまりに多すぎて、 もうひたすら謝意を述べ続けるしかないのです、私は。 私にできるのは、ついていくことだけ、ですから。
2009年は木星水瓶座在泊で、天秤座にとっては第5室、つまり愛に生きる年でした。 今年は無我夢中でご贔屓さんを追いかけて終わりました。船山さんを筆頭に、 柳澤さん、比嘉さん、仲間くんetc.とにかく充実してて、すごく楽しいシーズンでした。 ここまでニコニコと笑って振り返れる年も、そうそうないんじゃないかと。
占いが当たっているなら、私は11月から2〜3年、辛いことが多くなるはず。 それを生きていく支えとしての、今年があるらしいです(苦笑) 来年は新しいフィールドへ飛び込まなきゃいけないのですが、今はただ、 静かに足を踏み入れる刹那を待っている…穏やかなる境地、です。
来年のことは来年になったら考えればいいんです。
最後に、10回目なので、LRを書き始めて一番のエポックメイキングでも決めましょうか。 まあ、レイソルユースとエンカウントしたことでしょうね。 あれほどまでにユースヤクザな人たちを異端視していたのに…。 Jクラブユースも、2種だと随分と一般化して、サポが来るのは当たり前、 3種だって、とされるぐらい、時代も変わってきてはいます。 それでも、レイソルの下部組織はまだまだ足りないものだらけです。
いてくれる間も、巣立った後も、できるだけ頑張って見守る。 それが観戦の軸になったのが、10回目である今回までにあった私の最も大きな変化です。
2009年12月30日(水) |
流経大TOPチーム集合写真MYチョイスBEST3 |
エンジン暖めるためにやる!(挨拶)
【第3位:前期明治戦での8本指】
前節の中央戦で、熱すぎて一発退場(自分がボールを奪われ、 絶体絶命のピンチへ陥ったところでバックチャージ)した千明さまの背番号を みんなでアピールする感動的な光景。でも実際は千明さま本人が 親友の及川さんへやってくれとお願いしたのが採用されただけだったというオチ。
背番号シリーズはこの後、何回かありましたけど、総理大臣杯予選では 肩を痛めたキャプテンの9本指もありまして、彼は人望がないから(暴言) やってもらえてよかったと心から安堵したというのが、自分的には外せないところ。
ちなみにエントリタイトルは、RKUで当時山村さんに対してよく使われていた形容 「金の卵」を、プラチナ世代にバージョンアップしてみたりとか。
【第2位:前期開幕戦での20世紀少年】
全ての始まりにして、惨敗したレイソルサテとのTMの3日後に繰り出してきた必殺技。 最終節配付MDRでも、この試合をベストゲームに挙げていた選手が何人かいましたけど、 集合写真でもプレーでも、この試合があったからこそ優勝できたと言えるエポック。
エントリタイトルは、ウルトラマンと言えばティガ一択のやぶだから。
【第1位:後期最終戦でのEXILEもどき】
見た瞬間に不安の大半が消え失せた、ある意味、伝説のパフォーマンス。 開幕戦と最終戦は対になっているのです@西が丘。
29日夜から4日夜まで、実家に帰ります。よろしくお願いします。
昨日から何店舗もかけずり回ったロクシタンの、イランイランのハンドクリームが たまたま入店する直前にキャンセル待ち分の数点だけ店頭へ出されたとか、 (新柏の)クーロンヌへ行きたいけど遠いな…と思いながら柏そごうの地下へおりたら いつの間にかパン屋がクーロンヌに変わっていた(シュトーレンはつくば店で 焼いて持ってきている模様)とか、欲しかったポストカードは浅野書店にあったとか。 最後は違うかな? でも、偶然が重なり合って、とても気持ちのいい1日でした。
※クーロンヌ柏そごう店は11/24オープンとのこと。
頭をぐちゃぐちゃとなでてあげたい。 関西大戦で、ゴールを決めたフランクさんの頭をなでていたように。 (フランクさんが決めると負けるなんてジンクスはないよ!!)
