J (ジェイ)  (恋愛物語)

     Jean-Jacques Azur   
   2004年05月21日(金)    その。お父さんが。直会に工藤さん出て貰えって。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (9)


レイは涙で腫らした目をしていました。
「レイちゃん、このたびは、急で、。」
「いろいろすみません。この間はありがとうございました。」
「いや、何、構いはしないさ。で、いいのか。もう葬儀が始まるんじゃないのかい?」
「ええ、」
「じゃあ、早く戻りなさい、僕には気を使わずに。」

レイは少し困った顔をして。
「それで、なんですけど。」
「何?」
「いえ、その。お父さんが。」
「お父さんが、何?」
「直会に工藤さん出て貰えって。」
「ナオライ?」
「ええ、この間のお礼もしたいから、って。」

あっと。
それは困る。
というか、考えもしてなかった。

それに。
その。
レイの彼氏は。

「そ、それは、」

と私が言い掛けた時、お坊さんがやってくる。
レイはそそくさともといた場所に戻る。


私は取り残されて。

しかし、係りの人に促されて。
そこから移動して指定の場所に座る。


間もなくして。

読経が始まりました。


   2004年05月20日(木)    記帳を終えた参列者は三々五々に立ち話をしていました。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (8)


とは言え。
田んぼしかない田舎道です。
時間を潰そうにも何することもできない。
海のほうに足を伸ばそうにもそれ程の余裕はない。
結局私はすぐに着いてしまったのでした。


レイの実家は農家の造りでした。
門を入ると正面に母屋、右手に納屋がありました。
私は記帳の列に並びレイの姿を探す。
レイは祭壇の前に既に座っていました。

記帳を終えた参列者は三々五々に立ち話をしていました。
私は知り合いもいないので所在無く、
記帳をした後は煙草を吸って葬儀が始まるのを待ちました。

(これならば。誰が誰やら分からない。)

たとえレイの彼氏がここにいても、私には知りようがない。
先ほどの危懼は杞憂に終わったということか。


しかし。
そうとなると気にかかるものだな。
調子いいものだ。
怖いもの見たさというか、
見てみたかったという思いが湧いてくる。

ちらりちらり、参列者を見る私でした。


・・

「工藤さん。」と、ふいに私は呼ばれる。

振り返ると。

レイ、でした。


   2004年05月19日(水)    見ない、聞かない、考えないがいいのじゃないか。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (7)


バスは揺れて私の心も揺れる。

覚悟を決めるといっても具体的にどう決めればいいのか。
私は私を崩さずに私を維持する、口で言うのは容易いが、
その場を想定して心の鍛錬をするにはちと時間が無さ過ぎる。

この場は。

見ない、聞かない、考えないがいいのじゃないか。
そしてたとえ見てしまっても、
見て見ない振りするのがいいのじゃないか。

焼香をしたらすぐにそそくさと帰ってしまえばいい。

聞かなければそれと知れない。
考えなければすぐに忘れる。

それがいいじゃないか。

・・

レイの実家に近いバス停で降りた私。
路地の角にぽつんと立って右左。
と、遠くに見覚えのあるタバコ屋が見つかった。
(ああ、あそこは、、、)(参照こちら

時計を見ると10時半。
11時からの告別式には十分間に合う時間でした。


「ゆっくりと行こう。早くついてもやることないしな。」

そうわざわざ口に出して言ったのは、
早く着いてレイの彼氏を認めたくないと思ってのこと。

たぶん。
そういうことだったかと思います。


   2004年05月15日(土)    きっとその男も来るに違いない。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (6)


俺ならば、必ず行く。
好きな彼女の実の母の葬式だ。
行かぬわけがない。

きっとその男も来るに違いない。
どういう立場で来るにしても来るに決まっている。

ご家族と顔見知りで身内のように来るか。
まったく知られずにひっそりと来るか。
いずれにせよ、レイの彼氏はきっと来る。


レイの彼氏という男。
俺はまったくその人物を知らない。(参照こちら
はたしてどんな男なのだ。
名前も年恰好も何もかも知らない私にとって、
その男がこの男と見極めがつくだろうか、葬式の場で。

ああ、だが。
それは俺には無関係のこと。
その男がどんな男だろうが俺にはまったく関係がないのだ。

俺は俺の立場で葬式に参列する。
会社を代表して。
レイの上司として。
俺はそれだけの役割しか持っていないのだ。


しかし。
その時私は私を維持できるだろうか。
レイの恋人を認めた時、
レイに対する秘密の恋愛の情をひた隠し、
私は崩れずに私を維持できるだろうか。

、、、覚悟を決めておかなければならぬな。

いよいよの時のために。


   2004年05月14日(金)    もしかしたら、レイの彼氏とやらが葬式に来てるかも。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (5)


バスは30分に一本くらいしかないローカルなバスでした。
この辺りでバスなど使うのはお年寄りと学生くらいなのだろう。
しばらく待ってバスに乗ったのは私を含め数人しかおらず、
これでバス会社はやっていけるのかと危惧すらもったものです。


