私のホームページはつつましやかな個人サイトなので、 だいたい1日のユニークビジター数 (=自分を除く、何度も訪れた人を1と数える) は35〜50カウントくらいです。
人気サイトになりたいと思いながらも、 特に何の努力もなしにここまでやってきました。 満足はしていませんが、 特に有益な情報も提供していない 貧乏OLの日記サイトとしては、 妥当な数字だと思っています。
少しずつだけれどここで知り合ったお友達もできたし、 これからも続けていきたいとぼんやり考えていました。
ところが、今日のアクセス解析を見たら なんと一日のアクセス数が155!
なんですかこれは。
初めての方はグーグルから来てくださっているもよう。 こわい掲示板とかで リンクされてたらどうしよう、などと心配になる。 そんなに変なことは書いていないと思うのだけれど……。
理由の分かる方、 よろしければこっそりメールで理由を教えてください。
やれやれ。
取材で大阪出張。2時に終わったので、星ヶ丘(大阪)の「ソーイングテーブル」(カフェ)と、京都に少し寄って帰る。7時半すぎの新幹線に乗るまでの短い時間だったが、久しぶりに自分の中の何かが変わった感覚があった。昨年夏の、四国旅行以来かもしれない。
夕暮れ時、京阪電車の三条駅に到着。上品な料亭の並ぶ先斗町の路地をうろうろしたあと、賀茂川沿いを四条駅に向かって、ゆっくり歩いた。京都の桜はまだだ。でも、風は暖かい。四条大橋の向こうの空が、だんだん赤くなる。
寄り添って座る恋人たち、ギターを弾くミュージシャン、群れる学生、バックパックを背負った外国人旅行者、自転車に乗った就職活動生、そしてまた恋人たち。土曜日だからか、ここが京都だからか、皆優しい顔をしている。
こういう瞬間が、自分にとって一番大切だ。生活を大切にしたい。心底そう思った。お金も洋服も、そんなにたくさんはいらないから、この川を見て歩いた幸せな感情を、忘れたくないと。
やがて日が暮れた四条通りを「都をどり」と描かれたちょうちんが照らす。4月の花見シーズンに合わせて、舞妓さんの芸が披露されるらしい。高台寺のライトアップはあきらめて帰ることにして、最後に花見小路をのぞく。彼へのお土産は、お香とお漬け物にした。
【余談1】 一澤帆布にも立ち寄ったけど休業中。「近くに類似品を扱った店があるようですが、当店とは全く関係ありません」という貼り紙があった。この間新聞で「一澤帆布の社内分裂(骨肉の争い?)があって、分裂した片割れの人がもとの店舗のものすごく近くに店を出すらしい」みたいな記事があったけど、それと関係あるのかな。大人の本気のけんかは、外から見ているとちょっとおかしい。
件のニュースはこれ↓です。http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/shakai/20060301/20060301a4510.html?fr=rk
【余談2】 ここ見ている人は全員知っていそうだけど、一応ソーイングテーブルについて↓ http://homepage3.nifty.com/h-gakuen/19ochaya.htm
お茶飲むだけで緊張するけど(私だけ?:笑)、あんまり混んでいないし、コーヒー350円は安いと思います。
オーナーさんの書いた『夾竹桃の花が揺れる頃に』という本が店内にあったので読む。元キャトルセゾンの人だったんだ〜とか、色々知る。「元キャトル」とか、「セツモード出身」とか、乙女業界人脈のキーワードが最近少し分かってきた。
最近、洋服を見ても全くわくわくしないことがけっこう深刻な悩みです。歳をとったからなのか、面白いブランドがなくなったからなのか、私が情報収集を怠るようになったからなのか。原因はよくわからないけれど、とにかく私にとっては大きな問題です。
高校時代、初めてヒステリックグラマーを買ってしまったときの、あの優越感と罪悪感の入り交じった気持ち。大学時代にマルタン・マルジェラの白い店を訪れたときの「よくわかんないけどすげえ」という興奮。
そういった気持ちが、どこに買い物に行っても全く感じられなくなってしまいました。
「面白いブランドがなくなった」と偉そうに書いたけれど、実際そんなことはないと思っている。マルジェラの「4」とかドレステリアはいつ見ても最高だし。