社長の鶴の一声(こういうのを鶴の一声と表現するんだと痛感…)で 発動された人事異動にウチの課長が引っかかってしまい、昨夜は送別会。
言っても信じてもらえないんだけど、私、飲み会嫌いなんだよ…。 課長は飲むのが人生だから、課長が来てから、ウチの課では飲み会が始まった。 新しい課長はどうだろう。
そんなにアルコール入ってなくても、場の空気へ酔った振りをするのには、慣れた。 隣に座った同僚の気が利きすぎて、次から次へとグラスを並べられるのには参ったが。
今の課長は、ウチの上にある…緩やかな敵対関係にある部署から来た。 だから、赴任当時はめちゃめちゃ身構えていた。お互いに。
関西人の課長は…ウチの部署になじんでしまった。 菓子を食い散らされても、我慢する方を選んだ。
課長が来た時、前の課長の送別会をして、みんなでぐちぐち言っていた。 今、前の課長時代の方がいいなんて言う奴は誰もいないと思うけど。
…そんなことが書きたいんじゃないんだ。
前の課長に、やぶさん(仮名)はこんな人だから…と言われたことがある。 それを、昨日、今の課長に、同じことを言われた。
私は人と対峙する際、相手の年齢や肩書を考慮しない。考慮できない。 仕事を通して相対する人は…能力の有無しか見ないようにしている。 能力がなくても、先輩であれば立てるのは、またそれとは別の問題。
違う人に同じことを指摘されたのが、嬉しかった。 自分はぶれていないんだ、と思った。 ぶれない自分でありたいと願っているから。
今度の課長の送別会をするまで、今の職場にいられるかは怪しいし、 その可能性は低いと思うけれど…その課長にも同じこと言われたいと感じた。
人数がどんどん減っていっている(まだまだ現在進行形…)とはいえ、 たくさんの人が同じ仕事をするセクションにいて、細かいすれ違いは絶えない。
自分探しが…占いでも心理テストでも大好きだけど、自分を浮き上がらせるには 他者と、価値観の異なる他人とエンカウントして、摩擦を経験しなきゃダメなんだ。 異なるものと並べてこそ、自分の特色は浮き上がってくる。 残念ながら、そんなものなのだ。
自分に厳しく、他人に優しく。
2010年は、公私とも(何が公で何が私かは説明できないけど)生活が がらりと変わるのは間違いない。今までずっと、不満を覚えても、 卒業するまでは…の一念で思考停止し、維持に全力を注いできたものがある。
柏に住むことも…気がつけば、柏に住まなきゃいけない理由はどんどん減ってる。 そして、給料は安くても、休みがありえないぐらい取りやすい今の仕事を死守することも。
このままではダメだと、ずっと叫び続けている魂があるのだから。
手探りで、変えていこうと、探していこうと。 覚悟を決めて、未知なる世界へ飛び込んでいこうと。 決意を。
----- シュートマシーン、って心がないみたいで嫌な呼び方。 直に触れたらすぐに壊れてしまいそうな繊細な心を持っているのに。
----- イブに(!)道具まで買い込んだ大掃除を放棄して、レッズランドへ行ってしまいました。 てへ。普通にダメ人間です。いつになったら観戦数半減は実現するのでしょうか。 しかも、今日見た新チームのオフェンス連携を楽しいと感じてしまった時点で まだまだ蟻地獄の中にいる気がします…宿痾(←これが出るとはさすがATOK)かもしれません。
大掃除はしなくても年は越せる(むしろ1月2月の方がスケジュールはゆったり)けど、 レポの清書…最悪でも大晦日企画だけはやらないと、年越す気にはなれないのが正直なところ。 もっとも、今年の第1位なんて、皆さんの予想通りですけど…。
ゆかりさんの年間占い、月曜発売のMOEや来年公開の恋愛一番星以外は 全部チェックしたかな…VOGUEだけ記事を見つけられずにいるけれど。 来年は新しい世界に飛び込む年。おそらく仕事で。
星ダイアリーも月曜から新しいのにするので、ポストカードを探してました。 (表紙へ入れる用) 家の近所へ探しに行ったのですが、桜だの菜の花だのばかりで閉口しました。 年越し前から、もう春かよ!!
…ポストカードに印刷されたメッセージは、誰かからもらえたからこそ意味をなすものじゃん?
