J (ジェイ)  (恋愛物語)

     Jean-Jacques Azur   
   2003年06月30日(月)    友美さんはいつも通りの友美さんでした。

J (2.結婚)

12. 指輪 (14)


私は身体を起し友美さんの肩に手をやり、
「トモミさん、ゴメン、遅くなっちゃった、」
と小さな声で言いました。

友美さんは泣いていました。
私は友美さんの顔を覗き込んで、
もう一度、「ごめんね、」と声を掛けました。

、、、友美さんは首を振りました。


言い訳、しようか、
私はそう思いましたがやめておきました。

こんな時間に言い訳を始めても仕方ない、
それにオレはもう眠い、
そして明日はまた仕事だ、
このまま眠るのが賢明だろう、、、

私は友美さんの頭をくしゃくしゃと撫でてから「おやすみ、」と言って、
再び自分のふとんに潜り込み、そして次の瞬間にはもう寝ていました、、、。


・・

朝がすぐにきました。

私はギリギリまで寝かせてもらい、起きてからシャワーを浴びました。
友美さんはいつも通りの友美さんでした。
キチンと私の身の回りのことをしてくれてありました。

起きてすぐに友美さんに話し掛ける私。
「おはよう、トモミさん、昨夜は、遅くなっちゃって、」
「おはようございます、純一さん、つらくない?、お食事、食べられる?」
「うん、なんとか、でも軽めにしておいて、」
「分かった、」
友美さんは実務的にそう言って家事に戻りました。

義母も別段細かいことは言いませんでした。
「サラリーマンって大変ね、身体を壊さないようにしてくださいね。」
私が忙しく出かけることもあってか言葉少なにそう言っただけでした。


確かに友美さんは昨夜泣いていた、、、

悪いことしちゃったよな、オレ。

だけど、何を?

遅くなったから?


でも。

遅くなることはこれからもあること。
いちいち泣かれても困るしなぁ。

、、、よく話し合っておかないといけないな、これって。


シャワーを浴びながら考える私でした。



   2003年06月29日(日)    あ〜あ。まずいな、こりゃ。

J (2.結婚)

12. 指輪 (13)


そうだ、あのあと電話していなかった、
何時に帰るとも言わなかったから、
たぶん友美さんのことだから起きて待ってたんじゃ、、、


私は、しまった!、という思いにかられました。
独身時代ならいざ知らず、結婚して待っていてくれる人がいる今になっては、
キチンと連絡をしておくべきだった、そう思いました。

が、もう後の祭りです。
すでにこんな時間です。
そして私はヘロヘロに酔っ払っています。
思慮深く友美さんに接する芸当は到底できるものではありません。

私は無防備にドアに手をかけそして家の中に入りました。


・・

どうやら皆寝ているようでした。
皆、と言っても、友美さんと義母のふたりですが。

私はそおっと足を忍ばせて茶の間に入る。
夕食の準備がテーブルの上にされていました。

あ〜あ。まずいな、こりゃ。


そっと襖に手をかけて隣りの部屋を覗いてみる。
友美さんが明かりを点けたまま横になって寝ていました。

よかった、寝ていてくれた、
(ただいま、ごめんね、トモミさん、遅くなっちゃって、)
私は心の中で手を合わせそう言い、

そして、

どうしよう、シャワーでも浴びたいところだけど。
ここでガタガタさせちゃ、義母も起きちゃうしな、
しかたがない、このまま眠るか、、、。

、、ふぅ〜、居心地がワルイったらありゃしないぜ。



私は背広を脱ぎ捨てて下着姿になり、そのままふとんにもぐり込む。

明かりを消して。


すると、隣りのふとんから微かに嗚咽が、、、。

トモミさん?

、、、起きてたの?



   2003年06月28日(土)    時計の針は午前2時を指していました。

J (2.結婚)

12. 指輪 (12)


、、もう11時。帰らなくっちゃ。

酔った私は時計を見て友美さんのことを思い浮かべる。


もう寝ただろうな。
それとも心配して起きているのかな。
電話したほうがいいのかな、、、。


けれどカラオケの喧騒の中、
そう思ったのは一瞬で時間はさらに経過していくのです。

酔った私は時間の概念が次第に薄れ酩酊してゆくのでした。


・・

気がつくと鏑木さんとふたりになっていました。

なぜだか屋台のラーメンを食べている私。

私は記憶が飛んでいました。


「みんなどうしたんでしたっけえ〜、鏑木さん、」
「え、帰っただろ、ばらばらに、」
「そうでしたっけえ〜」


(あとで聞いた話では、私と鏑木さんはカラオケ屋を出た後皆と別れ、
 スナックでもう一杯飲んでいたのでした。
 それも、私が鏑木さんの手を強引に引っ張って行ったとか、、、。)


時計の針は午前2時を指していました。

ラーメンを食べ終わりタクシーを拾う。

鏑木さんち経由で私の自宅へと行き先を告げ乗り込む。


、、、

社宅に着いたのは2時半過ぎていました。


部屋の窓には明かりが灯っていました、、、。


トモミ、さん?



   2003年06月27日(金)    かたく私を拒むレイの態度でした。

J (2.結婚)

12. 指輪 (11)


あれこれ考えているうちに私たちは店を出ました。

「どうします、工藤さん。歌でも歌いに行きましょっか。」安田。
「ああ、っと、今夜はオレ帰るから、悪いな、」私。
「ええ!、帰っちゃうんですかぁ!まだ9時ですよ、」安田。
「、、、やっぱな、初日だし、」私。

聞きつけた鏑木さん、大層酔っ払って、
「くどちゃん、もう一軒ぐらいいいだろ、」と強引な口調で私を誘います。
「はあ、でも、」と私。
「最初が肝心なんだぞ、俺ん時なんかは午前様だったさ、」鏑木さん。
そういう言われ方をしては私も引き下がれません。

「ええ、そっすよね、じゃ、もう一軒だけ、」
、、、私は後先考えずにそう答えました。


・・

その後カラオケに行き、2時間ほど飲みながら歌いました。


私はまたずいぶんと酔っ払ってしまいました。

ただ酔っ払ってもレイとの距離は十分以上に保っていました。

酔ってレイが近くにいたら、再び何かが起きてしまうかもしれない。
そうした自分の弱さをよくよく心得ていたようです。

それはレイも同じ。

レイはこれ見よがしに指輪を披けしていました。

かたく私を拒むレイの態度でした。


私は杉野佳菜とデュエットはしましたがレイとはしませんでした。
レイは私以外のほとんどの男と一緒に歌いました。

明らかに意識的に距離を置いているふたりでした。


この距離は私とレイだけがわかる隔たりでした。



   2003年06月26日(木)    本当は。そこまで考えてなかったのに!