でも、いいと思ってもしがないOLが買うにはありえないくらい高すぎる。逆に安いものは安いもので、あまりにも質が悪すぎる気がしています。
私は今年、ドレステリアで紺のウールコートを買って(オリジナルではなくセレクトものです)とても気に入って、着倒した。もとはとったし、買ったことにはとても満足しているけれど、とはいえこれが8万円ですよ。8万円て、高すぎるよ。いくら気に入っても、そんなにたくさんは買えない。この前も、ジョン・スメドレーのニットが最高な肌触りで、本当に欲しいと思ったけれど5万円だった。ドレステリアのオリジナルのトレンチは、6万円でした。
いいものがあまりにも高いと、最近は萎えてしまうようになった。がんばって買って、何になるんだと思うようになってしまった。だから毎日同じような服ばかり着ている。
たまに買い物に行くと、シンプルなVネックばかり集めるようになった。Vネックは好きだし、着ていて気持ちがいいけれどわくわくはしない。洋服でわくわくするっていうのは、「いいものを長く」といった守りに入った大人には分からない気持ちのはずなのです。
だいたいVネックとジーンズの組み合わせが「シンプルでおしゃれ」なんていうのは、ただの怠惰じゃないかと私は思っている。鏡の前で何度も合わせて、重ねて、ごちゃごちゃのレイヤードがだんだんひとつのコーディネートにまとまっていく過程こそが、おしゃれの楽しみだと感じる。
それで、全然気が進まないけれど「このままじゃだめだ」と思い立って、今日は買い物に行きました。でも、原宿や渋谷に行っても心がすさぶだけだとなんとなく分かっていたので、高田馬場で済ませました。
実は今、帰宅してからもけっこうわくわくしていて、家で試着などしたらさらに楽しくなった。よかったです。
左の写真のスカートは2500円。右は1500円です。安いでしょう。特に右のは気に入っていて、実はむげん堂で買ったインドの民族衣装です。巻きスカートなんですが、前が長くて後ろが短い。はくとシルエットがすごくかわいい。ストールも買いました(680円)。
こうやってリハビリをして、また洋服に情熱が燃やせるようになるといいな。面白いブランドがあったら、ぜひ(値段が高くても)教えてください。
2006年03月11日(土) |
村上春樹 原稿流出(とはあんまり関係ない) |
村上春樹さんの顔が「原稿流出」の文字とともに朝日新聞の社会面に載っていたので驚いた。色々調べていたら、事件はあの「ヤスケン」と関係があるらしい。ネットをたどっていると、2003年の11月ごろの記事に行き着く(「村上春樹 原稿 yahooオークション」とかで検索してみてください)。私は村上春樹さんのファンで、今も『遠い太鼓』というギリシア在住期のエッセイを読んでいるのですが、こんなことが起こっているだなんて全然知りませんでした。普通に自分て無知だなーと反省し、この事件について彼が寄稿しているという文春を買おうと思いました。それと、昔のエンタクシーで坪内祐三氏が真相を語っているとかいないとか。手にはいるなら読んでみたい。
話は全く変わって―上記に比べればほんとにどうでも良いことですが―働いて、食べていくって大変なことだとつくづく感じています。お給料をたくさんもらいたいだなんて全く思っていないのですが、「そんなに多くなくていいから」っていう程度のお金を稼ぐのも、けっこう力がいるものだ。
それで、お金がキチッと稼げるようになるには、私の場合生活がキチッとしていることが極めて大切だということが最近は分かってきた。大学生の頃は何にも夢中になれずいつも鬱々と過ごしていたが、あれはお湯も沸かさずペットボトルのお茶を飲んで、部屋をろくに片づけなかったからではないかと思う。
今は、部屋はきれいになった(意識してやっていたら習慣になったので、未来永劫大丈夫だという自信がある)が朝起きられない。毎日2時就寝を心がけているので、理屈で考えれば7時、8時に目覚めることは不可能ではないはずなのに、いつも9時になってしまう。それからお風呂に入って出社するのが10時半ごろ。実家に帰ると、母が6時半には「ごはんができたよ」と呼びにくるので午前中が極めて長い。どちらが良い一日が送れるかは、一目瞭然です。