2009年12月25日(金) |
あんなこと こんなこと あったでしょう |
「楽しい4年間」備忘録
2006年2月:審判やるのにびびる。 2006年4月:紙袋事件。この時刻まれたRKUの第一印象は結局変わらず4年経過。 2006年5月:柏U-18の龍ヶ崎訪問に行きそびれる。前日の2得点は某さん勝手に捧げられる。 2006年6月:FWへ求められる要素について勉強する。 2006年10月:東海大構内の自販機前。 2006年11月:千葉東総ってどこにあるんだよ事件。 2006年12月:見られないと年を越せないと叫ぶ乙女あり。 2007年2月:ワシントン。または、中野監督に一本釣りされる。 2007年4月上旬:開幕戦ゴールでエルゴラ半ページget。現時点での最多面積獲得実績。 2007年4月下旬:柏系ブロガーOFF会に多摩陸より参戦の大暴挙。 2007年7月中旬:総理大臣杯決勝→笠岡のハシゴ。4年間最大のインパクトを受ける。 2007年7月下旬:初めて日立台へ帰ってくる。 2007年10月:第1回池田圭先輩生誕祭。 2007年12月:「クリスマスは長居で」まさかの実現。 2008年4月:聖地・成田中台で公式戦。4年間でのワーストゲームに認定できる。 2008年5月:最も幸福な生誕祭。直後の暗転がまた痛々しく。 2008年6月:初訪問のRKU.FFに日立台人工芝にも似た“距離感”を覚える。 2008年11月:ドリームクラッシャー。 2008年12月:日立台カムバック2回目。 2009年1月:国立に爆弾投下。 2009年2月:自分が頑なに守ってきた戒めを破る。 2009年3月:夢のツートップ実現。 2009年4月:日立台帰還3回目。アベンチュリンの誓い。 2009年5月:中大戦ロスタイム、号泣の一歩手前まで陥る。 2009年6月:初めての長期離脱。 2009年8月:川澄コーチには足を向けて寝られないかも、と今では思う。 2009年11月:ベストヒーロー賞受賞。 2009年12月:平塚に爆弾投下。
バスタオルを買いました。ふかふかの…値段の割には(ここ重要)ふかふかの! そんな程度です。マイセルフプレゼント。
物に込められた気持ち、あるいは、気持ちの具象化としての物。 それがプレゼントの意味で、物のチョイス自体は、どうでもよくて。 (でも世の中の人全てがそうじゃなくて、物を気持ちの物差しにする人がいるから…)
自分へのプレゼントができないのは、相変わらず、自分が好きじゃないから。 今日も昨日も自虐を繰り返す。
「そんなことないですよ」って、いろんな人が返してくれる。 その言葉に深い意味がないのも知っているくせに…聞きたがる。 勝手に、自己承認の証だと受け止めてしまう。改造して。
大切な人を大切に思える気持ちって、とっても重要で、大事で、素晴らしいと思う! 誰かを大切に思っている誰かの様子に触れると、それだけで心温まる気分がする。 もう、自分は、そういうの、忘れちゃったから…。
だから、今日は幸せな夜なんです。そういう人がたくさんいるから。
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ものすごく嫌な予感がする。 昨日の今日で、この受け止め方はないだろ、って思うんだが。
ものすごく嫌な予感がする。 そうやって書くから、うまくいかなくなっちゃうのかもしれないけど。
なんだ、この胸騒ぎは。
だけど宿題終わってない! そんな気分。
楽しい夏休みでした。 冷静に思い起こしてみると、辛かったり苦しんだ期間の方が長そうですけど。
走り抜けた満足感と。 ゴールで待ち構えていた殺風景な景色=現実に愕然としつつ。
“しばしの休息”です。 いつも素敵な言葉をありがとうございます>Hさん
PK戦、大嫌いです。 これ考えた奴爆発しちゃえ!な気分。 それは第1試合から既に。
別にPK失敗した選手のせいで負けた訳じゃないですもの。 PK戦はくじ引きと同じだから。
そう、1月にも、同じ場所で…言っていた。 予感は…デジャヴの予感は、外れなかった、残念ながら。
けれど、悪くはないラストゲームだったと思います。 ミスしても、みんなでカバーし合う、今年のチームらしい試合。
そんな風に感想述べたら、例によって例のごとくばっさり一刀両断! もはや、これも水戸黄門並みの様式美だと諦めてます(苦笑)
見る目というか、価値観の差異。
地獄はこれから。 だからこそ、この1年の想い出は忘れない。うん。
アマザケオオミヤの中の人へ金久保さんをよろしくお願いしたり、 インカレの記事が金曜売りにも載ると言われてわきゃわきゃしたり。 (そもそもRKU好きはクラスタって呼べるほどいないだろ…)
フットボールは敵を作る趣味だと前に書いたけど、 敵同士であっても…あんなに楽しい時間が過ごせるのも、また事実なんですよね。不思議です。 #駒込のtwi呑みが楽しいのは、言うまでもなく幹事の人柄です。これは真剣に。
危機感どころか、挑戦者でしょ。
----- 昨年の太陽山羊座入り=冬至が、インカレ仙台大戦の日で。 柚子を買って帰ったのを覚えています、あの日も。
1年なんてあっという間ですね。なんて濃い1年間だったんでしょう。 その果てにたどり着いたのが移籍リストなんですけれども。