のどかではあるけれど、単調な農村地帯をバスは行く。

しかし。
此処でレイは生まれ育ったんだ。

そう思うとなんとも懐かしい景色が続くバスの道。


高校時代のレイはこの道を自転車で通学したのかな。
雨の日は大変だったろうな〜。
雨宿りする場所もない、田んぼばかりじゃん。


ふふ。
レイがあの時嫌がったのもわかるな。(参照こちら


−あ。−

私はふと、あることに思い当たりました。


もしかしたら。

もしかしたら、レイの彼氏とやらが葬式に来てるかも。

、、、私の心は急に暗くなりました。


   2004年05月13日(木)    今頃そんなことを考えても遅いんだって、、、。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (4)


だが。
レイに対してできることっていったい何だろう。

特別な関係ではない私とレイなのだ。
上司と部下の枠を超えて、特別に何かをしてやるようなことはできない。
ましてレイが望んでもいないことに、気を使うのはおせっかいというものだ。

そう。
唯一、私が彼女に何かをしてやれるのは、彼女が私を求めた時のみ。
レイが私に救いを求める時のみに、私はできるだけのことをしてやれる。

いつでも受身であらねばならない、ということだな。


ああ、そういうことならば!

あの時オレはレイを抱き締めてやるべきだったのだ!(参照こちら

彼女は特別にオレを求めたのじゃないかもしれない。
しかし誰かに受けとめて貰いたかったに違いない、あの時。
オレは何故に体面を気にしてしまったのだろう。

レイをしても分かっていたことなのに。
それが見られてはならない抱擁とレイも心得ていたのに。


、、、なんとオレは気の回りが遅いことよ。

今頃そんなことを考えても遅いんだって、、、。


・・

「ふぅ。しかし暑いな。」

夏の太陽が黒いスーツを着込んだ私に容赦なく照りつけて。

レイの実家の最寄の駅でバスを待ちながら。


夏空を見上げ汗を拭う私でした。


   2004年05月12日(水)    俺が死ぬ時。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (3)


俺が死ぬ時。
そんなことをこれまで考えたこともなかったが。
結婚をし子どもができ、自分だけの自分じゃなくなった今、
そうはやすやすと死んでたまるかという思いが強い。

そう。友美さん。
俺を心から愛してくれて、
俺の中で幸せに生きている妻。

そして、ユキ。
未だ小さき世界に生きて、
俺と友美さんの加護のもとすくすくと成長する子ども。

俺の命はこの二人に捧げられるべきものなのだ。

この二人をおいて、そうそうに死んでなるものか。


そうなのだ。

だから。
俺にとってはもうこれから始まる運命など有り得ない。
つまり確定なのだ。
レイの言う通りなんだ。

どんなに俺がレイに対して恋愛の情を持とうとも、
もはやこれまで、それ以上には有り得ないのだ。

なにもかもこれでいい。
すべてなるようになってゆく。


ああ、だからこそ!

俺はできることをしようじゃないか。
友美さんに対しても、ユキに対しても。
そして。
レイに対しても。

できることを精一杯して生きようじゃないか。


   2004年05月11日(火)    突然に母親を亡くして。

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (2)


当日、告別式は午前11時からでしたので、
私は自宅から直接レイの実家へ行くことにしました。
その方が近いこともありましたし、また、着替え等も面倒でしたので。
しかし近いとは言っても電車で行くのは初めてのこと、
時間が読めないこともあって朝7時半には家を出たものでした。

何故車ではなく電車で行くことにしたのかと言えば、
レイの生まれ育った土地を肌で感じたかったのだと思います。
葬式に行くのに不謹慎ではありますが、たぶん。
それ以外にはそうした理由を思い出せないのです。

通勤列車を逆方向に乗り、悠々腰かけて車窓を見ながら、
私はレイの実家へと向かったのです。

・・

タバコを燻らし思うこと。

レイの哀しみの深さは如何ほどだろう。
突然に母親を亡くして。

まだ若いのに。
早過ぎるその時。

そう言えばオレの父親も早過ぎたな。
孫の顔も見ないで。

レイの母親などは娘の結婚も見ないのだ。
見たかっただろうに、娘の晴れ姿。

俺はどうか。
娘のユキの晴れ姿、見ずに死ねるか。
いや、見ずにというよりも、見届けてやりたい。
どんなことがあろうとも。

だが。
死はやがて訪れる。
誰にでも。

なれば生きている間に、
できるだけのことをしておきたいものだ。


   2004年05月10日(月)    7. 葬式

J (3.秘密の恋愛)

7. 葬式 (1)


レイの母の葬儀は亡くなった二日後に通夜、そのあくる日が告別式でした。
社員の身内の葬儀にはその部署の上役が弔いに行く慣わしでした。(参照こちら
当然この状況では部長クラスが参列するのですが、
たまたま担当部長は出張に重なっていたため、
直属の上司である私が会社を代表して参列することになりました。

