short story


2001年01月31日(水)


10-猫-
時々、彼女は
子供みたいに僕に甘えた。
とりあえずくっついていたい。
たまにそういう日があるようだ。
テレビを見る時も
僕が本を読んだりしている時も
寄りかかったり、枕にされたり
四六時中くっついていた。
そういう時は、僕は黙ってされるがままにすることにしている。
ヘタに僕もちょっかいをし返すと
プイっと離れていってしまうからだ。
なんて性格の悪い猫だろうと、何度思ったことか。
僕に許されるのは
膝枕をしている時に、彼女の髪を撫でることまでだった。
どうやら髪を撫でられるのは好きなようで、
その時ばかりは大人しくしていた。
ゴロゴロとでも言いそうな顔が、可笑しかった。
髪まで猫っ毛だったから、やっぱりこいつは猫だ。と思った。


2001年01月30日(火)


09-ある時間-
食事を済ませると、
その日買ってきた物を広げて、一つ一つ確かめる。
洗い物を済ませた彼女も一緒に、戦利品の評価だ。
CDを買ってきた時は、それを聴きながら、
本を買ってきた時は、ベッドやソファーで寝転びながら。
これは失敗だったね。とか。
買って良かったね。とか、話をして過ごした。
ビデオを借りて来て、二人で鑑賞したりもした。
僕が感動して、目に涙を溜めていると
わざと顔を覗き込んで僕をからかった。
彼女だって、目が真っ赤だったのに。

僕の、好きな時間のひとつだった。


2001年01月29日(月)


08-椎茸-
彼女は献立を決める時、
僕に、なにが食べたいか?とは聞いたことがない。
聞く必要がないと思ったのか。
聞いてもロクな返事が返ってこないと思ったのか。
ともかく、僕にはそれが心地よかった。
だから僕も、あれが食べたい。とかは言ったことがない。
その代わり、出されたものは全部食べる。
彼女の料理は旨かったから、簡単なことだった。

ただ、僕の嫌いな椎茸に気付いてからは
週に1回はメニューにそれが加えられるようになった。
これには参った。
よくもまぁあんなに椎茸の調理方法を見つけてくるものだ。
僕が椎茸に気付いて、あっ、と言うような顔をすると
必ず、にやっと笑った。
母親みたいなやつだ。と思った。


2001年01月28日(日)


07-手料理-
家に帰る頃には大抵、陽も暮れ掛けていて
いつも晩ご飯の食材を買って帰る。
買い物かごを持つのはやはり僕の役目だ。
主婦のごとき選択眼で食材を選ぶ彼女の後をよそよそとついて歩く。
機嫌の良い時にはチョコを買ってくれた。
子供のマネをして喜ぶと「ばか。」と言って笑った。

僕は料理はあまりしない。
どちらかというと腹が膨れれば栄養など二の次という考えだ。
自炊ができるよう、道具はそろっているものの、
飯を作ったなど数えるほどだった。
はじめは、「男だって料理くらいしなさいよ。」
という言葉に生返事をしていたが
そのうち諦らめたのか、作ってくれるようになった。
彼女と出かけるようになってからは
コンビニ弁当の新製品にも疎くなったっけ。


2001年01月27日(土)


06-やきもち-
本屋を出るとそのまま必ずCDショップに入る。
すぐ横にあるから自然と足が向くのだ。
彼女があの本屋にこだわるのは長椅子のせいだけではないようだった。

僕らは、本の趣味はまるっきり違っていたけれども
音楽の好みは非常に似通っていて、どちらもjazzを好んで聴いた。
僕は楽器を少しやっていて、その演奏レベルの高さとグルーヴに惚れたが
彼女は一体jazzのどこが気に入っていたのだろう?