ご贔屓さんの名前が移籍リストに載る。 こんな気分になるんだ…と初めて分かりました。載ること自体は分かっていても。
2009年12月20日(日) |
傍観者はしゃしゃり出るなと |
何故、と問われたら。
約束だから。 頼まれたから。
広報日記、下部組織ネタでごまかすしかない季節か…とぼんやり読み進めていったら、 ラストの笑顔が目に飛び込んできて…何かで頭を殴られた心地がしました。
西が丘から戻ってきたと思ったら、長居行きの支度。きついに決まってます。 だけど…船山キャプテンが日立台で吠えていて、柳澤さんがずっと呻いていた頃は、 (正確には、長居へ行きたいと強烈に欲し始めたのは、その前…遠藤さんの代) あんなに強く願っていたのに、長居へ行く夢は叶わなかったのを、ふと思い出して。
山中さんや輪湖さんたちが優れた後輩たちと戦い抜いてたどり着いたのが、2年前。 あれから毎年行けていて、もう「毎年恒例の」なんて、口にしちゃうぐらいなのですが、 恒例でも何でもなく…みんなが頑張っているから、連れて行ってもらえるだけ。
2年前、ひょんなことから、船山さんとも長居(第二)でお目にかかれたのですが、 #当時のインカレには予選リーグがあって、RKUは長居会場を引き当てた。 その頃の船山さんがどんな顔をしていたか…久しぶりに画像を引っ張りだしてみたら 今と同一人物に見えないぐらい。残りMAX270分になってしまった大学サッカー生活、 あの年は本当に辛いことが多く…だけど、乗り越えたから今があるのです。
一期一会。どんな試合も、その時の、たった一度きり。 粗末にできる時間なんて、1秒だって存在していないのです。
気が遠くなるぐらい長く思えて、何度も何度も自分に対して 目に見える物で戒めを、縛りを加えてきたのが嘘のように、 過ぎ去ってしまった時間は記憶の内部で圧縮されていて。
アベンチュリンに刻んだ不安も、ローズクォーツに込めた熱情も、 時間という水に溶解して…今はほぼ凪いでいる水面が、時折風で揺れるだけ。
なみなみとたたえられた人生という血が、これからも、どこまでも、私を引きずっていく。
そんなわけで、ちょっくら大阪まで行ってきます。 すぐ戻りますよ。鍋が待ってますから、都内某所で(笑)
眠りにつくのは嫌いというわけではないけれど、苦手な行為。 だけど、気がつけば朝4時を迎えていました。伊豆の地震も知らず。 電車でうとうとと眠るのは気持ちよいと昨日の帰りは感じた…夢を見たから。 どんな夢かは目覚めた瞬間に忘れたけど、何の夢かだけは覚えてました。 今、一番見たいと感じている対象。つまり、禁断症状。
「相手の嫌いなところをどれだけ受け入れられるかが大人」 もう10年以上も前に聞いた、忘れがたき言葉。 今更ながら、どうしてこう言われたのかを思い出しました。 40近いおじさんに、最愛の選手(相馬さん)のプレーを酷評されたから。 日本の土を踏むなと言われたから。差し違えたいと子供だった私は思ったから。
「誰かの友となるには、誰かの敵となることができねばならぬ」 倫理の教科書に書いてあった、ニーチェの言葉。 サッカー観戦が趣味である人は、たまにフットボールそのものが好きで、 いろんなチームを分け隔てなく見る人もいるけれど、 大抵の場合は何か(チームか人か)が好きで、ゆえに、 それと敵対する相手を“好きではない”ことが多いです。
言ってしまえば、私が好きなものを好きでない人はいっぱいいるし、 それでも、相手がいなければゲームが成立しないのがサッカーで。
かつて、あんなに大人になるのを嫌がっていた身だけれども、 随分と…少なくとも、あの頃よりは大人になったのだと感じます。
愛ゆえに…愛もまた、本能の一部なのかもしれませんが、 どれだけ肉体年齢を重ねても、よく言えば純粋、悪く言えば単純に 吠え続けている人が多々いるのが、サッカー好きの世界なのかもしれません。
たまに、サッカー見るのをやめたいと心底感じるのは、 自分の性分とサッカーというスポーツの定義に、 埋まらない溝があるからに違いありません。 それでもなお、見続けて…気が遠くなるぐらい、長い時間が過ぎてしまったのです。
人は、自分が正しいという思い込みから、生きている以上、逃れることができない。 私だって、例外じゃない。ただ、権力を…力を持っているか否かだけ。 たとえば、今の職場の社長みたいに、権限があれば、人事で振り回せる。 誰が不幸になろうとも、それが正しいと信じていられる。
「正義とは大いなる私情」 幼心に染みついた、漫画の台詞を…20年以上経っても、何度も噛みしめ直すのです。
----- ふとホームで、自分がありえない服を着て出勤したことに気づきました。 出かける前に一度でも、全身鏡を見ていれば…。 一昨日も、同僚に指摘されるまで、カーディガンを裏表逆に着ていたし。
明日から怒濤の1週間が始まるのに、大丈夫か自分…。
舞い降りてきた予想外の知らせは、異動の辞令だった! …私ではなく、課長の。
今あるものを、とりあえず壊してみれば…と思っている存在がいる。 それが改革だと信じているやつがいる。
壊したものを作り直すのは大変なのに。
なにげに、RKUのTOPにいる4年生で、進路未定は少数派になってきているのだ…!