J (2.結婚)

12. 指輪 (10)


ともかくアルコールが入っての話です。
まともに話しているようでも話の主旨がどんどん変わってしまいます。
男が結婚指輪をするしないという話は焦点がぼけてきてしまいました。

鏑木さんが健全かどうか、そんなことを私が力説しても何の効力もないこと。
ですから私は逆に健全でないエピソードを披露して話を面白くしました。

指輪の話はそれで途切れ、結局酒の席での他愛ない話で終わりました。


しかし、私にとっては皆の前で語ったことが、私ののポリシーとして皆に理解され、
そのことだけが今後の私に重くのしかかることになるのです。


工藤純一は結婚指輪をしない。
工藤純一は結婚指輪をすることがカッコ悪いと思っている。
工藤純一は営業マンであるから指輪をしないのだというポリシーを持っている。


本当は。

そこまで考えてなかったのに!

私は、私はレイとの一件があって、じゃぁ、オレも仕事中は外すよ、
そんな程度のその場の状況判断で指輪を外しただけなのに!(参照こちら


でも。

自らに整合性を求める私はもはやその自縛から逃れることはできない。

そういう道に踏み出したその時でした。


・・

だいぶ飲みました。明るく楽しく分け隔てなく。
皆大層酔っ払いました。レイも私も。

そして、、、時間になりました。


じゃ、帰ろうか、という時に、私はちらりとレイを見る。

レイはしっかりと指輪をしている。

酔った私の目にはその指輪は私への決別の決意が読み取れた。


ふん、関係ない、私も指輪をしようっと、、、


とと、皆の前じゃできないや。

あとで、こっそりと、家につく前に、っと、、、



   2003年06月25日(水)    夫婦の愛情は目に見えるもので表すだけが愛情じゃないよ、

J (2.結婚)

12. 指輪 (9)


鏑木さんは場の雰囲気を無視して話し始めました。

「だいたい結婚指輪なんかしている男をみると、
 ああ、こいつ、女房の尻に敷かれているな、なんて俺は思う。
 それに飲み屋にいったってもてないしな、ガハハ。
 くどちゃんの言っていることって、そういうことだろ。」

私は「そういうことじゃなくって、」と慌てて言おうとしました、
が、それよりも早く矢崎が答えていました。

「鏑木さん、それは偏見ですって。今時指輪をするのは普通のことですよ。
 もっとも、飲み屋でもてようって言うんであればそれりゃそうでしょうけど。」
「だろ、だろ、だから指輪なんて最初っからしない方がいいんだ、
 夏なんか日焼けの跡がのこっちまってよ、飲む前に外してもバレバレさ、」

ハハハハハ、っと大笑いして鏑木さんは私の肩を叩きました。

「鏑木さんは飲み屋でもてるために指輪をしていないんですか?」
楽しそうな顔で杉野佳菜が尋ねました。おもしろ〜い、ってなかんじで。
「なワケないだろ、カッコ悪いから、それだけだよ、」
「奥さん、何にも言いませんか?」
「うちのだって指輪なんかしていないよ、」
「ふ〜ん」
杉野佳菜はなんでかな、という顔付きで鏑木さんを見つめてる。

ここで鏑木さん、顔を引き締めてまともなことを言いました。

「あのね、佳菜ちゃん、夫婦の愛情は目に見えるもので表すだけが愛情じゃないよ、
 指輪をしていようがしていまいが、夫婦にとってはたいして重要な問題じゃない。
 それがあたかも愛の証しみたいに考えているうちはまだまだってところかな、
 ね、佳菜ちゃん、分かるかなぁ、やっぱり結婚してみないと分からんか、」

杉野佳菜は首をすくめてキョロキョロと周りを見ました。
どう答えていいか分からない、そんな様子でした。
話を横で聞いていた安田が口を開きました。

「なんだかうまく誤魔化された、って感じがしますよ、
 それっていつも奥さんに話していることじゃないんですかぁ?
 しょっちゅう飲んで歩いている鏑木さん一流のゴマカシみたいな、」
「何を人聞きの悪い、俺はだなぁ、健全で通っているんだゾ、な、くどちゃん?」

、、、まったくもう、なんでオレに振るの。



   2003年06月23日(月)    指輪をしていることは既婚者だっていう証しでもあるしな。

J (2.結婚)

12. 指輪 (8)


だいたいオレだってトモミさんに悪いと思ってたんだ。(参照こちら

それを矢崎の奴め〜、人の心のうちを知らないで、。


「どう思うもこう思うも、トモミさんは仕事をしていない。
 それをオレと一緒にして考えるのはおかしいと思うよ、オレは。」
「だから、もし、だ、友美ちゃんが、だ。仮定の話でどうよ、」

「仮定の話、だったら、オッケイだ。オレはどうとも思わない。
 つまりトモミさんがパートかなんか知らんが働いてだな、
 そこでの規則で指輪を外さなくちゃならん、そういうケースならな。」


、、どうだ、理路整然としてるだろ。
だから営業マンであるオレは指輪を外したんだ。悪いか。


「なるほど。しかし、当社ではそんな規則はない。現にしている人もいる。
 そうなると愛情の問題になってくると思うぜ、指輪をとるか、見栄をとるか。」

(見栄!)