本と違って、CDを選ぶ時は
これは雑誌で見た。とか
このミュージシャンの新譜は聴くべきだ。とか
二人で話をしながら買い物をした。
なぜかと言うと、彼女の意見を聞いて買ったCDには不思議とハズレがなかったからだ。
だから彼女の批評はいつも素直に聞くようにしていた。
でも僕は、実はそれがちょっとくやしかった。
だって、自分だって良い音楽を彼女に紹介して、
「よかった。」と言って欲しかったからだ。
今思えば、子供くさいやきもちだけど。


2001年01月26日(金)


05-長椅子-
冬は海には行けないので近くの街に行った。
僕と彼女の共通の趣味は読書だったから
本屋にはかなりの時間を割くのが普通だった。
この時、本を選ぶのはお互い別行動をとる。
僕は人と一緒に本を選ぶのが好きではないからだ。
自分のリズムでゆっくり考えながら選ぶのが好きで、
横から、これが面白いとか、あれはつまらないとか言われるのが嫌いなのだ。
いつからか彼女もそれに気付いたようで、
本屋に入るとサッサとどこかへ行ってしまうようになった。

彼女は雑誌などの列を軽く流し見て
最後に、恋愛小説の新刊本のコーナーを念入りにチェックするのが常だった。
僕は漫画とかSF小説とか推理小説とか、
うろうろしていて落ち着きがないと彼女は言う。
「だって色んな本を見たいじゃないか。」と言うと
「本当に読みたい本はそう多くはないでしょ。」と僕を見た。
こんな風に彼女は、物事の本質というか、
必要なものを見極めるような発言をして、たびたび僕を驚かせた。

それにしてもやはり僕の本選びは長いらしく
レジに向かう頃には、彼女は大抵支払いを済ませていた。
その時いつも、本屋の入り口においてある長椅子はいい待合所だった。
いつだったか近くに大きな本屋ができたので
今度からはそこに行くことにしよう。と言ったのだけど
彼女は、「そこには長椅子がないからいや。」と言った。
僕は、もっともだ。と思った。


2001年01月25日(木)


04-日向ぼっこ-
なにも予定がなければ、
目が覚めると、大体どこかに連れ出される。
住んでいた街が海沿いの街だったから
天気の良い日はよく海にでかけた。
彼女は防波堤の上で日向ぼっこをするのが好みだった。
陽が当たって暖かくなったテトラポットに腰掛け、
沖の方を眺めたりしてしていた。
結局見せてはくれなかったけど
時折、詩なども書いていたようだ。
一体、どんな詩を書いていたのだろう?

僕はどちらかというとじっとしていられない質だったので
海に向かって石を投げたり、砂浜で砂をいじったり、
波打ち際に、拾ってきた木の枝を刺して、波にさらわれる様を観察したり。
でも結局やることがなくなって、彼女の横で昼寝したり。
さすがに陽が暮れるまでいた時は、そろそろ帰ろうと言ったが
大抵は小一時間ほどなので、
彼女の気の済むまで付き合うことにしていた。


2001年01月24日(水)


03-密かな楽しみ-
僕は彼女が来てからも、大体、昼くらいまで寝ていた。
ドアを開けて、またベッドに直行だ。
そして彼女は、主が寝ている部屋でなにをするかと思えば
まるで我が家にでもいるかのように
持参してきた袋菓子をテーブルに広げて
ファッション雑誌かなんかをペラペラめくったり
テレビのワイドショーを見たり、
窓の外をチラチラ見ながらコーヒーを飲んだりするくらいだった。
彼女は気付いていたかどうか知らないが
寝返りうち際に、時々そういった彼女の仕種を隠れ見るのが好きだった。

目を閉じて音や気配だけで探ると色々なことが分かる。
彼女のテンポとか、癖とか。
コーヒーを飲んだ後には必ず大きく息を吐いたし、
テレビでの面白い話をCM中に思い出して、くすっと笑ったりしていた。
時々だけど、僕の寝顔も覗き込んでいたようだ。
彼女の髪の毛が頬に触れた時は、
起きているのがバレているんじゃないかと思ったけど
やがて何事もなく窓の方へと行ったようだった。
どうやらバレていないようだ。
そうやってそのまま、また眠りにつくのが好きだった。