twitterに誘われて、東の夜空を眺めることしばし。 正直1等星は分かるけど、2等星でさえ頑張らないと見えない 明るすぎる柏(街灯や店の明かりetc.が多すぎる…終電で帰っても 駅から家までの道のりで怖いと思ったことが一度もない点では ありがたいんですけど)の空でさえ、白い星が尾を引いて流れていくのが見えました。
残念ながら「あ、流れ星!」とどれだけ尾が長かろうと 最後まで眺めてしまうので…お願い事ができないんです。
今、お願い事いっぱいしたい時期なのに。
----- 帰宅したら、メールボックスに嬉しいメールが! 駄文を読んで喜んで下さる方がいれば、それほど嬉しいことはありません。 ましてや、そのメールを憧れの方より頂けるなんて。
3月中旬の部分へ、JFL公式サイトを印刷した、 背番号30までの流経大のメンバーリストが貼り付けてあります。 最近では滅多に見ることもありませんが、見るたびに、 それを貼り付ける作業をしていた時の、不安混じりのわくわく感を思い出すのです。
年の瀬を迎えた今だからこそ、しっかりと思いだしておきたい気持ち。
2009年12月12日(土) |
Liberi Fatali |
トヨスポへは、ネタを探しに行った…と記憶している。
あれから7年弱。長い時間だと思う。だけど…柳澤さんがレイソルの一員として 過ごした時間全体からしたら、半分よりちょっと長いぐらいでしかない。
「レイソルが大好きです」 前回のJ2降格直後、トップ昇格が決まったばかりの柳澤さんがフォトギャラリーで していたピースへ添えられていた一言に勇気づけられた人は少なくないと聞くけれど、 この言葉は、柳澤さんにとってはめちゃめちゃ“当たり前”のことでしかない。 それは、今も。川崎戦の後、やはり口にしたと伝え聞くから。
「もうこれを着るのも最後ですよ」 昨夜の広報日記を読んで、急遽、予定を変更して、午前から日立台入り。 今シーズン最後のトップ練習。戦力外通告を受けた中では柳澤さん・大島さん・ 南さんの姿もありました。メニュー自体は、スタッフも交えた全員参加の ミニゲーム(しかも16人vs13人のスペシャルハンディマッチだったのに、 それをPK戦へ突入するまで誰も気づかなかったという)で、涙が出るぐらい 笑っちゃう場面もあったりして、とても明るく終われたのですけれども。
日立台の練習グラウンドをぐるりと取り囲む桜の樹。冬になると裸になる。 ふくらむ芽をいくつもつけながら…それを初めてしみじみと眺めたのは、4年前。 ユースへの合流をずっと止められていた柳澤さんが、“みんな”と一緒に 練習していたと聞いたから、いそいそと出かけていったのに、代替わりしていたと 現地に到着してから気づいてしまった、あの12月も終わりそうだったある日。
あの冬と、それを越えた後の春や夏を知っているから、今どれだけフロントが 訳の分からないリリースを繰り返そうとも、シーズンチケット買いたくないと ぶつぶつ言うサポーターたちは、レイソル無しでは生きていけないから、 なんだかんだで春が来たら、来年も変わらずスタジアムへ通うと…予想がつく。
去った人は記憶の中のみで息づくようになり…去った人自身もまた、 新たなるステージでの違うユニフォームが、すっかり似合うようになってしまう。 それを毎年毎年繰り返すのがサッカークラブ。そうしないと死んでしまう。 新陳代謝は必要。2007年のイヤーブックでさえ、残っている選手は少ないんだと 閉店間近のレイソリスタで気づくことができました。なんて切ない。
柳澤さん“も”日立台を離れていく。頭では分かっているのに、 レイソルのエンブレムがついた…彼の人生の半分以上でまとっている、 あのウェアを着た姿はもう見られないのだと、実感がわかないのです。 ファンサービスゾーンで女性にいつも囲まれている姿も、もう見ることは…。
この悲しみは、今がもっとも痛烈なもの。新しい記憶で上書きして、 忘れたふりをすることもできるだろう、そのうち。だけど、消えることはない。
ユースを見ていれば、日立台を離れなきゃいけない選手の方が、 残れる選手より多いだなんて、そんなの定義そのものなんだから、当然なんだ。