「何言ってるんだ、矢崎。話が突拍子もなく飛躍してるぜ。
 どこから愛情の問題になるんだ、え?、何で見栄なんだよ。」
「工藤、さっき佳菜ちゃんになんて言った?カッコ悪い、そう言っただろ。
 カッコ悪い、イコール見栄だ。オレはそういうのは好かん。」(参照こちら


矢崎、どうだと言わんばかりの顔。
むっとして言葉に詰まる私。


矢崎が話を続ける。
「オレはきっと指輪は外さない。たとえ規則があってもね。
 オレと彼女はパートナーなんだ、お互いに上も下もないパートナー。
 指輪をしていることは既婚者だっていう証しでもあるしな。」

くっ、カッコつけやがってぇ。
オレだってそう言いたいよ。

すかさず黙って話を聞いていた杉野佳菜が口を開きました。
「私もそう思います、だって結婚指輪をしていれば浮気もできないでしょ。
 さすが矢崎さんですねぇ、私、尊敬しちゃうかも、です。」

私は慌てて弁解しました。
「いや、何度も言うようだけれど、オレが指輪を外したのは、
 仕事のためなんだから、それはトモミさんも納得してもらって、だな。。」


、、、もじもじ嘘をつく私。
形勢はまったく悪し、です。


・・

でも、待てよ。一理ある。

もしかしたらオレはレイを意識して指輪を外したんじゃ、、、。
つまり、君の前ではひとりの男、みたいな、、、。

もしそうだとしたらトンでもない奴だ、オレ。


あ〜あ、、ここらへんで降参しちゃおうかな。
オレが間違ってました、とか言っちゃえば、ここは丸く収まりそうだしな。

うん、そうしよう。


と、私が頭を巡らしているうちに、今度は鏑木さんが口を挟みました。

「指輪なんかしていたらみっともない、そりゃそうだ。」


うう、話がこじれそうな予感。

また随分酔っぱらってきちゃっているし、、、



   2003年06月22日(日)    言ってしまった手前、もう引き下がることはできない。

J (2.結婚)

12. 指輪 (7)


そもそも私は指輪をしないことを持論にしていたわけではありません。

指輪を外したのはレイへの手前、そうせざるを得なかったからです。(参照こちら
私は自分に正当性を与えるために“営業マンはかくあるべし”という、
ツジツマ合わせのような理屈を持ち上げてレイを納得させたのです。

つまりもともと深く考えていたことではなかった、、、。

そこへ持ってきて杉野佳菜が私に何故指輪をしていないのかと聞くものですから、
私は酒の力により饒舌になって、それがあたかも自分のポリシーとして力説した、
それだけのことでしかなかったのです、私にとっては。


実は、正直に言えばもうひとつ理由がありました。

それはレイがオフになって再び指輪をしていた、(参照こちら
それで私は指輪をしないことに意固地になった、
つまり、、、

オレが指輪をしていないのは、レイ、君とはまったく無関係のことであって、
君が指輪をしていようがしていまいがオレは仕事中はしないのだし、
尚且つ、オフタイムと言えども営業マンたるオレは指輪なんかしないのだ、

、、、と言う意味を込め話していたのです。

杉野佳菜を通してレイに言い聞かすように。



このことを掘り下げて考えてみると、この感情もジェラシー、なのでしょう。

君はいったい?
君の新しい恋人って?
その指輪はその彼氏との絆なの?

考えまい、そうする意思が私を逆に反対の立場に置こうとする、
それによりバランスがやっととれるかのように揺れる自己であったのです。


・・

言ってしまった手前、もう引き下がることはできない。
矢崎が反対の立場で口を挟むのであれば尚のこと。

そして酒が入っている。

まして、

レイも聞いている、、、。


矢崎が話を続けました。

「工藤の言い分も分かるが、じゃぁ、友美ちゃんはどう思うかな、
 或いは友美ちゃんが指輪を外していたら工藤はどう思う?」


どう思う?、、、ったって、

友美さんは営業マンじゃないんだぜ、

それって詭弁じゃないのか、矢崎よ。



   2003年06月21日(土)    杉野佳菜は口を尖がらせて見せました。

J (2.結婚)

12. 指輪 (6)


レイの指には再び指輪が嵌められていました。

そう、仕事が終わればプライベート、好きにしたらいい。

私はレイの顔を見遣りながらそう思いました。



そして私は杉野佳菜に答える。

「結婚指輪?、ああ、そんなものするわけないじゃんか、カッコ悪い、」
「そうですかぁ、なんだか工藤さんって友美先輩に優しいから、
 ずっと指輪をしてらっしゃるのかと思っていたのに、、、」

杉野佳菜は総務部で友美さんの後輩だからなんとも手厳しい。
ちょっぴり膨れっ面をして私を責めている。

「あのね、佳菜ちゃん、営業マンはね、いつ何時お客さんと会うとも限らないの、
 だから指輪なんかしているとマズイんだよな、わかるだろ?」
「でも、よくしている人、見えますよ、ほかの会社の営業さんでも、」
「人は人、これはオレのポリシー、そういうことで、ダメかい?」
「ううん、そう言われちゃうとなぁ、」

杉野佳菜は口を尖がらせて見せました。
ちょっと可愛い仕草で、です。

「佳菜ちゃんは結婚したら旦那さんに指輪をしていてもらいたいんだ?」
「うん、だって、それが絆だもん、私は絶対そうしてもらう、」
「じゃ、オレみたいのは真っ平ご免、ってワケかい?」
「そう言うわけじゃ、でも、友美先輩も優しい人だから、、、。
 私だったら工藤さんが指輪を外していたら怒っちゃいます、」

「おおコワっ」、私はここで大笑いしました。

何でかって言うと杉野佳菜がホントに怒ったような顔をして睨んだものですから。

釣られて杉野佳菜も笑いました、
「ぜんぜんコワクナイのに〜」とか言いながら。



「工藤、悪いが俺は結婚したら指輪を外さないな、」

隣で話を聞いていた矢崎が口を挟みました。


なにやら絡んだような言い方。

おいよぉ、酒の席だぜ、矢崎、。


絡むなよ。



   2003年06月20日(金)    工藤さん、結婚指輪はどうされたんですか?

