short story


2001年03月21日(水)


「孤高」
夜が私のものになればいいのに。
と思う。
それは
全てを置き去りにして
あの高い所へと
私を連れて行く力を持つ。

縛るものはない。
できぬことなどない。
なにものも
邪魔することはできない。
自由の世界へ。

私は連れて行ってと願う。
どうかそこまでと。
引き換えにこの命が欲しいのならば
差し出すとまで言って。

それでも夜は
自分がまるで孤高の存在であるかのように
平等に少しずつ孤独を分け与えて消える。
捕まえようとすると遠のく。
すり抜けると言った方が
正しいかもしれない。

私はその度に掌を眺めて
どうしてなの。と問うばかり。

でもそれでいいの。
夜はそれでいいの。
夜は私のものなんかになってはいけない。
そうでなければ
私はとうにほとりぼっち。

ただ時々
眠れない日は
夜が私のものになればいいのに。
と思う。
それだけのこと。


2001年03月20日(火)


「耳澄ます雷光」
異変を察して現象を待つ。
視界を覆うのは黒い雲。
その峻烈な眩しさを失った重なりの白。

雷光に耳を澄ませるように
私は今
貴方を探しています。


2001年03月19日(月)


「眠りなよ」
くだらない話で笑いあった後
ふと黙りこくっては
僕を独り占め。

時々
悲し気に落ち込んでは
僕の愛を試す。

君が元気だと嬉しい。

眠たい時の声は
すぐ分かる。


2001年03月17日(土)


「何か」
何かが
静々と闇を持ち寄る。
壁に浮かぶ影の先が
それに私を引きずりこんで
少しの間だけ孤独を忘れさせようと
優しく笑って手を握る。

私は躊躇もせずに
導きに従い
やがて幾つもの星々に混ざる。

全てが溶け込むように無色になると
何一つ実体を持たぬ気配に
わずかに楽しげな思い出を懐かしみつつ
そうして私は
その何かになる。

何かになる。


2001年03月15日(木)


「それもひとつの」
僕は
君の傷に気付いても
ハレモノを触るように
大仰に扱ったりしない。


2001年03月13日(火)


「戒め」
吐いた言葉は
それっきりのようで
実は僕を
今でも苦しめる。
その怖さ
忘れまい。


2001年03月11日(日)


「凛として」
汚れても
汚れても
雪が覆い隠すように
新しい自分になる。

融かすなら
何もかも受け入れる
凛とした覚悟で。


2001年03月09日(金)


「道標」
自分。
という形の曖昧さは
ふとした瞬間に恐ろしく
ふわふわと朧げに
あらゆる物を否定する。

導き戻すのは
あなたという存在の
肯定。


2001年03月06日(火)


44-孤独の雨-
冬が終わり。春が来た。
雪がいつからか雨に変わる。
冷たい雨だ。
色まで沈んだように暗い。

いつだったか彼女が言っていた。
雨が好きだと。
僕には理解できなかった。
雨は気分を落ち込ませるからだ。

彼女は雨が降る様を
窓からじっと眺めていた。
僕はそういった彼女を見ている方が
ずっと好きだったけど。

あれからというもの
雨が降るたびに彼女を思い出す。
なぜなら
僕に残された彼女の欠片は
そう多くはなかったから。

そしてなにより
雨には彼女の意志と美しさがある。

濡れたい雨も。あるよね。

窓の外を見ながら確かにそう言った。
その時はどういうことか分からなかったけど
今なら分かるような気がする。

叩き付けるような強い雨に変わり
窓の外はなにも見えなくなった。
雨音が
まるで孤独を運んでくるように
僕を窓際から遠ざけた。


2001年03月05日(月)


43-流れ着く-
目が覚めると
もうそこに彼女はいなかった。
かすかに、匂いがした。
ベッドに
温もりはもうなかった。

昨夜のことを思い出す。
夢だったのかも知れない。とも思ったけど。
うっすらと残った記憶はその淡い希望をすぐに打ち砕いた。

目に涙が溜まって前が見えないような記憶。
ぼやけて。よく見えない。見たい。
そして見えている。
僕の願望と真実が同居したような記憶だった。

意識がはっきりし始め、
残酷な現実が緩やかに歩み寄る。

なぜ彼女は
僕を好きだと言ったのか。
僕に抱かれたのか。
僕はどうすればよかったのだろうか。
脅えずに名前を呼んでいたら
彼女はまだここにいただろうか。

疑問と後悔。
正しい道は
僕の目の前にあったのだろうか。
それでも僕は選ぶことができなかった。
彼女の求めに
気付くことができなかったのかもしれない。
結局、最後まで
彼女の名を呼ぶことはなかった。

そして
もう彼女は
僕の前に現れることはないんだと
静かに確信した。

その時ようやく。
涙が落ちた。

それはあまりにも遅いだろう。


2001年03月04日(日)