実は私が願い出てそうしてもらったのです。
私にはレイの母の葬儀に出席したい理由がありましたので。


レイは私の父の葬儀に来てくれていた。(参照こちら
彼女なりに考えて個人の立場で葬儀に来ていたのです。
私はこの義理を重く受け止めていました。

会社の慣わしは会社の慣わし。
個人としてはどうか。

普段一番身近に接している者の身内の不幸にあって、
お悔やみのひとつも言わないでいいのか。

レイが来てくれていた以上、尚のこと、私とて同じにしておきたい。
他ならぬレイなのだから。


私は会社にたんたんと事情を説明し、
私の資格で葬儀に行く旨了解を得たところ、
会社は、ならば工藤君に代表で行って貰おう、ということになったのでした。



こうして私は再びレイの実家に行くことになりました。


   2004年05月08日(土)    見られてはならない抱擁とレイも心得ているのだ。

6. 個人的な話 (18)


時が止まってしまったような短くて長い時間。
抱き締めることもできず、引き離すこともできず。
力ないその手は、空を抱くようにじっとしていました。


その時、背後の病室のドアが開く音。
咄嗟にレイも私も身体を離す。



(見られてはならない抱擁とレイも心得ているのだ。)


出てきたのはレイの弟。
「お姉ちゃん、」
「うん、今行くわ、」

レイの弟はレイを呼びに来たようでした。
あまりに時間がかかるのでどうしたのかという顔付きで。
たぶんレイは私に送ってもらった礼を言うために病室を出てきたのだろう。


私はその辺を察して聞こえるような声で言いました。
「じゃ、僕は、これで。」
レイはやっとの声で言う。
「ありがとう、、ございました。」

レイの弟も近づいてきて私に頭を下げました。

私は、うんうん、と頷き、またレイに向き話す。
「仕事の方は万事僕がやっておくから、気にしないように。
 葬式の日程だけ、決まったら連絡くれればいいからね。」

レイは小声で「はい、ご迷惑掛けます、」と言いました。


私は胸をぽんぽんと軽く叩いて、
小さく手を上げ後ろを向き歩き始める。

通路の曲がり角に差しかかった時、
私はちらっと後ろを振り返ってみた。


が。

そこにはもう誰もいませんでした。


(6. 個人的な話、の項 終わり)


   2004年05月07日(金)    愛した女の哀しみの今この時ぞ!

6. 個人的な話 (17)


私は、私は、私は、、、。
私は、レイをぎゅぅっと抱き締めてやりたかったよ・・・。

だけど。
だけど、できなかった、、、!

人目を憚って。
できなかったんだ、、、。

何だといっても私はレイの上司に過ぎぬ。
ここでレイを抱き締めたら、事情を知らないレイの家族に誤解を与えてしまう。

私は。
私は咄嗟そうした体面的なことを考えたのです。

・・

抱き締めてやれよ、
体面なんかカンケーねぇじゃんかよ。
抱き締めてやりたいんだろ、
なら、抱き締めてやれよ。

いや、できない。
だめだ、だめだ、だめなんだ。

何故?

私とレイは単なる上司と部下。
特別な関係にあるわけではない。
まして私は妻も子もいる身だ。
誤解を招くような行為はしてはならんのだ。

馬鹿な!
時と場合を考えろ!!
愛した女の哀しみの今この時ぞ!

だめだ。
だめなんだよ。

分かったぜ。
お前には冷たい血が流れているんだ。
一見優し気であたたかいようだが、中身は冷めた人間なんだ。
お前とはそんな奴なんだ。
よぉーく分かったぜ。

くっ。
ならどうしたらいい。

どうもこうもない。
こんな時に懐疑するお前がおかしい、ってことさ。

そうか、、、。
おかしい、か、、、。

・・

私は、そっと。
そっとレイの肩に手を掛けて。
レイの身体を私の胸から離そうとした。
しかし次の瞬間。
その手はレイの背中に回り、、、。

だが抱き締めることなく力なくその手を置いたまま。
レイに言葉を掛けた。

「気をしっかり持って、ね。」

レイはしくしく泣いている。
私の胸で。

私の手はレイの背中に置かれたまま。

、、、動かない。


   2004年05月06日(木)    「お母さん、死んじゃった。。」

6. 個人的な話 (16)


この俺がレイの恋人だったら!
すぐに駆け寄り傍らでレイを支えるのに!
レイの家族のために一肌も二肌も脱ぐというのに!

哀しみに沈む場あって他人の私。

それは我が身の立場を呪った瞬間でした。


暫くしてレイの父が電話から戻ってくる。
私はただ目礼をする。
レイの父もまた目礼して病室に入る。

バタとドアが閉まる。


家族を亡くしたんだ。
気など使ってられないよ。
俺は静かに立ち去るがいいんだ。

レイを送り届けるという俺の役割は果たしたんだ。
脇役は気づかれぬように消えるがいい。


私は、帰ろう、と決めた。
くるりと後ろに向き、歩き始める。

とその時背後にレイの呼び声。

「工藤さん、、。」

え?

振り返るとそこには泣きはらしたレイの顔。

「お母さん、死んじゃった。。」


、、、そう言いレイは私の胸の中へ。


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