J (2.結婚)

12. 指輪 (5)


歩きながら矢崎と話す私。

「で、工藤、新婚旅行はどうだったんだい?
 予定より早く出社するっていうから、何かあったのかと心配したぞ。」
「いやさ、トモミさんが実は、」

実は妊娠の兆候が見られて、それで大事を取って予定を切り上げた、
私は例に習ってそういうふうに答えておきました。
決して切迫流産で、なんてことはおくびにも出さないようにして。

「そっかぁ。それでかぁ。ん。おめでと、な、」
「ありがとう、ま、秘密にすることでもないが、ひとまず内密に頼むよ。」
「分かった、分かった。でも。そっかぁ、工藤がねぇ。人の親にねぇ。」

しげしげと私の顔を窺う矢崎です。
ふ〜ん、という顔で。
お前がねぇ〜、という顔で。

私としては友美さんの切迫流産が気がかりで、
妊娠についての話題はあまり気の進まない話題でした。

ですから私はそうした矢崎の興味深々の態度には気づかぬ振りをして、
「ところでどうだい、順子さんとのことは?」
と矢崎のフィアンセに話題を振り会話を切り替えたりしたものでした。



やがて店につき、2階の座敷に上がり、
じゃぁ、飲むべ、と鏑木さんの音頭で飲み始める。

私は不在中に負担を掛けてしまった皆に礼を言い、
皆は私の結婚についての話題で盛り上がる。

そのうちに皆して出来上がってきて、思い思いに話が弾み、
私もたいそう饒舌になってきて軽口を叩くようになっていきました。


しばらくして杉野佳菜が私の隣に来ました。

そして私に酌をしながら言うのです、、、

「工藤さん、結婚指輪はどうされたんですか?、」


指輪!


私はレイの方を見ました。


、、、レイは私を見ていました。



   2003年06月19日(木)    友美さんが出てくれるといいな、、、。

J (2.結婚)

12. 指輪 (4)


友美さんが出てくれるといいな、、、。

受話器に耳を当てながら私は思いました。

もし義母が出たらなんと言おう、言い辛いな、飲んで帰るなんて。


私の隣にはレイがいる、聞く振りもなくそこにいる。
私はみなに薦められ自宅に電話を掛けることになったのでした。

呼び鈴が鳴る、一回、二回、三回、、、。

そして四回目、カチャっと受話器が外れる音。

「もしもし、」私。
「もしもし、純一さん?、」と友美さんの声。

(良かった、友美さんが出てくれた、、、)

「うん、オレだけどさ、今夜ちょっと皆で飲むことになったから。」
「、、、遅いの?」

いや、そんなに遅くならないようにするよ、
と言いたいところだったのに私は言わなかった。

なぜなら、、、
私の隣にはレイがいる。皆がいる。
こんなところで甘っちょろい言葉なんか掛けられるかよ、。

「分からない、じゃ、お義母さんによろしく、」
「、、、はい、」

何か言いたげな友美さんでしたが、私は思いっきり電話を切りました。
ガチャリと音を立てて受話器を置いて、
「これで良し、っと、」と皆を見回してそう言いました。
どうだと言わんばかりの顔付きで。

でもね、
内心は、友美さんゴメンよ、と悲しい気持ちで謝ってもいたのです、、、。


・・

駅前の焼鳥屋までてんでばらばらになって歩いていきます。
私とともに歩いているのは同期の矢崎(参照こちら)、
鏑木さん(参照こちら)はレイと杉野佳菜(参照 こちらこちら)とともに、
そして宮川(参照こちら)と安田(参照 こちら)。
(その他私のセクションについての参照こちら

総勢7人の飲み会です。



   2003年06月17日(火)    私は本当は帰りたかった。

J (2.結婚)

12. 指輪 (3)


私は本当は帰りたかった。
出社早々飲むなんてことはしたくなかった。

新婚早々だからっていうんじゃない。

友美さんは切迫流産なんだ。
心細く私の帰りを待っているに違いない。

たとえ義母が身近にいたとしても、、、。


だけど、、、
私は仕事の付き合いを優先した。

というよりも、
私は工藤純一としてのイメージを優先した、、、
そう言ったほうがより当たっていたかもしれません。

私は、結婚したら工藤は変わった、などと言われたくはなかったのです。


・・

>結婚したら工藤は付き合いが悪くなった、
>結婚したら工藤は嫁さんのことばかり考えている、

>結婚したら工藤先輩って言ってたことが変わったよね、
>結婚したら工藤先輩って周りのこと考えなくなったよね、

>おい、工藤、嫁さんなんて最初が肝心だぜ、ガツンとやらにゃ、
>おい、工藤、オレだって結婚してんのにお前に付き合ってやってたんだぞ、
>おい、工藤、お前だって下のものを飲みに連れていってやらなくちゃな、

>工藤さん、今夜空いてますか、ちょっと相談したいことがありまして、
>工藤さん、たまには飲みに連れていってくださいよ、オレ溜まっちゃって、
>工藤さん、女遊びってどうすればいいんですか、教えてくださいよ、

>工藤君、今晩どうだい、たまには奢るよ、
>工藤君、今夜悪いが付き合ってくれないか、話がある、
>工藤君、急の接待だ、寿司秀予約しておいてくれ、、、


、、、そうだ、これがオレだ。このオレがオレ。


>ハハ、まっかせときって。
 僕は何にも変わらないよ、今までどおりさ。心配なく。
 たまたま結婚したまでのこと。
 これまで通りお付き合いさせてもらいますよ。


、、、オレはオレを継続する、これがオレなのだから。


・・

>よっし、じゃ、飲みにいこっか。
 今夜は久し振りだからガンガン飲んじゃうぜ。

>工藤さん、家に電話しなくていいんですか?
 友美さん待ってるんじゃないんですか?

>いらん心配すんな、いちいち飲みに行くぐらいで電話してられっかよ、

>でも、今日くらいはしておいたほうがいいんじゃないですか?

>そうだぞ、工藤、オレも友美ちゃんに恨まれたくないからな、電話しとけよ、

>そうっすかぁ、じゃ、、、


、、、私は電話をとりました。



   2003年06月16日(月)    やって当たり前、出来て当たり前。

J (2.結婚)

12. 指輪 (2)