離れてしまう事実がこんなにも寂しくて辛いのは、それだけ特別で好きだから。 今まで、こんな想いをもたらしてくれたのは“たった一人”だけだから。 それだけ…柳澤さんはスペシャルなのだと、押し入れからじゃかじゃか出てきた 27番のレプリカ(それもことごとくサインが入っている)を見れば分かるわけで。
ヘディングが強くなったり、人の仕事を心配するぐらい優しくなったり、 変わったところもあれば、子供じみたいたずらをして喜んだり、 甘い物が大好きだったり、ちっとも変わっていないところもあって、二人とも。
その比率が違うから…たぶん今はある。
これからも時間は、今までと同じように…あるいはもっと激烈に、流れていく。 私がすることは、それでもきっと、変わらない。サッカー選手でいてくれる限り。
「やったな!」 闇のおりた人工芝で聞いた歓声は、夢や幻ではないとはっきり覚えているから。 何本も描かれたパスやシュートも、重ねられたゴールも、その後の笑顔も。
2009年12月10日(木) |
桜咲き匂う 大地に立つ時 |
本当は「台地」なんですけど…と、twitterの続きで校歌トークなど。
私が通っていた学校は、マンモス過ぎて制御できないという理由で 分割新設されたてだった中学校以外、すべて100年以上の歴史を誇る (小学校なんか、真実かは怪しいけど、江戸時代の寺子屋まで歴史は さかのぼれるとか言っていた)学校で、相応に重厚な歌詞を有するところばかり。 ↑と書けばかっこいいけど、意味が分からない…と紙一重。特に子供には。 中学は中学で、教科書へ乗る程の有名詩人に作詞を依頼したものだったり。
校歌に関して一番カルチャーショックを受けたのは、大学の入学式。 親子2代どころか、3代同じ大学の家庭も普通にあるみたいで、 老若男女が大声で合唱していたのには、私も両親も圧倒されました。
まあ、今じゃ私も前奏だけで十分心躍りますけれども。うふv (近頃の生活では、愛校心らしきものが感じられるのは年に1回だけですね)
2009年12月09日(水) |
美味しい食べ物やお酒も刹那の快楽 |
物を買って満たされる人は羨ましい。 何がクリスマスプレゼントに欲しいと言われたら、 優しい言葉が欲しい、と答えてしまいそうな今日この頃。
言葉だけが、半永久に反芻できて、ずっと命を保ち続ける。 それは別にノンバーバルでもかまわないのだが。
実際は、インカレ決勝進出が一番のクリスマスプレゼントかな?(寂しい)
誰も優しい言葉なんかかけてくれないから、 しょうがないんで、自分で書いた記憶の断片を何度も読み返すんだ。
自分を高めるためには、“良い”人たちとだけ付き合わなきゃいけないよ、 そうするには自信を持たなきゃいけないよ。そう言われて、言うのは簡単だけど、と。
土星冥王星90度は、何かを確実に壊していく。恐れていても、のんびり過ごしていても、 間違いなく“(長い目で見たら)不要な”何かをぶち壊していく。
何もかも失って、最後に残るものは何か。いつも自問自答している。 まあ、おそらくは自分自身で。
時は来たれり、と告げる天使のラッパは、耳をふさいでも聞こえてくる。 醜い言葉は聞かなかったことにできても、こればっかりは無理。
ずっと、そう思ってるんだ。 とある駅前の、ラッパを吹く天使のイルミネーション見るたびに。
時は来たれり。 …何の時か、それも、目を背けて、直視しないようにしているけれど。 いつまで逃げ続けていられるのかとも、自覚できてはいる。最悪だ。
----- 繊細で濃密な感受性。 そんなものない方が、楽に生きられるのかもしれないよ。
自分の星の配置の中で「金星乙女座」が一番嫌いかも。
「…よろしくお願いします」 いつも絶妙のタイミングで使ってくるね。絶対に勝てないよ(微笑)
星読みナイトへ当選して、有休を申請していたのも、何かの縁だったのか。
レイソル公式HPフォトギャラリーにも出てくる、お遊び2touch紅白戦での 右SB柳澤さんvs左ウイング菅沼さんのマッチアップ。見た瞬間に、 脳裏へ蘇った風景があったのです。同じように柳澤さんと菅沼さんが、 それぞれ赤と青のビブスをまとって…両脇から1人ずつ飛び出して対戦する メニューをこなしていた、何年か前の日立台(スタジアム)での出来事を!!