42-窓の内側-
僕はひとつのベッドで
彼女をこの腕に抱いた。
確かに。抱いたと思う。
覚えているから。

暗がりの中にうっすらと浮かぶ彼女の裸体は
とても美しく、
昼間の彼女からは想像もできないほど妖艶だった。
壊してしまわないように、優しく抱くのが難しかった。
僕の支配を離れた感情と肉体が
愛欲なのか性欲なのか分からないような強い力で
激しく僕を彼女の中へと打ち込ませた。
何度も。何度も。
それを彼女は苦しそうに、泣き出しそうに
受け止めていた。

すべてが
靄がかっていたように
遠くの出来事だった。
窓を挟んで見ているような錯覚。

僕は窓の内側から
遠慮がちに彼女を愛した。


2001年03月03日(土)


41-癒しの抱擁-
彼女は僕の問いには答えなかった。
その代わりに
静かに僕に歩み寄って
隣に座った。

そしてそのまま僕にくちづけをした。
金縛りにあったように動けなかった。
なにがなんだか分からない。
頭の中からすべての言葉が消えてしまっていた。

されるがままに。
彼女の抱擁を受けた。
僕は操られるように
ゆっくり彼女を抱き寄せた。
それはしたくともずっとできずにいた行為だった。
彼女の髪の毛に顔を埋めると、シャンプーの匂いがした。
なぜか、力を入れ過ぎないようにと気を使った事を覚えている。
そんなことよりも、彼女に聞くべきことがあったはずなのに。
弱々しく背中に回す彼女の腕が、くすぐったかった。

無言でくちづけ。
長い。くちづけ。
彼女の唇は、柔らかく、少し冷たかった。

僕は頭が真っ白で
馬鹿みたいにぽーっとしてた。
行動と思考がまったく一致していなかった。
どちらも、自分の支配を離れてしまったように
勝手に僕を動かした。

彼女はしばらく僕の胸に頬を寄せ、
僕はただ彼女の髪の毛を撫でることしかできずにいた。


2001年03月02日(金)


40-臆病者に愛-
ほんとうに。
僕は。
耳を塞いでしまいたかった。
聞きたかったけど、聞きたくなかった。
知りたかったけど。
知ってはいけないと思った。
どうして彼女がそんなことを言い出したのか分からなかった。

僕は彼女から目を逸らすことができずにいた。
じっと僕を見ていた。
穏やかな表情で。
僕はきっと、脅えるような目をして彼女を見ていただろう。
彼女はどういう思いで、僕を見ていたのか。

やがて再び彼女が口を開く。
「名前を……呼んで欲しいの。」

僕は彼女の言葉を、何度も頭の中で繰り返して
彼女の言いたいことを知ろうと懸命だった。
脅えている場合ではなかった。
今は軽はずみな言葉を吐いてはいけない時だ。と悟った。
一体、どういうつもりなのか
必死になって考えた。

僕はベッドに座ったまま
動くことすらできなかったけど
頭の中だけは、冷静になるよう努めた。

慎重に。慎重に言葉を選んで
そしてゆっくり、噛み締めるように聞いた。

「どうして……、今になって?」


2001年03月01日(木)


39-聞きたくない言葉-
好き?俺を?
今、好きだと言ったか?
俺のことを好き…。好き…。

その言葉を理解するのに、時間がかかった。
理解した後も、身動きが取れなかった。
どう答えていいのか分からなかった。
どうしてこう彼女は、次から次へと僕を驚かすのか。
あまりに唐突なセリフだった。

もちろん僕は彼女のことが好きだったから
それは長い間、望んでいた言葉だったけど
同時に、彼女は絶対に使わないだろうと思っていた言葉だった。

だから、嬉しいと思うより先に
彼女の口からそんな言葉を聞いたことに驚いていた。
絶対におかしかった。
普段の彼女ではないと思った。

長い沈黙。
僕が言葉を選びきれないでいると
彼女は続けて口を開いた。

「私の名前は…」
「やめろ!!」

僕は思わず彼女の言葉を遮った。
ほとんど反射的に。無意識で。
電流のように、体中に恐怖が駆け抜けたのが分かった。

僕は止めた後で、あらためて事の重大さに気付いた。
彼女は……自分の名を名乗ろうとしている…。
僕に。自分の名前を…。

息ができなかった。
なぜ。今頃になって名前を…。

怖かった。
聞いてはいけないと思った。
その名前を聞いてしまったら。
もう彼女は2度と僕の前に現れないような気がした。
彼女の名前は、きっと別れの言葉なのだと思った。

だから、彼女がもう一度
「私の名前は…」
と言っても。

「言うなっ!」

僕は迷わず止めた。
聞きたくなかった。

聞きたくなかった。

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日記才人