私は自席につくなり仕事を始めました。
レイは私の隣りで私の補佐的な仕事をする。
変わりないふたりの日常がいきなり始まりました。

「午前中に事務処理をし午後から営業先に挨拶回りをしよう。」

私はレイにそう言って、てきぱきと仕事をこなしていきました。



午後になり外出。
私の不在中レイに営業を任せていたため、
私は挨拶を兼ねてレイを連れて出かけました。

ただし。
商談中はもちろん、移動中も、私は一切私的な会話をしませんでした。

レイがひと言だけ、「新婚旅行はどうだったんですか?」と聞いてきましたが、
その際も「ま、予定通りだったよ、」とだけ言って話を続けませんでした。

私の口調が強い拒否の語感を与えたのか、それっきりレイも口を閉ざしました。

話すことは仕事のことだけ。

そんなふたりでした。



レイはしっかり仕事をしていました。漏れなく、客先の評価も上々でした。
「工藤さんよりレイちゃんのほうがいい。」
などと軽口を叩く客先もあったほどでした。

レイは私に誉められたそうな顔をしていましたが、私は誉めませんでした。

やって当たり前、出来て当たり前。

私はそんな表情でレイを見て返したものでした。


・・

夕方6時近くに帰社。

帰るなり矢崎が寄って来て私に言いました。

「よ、お疲れ。一応予約入れといたから、駅前の焼き鳥屋。」
「?」
「メンバーはうちのスタッフと、あと安田と杉野さん。
 いやさ、そんな話していたら安田がたまたま通りかかって、
 一緒にいいですか、工藤さんの話、聞きたいっす、っていうもんだからさ。
 杉野さんはレイちゃん一人じゃかわいそうだから、オレが誘っておいた。」

そうか、今夜、飲もうって言ってたんだ、、、。(参照こちら

「いいよな、それで。」矢崎が念を押す。
「ああ、いい、ありがとう。」私は答える。


ふっと脳裏に友美さんの顔。
次に義母の顔、、、。


いや、これも仕事だ。

私はかぶりを振って頭を切り替えました。


そして目をやると私の隣りにはレイがいる。



   2003年06月15日(日)    12.指輪

J (2.結婚)

12. 指輪 (1)


かくしてレイとのペアでの仕事がまた始まりました。


変わったことがいくつか。

私が結婚をしたこと。
レイに恋人ができたこと。

いや、もともと私のとレイとの間には上司と部下の関係以外何もなかった。
始まりも終わりも何もない。
二人の関係は何も変わってはいない。

それぞれにそれぞれが別の生き様の中で変わった、それだけのこと。


レイの新しい恋人。
それが誰であったって私には関係ないのです。
私がそれを知りたいと願う心を持っている限り、
私は私の中にレイへの想いを断ち切れていない自分を見出すのです。

そのため私はレイの恋人について考えることを放擲しました。
強い意志でもって。


(レイがどうしようったって私には関係ないことだ。)



ところが。
強く強くそう思うことによって、反って私はレイを意識する。

上司と部下。
それ以上も以下もない関係なのに、、、。


私には負い目がありました。

私はレイと初めて飲んだ夜に、
酔った勢いで彼女を抱き締めキスをしようとしました。(参照こちら

そのことについてワタシハキオクニナイと嘘を吐きました。(参照こちら


そして、私は夢の中で彼女の中で果てた、、、。(参照こちら

新婚旅行の初夜の晩に。


・・

ですが、これらは誰にも知られない私の心の内のこと。

人目には結婚で一回り大きくなった営業マン工藤純一が、
エネルギッシュに映っていたはずです。

たぶん、レイの目にも。



   2003年06月14日(土)    だめだ。結婚はだめだぞ。

J (2.結婚)

11. 変貌 (11)


私は無性に腹が立ってしまいました。


何だってそんなことをいきなり言うんだ!
オレにだって!、オレにだって!、オレにだって!、
オレにだって心の準備ってものがあるんだよ!


「そうか、どんな奴なんだ、そいつ、」
「どんな奴って、」
「だからどんな奴っていうのはね、どういう仕事していて、とか、
 どこに住んでいてとか、だからどこのどいつなんだってこと。」
「それは、、、」

レイは私の剣幕に押され口篭もりました。
どうして工藤さんは怒ったような口振りで聞くんですか?
そんな表情でもありました。

「だめだ。結婚はだめだぞ。まだ3年経っていない。
 君はオレと約束したはずだ。3年は頑張るって。」
「でも、恋愛は自由だとも言いました。」
「ああ言えばこう言う、、、。ああ、確かに言ったよ。で?」
「いえ。それだけです。」
「じゃ、この話はもうこれでいい。つまり、君には恋人ができた。
 そういうふうにオレが思っとけばいいんだろ。わかったよ。」


私はすっと立ち上がりました。

だいたい、オレは仕事中になんて話してんだ。まったく。

「仕事に戻るぞ。レイちゃん、」


・・

私とレイは会議室を出て自席に戻りました。

部長がチラっと私を見、私は軽く二・三回頷きました。
(キチンと話しましたから)というように。



そうだ。指輪。

レイは?

、、、レイの右手の薬指には既に指輪はない。


それを見て私もそっと左手の指輪を外しました。

そして、、、

くそ、っとばかりに無造作にポケットへ突っ込みました。


ごめん、、、

トモミさん、、、


(11.変貌、の項 終わり)


   2003年06月13日(金)    そいつと君は結婚でもするっていうのかよ!

J (2.結婚)

11. 変貌 (10)


私の心のうちにはかなりの動揺が走りました。
たぶん何かあったとは想像できたとはいえ、
唐突に「彼ができた、」と聞かされてはさすがに私も返す言葉を失いました。

かろうじて言った言葉。

「そ、、、。そうか、」


誰?
どんな人?
そいつの趣味かい、その栗色の髪?
そいつと、そいつとやっちまったのかい?


・・心が揺れる。
だめだ。これじゃ、だめだ。全然平気な顔しなくっちゃ。

私は努めて平然とした口調を繕う。

「あの、前に言っていた、その、年上の人、は、どうしたの?」

私の目をまじまじと見詰めるレイ。

「別れました。言いませんでしたっけ、とっくの昔に別れたってこと。」


とっくの昔!

じゃぁ、、、


私はもしかしたらレイは私に憧れているのではと微かに思っていた。
レイの言っていた年上の人っていうのは自分のことじゃないかと。

人を好きになると自分に都合よく何でも考える。
そんなことは分かっているさ!

だけど、だけど私は心の片隅にそういうほのかな思いを持っていた、、、。


じゃぁ、違うんだ!
オレのこと、言っていたんじゃないんだ!