いつだったか、はっきりとは思い出せない…けれど、柳澤さんが TOPへ上がって日が浅い頃だったはず。それから何年も経って、 そんな記憶は失せていたはずなのに…一瞬にして、鮮やかに描き出されて。
覚えていないわけじゃない、全てのこの目で見た光景は…。 ただ、覚えていることを忘れてしまっているだけ。
山根さんに笑顔で絡む姿も、ガチャガチャ走りも、 お遊びゲームでのポジショニングではない精神的な“位置取り”も ほとんどが昔のままで。つい、比べてしまいます。 4年間でどれだけ成長したのかと。
体つきは変わった、ボールを奪いに行く意識も高くなった。 けれど…人としてはどうだろう。
こういう時、自分って諦めが悪くて嫌だなぁ、と思います(微笑)
予定外の日立台経由となり、感傷的な気分でたどり着いた、誕生日以来のららぽーと横浜。
あの日、某さんと一緒に店頭で申し込んだのに…私だけがご当選となった 石井ゆかりさんの「星読みナイト」へ行って参りました! (今回は土星が入ったばかりの天秤座と、来年木星が移動する先の魚座の 当選者が多数。占いを必要とするタイミングって、どうやらあるようです)
午後練習が入ってしまったので、受付開始から30分近く過ぎた頃に着席した私を 待っていたのは、4人掛けのテーブルで斜めに向かい合って座っているのに 既に盛り上がっていらっしゃるお二人。ゆかりさんのイベントは、 星座別に座席が指定されるため、仮に友人と一緒に当選しても、席は別。 今回は太陽星座での席割りとなったので、私が座ったのは天秤座テーブルでした。 私の第一声:「天秤座は社交的でいい!」
この日、完全にゆかりさんイベント専用の持ちネタとなってしまったのが、 2月はじめに中野サンプラザで行われたイベントで、同じ机になった3人は 一言も会話せずに終了してしまったこと。ゆかりさんのイベントでは 星座が同じためか、同席した人と盛り上がっちゃって…といったコメントを NP日記でちょくちょく拝見していたため、自分、非社交的過ぎる…と 結構ショックを受けて帰ってきたのですが、今回と違って金星星座での席割りで、 神経質というか真面目(2月に同じ机へいらっしゃった方のお一人は、 休憩時間も、延々と星ダイアリーに何かを書き続けていらっしゃった…)な 乙女座トリオだったため、気安く話しかけられなかったのだろう、と思いました。
最後に、天秤座テーブルの4人でゆかりさんが一人一人に書いて下さった 短いお手紙を回し読みして、その際、私はワガママを言って、ゆかりさんが これまた一人一人に書いて下さったホロスコープもお借りしたんですけど、 先着して盛り上がっていらっしゃったお二人は、太陽しかない私と違って、 天秤座へ4つも5つも星が集まっていらっしゃる、言うならばド天秤な人だったのです!
向かいに座っていらっしゃったRさんは、「筋トレ」を閲覧し始めてすぐに イベントへ応募して当選したという、何年もハズレまくった私には羨ましすぎる方。 天秤座に星が4つあり、中でも太陽と土星がほぼ0度で重なっていらっしゃいます。 10月末の土星天秤座入りが、同時にサターンリターンでもあって…ほぼそのタイミングで 「筋トレ」と巡り会い、このイベントに当選されるとは、おそらく、Rさんにとって ゆかりさんの占いがとても重要な意味を持つのだろう、と想像されます。 惑星記号も分からなくて、ゆかりさんが書き込みの説明をされていた時も 随分戸惑っていらっしゃいましたが、きっとサターンリターンが終わる頃には 星占いへ相当詳しくなっていらっしゃるんじゃないかと予想してみたり。 (まずは星ダイアリーを買ってみる、とおっしゃっていました)
お隣のAさんは、中野のイベントにも出席されていて、今回もICレコーダを 持ち込んでいらっしゃった筋金入りのゆかりさんフリーク。 40代以上向けのEfil@上半期占い掲載は買うのが恥ずかしい、と言う私に、 さっくりと通販を勧めて下さる、聡明な方でいらっしゃいます。 Aさんは天秤座1桁台の度数に主要な惑星が大集合していて、それに対して 水瓶座1桁台で木星が120度という、まさに知性派で当然のホロスコープ。 それ以外の星は、射手座に…うろ覚えですが火星があっただけ。 お話を伺うと、法律関係で試験合格目指して勉強されているのだとか。 ホロスコープで描かれているままの人生を歩んでいらっしゃって、驚愕でした。
天秤座といえば社交的。でもって、今年は木星が第5室にあって楽しかったはず。 1年間の恋を実らせた人あり、家族愛や友愛に彩られた時間だった人あり、 それぞれ恵みがあった模様。12年前の木星第5室は私も大恋愛しましたけど、 今年は“自分から望んで選んだこと”が、本来の応援チームであるレイソルU-18の 公式戦をほっぽり出してまで流経大サッカー部の試合へ通い詰めたこと。 それはそれですごく楽しかったし、幸せでしたけど…なんかもったいない(笑)