私の母が父の細々とした収入のみで家族の食事その他もろもろをやりくりできた、できているのは、この「生活力」にあるのだということが分かってきた。つまり、生活がちゃんとできれば、お金も貯まるし仕事もデキる人になるという気がするのです。……こんなことは、どこぞの自己啓発書に鬼のように書いてあるのだろうけれども、なかなか実行するのは難しいなあと悩んでいます。
なんだか話がずれてきましたが、この歳になってもなんとなく心にわだかまっている不安な気持ちが消えないことに、少し苛立っています。これは絶対に仕事のせいなのだが、仕事が嫌いなわけではなく、かといって辞めたらそれはそれで楽しい人生が待っているかもしれないし、しかし辞めたら引き返せない感じはいつもあって、それが怖くて怖くて仕方がない。
結婚したり子どもが生まれたりすれば、また状況は変わるのだろうか。よく分からない。こういう不安を同じ歳くらいのみんなが少なからず抱えていることはなんとなく予想がつくのだが、この類の不安についてはみんなで不安を吐露しあったり「ああそれ分かる」と共感できたところで全く解消されないところがとても煩わしい。
まあいいや。突然めちゃくちゃな独白を書いたのは、「こんな日記、だれも見てないんだよな。見ててもあんまり面白くないのかな」という(これもまた別の)不安が襲ってきたあとに、なんだか妙な開き直りの心境になったからなのです。世の中に、面白いブログがありすぎ。ほんと、私みたいに日々のセンチメンタルとかまじめに綴っているのなんかより、100倍くらい面白い、ふつーの明るい日記が世の中に多すぎ。私のと同じカテゴリに属するロマンチスト系独白は、見ていて鳥肌が立つだけ。……でも、芸風なので今までのまま「王子様」とかいって続けますが。
あーあ。働かないで暮らしたいなあ。ずーっと寝てたいなあ。とか、大学生みたいなことを、久しぶりに言ってスッキリする。
2006年03月10日(金) |
黄色い梅、ふきのとう、ポスト(写真) |
母の畑を初めて見せてもらう。りかちゃんが本作りの参考に母に話を聞きたいというので、これは良い機会だと思って、私もとことこついていくことにしたのだ。実家から徒歩1分の距離なのに、どこにあるのかも知らなかった。
母は6年ほど前から趣味で畑を始めた。 私が高校生のころだったか。
収穫は1年中ひっきりなしだ。春にはじゃがいも、夏にはなす、トマト、ピーマン、すいか、秋・冬にはキャベツ、白菜、ほうれん草……スーパーで野菜を買うことはほとんどなくなったという。
実家にいたころは、当たり前のように毎日食卓にのる野菜を食べていた。東京に来て、スーパーで買うアスパラが、キャベツが、ブッロコリーが、おしなべてまずいことに驚いた。
「取材される」ことになど慣れていない母は、自分の言いたいことを、時には質問に対してとんちんかんに、時には早口に熱く語った(りかちゃんはそんなおばさんにもいらいらせず、優しくて、とつとつと質問を続けてくれた)。
「とにかくね、雨が降らないとだめなのよ。このタマネギ元気ないでしょう。これね、雨が降らなかったからなの。それとね、キャベツなんかは青虫との戦い。手で取るのよ。青虫を。たまにお裾分けした野菜の中に虫が入っているみたいで、そうすると相手の人はもういやになっちゃうみたい。私なんかもう慣れたものだから、平気で食べちゃうんだけど」
せっかく畑に来たのだから、と母は小松菜やキャベツや、にんじんを紙袋にいっぱい収穫して帰った。家の水道で洗って、それを私とりかちゃんに分けて持たせてくれた。
この人は私が見たことのない、朝の光や、雨上がりの葉についた水滴を知っている。私がかいだことのない、葉が腐ってできあがった黒々とした土の臭いを知っている。一粒の種が、青々とした柔らかい緑の葉になって、それがやがて枯れ、花を付ける過程を、特別な思いなしに見つめている。
母は埼玉の片田舎で野菜作りをしながら専業主婦をしているけれど、その生活は昔から少しも「スロー」などではなく、いつも「忙しい、忙しい」と部屋の隅を掃除している。東京で色々な人に会い、色々な人に話を聞く仕事をしているのに、彼女の前で私は、いつもいつも、自分の世界の狭さを思い知らされることになる。
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