そうだったんだ、、、


、、私は唇を噛み締めながら、けれど、さらに努めて平然に言葉を話す。

「そ、、、そうだったっけ。別れた、そんな話、聞いてたっけ。
 だって、オレ、トモミさんとの結婚で頭が一杯だったから、」

無言のレイ。
言葉を続ける私。

「ふ〜ん。じゃ、最近知り合った彼、ってわけだね。
 で、なんでそんなことオレに話すの?」

「上司として聞いておいて欲しかっただけです。
 工藤さん、私に言いましたよね、
 『僕がよしと言った相手でなければダメだぞ、』って。(参照こちら)だから、です。」



、、、だから、ですって、言ったって。

その、そいつと君は結婚でもするっていうのかよ!



   2003年06月11日(水)    何故君は変わってしまったの。

J (2.結婚)

11. 変貌 (9)


何故君は変わってしまったの。
髪を栗色に染めて、指輪を嵌めて、香水をつけて。
急に大人びた君に僕は戸惑いばかり覚えるよ。

もしかして。
もしかして彼氏となんかあったの。
以前話していた、あの年上の人、、、。(参照こちらこちら


もしかして、やっちゃったの、、、。


・・私は目をそらしたレイを見ながらそんなことを考えている。


でも、、、聞けっこないよ、そんなこと。

オレとレイとは何もないんだから。
ただ、オレが、オレひとりが恋愛の情を持ってしまっただけ。
それも結婚を前に心の奥底に封印した感情。

レイを前にして、こうしてあれこれ考えていても何も始まらないこと。


私は首を振り、自分を取り戻しました。


・・

黙っているレイに向かって私ははっきりとした声でもう一度言いました。

「レイちゃん、いいね。」

レイもまた何かを考えていたようでした。
私の声で自分を取り戻したかのように首を振り、
そして彼女もまたはっきりとした声で答えました。

「はい、了解しました、工藤さん。」


私はこれでいい、そう思い、「うん、」と一言言って席を立つ。
レイはさらに何か言いたそうな顔をする。
私は「ん?」と問いかけたような顔でレイを見る。

レイは思い詰めたような顔をしている。
何かを訴えるような顔。

「なんだい?、レイちゃん、まだ何か話があるの?」


レイは。

レイはいきなりこういうのです。

「工藤さん、私、彼ができたんです。」


、、、!。 彼って?


何故?、何故急にそんなこと言うんだよぉ。レイちゃん、、、!



   2003年06月10日(火)    結婚指輪。これは友美さんとの絆。

J (2.結婚)

11. 変貌 (8)


結婚指輪。

これは友美さんとの絆。
この指輪とレイの指輪は重みが違う。

だが。
男が指輪なんてしている方が営業としては確かに問題だ。

それに。
指輪はだめだ、とそう言った本人が指輪をしている。

これじゃぁ、下の者にしめしがつかないじゃんか!


「う〜ん、、、」私は言葉に窮しました。


・・

レイは頭のいい子でした。
私が困惑しているのを見て取ってすぐに私をフォローする。

「工藤さん、すみません、分かりました。
 指輪は今後仕事中はしません。約束します。
 大切な結婚指輪と私の指輪、いっしょに考えちゃいけないもん。」

この言葉は私の心に響きました。
私は何事も自己に対して整合性を求める男です。
仕事上で、結婚指輪も、遊びの指輪も、同じ指輪であって違いはない。

私はレイに向かって宣言する。

「いや、レイちゃん、君の言う通りだった。
 僕も仕事中は指輪を外す事にする。」

「でも、それじゃ、」
「君には関係ないことだ、気にしなくていい。
 ただ、これで君も僕も同じってことだから、僕の言うことを聞いてね。」

レイちゃん、と私は優しい眼差しでレイを見ました。


ところが、、、。

今度は、レイが目をそらしました。

私を避けるように。


私は目の前にいるレイが遠く遠く感じました。



   2003年06月09日(月)    レイは私の心の中を知らない。

J (2.結婚)

11. 変貌 (7)


会議室にレイとふたりきり。

「ま、ちょっと座れよ、」

私はレイの対面に腰かけ今またレイを凝視する。


そう、私は彼女とひとつになって彼女の中で果てたのだ。
されるがままにキスをされ、されるがままに包まれたのだ。
この服の下に隠れる柔らかな肢体、胸、乳輪、乳首、、、

鮮明に脳裏に浮びあがるあの生々しい記憶。
ああ、何と狂おしい夢!(参照こちら


私がじっと見つめて黙っているので、
レイは、「どうかしましたか?」と不安そうな顔で私に尋ねました。

レイは私の心の中を知らない。
まさか自分の裸体を私が想像しているなんて夢にもないこと。
大方髪を染めたことに対する注意をされるのであろうと、
うすうすそんなふうに考えているような顔つきでした。


・・

「いや、話って言うのはね、その指輪のことなんだよ。」
慌てて指輪を隠すレイ。

「すみません、つい、うっかりしてました。」
「うっかり?、なんでも2〜3日前から嵌めているそうじゃないか。
 髪の毛を染めたり、なんかしらんが香水をふりまいたり、、、
 レイちゃん、いったいどうしたんだい?何か変だよ、今の君、」

「変ですか?だってみんなやっているじゃないですか、」
「そりゃそうだけどさ、なんだか急に、だからさ、」
「いけないんですか?」

レイは、いくらか挑戦的な表情をして私に質問しました。
その眼差しは深く真っ直ぐでした。
何度も目を合わせてはどちらかが目をそらしたふたりの視線。
、、、この時は私がそらしました。


この目を見ていると、今のオレはなんでも許しそうになる、、、。

夏季練成の時、あの海で見たレイの瞳。(参照こちら
この深海の奥より放つような光に包まれて、
今また私はレイの瞳の奥に引き込まれそうになっている。

私は目をそらしました。
そらさなければ、
再び封印しているレイへの恋愛の情が溢れそうでしたので。


私はタバコをくわえ、火をつけてその煙を身ながら答えました。
「いけないかって?、節度さえ守っていればそれでいい、なぜなら、」
私はそらした目をちらりとだけレイの顔に戻し、
「なぜなら君は営業部の人間だ、お客にも会う、身だしなみは重要だ、」
と諭すように言いました。

「これじゃ、いけないってことですか?」
「いいよ、だけど、指輪はダメだ、好き嫌いがあるからね、お客さんにも。」
「でも、」
「でも?、なんだ。」
「工藤さんはいいんですか?結婚指輪。」