もう一つ、天秤座の特色が如実に出たのが、ゆかりさんが挙手をして 運勢を占ってほしい方を募った際、最初に当たった牡羊座さんが 恋愛運を見てほしいと即答したのに対し、次に当たった別テーブルの天秤座さんは 当たった後に何を占ってもらうかテーブルで話し合った上で、結局(←ここ重要) 恋愛運を見てほしいと答えていたこと。さすが対岸の2星座です。 どこまでも自分の牡羊座と、どこまでも他人の天秤座。
私たちのテーブルの横は、同じ風の星座であり、情報に興味津々の双子座。 受付で配られたネームプレートに記されたムーミンキャラクターが星座別なのに気づき、 他のテーブルはどうなのか、気になっちゃったようで、両隣へ情報収集。 天秤座はムーミンでした。双子座さんの指摘通り、それは来年の運勢で 主役級の変化が訪れるからなのか…帰り、ゆかりさんへサインを頂く折りに 伺おうと思ったくせに、すっかり忘れ去っていました(使えなさすぎ)
双子座の隣が、これまた同じ風の星座である水瓶座テーブル。 スタイリッシュな方が多くて、水瓶座の友達ってみんなあんな感じ…と 盛り上がりました。男性星座の友達が多いのは自分だけじゃないんだと分かり安心。
とはいえ、見た目では分からないことが多いとも感じました。 お話をいろいろ伺っていると、○○座っぽい!といっぱい口をつくのですが。 第一印象を左右するアセンダントは、出生時刻によるので人それぞれ。 ゆかりさんと同じASC射手座であるRさんは…足をじっくり拝見する機会がなかったため (当たり前。でも『星占いのしくみ』ではASC射手座=足の話が出てきていたので) どうだか分からないのですが、でも同様に起立されたASC牡牛座の皆様とは やっぱり違うとも思って。牡牛座の皆さんの方が、柔らかい印象の服を着ていらっしゃる。
ASCに関しては、山羊座の人が起立するじゃなくて、本当によかったです。 一応、ディナーショー(笑)なので、滅多に着ないワンピースを着たのですが、 色は地味地味…あんまり認めたくないですが、外見でも内面でも そんなに面白みのないASC山羊座っぽいんです、自分。
後は月が牡牛座なので、美味しいもの大好き。今回はゆかりさんが トランスサタニアンをテーマにされるということで、長く時間のかかるものを 主体としたお料理だったのですが、これがまためちゃめちゃ美味しい! 牛タンの煮込みも、添えられた野菜までみんなで絶賛する優しい味。 キュートなパティシエが作ったデザートも、見た目も味もブラボー過ぎて。
一番嬉しかったのは、twitterアイコンでもお馴染みの『ミルクたっぷりのナッツラテ』と 再会できたこと。今回ゆかりさんからいただいたお手紙でも、やはり自分は 太陽こそ天秤座だけど、地の星座の星が多くて、そちらっぽいんだな、と改めて。
とにかく楽しすぎて、日立台でのメランコリーな記憶さえ吹き飛びそうでした。 (別に吹き飛んではいないですけど…引きずられずに楽しめました、の意味で)
天秤座の2010年は、天王星が牡羊座入りする5/28から 木星が逆行で魚座へ戻る9/9までの約3ヶ月に、斬新な出会いがありそうだとか。 楽しみです☆
2009.12.5 wrote
twitterのJクラスタ(に見せかけた人々)のオフに乱入してまいりました。 生活にだいぶなじんだtwitterですが、実はfollowしているのは大半が既知の知人友人。 その他、有名な方のラインへは、followしている方のライン経由でお邪魔しているので、 "yasshiy"といっても、全く通じないのに…性懲りもなく行ってきました。
レイソルも、RKUも、自分の素性を正しく表現するものではないけれども、 そう言わないと、とりあえずは通じませんからね。
何より、見知らぬ方とお会いするオフに出るのが数年ぶりで、かなり緊張してました。 私から見たら、皆さん有名な方ばっかりですから! あれです、2002年秋に中野太陽会さん主催のオフで、 レイソル系の方々と初めてお会いしたときのような緊張感!!
チームの垣根を越えられるのは、Jらしさだと私は勝手に思ってます。 問題は…出席した方のアカウントが半分ぐらいしか把握できてないこと(吐血)
一番印象に残ったのは、宇賀神さんの話をしたらGIGAZINEと記憶されたことかしら。
----- 以下、柳澤さんたちの戦力外通知を見た会社帰りに呟いたtwitterのコピペ。
>小さなダイアモンドしか手元に残っていない風景を >最初にイメージしたのは初夏だったか。
>レイソルを選んでくれたんだから、という想いまで >はじけるとは予想外だったが。甘すぎたな…。
>とにかく。2009年12月3日は、私が4年間ずっと描き続けてきた、 >一瞬だって諦めてなかった、たった一つの望みが砕けた日だ。忘れない。
----- 久々にゆったりTL追って気づくのは、@yasshiyの読み逃し多すぎ。 せっかく私へ反応して下さっているのに、気づかないとかダメでしょ。
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