2001年01月23日(火)


02-休日の朝-
休日ともなれば、いつも彼女は僕の家に来た。
彼女の朝は早いから、僕はいつもそれで起こされた。
「チャイム鳴らしたら早く出てよね。ねぼすけ。」
僕の朝は遅いので、いつも彼女に怒られた。
「おまえこそ用もないのに朝っぱらから起こすなよな。」
こういった類の言葉で休日は始まる。
そういえば彼女と約束をして会ったことはない。
はじめて僕の部屋にやってきた時も
突然にチャイムが鳴り、慌てて部屋を片づけて彼女を迎え入れた。
電話の一本も入れてくれないかと申し出たこともあったが
「電話は嫌い。」の一言で片づけられてしまった。
結局、最後までアポなしの訪問は続き、
僕もだんだん散らかった部屋なんて気にしなくなって
見かねた彼女が掃除してくれるようになった。


2001年01月22日(月)


01-大切な人-
以前、僕には大切な人がいた。
大切な女性だ。
そう言い切れる数少ない人だった。
彼女はいつも、少し変わった距離感で僕の側にいる人だった。
友達でもなく。恋人でもなく。
幼い頃から共に育ってきたわけでもないのに、
いつのまにやら一緒に時間を過ごすのが不自然じゃなくなっていた。
周りの友達にいくら説明しても理解してもらうことができなかったが
別に理解してもらおうとも思わなかったので、
二人は付き合っている。と噂されているのも気にはしなかった。
一度、彼女に
「俺達、付き合ってると思われてるぞ」
と言ったことがあった。
すると彼女は
「うん。知ってる。」
とだけ言った。
質問した意図はそういうことじゃなかったのだが
なんとなく納得してしまって、その話はそれきりしなかった。
それで良いような気がした。


2001年01月20日(土)


「日が暮れて」
今日も日が暮れて

あの人の愛に
見合う男になりたいです。


2001年01月19日(金)


「ひとりじめ」
髪の毛で鼻がムズムズするけど
後ろから抱いて眠るのが好き。
寝返りがうてなくなるけど
抱き付かれて眠るのが好き。
いい匂い。柔らかい。
ひとりじめ。


2001年01月17日(水)


「そのものより」
絶えて久しいもの。
その温もりより
懐かしむことよりも。


2001年01月14日(日)


「つかまえたい」
満たされないものは
いつも手探り。


2001年01月13日(土)


「さりげなく」
流れるような言葉の影。
にっこり微笑んで
心震わす素直。


2001年01月11日(木)


「必要」
都合の良い時にだけ
僕を必要としないで。
普段は入り込む余地なんてないくせに。

用が済んだらそれで終わりなんて。
ひどいよ。

もう君の必要には応じない。
道具として扱われるくらいなら。
もう君には関わりたくない。

僕は
僕をまんべんなく必要とする人にだけ
僕をあげたい。


2001年01月10日(水)


「すべて」
ひとつにとっての全てになりたい。
揺るぎないもの。
満たすもの。
目を閉じて。
たたずむ水面の色。
全てが欲しくなるのは
自分にとって全てになりつつあるから。


2001年01月09日(火)


「優しい自由」
貴方は自由です。
どこの誰を好きになることも自由です。
誰かに好かれることも自由です。
自由に愛して
自由に口付けます。
ただ悲しむようなことは
涙よりもつらいです。
笑っていてください。
貴方が再び恋した時に
二つとない優しい自由で。


2001年01月08日(月)


「おやすみ」
消え入るような声。
ただ
触れられないこと。
いつものように
おやすみと言って。


2001年01月07日(日)


「離れたところから」
ものには全部
二つの面があって
そのどちらも
僕を惑わす。


2001年01月06日(土)


「緩やかに、鮮やかに」
緩やかに消えつつある
闇色の侵食。
たばしる無音の疾駆。
奥悩を思わせる揺らぎ。
鮮やかに消えて行く
存在の形。

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日記才人