、、、迂闊にも私は結婚指輪を嵌めていました。



   2003年06月07日(土)    今晩、、、私の脳裏に友美さんの顔が浮かぶ。

J (2.結婚)

11. 変貌 (6)


会議室。

私に不在中の出来事を細かく報告をするレイ。
それをフォローする矢崎と鏑木さん。
いちいちに質問し理解しながら聞いている私。


、、、小一時間ほどでレイの報告はすべて終わりました。

「ありがとう、レイちゃん、もう大丈夫だ。よくやってくれたね、」と私。
「いえ、矢崎さんと鏑木さんが殆どやってくれたんです。」とレイ。

それを聞いて鏑木さんは、ガハハと笑い、言いました。
「そんなことないぞ、レイちゃん、一生懸命やってたもんな、
 おい、工藤、こりゃ一杯奢ってやらにゃダメだぞ、」
矢崎も続けて、
「そうだ、今晩一杯やるか、工藤の出所祝いってこともあるしな、」
と言うものですから、
私は断るすべもなく、「分かった、分かった、」と言ってしまったのです。



今晩、、、

私の脳裏に浮かぶ友美さん。

そして、義母の顔。

今晩は早く帰らなくては、、、。


矢崎が私に問い掛ける。
「どうした、工藤、浮かない顔をして、」
「いや、」

鏑木さんが私の心を見透かすように言う。
「お、友美ちゃんが待っているってか?だめだめ、最初が肝心なんだぞ。
 初出社した日にゃ、たいがい午前様するもんでぇ、まして営業なんだからよ。」
「そうっすよね、、、」
「そうそう、じゃ、決定な、」

そう言って鏑木さんは席を立ちました。
釣られて矢崎も、そしてレイも。
 
皆して会議室を退出する。

そうだ、レイの指輪の件、、、


私はレイを呼び止めました。
「レイちゃん、ちょっと話がある、」

振り向くレイ。
「なんでしょう?」

私は答えずに会議室の扉を開け手招きをしました。



   2003年06月06日(金)    ところで工藤君、レイちゃんのことだが、、、

J (2.結婚)

11. 変貌 (5)


朝礼が終わり私は部長と応接室に入りました。

ソファに腰掛けるや部長は冗談っぽく笑いながら言いました。

「で、友美ちゃんがどうした?まさか喧嘩でもしたって、
 そんなことを言うんじゃないだろうなぁ。」

私は「いえ、」と言葉を切ってから、
「実は、、、」と友美さんの切迫流産のことについて話し始めました。


実は友美さんは妊娠していること。
結婚式から新婚旅行と無理が続いたこと。
新婚旅行を途中で取りやめて帰ってきたこと。

そして、切迫流産になったこと。

「、、、ですが、医者に言わせると安静にしていれば問題ない、
 そういうことですのでご心配頂くほどのことではないのですけど、、、」


部長は私の話が終わったとみて2〜3質問しました。
「それで今友美ちゃんはどうしてるんだい?」
「家で寝ているはずです。」
「そうか、君も結婚早々大変だな、暫くは早く帰れるようにしたらいい。」
「それには及びません。実は友美さんのお母様が来てくださっていて、
 家事とか身の回りのことをやってくれています。」

部長はふんふんと頷きました。

「万が一の時のために部長のお耳にだけは入れておくべきかと思いまして。」
「分かった。このことは俺の胸にだけにとどめておく。」
「よろしくお願いいたします。」

そこで部長はタバコを取り出して一服点けました。
大きく吸い大きく煙を吐く部長。
じっとしている私。

・・

「ところで工藤君、レイちゃんのことだが、」

私は(きたな、)と思いました。
部長はまじまじと私の顔を見てから言いました。

「彼女、変わったと思わんかい?、、、いや、外見だけじゃなく。
 本質的に何かが変わったように。」
「、、、。」

タバコを深く吸う部長。
黙って話の続きを待つ私。

「いや、俺はプライベートなことは口を挟まない主義だ。
 髪を染めるのも度を越えていない限り何も言わん。
 ただな、指輪はどうかと思う、君の方から注意してみてくれんかね。」

上から下への威圧感。
私はレイの顔を脳裏に浮かべる。
沈思黙考する私。
そして、少しして、
「はい、よく言っておきます。」と私は答えた、、、


部長は話が済んだとばかりタバコをもみ消し、
「じゃ、がんばってくれ、君はわが社のホープなんだからな、」
と言って応接室を出て行きました。

私は考え考え部長の後に続き部屋を出る。

考え考え。

レイに何かあったんだろうか、、、と。


・・

自席に戻るとレイと鏑木さんと矢崎が顔を揃えて私を待っていました。

そうだ、不在中の報告を聞くんだった、、、

「会議室、空いているようだからそこで。」

矢崎は私が戻るなりすぐに席を立ってそう告げました。



   2003年06月05日(木)    こんなにいい女だったか、こいつ。

J (2.結婚)

11. 変貌 (4)


くっ。

子どもだとばっかり思っていたのに、
このレイの存在感は何だ、、、。

チラリとレイを横目で見てみる。
ああ、なんと、めちゃめちゃいい女に見える。
もう手が届かない存在なのに、、、。


「工藤さん、さっそくなんですけど、いくつか報告があります。」
「なんだい。」
「ご不在中にちょっとしたミスがあったこととか。いろいろなんですが。」
「うん、じゃさ、始業したら別室でまとめて話を聞こう。
 バラバラ報告されてもオレも理解しにくいし。
 鏑木さんと矢崎にも時間を取ってもらって一緒に聞こう。」
「はい、」

レイの口調は以前と変わりませんでした。
が、やはりどことなく大人びた雰囲気が醸し出されている。

こんなにいい女だったか、こいつ、、、。


私はまじまじとレイを見つめる。

レイは私の視線に気づき、きょとんとした顔をしてから、
上目遣いに目元を緩め、(何ですか?)というように首を傾げる。

私は、(いや、何でもない、)というように首を振る。

首を振りながらも私の視線はレイの全身を上から下まで眺めて、
何がどうなって彼女のこの雰囲気が醸し出されているのか、
食い入るように見つめその答えを探している。

目元、首筋、胸元、ウエスト、、、。


ああっ、、、!

君はレイ、そうか、あの時、あの夢の、、、
初夜の晩、私が友美さんをレイと思って果てたあの夢の、、、(参照こちら

レイ、、、!


私の脳裏にあの夢のレイが現れて、

そして目の前のレイと重なって、、、

私は羞恥のあまりレイから顔を背けた、、、



   2003年06月04日(水)    部長にだけは切迫流産のことを報告しておこう。

J (2.結婚)

11. 変貌 (3)


そうこうしているうちに多くの社員が出社してきました。

私はレイの変貌、そして薬指の指輪に気を取られながらも、
出社するごとに身近な社員に挨拶をし結婚式のお礼を言いました。

そのうちに気の知れた同僚に囲まれて、
新婚旅行の話やら新しい生活の話やらをさせられて、
レイのことをどうこう考えている場合ではなくなっていました。



やがて部長が出社してきました。

私は部長席に出向き改めて結婚式のお礼と出社の挨拶をし、
部長はにこやかに私の肩を叩き「頑張れよ」と声を掛けてくれました。

私は咄嗟に部長にだけは切迫流産のことを報告しておこうと思いました。

友美さんに何かあった時。

そう、何かあった時のために、、、。


私は声を落として話しかけました。
「ところで部長。折り入ってお話したいことがあるのですが。」

部長は真顔の私の顔を見て、うん、と頷きました。
すべて了解した、とそういう顔付きです。
そして、「樋口君(レイ)のことか?」と聞き返してきました。


レイ、、、。

髪を染め薬指に指輪を嵌めたレイ、、、。


一瞬私はレイのほうを振り返りそうになりました。
が、首を半分回したところで再び元に戻し、
「部長、それもそうなんですが、友美さんの、その、」
と言いました。

部長の目元がピクンと動きました。
何かあるな、そんな表情でした。

「分かった、朝礼が終わったら応接で話を聞こう。」
「よろしくお願いいたします。」
私は深々と頭を下げました。



自席に戻るとレイが私の隣にいる。

香しい甘い香りが私を包む。

以前は無臭だったレイ。


私はレイにオンナを感じる、、、。



   2003年06月03日(火)    私の目の前には髪を栗色に染めたレイが立っていました。

J (2.結婚)

11. 変貌 (2)


私の目の前には髪を栗色に染めたレイが立っていました。
どことなく以前よりも大人びているレイでした。
そう、ムスメからオンナになった、そんな雰囲気。

矢崎が口幅ったく、自分の目で確かめろと言った、
その意味が分かったように思われました。


これは、、、。


私が最後にレイに会ったのは私の結婚式の当日でした。
あれからたった一週間位のうちにレイに何があったのか。

肩までのびた艶やかな黒い髪、、、
日本人形みたいな顔立ちに合って、
客先からの評判も良かったのに、、、(参照こちら


そして、この大人びた雰囲気。

これは、、、。


これは間違いなくオンナになった、そう直感できる。


でも。

どういうことだ、、、。



・・

「や、おはよう。レイちゃんには結婚式といい、不在中のことといい、
 随分と世話になったね。ありがとう。」
「いえ、、、。」
「ところで、レイちゃん、髪染めたんだ。ちょっと派手だなぁ、、、それ。」
「部長には了解戴きました。」
「う〜ん。だけどオレのいない時に、なんだなぁ。」
「え?、いけないんですか?工藤さんがいない時に髪を染めちゃ。」
「いや、そういうことでもないんだけど、、、。」


何かあったのか?

私はそう聞きたかった。

けれどそれはプライベートのこと。
上司と部下の関係に過ぎない私が立ち入って聞くことはできません。


しかし。

私は気づいたのです、、、。

レイの右手の薬指に指輪がはめられているのを。


何だ、、、?



   2003年06月02日(月)    11.変貌

J (2.結婚)

11. 変貌 (1)


結婚後初めての出社。

友美さんが切迫流産でさえなかったら明るい門出であったことでしょう。

しかしこの事態にあっては淡々として出掛ける私でした。


いつもより早くに起きて、義母に後のことを頼み、
友美さんに一声かけてからさっと身支度を済ませました。
長い休み明けの出社です。
私は一番で会社に着くように考えたのです。

友美さんは玄関の外まで私を見送りに出て、
「いってらっしゃい、」と笑顔で新妻の心を配ってくれました。
私は友美さんの頬を撫で、「うん、大事にしてろよ、カラダ、」と言い、
「じゃ、行ってくる、」と背筋を伸ばして家を出ました。


・・

会社に着くと既に矢崎が来ていました。
「よ、おはよ、その節はありがとう、暫く迷惑かけたな、」
「おう、工藤、早いな、どうだい、新婚生活は?」
「ん、まあな、それより仕事の具合はどうだい?」
「だいたいはうまくいっているよ、レイちゃんも頑張ってくれているし。」


レイ、、、。レイか、、、。

私は友美さんの切迫流産からすっかりレイのことを忘れていたのです。

「そっか、レイちゃんは頑張ってくれてたか、、、。」
「ああ、だがな、ちょっと、うーん、」
「なんだ、その、奥歯にものが挟まったような言い方は?」
「まあ、もう少ししたら彼女が来る、自分の目で確かめるんだな、」


何をもったいぶったことを言っているんだ、矢崎のやつは。

私は気に止めず自分の机に座り机の上を整理し始めました。


、、、片付けながら私は頭の中でレイの事を考えている。

もう何も起こらない、レイと私の関係。
もう全ては終わった、レイと私の関係。
いや、終わったと言うより、始まってもいないんだっけ。

、、、苦笑する私。


それに。
レイどころじゃないんだ、オレは。
友美さんが大変なんだ。
うかうか恋愛感情に揺れ動いているワケにはいかんのだ。


さあて。
仕事だ仕事だ仕事だ!
やるぞやるぞやるぞ!
めっちゃめちゃ頑張っちまうんだから、オレは!

私は両頬をぴしゃりと叩き気合を入れました。


・・

と、そこへ聞きなれた声。

「おはようございます、工藤係長。」


え?、、、 レイ?

レイちゃん、どうしたの?

私はレイの変貌に目を丸くしました、、、



  < Pre  Index  New >    


INDEX+ +BBS+ +HOME+ 
この物語はフィクションです。

My追加

+他の作品へのリンク+・『方法的懐疑』(雑文) ・『青空へ続く道』(創作詩的文章)